見た目から『脱! 悪役!』を目指します!
~見た目から『脱! 悪役!』を目指します!~
部屋に戻ってからやることは一つだけ。
炎で燃え落ちてしまった私の前髪を整えることです。
今現在の私は、兄さまから渡された鏡を手に、おとなしく椅子に座らされている状態にあります。
一定のリズムでシャキシャキと音を立てながら入れられるハサミの動きを、鏡を通してじっと見ているのです。
それにしても……
────ホント、兄さまは器用だな……
女の子の前髪を切るのに、何の抵抗もないあたりすごい。
寧ろ自分の手で髪を切ること自体に慣れすら感じる。
コレは突っ込まない方がいいのかな。
っていうか、この手慣れた感じがめっちゃ気になる。
訊きたい……すっごく訊きたい。
段々とキレイに整えられていく前髪を鏡でガン見しながらそんなことを思っていると、頭上から苦笑混じりの兄さまの声が聞こえてきました。
「手慣れてる、って言いたそうな顔をしているね、レーン」
「うぇっ!?」
なぜバレたし!
「まぁ、手慣れていることに関しては否定しないけどね。実際に自分で自分の髪を切って慣れていることは確かだし」
────なんですと!?
突然の衝撃発言に驚き、思わず顔を上げて振り返ろうとした瞬間、兄さまから軽く力を入れて頭を押さえつけられてしまいました。
「危ないから動かないで」
「……はい」
「驚かせるようなことを言った僕が悪いんだけれどね」
……確かにそうだ、とは言わない。
驚いたことは事実だけど、兄さまが悪いわけじゃない。
顔の近くにハサミがあるにも関わらず、反射的に振り返ろうとした私がいけないんだ。
なんでもかんでもリアクションが早いんだよな、私。
顔にもすぐ出るし。
要するに、いい意味でも悪い意味でも分かりやすいんだよ。
今回のは……悪い方だな。
一歩間違えば、ハサミの刃で顔が傷ついたかもしれないんだし。
今度からもっと気を付けよう。
言われた言葉に即反応するんじゃなく、一呼吸分待って、落ち着いて行動するようにしないと。
自分の浅はかな行動で誰かを加害者にしてしまってからでは遅いんだ。
そう考えてしょんぼりしてしまった私の顔はしっかりと兄さまには見えていて。
思わずといった具合で漏れ出た笑いにますます落ち込んでしまった。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。何事もなかったんだし」
「………………」
そんな風に言ってもらえて少しはホッとした部分もあるけど、今の私は反省中。
ここで簡単に自分を許すわけにはいかないんだ。
そう思ってぐっと目を閉じているその間も、規則的に兄さまがハサミを入れる音は続いている。
どちらともなく黙ったからか、部屋にはしばらく沈黙が続いて、聞こえるのはハサミの音だけだったけど、ふいに部屋の外が騒がしくなった気がして、私は閉じていた目を開けた。
それから視線だけを動かして兄さまを見つめてこう訊ねた。
「おそと、さわがしいですね」
「そのようだね。父上が帰ったにしてもあんな風に騒がしいのは不自然だし。何かあったのかもしれないね。レーンの前髪を整え終えたら様子を見に行ってみようか」
そう言ってくれる間も兄さまの手は休むことなくハサミを動かしていて、私の前髪を整えてくれました。
外の様子を気にしてなのか、心なしかハサミの動きが早くなった気がします。
そう感じたのは間違いではなかったらしく、兄さまは素早く私の前髪を整え終えたようでした。
「……うん、こんな感じでいいかな」
その言葉と同時にハサミの動きは止まり、兄さまの手が鏡を持つ私の手に添えられました。
私の手ごと鏡を持ち上げ、肩越しに覗き込むようにしながら私の前髪の具合を確かめてくれているようです。
「どうかな、レーン?」
「わ……!」
思わず漏れ出た声は感動によるものでした。
鏡の中の私の前髪は、眉にかかるスレスレの位置で自然な感じに整えられていました。
パツーンと一直線にならないよう、ところどころで縦にハサミを入れてくれているという兄さまのその配慮がとてもありがたく感じられます。
長さも仕上がり具合も大満足です。
前髪を下ろしたことで、キツい表情がかなり和らいで見えるんです。
これなら悪役顔っぽく見えないんですよ。
────前髪効果、偉大すぎる……!
もしこれで前髪の長さが眉よりも上の位置でパッツン状態だったら、ただえさえツリ目でキツい表情が目立ってしょうがないですからね!
────すごい!
────フツーに可愛いじゃん、フローレン!
前髪を下ろしただけで『悪役顔』から『ちょっと気の強そうに見える美少女』にクラスチェンジだよ!
「にいさま、ありがとうございます!」
パッと笑顔を浮かべて兄さまを見上げると、兄さまが優しく頭を撫でてくれました。
「気に入ってくれたのならよかったよ」
「こっちのほうがすきです!」
────なんと言っても悪役顔に見えないからな!
『うふふ』と内心ご機嫌になりながら、鏡の中の私を見て笑いかけます。
────うんうん、フツーに可愛い
その後も、何度も何度も鏡に向かってニコニコしたり、にぱ~っと笑ってみたりを繰り返しました。
そんな私を見て、兄さまも自分の仕事ぶりに満足したようです。
「レーンは前髪を上げるよりも下ろしている方が好きみたいだね」
「はい! こっちのほうがすきです!」
さっきも同じことを言ったけど、大事なことだからもう一度と言わず何度でも言おうではありませんか。
おデコ全開よりも前髪を下ろしたこっちのスタイルの方が断然好きです!
「うん。前髪を下ろした方がレーンには似合っていると僕も思うよ。おまけに表情がくるくる変わるから、ますます可愛く見える」
「!」
兄さまから『可愛い』と言われた瞬間、ボッと顔が熱くなりました。
言うまでもなく真っ赤になっていることでしょう。
心なしか、頭も少しぼ~っとします。
自分で『可愛い』『可愛い』と自画自賛するよりも、他の誰かから『可愛い』と言ってもらえるのは本当に嬉しいものです。
その破壊力はハンパではないのです。
「あははっ。真っ赤だよ、レーン」
「……にいさまのせいですよ」
笑顔で『可愛い』なんて言うから。
完全な不意打ちを食らったせいでこうなったんだい!
もう、兄さまめ!
好きだ!
ますます好きだ!
心臓バクバクなのを少しでも落ち着けるために、何度も深呼吸を繰り返します。
だけど簡単には落ち着いてくれません。
それだけ兄さまからの『可愛い』の言葉は私にとって強烈で破壊力バツグンだったのです。
手にした鏡を覗き込むと、真っ赤な顔をした私が映っていました。
照れのせいか、ちょっとだけ涙目で。
それを誤魔化すように軽く頬を膨らませているところなんて、ホント分かりやすい表情をしていると自分でも思います。
でも……こんな顔も可愛く見えるのだから不思議。
『悪役顔の幼女はどこ行った?』と思わず訊きたくなるほどの変化。
今の私のこの顔は、ツンデレに片足を突っ込みかけてる幼女って感じだ。
とても悪役令嬢の幼少期には見えないよ。
でも……見た目って、すごく大事だよね。
人の第一印象は見た目から入るわけだし。
……うん、決めた。
見た目から改善していこう。
外見も普段からの表情も、決して悪役令嬢に見えないように気を遣っていくんだ。
もし、万が一、誰かに嵌められるようなことがあったとしても『この子がそんなことするはずがない!』と誰もが言ってくれるような、そんな親しみのある人物を目指そう。
まずは外見磨き。
それから中身も磨く!
あとは貴族の令嬢としては失格だろうけど、思ったことが素直に顔に出るような、分かりやすい表情を常に浮かべることを心掛けてみようかな。
『ここまで分かりやすいヤツなんだぞ』と思ってもらえるような人物になれば、万が一誰かに嵌められるようなことになっても、近しい人が『コイツにそんな器用な真似ができるわけない』と擁護してくれるはずだ。
おまけに、私は昔から隠し事も嘘もホントに苦手で、すぐに顔に出るタイプだ。
腹芸なんて『ナニソレオイシイノ?』状態だよ。
笑顔で本音の探り合いとか高度なことなんて、私にできるわけがない。
そんな分かりやすい私が将来悪役令嬢になるなんて、中身的にフツーに無理があると思うんだけど。
まぁそんな風に考えていても、トラブルというものはいつどういう形で降りかかるか分からない。
実際にあるかどうかも分からない『ゲームの強制力』という存在も無視できないしね。
だから幼少期である今から『悪役』とは程遠い人物を目指そうと思うわけ。
痛くもない腹を探られても堂々としていられるような、そんな強い人物が目標だ。
高く理想を掲げると『清廉潔白な大人になること』が一番だけど、さすがにそこまでとなると高望みしすぎかな?
……とにかく、いい子になりたい。
お転婆でもいい、おおよそ令嬢らしくない型破りお嬢様でもいい。
『この子は悪いことなんてしないいい子』だと思ってもらえるような、そんないい子になりたい。
周りから気にかけてもらえて、それから可愛がってもらえる、そんないい子を私は目指す!
頭の中で具体的な目標を掲げ、鏡の中の私に向けてひたすらニコニコし続けていると、兄さまから笑われてしまった。
よっぽど前髪の仕上がり具合を気に入ったのだと思われたのだろう。
気に入ったのはもちろんだけど、笑顔の練習でもあるんだ。
だけどこれは秘密。
いい子になるための諸々の特訓だなんて、口に出して喋るようなことでもないもんね。
こういう努力はできるだけ見せない方向が望ましいと私は思う。
頭を打ってからの突然の変化で、結構な人数の人を驚かせてしまっているし。
ここであれやこれやと始めてしまうと『何事か?』と疑問を抱かせてしまう。
幼いうちはまだいいけど、成長するにつれて『何かを企んでいるんじゃ?』と思われてしまったら悲しいどころの話じゃないよね。
『頑張っている』のに『何かを企んでいる』とか超究極的な解釈をされるとか堪ったもんじゃないからな。
そんな下地を作ってしまわないためにも、いい子になるための努力は人の目に触れないところで、地道にコツコツと……だ。
これだけは絶対に守ろう、うん。
そんな風に一人固く決心したところで、タイミングよく兄さまから声をかけられた。
「そろそろ出ようか、レーン」
「はい」
そういえばあれから結構な時間が経ってるもんね。
魔法のことであれもこれもとやりすぎたせいだな、きっと。
そう思って何気なく時計を見ると、針が差した時刻がとんでもないことになってた。
「は……8じまえッ!?」
「えっ?」
驚きのあまり声を上げた私に反応して、兄さまも時計へと視線を向けていた。
けれど、兄さまの反応は私とは違う意味での驚きだったようだ。
「……なんだ、19時半を過ぎたところじゃないか。8時前だなんて言うから驚いたよ」
「え……?」
「いくら魔法のことで時間を割いたとはいえ、さすがに半日以上も経過するはずがないからね。時計が狂ったわけでもないのにどうして8時前なんて言ったの?」
「え……えぇ~……?」
だって、『夜の』8時前、だよね……?
確かに8時にはまだ少し時間があるけど、時計だって『夜の』8時に段々近付いていってるのに?
まさかこの世界では、午前午後という表現は使わないとか?
それぞれ『朝の』〇時、『夜の』〇時とは言わずに、24時間の区切りで表現してるの?
「でもにいさま、このとけいは8じって……」
そう。
私の部屋にあるこの置き時計の表記は前世日本でも見慣れた、1から12までの数字列で時間を表記してあるのだ。
当然ながら見慣れた方、呼び慣れた方で時間を読むのは私にとっては普通のことだ。
「朝だったら8時で合っているけどね。でも今は夜だから……ほら、見てごらん?」
「?」
時計を手にしながら指で示されたその箇所には、青みがかった銀色の月の模様があった。
「12時を過ぎると、こっちの昼から夜を示す数字列で時を読むんだよ」
そう言って、兄さまがお昼の12時から夜の23時を示す数字列を指で軽くなぞっていった。
私が見ていた午前を示す数字列よりも外側にあるそれは、一種のレリーフのような美しい細工で円状の縁を飾っていた。
つまりは普通の時計のように時が表記されているのとは別にもう一つ、縁にも時の表記がされていたわけだ。
見慣れた数字列が示す方は午前0時から午前11時までのもので、もう一つの縁に飾られたレリーフ状の方が午後12時から午後23時までを指す。
ちなみに午前と午後が切り替わると、それぞれの時を示す数字の色が薄らと浮かび上がるのだとか。
今は夜を示す時間帯だから、青みがかった銀色の月の模様が出ていて、時を示す数字も同じ色合いになっている。
逆に午前中はオレンジ色の太陽の模様が出て、数字もまたオレンジ色に近い色合いになる。
午前中は内側で、午後は外側の数字列で時間を読むことになるんだそうな。
……この時計に限って言うなれば。
────なんちゅうカラクリ時計だよ、分かりづらいわッ!!
思わずぶすくれてしまった私は悪くない。
こんな紛らわしい作りをしている時計があるのがいけないんだよ。
おまけに時間の読み方が24時間区切りなんてのも今の今まで気付かなかった。
普通に慣れた感覚で口に出たのは一種の条件反射みたいなもんだ。
「……だから言ったのに。この時計は読みづらいからもっと見やすいものにした方がいいよって」
「え……?」
「それでもレーンが『このデザインが綺麗だからこれにするんだ』って譲らなかったんだよ? どうしてもこの時計がいいんだって言い張って」
「………………」
……そうでした。
このキレイでオシャレなデザインに一目惚れして、この時計以外はイヤだとダダを捏ねた結果買ってもらったんでした。
前世の記憶が戻る前のフローレンが、だけど。
確かに兄さまが言うように時間が読みにくいけれど、デザインとしてはかなりの逸品だ。
実用性よりもデザイン性で選びたくなる気持ちも分かる。
それを考えると、フローレンは年齢の割にかなりの審美眼を持っていると言える。
ゲーム内では詳細に明かされてはいなかったけど、芸術方面に関してはかなり明るかったんじゃないだろうか。
派手な縦巻きロールの髪型は別として、身に纏っていたドレスや付けていたアクセサリーの数々は、とてもセンスが良くてオシャレなものが多かったし。
幸い私も、前世からの趣味が高じて芸術方面───特に絵画はかなり詳しいし、オシャレなデザインのインテリアや小物雑貨は、見るのも集めるのも好きだった。
このことを改めて考えてみると、意外と私とフローレンとの共通点は多いのかもしれない。
────……よし!
────自分磨きの中に、芸術方面の強化も含めよう!
プラス面は伸ばせるだけ伸ばすに限る。
ゲームでは見た目だけが取り柄で、魔法レベルもへっぽこで無能だったフローレンだったかもしれないけど、生まれ変わった私はそうはならないんだからね。
自分だけの特技を磨いて、悪役令嬢からは程遠い魅力的な大人になってやるんだ。
……でも。
今みたいに『時計が読めない』と思われているこの状態はどうなんだろう?
こういう抜けてる部分があった方が人としては取っ付きやすいのかな??
もういっそのこと『あほの子』になるというのも一つの手かも?
……いや、さすがに貴族の令嬢が『あほの子』はマズいか。
なるとするなら、せいぜい『ドジっ娘』くらいのレベルの抜け具合にしておこう。
親しみやすくてどこか放っておけないような、『しょうがない子』のカテゴリに入るくらいでちょうどいい。
────何せ、前世の自分が、まんまそんな感じだったからな……
ええ、そりゃあもう、『あの子』を筆頭に色んな人から世話を焼かれましたよ。
それだけ『放っておけない、しょうがない子』だったみたいですよ、私。
うん、よし。
方向性は決まった。
これで行こう。
身体はゲームの悪役令嬢フローレンだけど、中身が私なら間違った方向に行くことはないと断言できる。
それだけ前世の私はハチャメチャだったんだ。
色んな人に世話を焼かれて、結構な人を振り回してきたけど、決してそれは悪い意味でのものではなかった。
自分も周りも一緒に楽しむような、そんなハチャメチャ具合。
『いい意味で多くの人に影響を与えている』と言ってくれたのは、一体誰だったっけ……?
────あ~……
────もうコレ、中身は完璧前世の自分だわ……
……ゴメンね、フローレン。
あんたのものだった人生、完全に私が乗っ取っちゃったかもしれない。
でも、私がフローレンだった時の記憶はちゃんと残っているし、フローレンの思いも私の中にちゃんといるよ。
だから。
中身は私になっちゃったけど、これからもフローレンと私はずっと一緒。
記憶も、思いも、経験したこと含めて全部、フローレンと一緒に生きていこう。
私だけじゃなく、フローレンとして、一緒にね?
そしてこれは、私からフローレンへの約束。
私は決して不幸にはならないよ?
だから決して、フローレンを不幸になんてしないから。
望むのは、大事な人とずっと一緒にいられる、そんな幸せな未来。
その『大事な人』には、もちろんフローレンも含まれてるからね?
これから先の未来、私は幸せになる。
フローレンのことも幸せにする。
だから。
一緒に幸せになろうね?
フローレンの中で、一緒に生きていこうね。
「レーン?」
胸の奥の、最も深い部分。
記憶が戻ってから、一番強くフローレンのことを感じながら、改めてこの世界で生きていこうと決心した私の意識を、兄さまの呼ぶ声が現実へと引き戻す。
「急に黙り込んでどうしたの? またどこか痛み出した?」
幾度となく頭を打ったからか、急に黙り込んでしまった私を見てそっちの方の心配をしたらしい。
「にいさま」
「やっぱりどこか痛い?」
「ん~ん、どこもいたくないです。ただ……」
「ただ?」
「このあたりが、ちょっとだけズキンってします……」
心を示す位置を───胸のあたりを軽く押さえながら思うのは、私ではないもう一人のフローレンのこと。
今の私は、一部の記憶が抜け落ちたことになってる。
本当は覚えているけど、周りの人からは、頭を打つ前の、我儘かつ小さな女王様の暴君フローレンのことはキレイすっぱり忘れ去った状態だと思われている。
「……わたしのことがしりたいです」
「レーン」
「いいこになるために、もっとじぶんのことをしりたいです」
「……分かった。ちゃんと話そう。父上と母上も交えて、ちゃんとレーンのことを話そう」
一部記憶喪失だと思われている今の私が、胸が痛むと言いながら『自分のことを知りたい』と言ったなら。
大半の人は、自身の喪失感による胸の痛みを感じているのだと思い込むことだろう。
今の兄さまはまさにその状態となり、そのような解釈をしてくれた。
だけどゴメン。
胸が痛むのは事実だけど、私は記憶喪失でもなければ、過去のフローレンのことを何も知らないわけでもない。
ただ、この先の未来で、将来の私が悪役令嬢にならないための軌跡として必要なことだから、自分以外の誰かから見たフローレンがどうだったのかを聞かせてもらいたいだけ。
そして改めて、過去のフローレンとこれからのフローレンを周りの人に見てもらうことで、フローレンという人物がこれから先、どんな風に生きて、どのような人物に成長していくのかを見守ってもらいたいんだ。
たぶん私は、本当の意味で今日生まれ変わるのだろう。
前世の私の記憶だけじゃなく、フローレンのこの小さな身体に、私の心と彼女の心をうまく同居させていくことで、自分が目標とする理想のフローレンとなるべく。
だからこそ私は知りたいのだ。
他の人の目に映るフローレン自身がどうなのかを。
「ダメなわたしも、わるいわたしも。いままでのわたしのこと、ぜんぶおしえてくださいね、にいさま?」
そう。
真面目に考えていることだけれど、決して重く捉えているわけではない。
今ここでマイナス方向に物事を考えても、それは考えるだけムダなこと。
私は私らしく行動して、自分の心に素直に生きるよ。
だから殊更明るく笑って、ダメな自分を指摘してほしいのだと兄さまに請う。
「分かった。それもちゃんと話すよ」
「でも……」
「ん?」
……でも、その前に。
「……おなかすいてげんかいなので、はやくごはんをたべたいです」
クゥゥ~……と小さくお腹が鳴いたため、思わず苦笑しながら、今の自分の正直な気持ちを兄さまに告げます。
「……そうだね。もうこんな時間だし、まずはお腹を満たすのが先かな」
「はい!」
私が『お腹すいた』発言をしたことで、重くなりかけた空気は霧散しました。
苦笑しながら手を差し出してくれた兄さまの腕にしがみつくように抱きついて、子どもらしく『ごはん、ごはん』と繰り返すと、それがおかしかったらしく、兄さまにますます苦笑されてしまいました。
しょうがないじゃん!
ごはん、大事だよ?
『腹が減っては戦ができぬ』って言うでしょ?
だってこの後、お父さまとお母さまからのお説教という名の戦が待っているかもしれないんだから!
油断してたら『大打撃~!』なのだよ!
空腹でへろへろな時にそんな大打撃食らっちゃったら、かなりヘコむからね?
これ、大げさじゃなく!
まだまだ問題は残っているけど、何はともあれまずはごはん。
ニコニコ笑顔のまま力の限りに兄さまをぐいぐいと引っ張り、未だ騒ぎの収まる様子のない部屋の外へと出るべく、私は足取り軽く扉へと近付いていくのでした。
扉を開けたその直後に遭遇することになる騒ぎの中心に、自ら首を突っ込むことになるなど全く予想もできないままに……─────