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前世の記憶が戻ったようです 2




~前世の記憶が戻ったようです 2~




ブラック・アウトしてからどのくらいの時間が経ったのかはち~っとも分かりません。

ただただ結構な時間眠ってたな、というのが身体のだるさから窺える程度です。

そして、しこたま打ちつけた後頭部の痛みは絶賛継続中なう、でございます。

思っていたより時間は経っていないのかもしれません。

とりあえずは、眠ったおかげで頭の中は少し冷静になれたようです。

まぁ幾分か冷静になれたとはいっても、私自身が今置かれているこの状況に関しては分からないことばっかりだ、というのが正直なところでしょうかね。


……っていうのは嘘だな、うん。


ちっとも冷静になんてなれてないよ。

らしくもなく丁寧な言葉で誰に向けるでもなくつらつらと語っている時点で混乱しているのは明らかだ。


そもそも、だ。

なぜに私はこの幼女に生まれ変わっているのか、というのが目下最大の疑問じゃなかろうか。

今現在こうなっていることはひとまず置いておいて、私には私の人生があったはずなのだ。

将来の夢に向かって、忙しくも楽しい、実に充実した人生を送っていたはずなのだ。

目指す先の道は険しくて、超難関とも言える狭き門をくぐり抜ける一人になるために、親友に励まされ、時に叱咤されながら、ただただ只管に一生懸命未来へと進んでいたのだ。

そんな風になんの不満もなく生きてきた。

いや、生きていた。

どこにも死ぬ要素なんてなかったはずなのに、現にこうして生まれ変わっているという時点で私が前の人生からドロップアウトしたことは明確だ。



────思い出せないなぁ……



前の人生で死んだ時の瞬間はおろか、その原因になるような一切合切が分からない。

本当に、幸せだったのだ。

時に不満や愚痴を零すことはあったけど、その度に親友の存在に助けられて浮上して、また目の前のことに一生懸命にのめり込む……ということを繰り返す充実した毎日だった。

やりたいことがいっぱいで、それこそ一分一秒の時間が惜しくて、よく『一日が四十八時間だったらいいのに!』と叫んでは、周りから同意されつつも笑われた。

やり残した、というには違う。

毎日がやりたいことに満たされて、それ以上に溢れていたんだ。

そんな人生が唐突に終わってしまった。

まるで強制的にリセットされたみたい。

人生はゲームなんかじゃないのに。

簡単にリセットできるものじゃないのに。

でも今の私は強制的にリセットを食らって、全く別の人生でのニューゲームを迎えている。

そして、始まってから既に数年が経過した状態でのこれ。

一種の分岐点だったのか、唐突に前の人生の私の意識が目覚めてしまった。

恐らくはピーマンを口にした時の苦味に悶絶したからだと思われる。

どんな覚醒のしかただよ、笑えないな。

まぁ幼女の身体のお子サマ舌じゃピーマンの苦味に悶絶しても仕方のない話だとは思うけど。



────それにしてもピーマンに揺り起こされた私って一体……



一瞬遠い目になってしまったのは許してほしい。

どれだけ私はピーマンに縁があるんだと真剣に考えてしまったよ。

確かに前の私も幼い頃はピーマンがダメだったけどさぁ?

それでも好きになるとまではいかなくても、食べられる域にまでは苦手は克服できてたんだよ?

なのにまだまだ関わってくるか、ピーマンめ。

私はお前に呪われているのか。

つか私がお前に何をした。

少なくとも呪われるような罰当たりなことはしてないぞ、決して。


あ。

さっきの幼女の暴挙はノーカンでお願いします。

あの時の私はまだ完全にレーンの記憶と前の私の意識が混じり合う前だったからね。

私の意思でピーマンを無残な姿にして皿の隅に追いやったり、テーブルクロスごと食事の席をメチャメチャにしたわけでもございませんから。


……っと、話が横にそれた。


こんな風に、今や完全にこの幼女と意識が同化しつつある私は、改めてこの身体が自分のものだということ、それから、この幼女として生きてきた時間がちゃんと頭の中に記憶として残っていることを理解した。


私じゃないはずの、私。

だけど、間違いなくこれは私……


理解しても混乱しているのは変わらない。

だって納得してないもん。

前の私の人生の終わりがどうだったのかが分からないから。


ゆっくりと目を開けると、そこはやっぱり知らない天井。

『レーン』としての私はよく知っている、けれど『レーン』ではなかった頃の私には全く見覚えのない部屋の全く知らない天井だった。

こんな風に奇妙に思えるのは、きっと前の私と今のレーンの記憶が中途半端に混じり合っている最中にあるからなんだろう。

起き上がることはせずに、顔だけを動かして部屋の様子を窺おうとして、やめた。

後頭部の痛みが絶賛継続中であることを思い出したからだ。

ただ寝ているだけの状態でも時折鈍く痛むそれが、起き上がったり動いたりした時にどうなるか想像に難くない。

正直、幼女の身体に悶絶するような痛みを与えるなど御免被りたい。

大人には耐えられても、幼い身体にこの痛みを耐えるのは到底無理だろう。

痛みが走った瞬間、泣き叫ぶ自信が大いにある。

少なくとも『今までのレーン』であれば間違いなく目覚めた瞬間に泣き叫んでいたはずだ。


悲しいかな。

私の意識とレーンの記憶が混じり合ったことで、私はこれまでのこの幼女の我儘っぷりや、傍若無人でやりたい放題の、さながら小さな女王様といった、前の私の価値観ではまず有り得ないレベルの完全なる自己中心的な生活を送っていた事実を嫌というほど思い知ることになったのだ。

本気で将来が心配になるレベルの『我儘』『自己中』『女王様』の三重苦だった。

目の前でしっかりと見ていたあの暴挙がいい例ではないか。

それらを踏まえて改めて思うわけだ。

別の意味で頭が痛い、と。

思うことは色々とある。

でも一つだけ、これだけは言っておきたい。


「ありえないだろ、このくそガキ……」


……というのが、今までの全貌を振り返って真っ先に浮かんだ感想でございますよ、っと。

とびっきり口が悪いのは許してね。

それだけこの幼女の生活っぷりが酷かったんだと察してほしい。

そしてこんな小さな暴君に転生してしまった私に同情してくれ。


「……ひっくりかえってあたましこたまぶつけたのだっててんばつだろ。たべものをそまつにあつかうとかゆるせん。もったいないおばけにのろわれるぞ、つかのろわれろ」


……などというトンデモ発言を舌っ足らずな口調で続けてしてしまったところでハッとなる。

今の発言を聞かれていたらマズいことになると。

慌てふためきながらも、極力痛みを感じないように気を付けつつ、注意深く見える範囲内で視線を巡らせた。

どうやら部屋には誰もいないらしい。

今まで眠っていたから誰も残っていないだけなのか。

誰もいないこと、しいては先ほどの暴言にも近い発言が誰の耳にも入らなかったことにホッと安堵の息を吐きつつ、緊張で強ばった身体の力を抜いた。

ゆっくりと深呼吸を繰り返しながらもう一度部屋の中へと視線を巡らせる。



────それにしても広い部屋だな……



幼女の部屋にしては広すぎる。

おまけにどこもかしこも豪華な調度品で飾られた贅沢な部屋だ。

裕福な家庭だとは思ったけど、ただただ裕福なだけでは片付かないくらいの、更に裕福な上流生活を送っている家庭なのかもしれない。

どこぞのお貴族様、みたいな?


だからあんなにも食べ物を粗末に扱ったのかと納得しかけたが、それはやっぱり納得しちゃいかん。

どんな生活基準であれ食べ物は大事だ。

粗末にするなど言語道断、その恵みに大いに感謝しなければならない。

食べられるということはとっても幸せなことなんだぞ。


……と、また思考がずれかけて、慌てて意識を引き戻す。


もう少し部屋の中を観察したかったけど、さすがに今は起きて部屋を見て回るのは辛いかもしれない。

せめて今よりも痛みが和らいでくれたら起き上がるのも平気なんだろうけど。

首を横に動かすだけで後頭部が痛むからな。

まだしばらくの間はベッドの上で寝たきり生活なんだろうか。

それはそれで退屈だし嫌だな。

できれば早い段階で動いて、今の自分の置かれている状況を詳しく把握するための情報を集めに回りたいんだけど。


「だれか……」


人を呼ぼうと声を出したところで気付く。

こんな広い部屋の中から声を出しても外にいる者に届くわけないじゃないかと。

届いたとしたら怒鳴り合うくらいの大声くらいじゃないだろうか。


えっと。

こういうお金持ちの家のお嬢様の部屋って、確か使用人を呼ぶための何かがなかったっけ?

ベルとかそういうの。

西洋風の世界観で書かれた恋愛小説の貴族のお嬢様の部屋は大体そんな感じで、ベルを鳴らして侍女やメイドを呼んでたはず。


ベルは、どこにあるんだろう……?

ベッドの近くに置いてないかな。

離れた場所にあるテーブルとかに置かれていたらお手上げだ。

せめて手の届く場所にあってほしい。


そう思いながら、ベッド周りに視線を巡らたところで、すぐに目的のものを見つけた。

私から見て右手側にあるベッドサイドテーブルに、綺麗な細工を施された金色のベルが自らの存在を主張するように置かれていた。

これを鳴らせば誰かが来てくれる。


目が覚めたのだから誰かしらに来てもらって色々と聞かなくちゃ。

何も分からないままずっとベッドの上で生活するわけにもいかない。

そうやってベルを手にしようとしてまたしても気付く。



────と、届かないんですけど~……



忘れてたよ。

私の今の身体は幼女なんだよ。

前のように大人の身体でここにいるわけじゃないんだよ。

大人の感覚で届くと思ったその距離が、幼女の身体に届くわけがない。


精一杯手を伸ばしたところで無理なものは無理。

右手側にゴロンと寝返りをうったとしても届くかどうかは微妙だ。

それに何もしなくても時々鈍く痛む後頭部が、寝返りをうって無事だとは思えない。

……でもでも!

このまま何もせずにじっとして時間を無駄にするのは嫌だ。

やっぱりここは気合と根性で痛いのをぐっと我慢して起き上がるべきなのか。

いや、起き上がっても自分の足でしっかりと立って歩けるのかどうか分からない。

最悪の場合、立った瞬間にまたバターン! と倒れる可能性だってある。


「……寝返りが一番無難、かな」


また倒れてどこか違う場所をぶつけたりするよりは、寝返りの方がまだダメージは少なくて済みそうだ。


「よし……!」


結論が出たと同時に、私は右手側へと身を捩った。

途端にズキンと痛む後頭部。


「……うくっ!?」


痛みで思わず声が出てしまったけど何とか叫ばずに済んだ。

幼女の身体だし、意識も前の大人の私ではなく、今のレーン寄りだからてっきり泣くかと思ったけど幸い泣くことはなかった。

でもじわっと涙が滲んだのは仕方ないか。

泣くのを我慢できただけで十分だ。



────泣かないで偉かったね、レーン!



我儘っ子はヘタにきつく言って諌めるよりも、できたことを『頑張ったね』『偉かったね』って褒めることが大事だと思うんだ。

例えそれが普通にできて当たり前のことであっても、だ。

何でもかんでも過剰に誉めそやして甘やかすのとは違う。

線引きが難しいところだけど、その線引きさえ間違えなければ我儘っ子を更生させることは可能だと思うんだよね。

例えばレーンの場合、駄々をこねて泣き喚いたその後に『泣き止んで偉かったね』っていう人が一人でもいただろうか。

私の予想では『誰もいない』だ。

そしてレーンの記憶ではそう言ってくれる人は『いなかった』。

ただただ宥めすかすだけ。

我儘お嬢様のご機嫌を必死に取るだけで、やっと泣き止んだとホッとする。

ただそれだけ。

誰も教えてないじゃん、『泣き止んで偉かったね』って。

何度もそう言ってあげ続けていれば、この我儘お嬢様だってちゃんと学習したはずだ。

泣き止むことは偉いんだ、と。

そこから学んで、泣くのを我慢することを覚えたはずなんだ。


環境が人を作るとはよく言ったもんだ。

レーンが我儘お嬢様なのは決してレーンだけのせいじゃない。

まだ小さいのだから周りが変えてあげなければいけないのに。

ある意味この子はものすごくかわいそうな子なのかもしれない。

このまま何も変わらなければ、きっとレーンは将来とんでもない傲慢で高飛車で、息をするように人を見下すような嫌な女になる。

絵に描いたような悪女のできあがりだ。

想像するだけでゾッとする。

そしてそれは、先の未来の私だ。

冗談じゃないぞ!


色々と考えつつ、後頭部の痛みに耐えながらやっとのことでゴロンと寝返りをうった。

一度だけ。

サイドテーブルには近づいたけど、やっぱり予想していた通り、まだまだ手は届きそうにない。

じゃあもう一度寝返りを、と思うけど今度は寝返りをうつほどの距離でもないという微妙な位置だ。

幼女の短い手足が恨めしい。

でもって前の大人の身体が恋しい。

そう思ってもしょうがないのは分かっている。

どう足掻いても、この短い手足の幼女の身体は今の私の身体なわけだから。


「………………」


あと寝返り半分ほどの距離、どうするか。

ずりずりと這うか。

それとも半分だけ寝返りしつつ手を伸ばすか。


思考にふけった時間は思っていたよりも短かった。

というよりもあっさりと結論が出てしまったのだ。

この小さな身体に這って移動するだけの筋力なんぞあるわきゃないわ、ってね。


そんなわけで再び頭の痛みを堪えつつ、今度は半分だけ寝返りをうった。

今の仰向けの状態からうつ伏せになるべくパタンと転がり、ちょうどいい具合に手が届く位置まで移動できたと喜んだのは束の間だった。

『いける!』と思ってサイドテーブルのベルに手を伸ばした私の身体は、バランスを崩してしまったのだ。

ベッド上から見えた限りでは気付かなかったけれど、サイドテーブルとベッドはぴったりとくっついていたわけじゃなく、ほんの僅かな隙間が設けられていて。

隙間のことを全く考慮に入れていなかったが故の寝返りがとんでもない結果を導くことになった。

ちょうど手が届く位置ではあったという事実に間違いはない。

ただし『手が届く』というそのことに対してだけだ。

寝返り半分でうつ伏せになった私の身体は、左半分が宙に投げ出された状態で。

そのままの状態でサイドテーブルのベルに手を伸ばしていたわけだ。

筋力もない、大した力もないこの幼女の身体が、そこでベッドから落ちないように咄嗟にバランスを取ることができたのか。

答えは否、だ。


「────ッ!?」


ひくっ、と喉が引き攣った。

それも一瞬のことで、私の身体は何の抵抗もできないままにベッドから転落した。

落ちる寸前、僅かに指先に触れたベルを道連れに。

落ちた身体が絨毯に叩きつけられたのと、けたたましいほどのベルの音が鳴り響いたのはその直後のことだった……─────




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[一言] 「可哀想な悪役令嬢」は「まっとうな悪役令嬢」 だったんですね……
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