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慣れと甘えと魔法の在り方




~慣れと甘えと魔法の在り方~




窓から兄さまの部屋に入ったはいいものの、灯りのない薄暗がり状態の部屋で何度も何度も私が頭を打ってしまい、その都度コブをこしらえては兄さまの治癒魔法のお世話になることの繰り返し。

さすがに危なっかしいを通り越して『危険レベル』と兄さまに判断されてしまい、早々に私は部屋から退室させられることとなった。

あ、邸の廊下側じゃなくて、やってきた奥庭の方に、です。

本当は兄さまと一緒にいた方がいいんだろうけど、一緒にいる方がある意味危険なので、お外でじっと待っていることになりました。

その間に兄さまは、着替えのシャツとタオルを持ってくるそうです。


着替えのシャツは分かるけど、タオルなんて部屋に常備してるものなのかな……と、私が思ったのは、少なくとも私の部屋にはタオルを置いていないから。

必要な時は、メリダやエルナが必要な分を持ってきてくれるからだ。

でも兄さまの部屋にはタオルを置いているらしい。


後に理由を聞くと、訓練───魔法以外にも剣術や体術もやってるんだって!───の後に着いた汚れだとか、かいた汗を拭うために使うから部屋にある程度置くようにしたのだとか。


とりあえず、別室にタオルを取りに行かなくて済むのはありがたいことだ。

その分、兄さまの部屋のタオルをいくつか使い物にならなくしてしまうことになるんだけども。


「お待たせ、レーン」

「にいさま」


声をかけられて振り向く。

けれど……


「にいさま、きがえてないんですか……?」


てっきり着替えてくるものだと思っていたのに、兄さまは先ほどと変わらない血で汚れたシャツのままだ。


「大丈夫だとは思うけど、部屋を汚さないよう念には念を入れてね」


完全に乾いた血がどこかに付着するようなことはないだろうけど、過信はいけないといったところかな。

世の中には絶対ということはないからね。


「それじゃ、レーン。手と額の血の汚れを落としてしまおうか」

「はい」


そう言うなりロイアス兄さまが魔法を発動させました。

今まで使っていたような術式を構築させて行使する魔法ではなく、誰でも簡単にできる生活魔法の方です。

ちなみに生活魔法と本格的な魔法の違いは、発動の際に生じる魔力の現れ方らしいですが、私にはその違いがあまりよく分かりません。

とりあえず分かったのは、兄さまが生活魔法を使った際、兄さま特有の魔力の色が見えなかったということだけです。


兄さまの手元がぼんやりと揺らぐように光ったその直後、何もなかった空間に水の塊が生まれました。

魔法とは不思議なもので、生み出された水は流れ落ちることなくふよふよと空中を漂うように留まったままです。

まるで無重力空間に水を流し込んだみたいに、ゆらゆらと揺れて佇んでいるような……そんな感じです。


「中に手を入れてよく洗って」

「はい」


言われるままに、空中の水の中にズボッと手を突っ込みます。

魔法で出したとはいえ、やはりちゃんとした水です。

流れない水というのに何だか違和感がありまくりですが、流し続けることなく使えるというのは素晴らしいと思います。

節水という面ではね!

物も大事だけど、資源も大事。

やっぱり前世での感覚は捨てちゃいけない。



────贅沢は敵だ!



そんなことをつらつらと考えながら、水の塊を存分に堪能します。

少しだけひんやりとした感触がとても心地よくて、いつまでも触れていたい気分です。

ですがずっとそうし続けているわけにもいきません。

この水は遊ぶためではなく、汚れを落とすために出してもらっているのだから。


「ん~……」


付着した血の汚れを念入りに擦りながら、慎重且つ丁寧に洗い落としていきます。

最初は透明だった水が僅かに濁ったことで、ちゃんと汚れが落とせていることが目に見えて分かりました。


「一度消すよ」

「はい」


パチンと指を鳴らす音が聞こえたと同時に、水は跡形もなく消えてしまいました。

便利だな、生活魔法。

そこいら中を水浸しにすることなく使えるって、掃除とかに重宝しそうだ。


「うん。血の汚れは粗方落ちたかな。それじゃしっかり拭いて」

「はい」


タオルで両手を包まれて、言われた通りに洗った手を拭いていきます。

その間に兄さまは再び魔法で水の塊を出現させ、それでタオルを濡らしてから、私のおデコを拭いてくれました。

ゴシゴシと擦るのではなく、トントンと優しい手付きで、押し当てるように丁寧に拭いてくれるのです。


「さすがにこっちは簡単に落ちないな」

「とれませんか?」

「いや? そんなことはないよ。一度じゃ難しいだけ。何度か繰り返せばちゃんとキレイに落とせるよ」


う~ん……

それだと兄さまに手間をかけさせてしまう。

出してもらった水の塊に、一度顔を突っ込んで擦り洗いした方がよさそうな気がしてきた。

そう思って、そのことを兄さまに言ってみたんだけど、苦笑混じりで却下されてしまいました。


「それをやると、襟周りとか肩のあたりが濡れてしまうからおすすめできないな。血混じりの水でかえってドレスを汚す羽目になるからね」


あ~そりゃ却下されて当然だわ。

汚れを落とすためにやってるのに、別のところを汚すことになったら意味がない。


そんなわけで、申し訳なくも兄さまに手をかけてもらって、しっかりとおデコの血の汚れを落としてもらいました。


「ん……取れた」

「もうキレイですか?」

「うん、ちゃんと綺麗になったよ」

「ありがとうございます、にいさま」

「どういたしまして」


最後に労わるようにおデコを優しく撫でられて、思わず喉を撫でられたネコのように目を細めて兄さまを見上げました。

その瞬間、さっきまで兄さまが使っていたタオルが目に入りました。

真っ白だったそれは、今は黒ずんだ血の汚れでかなり無惨な姿です。



────結構な量を垂れ流してたんだな~、私……



別に血を見たからと言って叫ぶようなひ弱な精神はしてません。

何ともなしに兄さまの手の中のタオルをじっと見つめていると、それに気付いた兄さまが苦笑しながらタオルを私の視界から隠してしまいました。


「小さな子にはあまり見せられるものじゃないからね」


なんて言いながら。


別に平気ですよ?

自分の手にだってべったり付けてたわけだし。


でもそれを言っては、兄さまの心配を踏み躙ることになるのでお口チャックです。

兄さまが私に血を見せたくないと思っているのなら、私はその心に従うまま、無理に見ようとはしませんよ。

いくら私が平気でも、兄さまの方は私がそうすることを平気には思わないでしょうしね。


さて。

私に付いていた血の汚れは、兄さまのおかげでキレイになりました。

次は兄さまの番です。

替えのシャツに着替えて終わりなのですぐに済むと思われます。

そう思って、兄さまの着替えを待つつもりでいたのですが、新たに兄さまから濡れタオルを差し出されました。


「?」


もう汚れはキレイに取れたはずなのに、なぜまた濡れタオルなのかという疑問が生まれ、首を傾げます。

そして、その疑問は思いきり顔に出ていたのでしょう。

苦笑しながら兄さまが私の目元に触れてこう言いました。


「泣きすぎた影響で目の周りが赤く腫れているからね」

「!!」


そうでした!

部屋に戻ってからいろんなことで散々泣いたんだった!

あまりに泣きすぎてひっどいぶちゃいく顔になってること間違いなしだ!


「今から冷やしたんじゃあまり変わらないかもしれないけど、少しでも腫れや赤みが引けばいいと思って」

「ありがとう、にいさま」


ちょっとでもマシになるかもしれないなら、やらないっていう選択肢はない。

あの騒ぎのこともあるから、できるだけ心配されるような要素は消しておきたい。

差し出された濡れタオルを受け取り、それをぎゅっと目元に押し当てると、先ほど手を洗った時よりも更に冷たい感触が広がった。

ちょっとしたアイスノンみたい。

そこまでは冷たくないんだけどね。



────ん~……

────ひんやりして気持ちいい……



目元に当てた濡れタオルを堪能していると、優しく頭を撫でる感触が。

言うまでもまくロイアス兄さまだ。


「温くなったなら替えようか?」

「?」


そう言われて、目元からタオルを離し兄さまを見上げます。

パチパチと目を瞬くと、苦笑されてタオルを取り上げられました。


「替えておこうね」


既に取り上げられた後なので、言われた言葉に頷くしかありません。


「それじゃ……はい」


再度差し出された濡れタオルを受け取って、その時ようやく気付きました。

兄さまが汚れたシャツを着替え終えていたことに。


「………………」


これも兄さまの配慮、だったんでしょうか。

できるだけ、私に血の汚れを見せないようにしていた兄さま。

もちろん私の目元を冷やすために濡れタオルを渡してくれたことは間違いないと思います。

だけど、まさか私が目元を冷やしているその間に着替えを終えてしまうなんて思ってもいませんでした。


「レーン?」


じっと兄さまを見上げていると、不思議そうな顔で名前を呼ばれて。

それから苦笑とともに自身の目元を指差されました。

もう一度冷やせということでしょう。

言われるままに頷いて、もう一度タオルを目元に押し当てます。

そうしたことで、目元にひんやりとした冷たさが広がっていきます。

けれど、今度は先ほどとは違って、ひんやりとした後に、すぅ~っとした清涼感があったのです。

後にその清涼感に触れた部分は、じわりと優しい温もりを帯びました。

まるで兄さまの治癒魔法に触れた時と似たような……


「!」


そう感じた瞬間、勢いよくバッと顔を上げて兄さまを凝視していました。


「ロイにいさま、これ……」

「? ああ、気付いた?」


またも苦笑混じりで言われたことで確信しました。

取り替えたこの濡れタオルに、兄さまが治癒魔法を仕込んでいたことを。


「ちゆまほう……」

「……とは、ちょっと違うかな」

「え……?」

「目元の赤みや腫れは怪我とは違うからね」

「でも……」

「一種の状態異常を回復させるための浄化魔法を付与してみたんだ。実際レーンの今のこの状態を異常と言うには少し無理があったし、効果があるかどうかも少し微妙だったけれどね」

「じょうたい、いじょう……?」


っていうと、前世のRPGでよくある、毒とか麻痺とか呪いとかそういうやつ?


「この赤みや腫れを、魔法が状態異常だと判断したら綺麗に治せるんじゃないかなと思ってやってみたわけだけど……」


そう言いながら、兄さまが私の手からタオルを取り、それからもう片方の手で優しく私の目元に触れました。


「効果は半々、といったところかな」

「はんぶん? ですか?」

「うん。さすがに元の状態にまでするには無理があったみたいだね」


兄さまが言うには、泣きすぎて目が赤くなったり、目の周りが腫れたりするのは自然なことであるため、いわゆる魔法で治療する必要があるとされる『状態異常』の括りには入らないそうだ。

それでも、半分とはいえ状態が改善されたのは、途中までその浄化魔法とやらが、私の目元の赤みや腫れをある種の『異常』から生じているものだと判断したからじゃないかって。


あれだ。

私が最初に封印魔術を使った時と同じで、魔法の方が『できる』と独自に判断したからこうなったんだ。

だけど今回の兄さまの浄化魔法は、私の封印魔術の時とは違って『できる』と判断したけど、途中から『やっぱりこれは違う』と二度目の判断を下したんだろう。

だから半分だけ状態が改善されてのこれなんだと思う。


「できれば最後まで『できる』ものだと勘違いしてくれていたらよかったんだけど」


『人と同じで気まぐれなのかな』と兄さまは苦笑しながら言う。

でも、これでいいんじゃないかな。

なんでもかんでも魔法で治せるのは確かに便利だと思う。

だけど、そうやって魔法にばっかり頼っていたら人はダメになってしまうと思うんだ。

ちょっとしたことに治癒魔法とか浄化魔法を使ってそれに頼りきりになってしまったら、人が持っている自然治癒の力や自己治癒の力はどんどん衰えていってしまうから。

そうなったら、自分の力で生きていくことが難しくなってしまうんじゃないかって、そう思えるんだよね。


どうせ使うなら、完全治癒に頼る方向ではなくて、自然治癒力や自己治癒力を高めたり活性化させたりといったような、あくまでも身体的な補助という形で使っていくのが優しいんじゃないだろうか。

身体が強くなれば病気に罹りにくくなるし、自己治癒力や自然治癒力が高まれば、怪我をしても長引くことなくしっかりと自分の力で治すことが可能になる。

人として生きるっていうのは、つまりはそういうことなんじゃないの?


さっきの私の怪我だって、本当は治癒魔法に頼らなくても、時間をかければちゃんと治るものだった。

痕は……残ったかもしれないけどね。


つまり何が言いたいかというと、本当に死に直面したような緊急時でない限りは、おいそれと使うものじゃないってこと。

人間は怠惰な生きものだから、怪我をしても簡単に治せることが分かれば、それに頼りきって『怪我をしないように気を付ける』という前提をすっ飛ばしてしまう傾向にあるのが殆どなんだよ。

誰だって楽をしたいと思うものだし、やらずに済む苦労なんてしたいとは思わないもんね。

まぁさすがに痛がりな人はそうはならないと思うけど、多少痛いのを我慢できる人は真逆のことをやらかすと思うんだ。

最初から怪我がキレイさっぱり治ると分かっているから、気を付ける必要性なんて全く感じずに無茶ばっかするんだろうね。


でも。

だからこそ思うわけ。


『確かに治してもらうあなたは楽でいいよね』

『でもあなたはわかってるの? あなたに治癒魔法をかけてくれている人が、どれだけの苦労を重ねてその力を身に付けたのか』


……って。


その『あなた』の中には、もちろん私自身も含まれてる。

もう何度もロイアス兄さまの治癒魔法のお世話になってるから。

だからこれ以上はもう、兄さまの治癒魔法の力に頼っちゃいけない。

それこそ死にかけでもしない限りは。


頭の中でいろいろと考えているうちに、兄さまに対する『申し訳ない』という気持ちが大きくなっていく。

気が付けば、縋るようにキュッと兄さまのシャツの袖を掴んでいた。


「レーン?」


また泣きそうな顔にでもなっていたんだろう。

私の名を呼ぶ兄さまの顔に、ちょっと困ったような表情が浮かんでた。


「わたし……もう、……ら……ない……」

「えっ?」


兄さまの視線から逃げるように、俯き加減で言った言葉はしっかりとは伝わらなくて。

ちゃんと伝えなきゃいけないと思えば思うほどに、口にするのが怖くなってきつく唇を噛み締めてしまった。


「何? もう一度、ちゃんと聞かせて」

「………………」

「レーン」


視線を合わせるため、兄さまがその場に屈んだ。

私の視線よりも低い位置から、見上げるようにして顔を覗き込み、そして優しく問いかけてくる。


「何を言おうとしてたの?」

「もう……」

「うん」

「いらない、って……」

「何がいらないの?」

「……まほう。けが、したときの……」

「うん?」

「たよっちゃ、ダメ……って……」

「うん」

「だから……え、っと……」

「いらない?」


そう言われた瞬間、身体がビクリと跳ね上がった。


『怒らせた』


真っ先に思ったのはそれだった。

けれど。

恐る恐る見た兄さまの表情は、予想していたものとは正反対のそれだった。

じっと私を見つめているその顔は、とても優しい笑みを浮かべている。


「頼るのは悪いことじゃないよ?」

「……はい」

「でもレーンは、頼っちゃダメだと言った。頼ることの何がダメだと思ったの?」

「……なおしてもらえるのが、あたりまえだとおもうようになるから……」

「そうだね。治癒魔法に慣れすぎると、そんな風に思う人も出てくるだろうね」

「……いや、だから……」

「ん?」

「そんなふうに、ちゆまほうでけがをなおしてもらうのがあたりまえだって、そうおもうような、ダメにんげんになりたくないから……そうなるのが、いや、だから……」


今までがダメすぎる酷い子どもだったから、尚更にそう思う。

便利さに慣れて更にダメ人間になるとか、そんなことは許さない。

フローレン(わたし)が私である以上、絶対に許さない。


油断したら泣きそうになってしまうのを必死に堪え、唇をぎゅっと強く噛み締めながら兄さまの目を見つめた。

もしかしたら睨むように見つめていたのかもしれない。

一瞬だけ、兄さまが軽く目を瞠ったような気がしたからだ。


「……ならないよ」

「え……?」

「レーンはダメな人間になんてならないよ」

「にい、さま……?」


兄さまの手に引き寄せられた身体は、いとも容易く兄さまの胸の中に収まっていた。

そのまま抱き締められ、優しく頭を撫でられる。


「そんな風に『ダメになる』と言えるレーンが、ダメな人間になるなんて有り得ない」

「にいさま……」

「やっぱりレーンは変わったね。少し前とは違って、悪いことはちゃんと『悪い』と分かって、そうすることやそうなることが『ダメ』だということもしっかり理解して『そうなりたくない』と自分の口でちゃんと言えている。そんなレーンが『ダメな人間になる』と僕が思うなんて、レーンは本気で思ってる?」

「……おもわ、ない」

「うん。僕も思わないよ。だから、レーンはダメな人間には決してならない」


そう言われてまた頭を撫でられて。

理解してもらえたことの嬉しさで涙が溢れてきた。

ホントに涙腺コントロールがめちゃくちゃだよ。

せっかく兄さまが濡れタオルを貸してくれて『ちょっとはマシになったかな……?』程度には目の周りの赤みも腫れも引いたのに、また泣いちゃったら台無しじゃん。


「うぅ~……」


抑え込もうにも、一度流れたものを抑えるのはやっぱり難しくて。

抱き締められた兄さまの胸元にぐりぐりと顔を押し付ける状態になっていたこともあってか、あっさりと泣いていることがバレてしまった。


「また泣いてる」

「うぅ~……ないてません」

「おかしいなぁ……涙で僕のシャツが濡れてるのに、レーンは泣いてないって言うの?」

「なみだじゃないもん……これはあせ……あせなのです……」

「あははっ! 目から汗が出てるの?」

「……そうです。だからないてなんかいないのです」


大嘘です。

思いっきり泣いてます。


「じゃあ、そういうことにしておこうか」


そう言って笑いながら、兄さまは背中を優しく摩ってくれた。

その気遣いが嬉しくてまた涙が溢れてきたけど、もう抑え込もうとは思わなかった。

泣いてるの、とっくの昔にバレちゃってるし。


「レーンは……」

「……?」

「レーンは僕の治癒魔法に頼ることを悪いことだと思ってるようだけど、決してそんなことはないからね?」

「にいさま……」

「レーンがいらないと言っても、僕はこの先もずっと、レーンが怪我をする度に治癒魔法でレーンの怪我を治すよ?」

「それは、ダメです……」

「ダメじゃないよ。特に頭を打った時は有無を言わさず治癒魔法を使うからね? 頭の怪我はその時の状態によっては命の危険に晒されることもあるから。だから、これだけは何と言われても譲らない」

「……わかり、ました」

「うん。あとはレーンの一生のこともあるからね」

「わたしのいっしょう、ですか……?」

「そうだよ。レーンには傷一つ残してほしくはないからね。もしレーンが怪我をして、その傷痕が残ってしまったら、将来お嫁に行けなくなってしまうかもしれないんだよ?」

「およめって……」


一体何年後の話をしてるんだ、兄さまは。

今の私はせいぜい四~五歳だぞ。

いくらなんでも、そんな話は早すぎやしないだろうか。


まぁでも中世風のこの世界で貴族のお嬢様ともなれば、身体に傷一つあるだけで嫁ぎ先がなくなるというのは割と珍しくもないことなんだろう。



────ん……?

────ちょっと待てよ?



『傷がある、イコールお嫁に行けない』ってことは、キズモノになったら婚約者もできないってことになるのでは?


ってことはアレだ。

万が一何らかの強制力が働いたとしても、キズモノである時点で、ゲームのシナリオのように俺様殿下の婚約者にならずに済むってことじゃん!


うあぁ~……それを考えたらやっぱりおデコやった時の傷は治してもらわない方がよかったんじゃ……


「レーン?」


……や、無理だ。

何をどう言っても兄さまは私にできた傷を治してしまう。

つい今しがた宣言されたばっかりだしね、この先もずっと私の怪我を治すって。


「なんでもないです」


ここは兄さまの優しさに喜ぶところなんだろう。

だけど……それ以上に残念な気持ちになってしまったのは、破滅回避のために必要不可欠である超特大のフラグを折り損ねたという事実に気がついてしまったからだ。



────うぅ~……回避のチャンスって、またやってくるのかなぁ……



傷痕が残るような大怪我をすることが前提になるけど、できればその時は『殿下との婚約をオコトワリならぬ辞退』できる程度の傷を残す方向での治療をお願いしたいところだ。

ま、兄さまのことだから問答無用で却下だろうけどね。

ホント、治癒魔法とはいろんな意味で厄介だ。








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