封印魔術の応用編です! 1
~封印魔術の応用編です! 1~
その後も時間の許す限り、ロイアス兄さまに付いてもらいながら封印魔術を色々と試しました。
施しては解除、施しては解除……ということを繰り返すのですが、その度に全回復してしまう魔力を兄さまに奪い取ってもらわなければならないのです。
使うのはいいですが結構……いや、か~な~り~、面倒くさいです。
それもこれも私の魔力の回復量が異常なせいですが。
ちなみに最初に兄さまが使っていた、水になって流れ落ちるという術式の封印魔術も試してみましたが、このパターンはそんなに魔力を消費しないものだということが分かりました。
もちろん兄さまの封印魔術の効果をしっかりと見ていたためにイメージを明確に描くことができ、結果すんなりと成功させることができました。
そしてその時に消費した魔力ですが、兄さま曰く『ものの数秒で全回復している』とのことでしたが全くその通りでした。
ホンット異常だな、私の魔力よ。
まぁそんなことを思ったところでどうしようもないことは分かり切っているので、ただただ黙々と封印魔術を使っては魔力を消費させることを繰り返している次第です。
そして封印魔術を試しているうちに、段々と『こんなことができたら面白そう』という考えがポコポコと生まれてきました。
今までやってきたものは『見せないこと』を目的としていましたが、逆に『見せること』を前提とした、目に見える楽しみというものを追求してみたくなったのです。
半分飽きた影響もあったのだと思います。
魔法の練習というよりは完全にお遊び感覚での思いつきです。
前世でいう、飛び出す絵本とかあったら面白いだろうなぁ……と、ふと思ったわけです。
「にいさま」
「?」
「みせないんじゃなくて、みせることってできるんですか?」
「見せる? 例えばどんな?」
「いままではこのえほんをみせないようにふういんをしてましたけど」
「うん」
「そうではなくて、えっと……」
「うん?」
どう説明したらいいんだろう。
飛び出す絵本とか言っても伝わらない気がする。
南京錠もないこの世界に飛び出す絵本があるとか到底思えない。
「レーンはどんな風にしてみたいと思ったんだい?」
「えっと、えほんをひらいたら、なかからとびだしてくるようなかんじの……」
「………………」
うあぁ~……やっぱり通じてない。
見せないことを前提でやってきたのに、その逆のことやるとか普通だったら思わないもんな。
「試してみる?」
「にいさま?」
「魔法はイメージとセンスで成功を左右するから。やろうと思えばできるかもしれない。レーンがやろうとしていることがいまいち想像できないから、実際にどんな風にしたいのかやって見せてくれる?」
「え、っと……」
「基本は同じだから大丈夫だよ。成功しなければ対象に魔力が注がれることはないから」
「……じゃあ、やってみます」
「うん、そうしてみて?」
兄さまからそう促されて、私は絵本を手にして前世の『飛び出す絵本』をイメージしました。
表紙を開いたら中の絵が立体的に飛び出してきて、それから……
────子ども教材みたいに自動的に読み上げてくれたらもっと面白いよね
……と、何気なくそれもイメージの中に加えてしまいました。
何度も繰り返して慣れた手順通りに、イメージを固定させて魔力に集中し、それを絵本に注ぎ込む、という流れをこなしていきます。
絵本の中に流れた魔力は特にこれといった色はありませんでしたが、やっぱりというか当然のように銀色の粒子がくっついていました。
うん、やっぱりこの銀色の粒子を含めて私の魔力なんだなと再確認です。
今回のはイメージが少し複雑だったようで、かなりの魔力が絵本へと流れていきましたが、全部ではなかったようで脱力状態にはならずに済みました。
封印魔術とは違って、誰にでも見えるものとして使ったのでそのあたりの差もあるのかもしれません。
何となくだけど、見えるものを隠すというのは、それだけ高度なんじゃないかなと感じたわけです。
「できた?」
「はい」
「それじゃ、見てみるから絵本を貸してくれる?」
「はい」
兄さまから促されて絵本を手渡しました。
人の目に触れさせないための封印魔術ではないので、たぶん私が開いてもかけた魔法は発動すると思うんですが、やっぱり初めての試みなので兄さまに開いてもらう方が安心です。
「中が飛び出すというのはどんな感じなんだろうね」
そう言いながら兄さまが絵本を開いたその時でした。
絵本の1ページ目の絵が、銀色の粒子を纏ってキラキラと輝きながらポンと飛び出してきたのです。
緑色の小さな怪獣ドルンがニコニコ顔でテーブルに付いている場面の絵ですね。
そして、飛び出した絵が完全な形となったと同時に、もう一つの仕掛けが発動しました。
《むかしむかし、あるところにドルンという名の可愛らしい怪獣の子どもがいました……》
「!」
《ドルンは食べることがとても大好きな男の子で、一日の中でも特にごはんの時間が一番幸せだと感じていました……》
「え、っと……これは何……?」
驚き、戸惑いを隠せない表情でロイアス兄さまがそう私に問いかけてきたその間もずっと、優しい語り口調の声が怪獣ドルンのお話を読み上げていきます。
「えほんをひらいたらなかのえがでてきて、ついでにおはなしもかってによんでくれたら、だれかによんでもらわなくてもひとりでよめていいかなとおもって……」
小さなうちは文字を読めない子が大半で、絵本は読み聞かせをしてもらっているのが現状だ。
けれど大人は忙しい。
いつまでもずっと子どもの読み聞かせに掛かりきりになるわけにはいかない。
私だって、記憶の限りでは絵本の読み聞かせをずっとしてもらえたことはなかった。
何度も『もう一度』とねだっても、困った顔で『ゴメンね』と言われて、結局は諦めるしかなくて。
それで一生懸命、文字を読むことを覚えたんだった。
読んでもらえない寂しさを埋めるように、自分で読むことを選んだんだ。
そここそ『我慢せずに我儘を発揮してよかったんじゃないの?』と思うんだけど、何せ私の意識がない時だったからなぁ。
当時のフローレンなりに頑張って寂しさに耐えていたのかもしれない。
そこで我慢することを知ったのはいいけれど、今度はその気持ちを昇華させる方法が分からなくて、我慢しすぎて溜め込んで、限界がきたところで爆発して癇癪を起こしたって流れだろうな。
合わさったフローレンの記憶を思い返して辿り着いた結論はこうだ。
「……確かにこれなら誰かに読んでもらわなくても済むけれど。よくこんなことを思い付いたね、レーン」
違うのです、兄さま。
思い付いたのではなく、単に前世の知識なのです。
……なんて口が裂けても言えない。
でも、イメージして魔力と融合させて形にできるとは思わなかった。
成功して自分でもビックリという感じですよ。
「本の中から絵が立体的に飛び出して来るのも驚かされたけれど、自動的に話を読み上げてくれるのはいいね。文字が読めない小さな子どもでも一人で絵本を楽しむことができるというのはすごいよ」
そう言って、笑いながら頭を撫でてくれた兄さまだったのですが。
なぜか笑顔なのに、私を見つめる目が寂しそうに見えたのです。
「……寂しかったんだね、レーン」
「!」
「大人は皆忙しいから。絵本の読み聞かせをしてもらう時間が殆どなかったんだろう?」
「にいさま……」
気付いてたんだ、兄さま。
フローレンが寂しかったこと。
それをずっと我慢して溜め込んできたこと。
「この仕掛けの絵本がずっと前からあったら。レーンは寂しい思いをせずに済んだかもしれないね」
そうだね、兄さま。
でもね?
やっぱり子どもだから、一人で絵本を読むことができても、大人の誰か───お母さまやお父さま、お世話をしてくれる誰かから読み聞かせをしてもらいたいと思ったはずだよ?
「……こんなことを言っても今更かな」
「にいさま」
「この絵本、暫く借りても?」
「まほう、とかなくていいんですか?」
「うん、このままで」
「なににつかうんですか?」
「レーンの話を聞いて思ったんだよ。レーンと同じように、忙しい大人に構ってもらえずに寂しい思いをしている子どもは多いんじゃないかって。この仕掛けの絵本があれば小さな子どもでも一人で絵本が読めるし、少しは寂しさを紛らわせることができるかもしれない。その手助けとしてこの仕掛けの絵本が流通できたら理想的だろうなと思ったんだよ」
「りゅうつうって……」
────ちょっと待て!
────流通ってことは、これを商品として売り出すってこと?
────それダメ! 絶対に!
あくまでもそれ、前世での知識だから。
私が一から考えたものじゃないから。
著作権とか特許とかそういった諸々の問題があってですね……って、この世界に前世日本でのそういった利権関係が通用するわけはないと分かってはいるけど、そこは良識の問題だ。
前世でのオタ活動でかなり気を遣ってた部分でもあるし、そういう権利を害するような行為なんて以ての外だと私は思うのだ。
そんな私の思いに気付くことなく、兄さまは続けてこう言った。
「この自動で読み上げてくれる分は外国語の勉強にすごく役立ちそうだし」
「ふぇっ?」
「ただ文字を追うだけじゃなく、同時に耳で聞くことができれば勉強効率としてかなりいいと思うんだけどね」
そりゃそうでしょうよ。
文字を目で追うだけじゃ正しい発音なんて分かんないし。
……ってこれ、完全に前世でいう英会話教材みたいな感じになってるぞ。
そして厄介なことに、兄さまの言葉が甘い誘惑となって襲いかかってくる。
外国語の習得にはこの方法が一番効率がいいってこと、身に染みて分かっているから。
そう、前世でこれでもかというほどに。
「外国語の勉強を始めた時に、自動で読み上げてくれる教本があったら早く身につくと思うし、レーンもその方がいいと思わない?」
「あ……う……」
ヤバい。
めっちゃそう思う。
兄さまの言う通りだって思いっきり頷きたい。
でもここで頷いて、これらが商品化して一般流通し始めたらと思うと良心が咎める……
でも……でも……!
自分のためになる外国語の教本はすっごく魅力的だ。
それもこれから始める身としては、優しく楽しく学べて苦にならないかと思うと尚更に。
「これを父上に見せて提案してみようか」
「え、っと……」
「子どものためになるものなら真剣に話を聞いてもらえるだろうし」
「あの、にいさま……」
「後で僕の部屋にある外国語の教本も同じような状態にして一緒に見てもらおう。ね、レーン?」
「あ……う……は、い……」
真剣に、でも嬉しそうに話す兄さまを見てつい頷いてしまった。
この世界では大丈夫かもしれないけど、でもよくないことだとも分かっているから少し不安だ。
確かにあれば便利なものだし、多くの子どもたちの為にもなる。
────大丈夫かなぁ……
遊び感覚の出来心だったのにどうしてこうなったし。
とりあえず『魔力が絡むから』という理由でお父さまが却下してくれることを祈ろう。
この手の本を作るとなると、職人さんだけじゃなく、ある程度の魔法を使える人の手も必要になるはず。
人手と工程と製作にかかるコストその他諸々を考慮して『難しい』と誰かが言い出せば、自動読み上げ機能搭載の飛び出す絵本も外国語教本も流通することはなくなるはず。
うん、その希望に賭けよう。
そんなことを思っていたこの時の私でしたが。
まさかこのアイディアが絶賛されて、すぐに商品化という流れに乗ることになるとは露ほども思っていませんでした。
そして少し先の未来でお友だちとなったノーヴァ公爵家のご令嬢のリリーメイ様も似たようなことをしたことがあると知り、二人一緒にプチ反省会を開くことになるのは今から数年後のこと─────
閑話休題。
そんなこんなで、自動読み上げ機能搭載の飛び出す絵本から始まった、『見せない』ではなく『見せる』ための封印魔術の応用はこの後も続きました。
最初に仕掛けを施した『怪獣ドルン』の絵本はそのままにしておくことになったので、別の絵本を引っ張り出してきて別パターンの仕掛けを試すことにしました。
もちろんこの仕掛け魔法───何魔法と呼べばいいのか分からないのでテキトーに私が付けました───も、解除の際はロイアス兄さまに余分な魔力を取ってもらってから解除する、という流れです。
応用なので封印魔術とやり方は大して変わりません。
ただ、人の目に触れさせないための隠すやり方の封印魔術の方が魔法としては高度です。
封印魔術に比べるとこの仕掛け魔法はあんまり魔力が減りません。
なので回復も早くて、その分さっきから何回も何回も兄さまから魔力を取ってもらってるんですよね。
めっちゃ面倒だと思うのですよ。
なのに兄さまは嫌な顔一つ見せずに、私の気の済むまで付き合うって言ってくれるんです。
私がやりたいと言い出したこの仕掛け魔法に興味を持ったこともあるんでしょうけどね。
……いい加減に飽きないんでしょうか。
『私そろそろ飽きてきたよ……?』とは言えない雰囲気です、はい。
できると分かったから『もういいや』っていう気分になったとも言えます。
段々と自分の魔力がどんな感じなのかも分かった気もしますし。
────なんというか……私、なんだよなぁ……
どうやら私の魔力、その時の私の気持ちとリンクしているみたいなんですよね。
『怖い』と思ったら不安定に揺れたり。
『楽しい』と思ったらするんとスムーズに出てきたり。
一言で言うなら、分かりやすい。
兄さまが言うように人とは違う特殊な魔力かもしれないけど、こうして向き合ってみるとそうでもないかなって感じるようになったのはすごいことだと思う。
それだけ封印魔術を応用した仕掛け魔法を使いまくったわけだけど。
「………………」
最後に仕掛け魔法を施した絵本を何気なく開くと、色とりどりのお星さまが『ポン! ポポン!』と次々に飛び出して空中を跳ね回ります。
ぼんやりとそれを見つめながら思ったことはなんてことはないくだらないことです。
────あ~……ポップコーン食べたい……
さっきあれだけお茶請けの焼き菓子を食べたのにまだ食べたいとか食い意地張りすぎだと自分でも思います。
でも空中を跳ね回るこのお星さま、ポップコーンに見えてしょうがないんだもん。
まぁ……この世界にはポップコーンなんてないんだろうけど。
たぶん材料はあるだろうから、作ろうと思えば作れるかもしれないな。
うん、やってみる価値はあるかも。
私、ポップコーンはキャラメルフレーバーが一番好きなんだよねぇ。
もし作るとしたら魔法でもできるかなぁ?
鉄製の深めの器を用意して材料入れて熱加えて……って、この場合は火とか炎の属性の魔法で熱を加えることになるのかな?
────……って、ダメじゃん!
火属性とか炎属性とかいう以前に、今の私の魔力は無属性だっつぅの!
そもそもオンディール公爵家は代々水属性魔法に長けている家系だ。
仮に私の魔力の属性が顕現したとしても、水属性である可能性が限りなく高い。
っていうかほぼ100%水属性じゃないだろうか。
だとしたら『魔法でポップコーン作ろうぜ』計画は頓挫だ。
なら普通に厨房で作ろうにも、幼女だからまず有無を言わさず厨房は出禁だろう。
「あぅ~……おわった……わたしのやぼうは、ついえた……」
「レーン?」
「……!」
「今野望がどうとか聞こえたけど、一体何を考えていたんだい?」
マジか!
私、声に出してた!?
いや、兄さまに聞こえてたってことはバッチリ声に出して喋ってたことは事実だ。
聞かれた以上は正直に言うしかない。
まず誤魔化そうにも誤魔化されてくれる相手じゃないからな、ロイアス兄さまは。
「おかし」
「うん?」
「あるおかし、まほうでつくれないかなっておもったんです……」
「お菓子? さっきあれだけ焼き菓子を食べたのにまだ食べたかったの? レーンは食いしん坊さんだね」
「う゛……」
────い……今食べたいんじゃないも~ん!
ここは声に出して反論したいところだけど、自分でも食い意地張ってるのは自覚してるから心の中で存分に悪態をついておくことにする。
仮に言ったとしても後が怖い。
必要以上の笑顔で凄まれそうな気がする。
「それで? 何をどんな風にして魔法でお菓子を作ろうだなんて考えたのかな?」
てっきり食い意地張ってると言われて笑われるだけだと思っていたけど、兄さまは真剣に話を聞いてくれる姿勢だ。
バカ正直な私は、作りたいお菓子そのもの───ポップコーンの正体は伏せたままで、魔法による熱を加えるやり方でお菓子を作ろうと思ったことを辿々しいながらも兄さまに説明した。
考えついたはいいものの、何の属性も持たない今の私の魔力ではそれが到底無理であること。
だったら普通に厨房で作ればいいじゃない、と思ったところで子どもだから厨房へは立ち入り禁止にされてしまうだろうということ。
だから、作れなければ食べられないという結論に至り、私の野望が潰えたというあの発言に繋がったのだということ。
全部を説明し終えると、兄さまが苦笑しながら『残念だったね』と頭を撫でてくれました。
言われた言葉の意味するところは、魔法が試せないこと1割、お菓子が食べられないこと9割だろうな。
何せ私、食いしん坊レーンですから?
ぷっくりと頬を膨らませてむくれる私の頭を撫でる手はそのままに、兄さまが含んだような笑みを浮かべながら私の顔を覗き込んできました。
「今度それ、教えてくれる?」
「?」
「少しなら僕も火属性魔法が使えるから。今度こっそり試してみようか」
「にいさま……」
「レーンはそのお菓子を食べたいんだよね? なら二人だけで今度こっそり作ってみよう」
含んだような笑みはいつの間にか柔らかなそれへと変わっていて。
そして、言われた言葉の意味を理解したと同時に、私は手にしたままの絵本を放り出して勢いよく兄さまに抱きついていた。
「ロイにいさま、だいすき!」
「うわ……っと!」
勢い余って、気づけば兄さまを押し倒す形で床にダイブです。
でも毛足の長い絨毯の上だからちっとも痛くはありません。
ただ……危ないことだからしっかりと注意はされましたけどね。
注意されながらもクスクス笑っている私の視線の先には放り出した絵本。
そこからは相変わらず色とりどりのお星さまが弾けていて。
弾け出しては空中を跳ね回るその様子を見て『やっぱりポップコーンみたいだ』と思った私は、正真正銘、筋金入りの食いしん坊なんだなと改めて自覚したのだった。