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前世の記憶が戻ったようです 1




~前世の記憶が戻ったようです 1~



「やぁ~~~! やなのぉ~~~ッ!!」


幼い少女の癇癪を起こす声にふっ……と意識が浮上した。

僅かに舌っ足らずな調子で紡がれた甲高い声を耳にして、一体何事だろうかと、未だぼんやりとした意識の中で考えを巡らせる。

それと同時に目にしたものは、自分のほぼ目の前に位置する食事途中と思われる風景。

皿の中に残された緑色の野菜の切れ端が、お世辞にもキレイとは言えない無残な姿で隅のほうへと追いやられている。

意図的に一箇所に除けた証拠だ。

子どもの頃に好き嫌いがあった者なら一度はやったことがあるであろう見慣れたその状態に、私は癇癪を起こした幼女に対し心の中でそっと同情の溜息を零した。



────嫌って言いたい気持ち、よ~く分かるよ……

────だって、ピーマン、苦いもんね……



そんな私も子どもの頃はピーマンが大の苦手だった。

大人になった今でこそ苦手は克服したものの、やはり口に入れた時のあの苦味と、青臭いピーマン特有の香りは好きになれない。

食べられないということはないけれど、好き好んで自分から食べようとは思わない、できれば敬遠したいなぁ……くらいの、ごくごく軽~い克服具合だ。

大人の自分でさえこうなのだから、今現在進行形で半ベソになっていやいやをしている幼女にとっては、目の前のピーマンを完食するというのは拷問に近いものがあるだろう。


「いや……。たべたく、ない……」


ぐすぐすと鼻をすすり半泣き状態から本格的に泣き始めてしまった幼女に、胸を刺すような何ともいえない思いを抱きつつ、届かないと分かっていながら『頑張って』のエールを贈る。

一体全体、どうして私がこのような光景を見つめているのかはさっぱり不明だが、自分にも身に覚えのありすぎるこの状態を見て、さすがに無視を決め込むことはできそうになかった。


うん、嫌だよね。

苦いものを口に入れるのは本当に辛いもんね。


嘗ての自分を思い返しながらこう思う。

痛いくらいにこの幼女の気持ちが分かるから。

それと同時に、ここで甘やかすわけにもいかないということも。


『じゃあいいよ』って、やめさせることはもちろんできる。

だけど、そう言ってやめさせてしまうのはこの子のためにはならない。

苦手を克服するなら断然早いほうがいい。

物事の分別ができ、且つ己の主張をハッキリと口にできるこの時期が一番なのだ。

今まさに、泣きながらいやいやをしているこの時が。



────けど、さぁ……

────泣いてる子を相手に心を鬼にするのは、ねぇ……?



分かってはいるけど、やっぱり泣いている幼女に厳しくするのはさすがに心が痛む。

自分のことを棚に上げて……という思いと罪悪感との両方で。



────……………………



ええい、迷うな私!

この子の将来のためだ、今だけは罪悪感やら何やらはきっぱりさっぱり捨て去ってしまえ!


可愛らしい幼女相手に厳しくすることの反省なら後で死ぬほどすればいい。

声は届かなくても心の中で精一杯応援するんだ。

念を飛ばすように強く強く願い続ければきっと幼女の心にこの思いは届くはず。



────よし! 届け、私の思い!

────願わくはこの幼女の心の奥まで!



そう決心して私は幼女を宥めにかかる。

できる限り優しく、優しく。

決して厳しくならないようにと気を付けながら。


ねぇ、聞いて?

これはとっても大事なことだからね?

誰にだって嫌いなものはあるよね?

だからあなたが食べたくないっていう気持ちはよ~く分かるよ?

でも……ね?

嫌いでも、頑張って食べよ?

ちゃんとバランスよく食べないと、栄養が偏って大きくなれないからね?

大きくなった時にあなたが困らないためにも大事なことなんだよ?


……なんて。

気分はまるでこの幼女の年の離れた姉、或いは母親のよう。

自分自身が幼い頃に母親から言われ続けた言葉を心の中で念じるように語りかけ続け、そしてはたと気付く。


『私は一体どこに向けてこの心の声を発しているんだ?』と。


なぜなら、目の前の食事風景が見えているにもかかわらず、私にはこの幼女の姿が全く見えていないのだから。

甲高い癇癪の声は未だすぐ側で聞こえているというのに、なぜかその声の主の姿を確認できない。


これはおかしい。

あまりにもおかしすぎる。


幼女の姿は見えない。

でも、目の前の光景はちゃんと見えてるし、状況だってしっかりと理解している。

癇癪を起こして、泣きながらいやいやをする甲高い声だって頭の中にガンガンと鳴り響くように極めて近い場所から聞こえてきているのに。


なのに、なぜだ。

なぜ傍観しているはずの私に件の幼女の姿は見えない?


そう思ったその瞬間だった。

目の前ににゅっと伸びた小さな手が、テーブルクロスを掴んだのは。

まるで私自身がそうしたのかと錯覚できる距離感で。



────え……?



と、疑問に思ったのは一瞬。

いや、瞬きをするよりも短い間だったように思う。

小さな手がテーブルクロスを掴んだその時、確かに私の手は感じていた。

皺一つないパリッとした布地の確かな手触りを。


「いけません、レーン!」

「いやぁ~! たべないったらたべないのぉ~~ッ!!」


そう叫ぶと同時に力の限り引き寄せられる大判の布、つまりはテーブルクロス。

そして今現在、食事の真っ只中。

当然テーブル上には色々なものが置かれている。

空になった皿もあれば、料理が残った状態の皿やグラスもある。

テーブル中央には花瓶に生けられた華やかな彩りの季節の花だって。

そう、実に色々なものが置かれているのだ。

この状態でそういうことをしたら何が起こるのか。

説明せずともお分かりいただけるだろう。


力任せに引っ張られたテーブルクロスに釣られるように、上に載せられたものは次から次へと落ちていく以外にない。

つまりは、テーブルクロスを力任せに引き寄せた張本人である幼女の方へと。



────……って、ちょっと待て!



先ほどの一瞬で気付いた事実に、私の思考回路が忙しなく回り出す。

手に触れた布地の感触。

そして引っ張られたテーブルクロスを掴むその感触までもが確かに手の中に存在している今現在。


そう、今現在。

なおも進行形で。


ゆっくりと視線を巡らせる先に、引っ張られて落ちてくる食器たち。

それらを見上げる視線の角度で気付いてしまった。


まさか……! と。


もしかしなくても、この幼女は私なのか!?

私が幼女なのか!?


力任せにテーブルクロスを引いたからなのか、勢いのままに身体が後方へと傾ぐ。

ぐらりと重力に従うままに、背中から床へと向かって一直線に身体が沈もうとしている。


「レーン……っ!!」

「レーンッ!!」

「お嬢様ッ!!」


悲痛な声で名前を呼んだのは、多分家族。

お嬢様と呼んだのは、使用人だから。


ああ、ここはどこかの裕福な家庭なんだなとぼんやりと考える余裕はまだあったらしい。

だからといって、自分がこの幼女であったと気付いたところで倒れていく身体はどうにもならない。



────……なんでこんなことになってるんだろう



そう思った瞬間、頭と背中に強い衝撃を受けた。

めでたく床とご対面ですよ。

ちっともめでたくなんかないですけどね!!



────……痛い



地味にどころじゃない、ガチで痛い。

大人の身体だったらこの程度の痛み全然平気なのに。

むしろ倒れたところで、頭や背中を打ったりする前に交わすことだってできた。

小さな身体じゃそんなことは到底無理。

受け身とか反射行動とか、そんなことがこんな小さな身体にできるだろうか。

できるわけがない。


痛みでじわりと瞼の奥が熱くなり、次いで滲み出した涙が視界を僅かにぼやけさせる。

ほぼ仰向け状態で倒れた私の周りには乱雑に散らばった食器たちの残骸。

大半が割れてしまって、辺り一面が悲惨なことになっている。


「あぁ、レーン……!」


そんな中、真っ先に私に駆け寄ったのは、顔面蒼白で悲痛な表情を浮かべた美しい貴婦人。


「こんな、なんていうこと……」


今にも涙を流しそうな痛ましいその表情を見たことで、私の口が自然と言葉を紡いだ。


「お……か……さ、ま……」


言おうとした言葉は多分『おかあさま』。

この美しい貴婦人がこの幼女、いや私の母親なのだろう。


応えた私を抱き締めようと手が伸ばされたところで、別の声がそれを遮った。


「ダメです、母上。レーンは頭を打っています。下手に動かさずに、まずは医師に診てもらうのが先かと」


声の感じからして男の子。

多分この声も家族。


「そうね。そうだったわね。わたくしったら気が動転してしまって……」

「無理もありません。僕だって予想もできなかったことですし。せめてもう少しレーンに近い場所にいたのなら……」


『止められたかもしれないのに』という続きが簡単に想像できてしまった。


ピーマンが嫌であの暴挙に出て結果コレとか、本当、どうしようもないなこの幼女。

いや、今やもう幼女は私なわけだけど。


くっそ~……痛すぎるわ、打った頭が。

こりゃ間違いなくドデカいコブができてるね。


痛みにじわじわと侵食されて、段々と思考することが面倒になってきた。

すぐ側で聞こえている会話の声が段々遠ざかっていくようだ。

美しい母親と、恐らく兄だと思われるしっかり者の男の子の間に挟まれる形で私はゆっくりと目を閉じた。

滲んだ涙がつうっと頬を伝い落ちる。


「レーン!」

「レーン!?」


慌てたような声が幼女の、私の名を呼ぶけれど、それに応えられる気力はもうなかった。


ああ、痛い。

ちょっとだけ、休ませて。

色々なことを考えるには、この頭の痛みは邪魔なんだよ。


段々と沈みゆく意識の中で理解したのは、ここが今まで生きてきた日本という世界ではないこと。

そして。

どうやら私は、西洋風の裕福な家庭の『レーン』という名の女の子に生まれ変わったらしい、ということの二つだった。



ラストの方の


「段々と沈みゆく意識の中で理解したのは、ここが今まで生きてきた日本という世界ではないこと」


という一文で「世界」ではなく「国」ではないか、との誤字報告をいただきました。

こちらは「住んでいる場所」「生きている場所」という意味合いで「世界」という言葉を使っております。

「世界」という言葉そのものが指す定義はとにかく多いです。

あれこれと考え出すとキリがなく、考えれば考えるほど頭が混乱しますので、ゆるっとふわっと「そういうものなんだ~」くらいの感覚で流していただけたらと思います。

表現の一種ということで、今回は訂正は入れておりません。

ご了承ください(*- -)(*_ _)ペコリ



2021/09/05

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