どうやら私の魔力は異質らしい、……ですってよ? 1
~どうやら私の魔力は異質らしい、……ですってよ? 1~
叫んだ時以上の大きな声で泣き続ける私に、ロイアス兄さまは何も言わずにただただ私を抱き締めてくれました。
兄さまの腕の中はとても安心できます。
優しく頭を撫でられたり、背中を擦られたり、ということを繰り返され、段々と気持ちも落ち着いてきたようです。
かなりの時間泣いていたように思いますが、やっと涙も収まりかけてきました。
ふと気付くと未だ兄さまとの視線が真正面で交わったままの状態であることが分かりました。
随分と長い間、兄さまを屈んだままの状態でいさせてしまったようです。
中途半端にキツい姿勢でいさせてしまって申し訳ない。
これについてもちゃんと謝らなければ。
思えば私、兄さまにキツい目にばっかり遭わせてしまっています。
今のこの状態といい、封印魔術で感電レベルのダメージを浴びせて手を痺れさせてしまったり、魔力の暴走を防いでもらったりと、本当に色々と。
我儘を言って困らせるよりもずっとタチの悪いことをしてしまっているのです。
「ごめんなさい、ロイにいさま」
「ん?」
「ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「わたし、にいさまをくるしめることばかりしてます……」
事実なのですが、それをいざ言葉にして口に出すと落ち込みます。
酷いことをしてるなと、改めて思い知らされた気分です。
「苦しくないって言ったはずだけれどね、レーン。大丈夫だとも」
「……でも」
「本当に苦しくないし、大丈夫だよ。どちらかというと驚かされてる」
「え……?」
「レーンの魔力の性質と、魔法全般に関する素質との両方にね」
魔力の性質と、魔法の素質?
嘘だよ、そんなの。
魔力に関してはよく分からないけど、魔法に関して素質があるとか絶対に有り得ない。
だってゲームのフローレンは魔法なんて全然ダメダメだったもん。
「信じられない?」
問われてコクリと頷きます。
信じられなくて当たり前だ。
生活魔法に毛が生えたレベルのしょぼい魔法しか使えなかったフローレンに魔法の素質なんてあるはずがない。
「さっきの封印魔術で証明されたも同然なんだけれどね」
そう言って苦笑したロイアス兄さまは、私の頭を軽くぽんぽんと撫でてから漸く立ち上がりました。
自然と離れていく視線を追いかけて、私は兄さまを見上げる形になります。
「描くイメージとセンスだって、言っただろう?」
その問いかけにもコクリと頷きます。
イメージするのは得意だ。
前世で絵を描きまくったり、オタ活動しまくったりと、想像、空想、妄想は日常茶飯事でしたからね。
文字ビッシリの小説も好みがピッタリ合えば、文章を目に入れた途端あっという間に脳内でイメージ化、なんてのも容易かったし。
それくらい『頭の中でイメージを描くこと』は、私の生活に根付いてた。
だからイメージに関しては何の疑問もない。
センスに関しては疑問だらけだけど。
「言葉で言うのは簡単でも、実際にやるとなると難しいものなんだ」
「イメージすることがですか?」
「そうだよ」
「にいさまも?」
「もちろん。時々イメージが固まらなくて苦労させられてる」
苦笑とともに返った意外な返事に、思わず兄さまのシャツをギュッと握り締めてしまった。
あんなに容易く魔力を操っていた兄さまが、イメージに苦労させられているなんて想像もつかなかったからだ。
「にいさまでも、ですか?」
「それだけ曖昧なものなんだ。正解とする形もないから、どこまでも試行錯誤させられるのがイメージと魔法の関係なんだよ」
「……だから、むずかしい?」
「そうだね」
未だ崩れない苦笑顔のロイアス兄さまをじっと見上げていると、観念したように『苦手なんだよ』と告げられた。
どうやら兄さまは頭の中でイメージを描くことが苦手らしい。
人には得手不得手があるとは言うけれど、やっぱり兄さまが何かに対して『苦手』と口にするのは意外すぎた。
ゲーム設定のロイアスが何でも熟す万能なキャラだったイメージが強いからかもしれない。
勝手に完璧キャラ認定してたけどそうじゃないんだよね。
生きてる人間だもん、完璧なんて有り得ないんだ。
作りもののゲームの中の一キャラだったからこそ、完璧が成り立っていただけで、現実とは違うのが当たり前なんだ。
「にいさまはなんでもできるひとだとおもってました」
「そんなことはないよ。何でもできるなんて、そんな完璧な人間はどこの世界を探しても存在しないからね」
そうだね、兄さま。
完璧が存在したのは、あくまでも『そこ』が人の手によって創られた理想を詰め込んだ世界だからだ。
ここは創られた世界でも、理想でできた世界でもない。
だからこそ完璧な人間なんて存在しない。
「……でも。限りなく近づきたいと思うのが人の性だね。人間というのは欲深い生きものだから」
「にいさま」
苦笑混じりで続いた言葉を聞いて、納得した。
兄さまはどこまでも貪欲で努力家で、その結果を確実に残していく人なんだって。
その積み重ねが、あの完璧人間の堅物ロイアスへと変えていくのだろうと。
……でも。
できれば無表情がデフォルトのあの兄さまにはなってほしくないなって、ちょっとだけ勝手なことを思ってしまう。
前世の記憶が戻ってまだほんの数時間。
その短い間で見たロイアス兄さまの色々な表情が、大人になることでなくなってしまうのは何だか寂しい。
今のままの兄さまでいてほしいと思うのは、やっぱり自分が子どもだからなのだろうか。
「レーン?」
じっと見つめていたことに疑問を持たれ、不思議そうな顔で名前を呼ばれる。
僅かだけど、やっぱり表情変化があるのが分かる。
「ん~ん、なんでもないです」
「そう?」
「はい」
嘘。
ホントは色々と考えてる。
でもこれは、私の身勝手な希望。
兄さまに言っていいことじゃない。
それでも尚じっと見つめたままでいる私の頭を撫でてから、兄さまは私の手を引いた。
どうやら長椅子の方へと移動するようだ。
なぜいきなり移動するのか分からずに首を傾げると、兄さまがその理由を教えてくれた。
「さっきのことを説明しようか」
「! わたしのまりょく……!」
そうだ。
兄さまが、私に何をしてああなったのかずっと疑問だったんだ。
「口で説明するだけじゃ分かりにくいから、簡単な図にして、分かりやすいようにしようと思うんだけれど」
「かみとペンですね!」
「そう。説明の間ちょっとだけレーンから借りようと思ってね。構わないかな?」
「もちろんです!」
返事をするなり、私は兄さまの手を放して駆け出しました。
向かった先はお絵描き道具一式を収納している棚。
さすがお絵描き大好きレーンだけあって、かなりの大きさの収納棚です。
紙もペンも全て、描く───この場合は『書く』も含める───ものに関しては、この収納棚にしまってあります。
そのうちの一つの引き出しを開けて、私はノートとペンを取り出しました。
「…………」
けれど、なんとなく黒一色のペンだけじゃ色合い的に寂しいと感じてしまい、隣の引き出しを開けて色鉛筆も取り出しました。
図にして表すなら、一色より何種類か色を掛け合わせて描いた方が見やすいし、分かりやすいと思うのです。
単に私がカラフルな方が好きなだけなのですが。
どうせ描くなら、見た目にも楽しい方を選びたいものです。
ノートとペン、それから色鉛筆を抱え、ニコニコ顔でロイアス兄さまのところへと戻りました。
そんな私を見て、兄さまが苦笑したのが分かりました。
たぶん、色鉛筆のせいだと思います。
「レーン、お絵描きをするわけじゃないんだよ?」
「わかってますよ?」
「なのに色鉛筆かい?」
「いろがあるほうがみやすいですし、みててたのしいです」
「相変わらずだね」
どうやらロイアス兄さまの目には、今の私の様子がお絵描きをする時と同じテンションに見えていたようです。
「それじゃ、貸してくれる?」
「はい」
手を差し出されて、持ってきた一式を兄さまへと渡しました。
それを受け取り長椅子へと腰を下ろした兄さまは私に隣に座るよう促します。
すぐに兄さまの隣へと滑り込むように座り、開かれたノートを覗き込みました。
兄さまの手によって、ノートに二つのあるものが描き込まれます。
────何だろう、これ……?
────棒人間?
棒人間なんて描いてどうするんだろうか。
兄さまの意図が分からず、ノートに描かれた棒人間と、それを描いた兄さま本人の顔とを何度も交互に見つめました。
見たところでちっとも分からないわけですが。
尚も交互に見つめていると、段々と兄さまの顔が渋面になっていくことに気付きました。
眉間に深く皺を刻み、半眼でノートに描いた棒人間を睨むように見ています。
「ロイにいさま?」
「…………違う。こうじゃないんだ……」
「はい?」
────こうじゃない……って、もしかして棒人間のこと?
唸りながら兄さまは頭を抱えてしまいました。
たぶん何らかの図を描こうとしていたことは確かです。
けれどそれは、今ノートに描かれている棒人間ではない。
つまりはそういうことなのだと思います。
「……どうしてかな。口で説明するのは容易にできる気がするのに、書いて説明するのが難しく感じる」
「………………」
普通は逆だと思います。
口だけで説明するのは、図で描いて説明するよりもずっとずっと難しいと思うのですが。
そう考えると、兄さまと私は真逆だなと思います。
「にいさまはなにをかこうとしたんですか?」
「ん?」
「これは……ひと、ですよね?」
「……そのつもり」
「でもこれじゃないんですよね?」
「そうだね。これだと身体の中の魔力の動きを描いて表すことができないから」
「……ひとのからだ……まりょく……」
「うん、そう。器みたいな感じで説明したかったんだけれど、これじゃ……ね……」
……なるほど。
人の形を描いて、且つ中に何かを書き込めるようなスッカスカ状態にすればいいのか。
感じとしてはアレだ。
デフォルメチックな頭でっかちの男の子と女の子を表したクッキーの抜き型。
それとか、前世の世界で当たり前のように見てきた公衆トイレの男女マーク。
ピンと思い立ったと同時に私は色鉛筆の中から黒を取り出しました。
それから兄さまの目の前にあるノートを引き寄せると、頭に思い浮かべた中身スカスカ状態の人型を一つ描きました。
クッキーの抜き型を参考にした頭でっかちの男の子です。
「こうですか、にいさま?」
「レーン?」
「これだったら、からだのなかになにかかけますよ?」
そこはもちろん色違いでお願いしたいので、ケースごと色鉛筆を見せながらニコニコと笑顔で言いました。
「このからだのなかにまりょくのうごきをかくんですよね? これだったらかけますか?」
「うん。じゅうぶんだよ、レーン。やっぱりレーンはすごいな」
私が描いた頭でっかちな男の子の人型を見て、兄さまは苦笑しながら私の頭を撫でてくれます。
「イメージもだけど、絵も苦手なんだよ」
「? でもにいさま。おはなのえとか、どうぶつのえとかじょうずですよ?」
そうなのだ。
苦手と言いつつも、決して兄さまは画伯レベルの壊滅的な絵を描くほど下手くそなわけではない。
寧ろ普通に上手だと言えるレベルだ。
「あ~……」
「?」
「見て描く分にはいいけれど、考えて描くのが、ね……」
そういうことか。
要するに、兄さまはイメージ画が苦手らしい。
確かにそういう人は多いと思う。
実物を見て描く絵とは違って、イメージ画はあくまでも自分の頭の中で描いたものが元になる。
そのイメージをそっくりそのまま描くのは慣れていないと難しいものだ。
おまけに描くイメージが曖昧なら、当然のように絵にしたところでそれはぐちゃぐちゃな仕上がりになってしまう。
得意な人には簡単だけど、苦手な人には難しいのは当然だ。
だから兄さまも、器みたいな感じだと考えていたにも関わらず、そこから簡単な人型までへとイメージが延長していかなかったんだと思う。
「じゃあわたしがかきます」
「レーン?」
「だからにいさま、おしえてください。これをどんなふうにしていけばいいのか」
まずはあやふやでもでいいから、兄さまがどんな風に考えているのかを教えてもらう。
それを元にして私が脳内でイメージ化、絵にしていく、という流れで図に起こして描いていくのがよさそうな気がした。
「これをどうすればいいですか?」
既に私は描く気満々だ。
黒の色鉛筆を握り締め、兄さまを見上げながら指示を待つ。
そんな私をしばらくじっと見つめていた兄さまだったけれど、やがて降参したと言わんばかりに苦笑して私の頭を撫でた。
「それじゃ、描くのはレーンにお願いしようかな」
「まかせてください!」
描くのは何でも得意だよ!
イメージだって『こういうのが~……』っていう、ある程度の形があれば、それを聞いて近い形にする自信だってある。
だから大舟に乗ったつもりで、私に任せてくれたら嬉しい。
「このにんぎょうになにをすればいいですか?」
「ああ、待って」
「?」
「次のページに、上と下とで二つ描いてほしいんだ」
「うえとした、ですか?」
「うん」
「よこにじゃなくて?」
「そう。横の方向には魔力の動きを順を追って描くようにしたいんだ」
……ふむふむなるほど。
「二つなのは、一つが僕でもう一つがレーンだから」
「にいさまとわたしですか?」
「そうだよ。違いを見比べられるようにしたいからね」
「わかりました」
兄さまからの指示通りに、私はノートを捲り、見開き状態の左側の上段に男の子の人型を、それから下段に女の子の人型をささっと描き入れました。
もちろん頭でっかちのクッキー型を参考にしたものです。
だってこっちの方が見た目がかわいいですからね。
「これでいいですか、にいさま?」
「うん、ありがとう。この後も同じものをいくつか横に向かって描いてもらうことになるけど大丈夫?」
「へいきです!」
何度も言うけど、描くこと大好き人間ですからね!
前世の私なんて、時間の許す限り、寝食そっちのけで好きなだけ描いていましたからね。
食事を抜いたことがバレて何度もあの子に怒られたのは今ではいい思い出だ。
あれ以来、お菓子の差し入れだけに限らず食事の面倒も見てくれるようになったんだっけ。
すっかり餌付けされちゃったもんな、あの頃の私。
女子力カンストしてたし『いつでもお嫁に出せます』って胸を張って言えるような子だったなぁ。
……っと。
思考が前世に飛んじゃってた。
今はこっちに集中しないと。
「まずは魔力が身体に満ちた状態にしたいから……」
「じゃあこうします!」
いそいそと取り出したのは水色の色鉛筆。
それで男の子の人型の中を塗っていきます。
ちなみになぜ水色なのかというと、私が見てきた兄さまの魔力が淡い水色だからです。
「ぜんぶぬってもへいきですか?」
「大丈夫。100%の状態だから塗り潰していいよ」
「はい!」
オッケーをもらってニコニコ顔で男の子の人型を水色で塗り潰しました。
これで『兄さまの魔力が100%の図』ができあがりました。
「もう一つはレーンだけど」
「わたしはなにいろにしたらいいですか?」
さっき自分の目で見た魔力は暗めの黄色に銀色の粒子が散りばめられたような感じのものだったけど、これを色鉛筆で表すにはちょっと難しそうだ。
っていうか、色鉛筆に限らず、アナログでやるには色々と限界がある気がする。
「……そうだね、どうしようか」
そう言った兄さまは思案顔です。
私はそんなロイアス兄さまをじっと見つめながら指示待ちなうです。
「レーン、手を出して」
「?」
突然そう言われて、反射的に色鉛筆を持っていない方の手───左手を差し出します。
すると兄さまは、私の手を包み込むように握るとこう言ったのです。
「どうやらレーンの魔力は異質みたいだから……その説明も含めてどうするべきか悩みどころだな」
「!?」
────なんですと!?
今聞き捨てならないことをサラッと言われた気がするんですけど?
っていうか、異質って!
異質ってなんなんですか兄さま~!?