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封印魔術を教えてもらいます 3




~封印魔術を教えてもらいます 3~




ロイアス兄さまの魔力によって封印魔術が施された絵本が消えました。

私が表紙を開いたその瞬間に、水のように流れ落ちて溶けてしまったんです。

焦って狼狽える私と変わらずマイペースな兄さま。

そもそも見られなくするための封印の魔術なのに、見られない以前に現物が消えたら意味がないんですが。


「に、にににににに……にいさまっ! えほんが! かいじゅうドルンが! きっ、きえ……きえた……」

「うん、落ち着こうね、レーン?」



────現物消えてんのに落ち着けるかぁ~!!!



……と、言ってやりたい、切実に。

ただし今の私は絶賛パニック中。

言えるはずもない。

ただただ『あばばばばばばばば……!』と狼狽えるだけで言いたいことの一つまともに言えやしない状態であります。

なんかもう、魔法、すごすぎて、逆に怖くなってきたというか……うん。

ホント、奥が深いよ、色んな意味で。


「大丈夫だから、レーン。ほら、自分の足元をよくごらん?」

「ふぇっ!?」


兄さまから指差された通りに自分の足元を見遣ると、なんとそこには流れ落ちた水でできた水溜まり……ではなく、水が元の絵本の状態へと進行形で還っていくところだった。


「あぎゃあぁ~~~~~~~ッ!?」


実にお嬢様らしくない、ひっどい悲鳴だったことは認めよう。

それだけ有り得ないものを私は目にした。

いっそのこと見なかったことにしてしまいたい。

そう、それこそ夢であればいい。

けど哀しいかな、これは現実、紛うことなき現実での出来事……


「シッ! そんな大声で叫んだら誰かが様子を見に来てしまうだろう!?」

「ッ!!」


鋭く窘められ、慌ててギュッと口を手で押さえながらコクコクと頷きます。

同時に兄さまがドアのある壁一面に向かって、何かの魔法をかけている姿が目に入りました。


「ふぅ……最初から音声遮断の結界を張っておくべきだったかな。まさかレーンが叫ぶとは思わなかったし」

「……ごめんなさい」

「いいよ。僕の方もやりすぎた。そっちじゃなくて、普通に固く閉ざされた単純なものにしておけばよかったんだ」


これには失敗したと呟きながら、兄さまが足元の絵本を拾い上げます。

それをパラパラと捲っている様子から、最初に説明を受けた通り、絵本は兄さまの魔力を感知して普通に見られる状態であることが証明されました。

私の手に触れて表紙を開いた時は水状になって流れ落ちてしまったのに、兄さまの手の中では、絵本はただの絵本のままだ。


「これは、拒否反応を起こすほうの封印魔術なんだ」

「きょひはんのう……」

「そう。レーンが表紙を開いた瞬間、水になって流れ落ちていっただろう?」

「はい」

「無反応で固定状態になるものよりも、この拒否反応を起こす封印魔術のほうが、実は高度な術式を使っているんだ」

「むずかしいんですか?」

「そうだね。難しいというよりは、使い手のセンスと描くイメージ次第ってところかな」

「ふういんといっても、いっぱいあるってことですか?」

「使い手によって様々ってこと。それよりレーン、こっちにおいで」

「?」


呼ばれて兄さまの側に行くと、兄さまが開いたままの絵本を、私にも見える高さに持ってきました。

それはちょうど絵本の真ん中あたりで、怪獣ドルンがフォーク片手にドッタンバッタンと暴れている場面だった気がします。

……が、それが見えたのはほんの僅かな一瞬でした。

開いた絵本を私が覗き込んだその瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、絵本はさっきと同じように水と化して流れていってしまったのです。


「!!?」



────サケバナカッタ、ワタシ、エライ……



その代わり、目パカ口パカ状態になったのは許してほしい。

もうね、驚くなという方が無理。

私今、『これド派手なCGで合成されたファンタジー映画じゃね?』ってくらいの有り得ない光景を、実際に実在のものとして目の当たりにしてるんですよ。

それも二度目。


「にいさま、これって……」


……なんなんですか?

ギギギ……と、ポンコツになったブリキ人形さながらの鈍い動作で、首だけを動かし兄さまを見上げる。

封印魔術の理屈で言うなら、絵本は兄さまの魔力に反応して無事なはず。

それなのに、なぜに兄さまの手の中で絵本が水と化して流れ落ちてしまうんだ。


「これも拒否反応だよ、レーン」


私の一連の動作、それから表情で言いたいことを察してくれたらしい兄さまは、これが封印魔術の拒否反応による現象だと教えてくれた。


「でも、わたし、さわってない……」

「うん。でも、レーンが絵本を覗き込んだ瞬間にこうなっただろう?」

「! もしかして」

「そう。封印魔術を施した僕以外の目に触れたから、封印の術式が作動して拒否反応を起こした」


まさかの覗き見防止ってやつですか!

それも第三者の気配を察知するセンサー付きの。

いやぁもう、前世のスマホの液晶保護シートも真っ青な対策法だよ。

これは……ない……ないわ~……


「日記帳に使うとしたらこっちの方がいいと思ってね。書いている最中に覗き込まれた時のことを考えたら、固定するよりも拒否してしまう方が守りとしての強度は増すだろう?」

「……ソウデスネ、ニイサマ」

「これで封印魔術が万能だってこと、分かってもらえた?」

「……じゅうぶんすぎるくらいに」

「ならよかったよ。あとはレーンがこれを完璧に行使できるようになれば、日記帳だろうが、手紙だろうが、人の目に触れさせたくないものは全て守ることができるからね」

「はい……」


こんなトンデモ魔術で守られてるって分かった日にゃ、誰も触りたくなんかないでしょーよ。

それこそ人のイメージなんて千差万別だ。

おっそろしい拒否反応の封印を施されでもしたら、場合によっては命に関わるんじゃないの?

っていうか『人の()に触れさせない』ではなくて、『人の()に触れさせない』目的で作られたんじゃないだろうな、封印魔術とやらは。

なんとなくそんな気がしてきた。

こう……触るな危険? みたいな?

実際に兄さまが使った拒否反応は水と化して流れ落ちる、という無害なものだったけど、これが炎とか爆発系とかの攻撃に特化した魔法が作動するようなトラップ付きの封印とかだったら確実に見た瞬間に大ダメージだ。

イメージと魔力の融合が難しいって言ってたから、できる人がいるかどうかは別だけど。

ただ、ね……


「ばんのうっていうより、こわい、かも……」


魔法大好きなあの子はすんごく喜びそうだけどね。

でも私はちょっと魔法というものが怖くなったよ。


内心そんな風に思いつつ、げんなりしながらもそれが表情に出ないようにしていた私に、兄さまが言いました。


「それじゃ、次はかけた封印魔術の解除をするよ」

「はい?」

「うん、だから。この絵本にかけた封印魔術を解除するんだよ」

「……できるんですか?」

「そうでなければ、レーンはこの絵本を一生見られないままだよ?」

「………………」


いや、別に絵本くらい見られなくなっても全然構わないんですが。

それよりも解除するって、なんかヤバそう。

さっきの無理やり術を破る云々の件があったからかもしれないけど、なんとなくヤバい感じがする。


「大丈夫、怖くはないよ」

「………………」


考えていることが顔に出ていたのだろうか。

苦笑しながら兄さまが頭を撫でてくれた。

安心しろってことなんだろうけど、この程度じゃ全然安心できません。

また何かとんでもないものが飛び出てきそうで気が気じゃない。

じっとりと睨むように見上げると兄さまがまた苦笑した。


「信用ないね」

「……にいさまがいきなりこうどなのつかうせいだとおもいます」


尚もじっとりと睨み上げながらそう言うと、兄さまは『それは否定しない』と言ってあっさりと認めてしまいました。


「でもこれは本当に大丈夫だよ。単に対象物から、注ぎ込んだ魔力を引き去るだけで終わるから」

「へっ?」


そう言って、兄さまが絵本に手を翳すと同時にあの淡い水色の光が溢れ出て、吸い込まれるように兄さまの掌の中に消えていきました。


「はい、完了」

「!?」

「開いてみて」

「……はい」


再び絵本を手渡されて、恐る恐るそれを開きました。

すると今度は、何の変化も起きず、普通に絵本を見ることができました。


「! にいさま……」

「大丈夫だったろう?」

「はい」

「封印魔術をかけた本人には、あっさりと解除することが可能なんだ。反対に、他人のかけたものを破るのはかなり難しいし、それなりに危険を伴う。使い方を間違わなければ、決して怖いものではないから安心していいよ」


確かに兄さまの言う通り、使い方次第なんだろう。

それと、使う人の気持ち次第。

私はただ、私の秘密を守りたいだけであって、誰かを傷つけたいわけではない。

だから、さっき兄さまの見せてくれたような高度な拒否反応を示す封印じゃなくてもいいような気がしてきた。

書いている最中を見られないようにさえすれば、単に固定して無反応なままの封印でも十分なのだから。


「レーンもやってみる?」

「……はい」

「それじゃ、どういう風に封印してみたいかを想像してみて」

「やってみます」


そう言われて、頭の中に様々なイメージを巡らせる。

単純に鎖で雁字搦めにしてみる?

それとも簡単には触れないような、有刺鉄線状の金属糸でぐるぐる巻きにしてみようか?

あとは触ったらバチッと静電気が走るようなものもありかもしれない。

あれならビックリして一瞬で手を離してしまうもんね。

そうだ、それにしてみよう。



────静電気、静電気……

────手が近づいたらバチッとなるあの感じは……とっても小さな雷雲みたいなイメージが近いのかな?

────ああ、そうだ、細くて長い紐状の雷雲でこの絵本をぐるっと一周して囲んでみよう



うん、イメージが固まった。

あとは兄さまが言っていたように、このイメージと魔力を融合させるために自分の魔力を絵本へと注ぎ込む。


「レーン。イメージは固まった?」

「……はい」

「じゃあ魔力を注いでみようか。体内を巡る熱の流れをまず探してみて」

「たいないをめぐる、ねつのながれ……?」

「そう。ゆっくりと身体の中を流れているその熱が魔力の源だ。頭で考えるのではなく、身体でそれを感じ取るといいよ。目を閉じて集中したらすぐに見つけられる」


口では簡単に言うけれど、実際にやるとなると全然簡単じゃないよ!

生まれて初めて魔力に触れるのに、それをすぐに感じろって無理がなくない?


そんな風に思った私だったけど。

もともと魔力持ちだったこの身体は、どうすれば自分の中に流れる魔力を感じ取ることができるのかを知っていたみたいだ。

考えるまでもなく、身体が勝手に動くというか。

何かに突き動かされるようにそっと目を閉じたと同時に、()()は巡ってきた。

ロイアス兄さまの治癒魔法に触れたあの時と同じような温もりが、身体中を満たしていく。

それが魔力の感知なのだと気付いた時、私はゆっくりと目を開いていた。

視界が、いつも以上にクリアだ。

手に取るように空気の流れが分かる。

大気中の微細な水の粒子の一つ一つがハッキリと見えるくらいに、目が不思議な力に満たされている感じがした。

たぶん今の私の目は、他の誰が見ても明らかに分かる変化がある。

魔力を行使した際のロイアス兄さまの目が強く輝いた時のそれと同じ───もしくは似たような変化が。



────イメージと、魔力を融合……

────この絵本に触れた時、思わず手を引っ込めてしまうくらいの、小さな静電気を齎す細い紐状の雲で絵本をぐるっと一周するように張り巡らせる……



自分の身体中を魔力が巡っているのを感じながら、思い描いたイメージをもう一度おさらいするように思い浮かべた。

すると身体を巡っていた魔力が、両腕へとその流れの先を変えたのがハッキリと感じ取れた。

あとはもう、何もする必要はなかった。

まるで導かれていくように、私の魔力は自然と絵本の中へと流れ込んでいった。

やがて魔力の流れは緩やかに収まり、身体の中に感じていた熱も徐々に消え失せていった。

成功したのか、それとも失敗したのか、結果は分からない。

けれど、封印の魔術をかけ終えたのだということだけはなんとなく分かった。


「うん、成功したようだね」

「え……?」

「初めてなのに一度で成功させられるとはね。やっぱりイメージを伴う魔術は、レーンと相性がいいのかもしれない」

「にいさま。せいこうしたって、わかるんですか?」

「分かるよ。ちゃんと絵本の中にレーンの魔力が流れ込んでいっただろう?」


そう言われて、確かにその通りだったと頷く。


「失敗だったら、魔力は対象物の中には入らずにそのまますり抜けていったり、横に逸れていってしまったりして、対象から弾かれてしまうんだ」


そういうもんなのか。

何せ魔法初心者なものだから、そういった知識が皆無な私にはさっぱりだ。

魔法のことなんてまだ勉強してなかったしな、レーンは。

そもそも(レーン)はまだ、お勉強というものを開始する年齢に達していないわけで。

魔法のことを含め、必要なことはこれから先の近い未来に専門の先生がついて学んでいくことになるのかもしれない。

それを考えてみたら、何の知識もない状態でこうしてロイアス兄さまに魔法を教わっているというこの状況は、確かに人に知られたらマズイ状況であることに間違いない。

どうりで兄さまが警戒していたわけだ。

見つかったら確実に叱られるよ、これ。

やっちゃいけないことをこっそり隠れてしているわけだからね。

うっかり口を滑らせてこのことを喋ってしまわないように気をつけないと。


「それじゃ、術式がどう作動するか確認してみようか。レーン、絵本を貸して」

「はい」


促されて、ドキドキしながら絵本をロイアス兄さまに手渡す。

兄さまは成功したと言っていたけれど、実際に見てみないことには分からない。

術式が発動した時の兄さまの反応を思うと、少し不安もある。

果たして私が思い描いた通り、反射的に手を引っ込めてしまうようなバチバチ静電気の封印魔術は発動するのか。

小さな身体に期待と不安のドキドキを感じながら、私は兄さまが絵本を開く瞬間を食い入るようにして見つめていた……─────




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