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封印魔術を教えてもらいます 2




~封印魔術を教えてもらいます 2~




真剣な表情で、絵本『食いしんぼ怪獣ドルンのワガママごはん』を手にしたロイアス兄さま、という目の前のこの光景はなかなかにシュールです。

似合わないんですよ、これがまた。

兄さまに怪獣の絵本とかホンット似合わない。

なぜお手本を見せるのにこの絵本を選んだのか、と真面目に問いかけたい。

まぁそれを訊いたところで『すぐそこにこの絵本があったから』という、何の捻りもない答えが返ってくることは想定済みなんですけどね。


「封印の魔術を施すには、簡単なイメージがあればそれでいいんだ。人に見せないためにはどういう風にするか、というね」

「イメージですか?」

「そう。例えば、こういった本の場合は頑丈な紐で何重にも括りつけるとか、ページの一枚一枚を捲れないように接着してしまう、とか。そういうイメージで魔力を流し込んで固定してしまえばいい」

「ほぇ~……」


すんごく分かりやすいです、兄さま。

説明されてるその最中にも様々なイメージが頭の中に巡りましたよ!



────魔法って……魔法って、すごい!!



あの子が魔法を題材にしたファンタジー系の物語にハマるのも無理ないわ。

私でさえ、説明聞いただけでこうだもん。

実際に自分でそれを使ってみたら、聞いた以上にハマりそう。


「魔力で固定してしまえば、あとは何もしなくても触れるだけで自分の魔力に反応して内容を確認することができる。もちろん自分以外の者には無反応で固く閉ざしたままだったり、拒否反応を起こしたりするから、他者に内容を見られるといった心配はいらないよ」

「………………」

「レーン?」


兄さまの説明を聞くに、この封印を施す魔法が万能なことは理解できた。

けれど、何に於いても『完全』というものは存在しない。

必ずといっていいほど穴がある。

前世で言うところのセキュリティー破りみたいな?

そんな荒技があってもおかしくはないと思う。

だからその疑問をぶつけてみることにした。


「……むりやりこじあけたられりとかしませんか?」


じっと兄さまを目を見つめた私の顔は、それはそれは真剣な表情だったのだろう。

私の問いかけを受け止めた兄さまの顔も、同じく真剣なものへと変わる。


「結論だけ言うと、無理矢理こじ開けることは可能だよ。ただしそれは、誰にでもできることではない」

「むりやりこじあけるのはむずかしいことですか?」

「ああ、とてもね。何せ自分の魔力とは違う魔力で構築された法術を破るわけだから、それなりに膨大な量の魔力を消費するし、その上で法術を破るための知識や技術、それに経験も必要とされる。王城お抱えの魔術師団に所属する魔道師くらいのレベルでないと無理なんじゃないかな。他人の魔力による法術を破るのはリスクが高いからね」

「!」

「おまけに人の秘密にしたいことを暴こうだなんて許されることじゃない。たとえ如何なる理由があったとしてもね」


暗に『それは犯罪だ』とでも言いたげな兄さまの真剣な眼差しに思わず息を飲んだ。


「『何人たりとも、濫りに他人の密事に触れることを禁ず』」

「!」

「『但し、その密事が人身の生命を脅かす、または国を揺るがす危険を孕む可能性が否定できない場合はこの限りではない』」

「にいさま、それって……」

「うん。法律で禁じられているってこと」


なんと!

この世界にも前世の世界と似たような法律が存在していたとは。

いや、もちろん普通に法律はあると思ってたよ?

思ってはいたけど、まさか文言的にニュアンスが似てるとは思いもしなかったものだからちょっと驚いてしまったよ。


「まぁ法律だとか、なんだかんだとややこしくしてあるけど、実際にこの封印魔術は口で言うほど簡単なものではないから」

「? でもにいさま。さっきかんたんにできるみたいなこといいましたよ?」

「ん? それはイメージに対することかな?」

「そうです」


簡単なイメージがあればいいって確かに言いましたよね?


「かんたんなのに、かんたんじゃないんですか?」

「そうだね。いくら簡単なものでいいとはいえ、イメージそのものが曖昧だと上手くそれを魔力と融合することができないから、封印魔術は成功しない」


イメージと魔力を融合?

それを聞けば確かに簡単な感じはしない。

逆に難しく感じる。


「一応は、広く一般的に使われている魔術の一つではあるけれどね。それを使いこなせる者は決して多くはないんだよ。ただ魔力があればいいってものではないから」

「まりょくがあるだけじゃダメなんですか?」

「もちろん。さっき説明したように、イメージの段階で躓く者が大半だからね。個人の持ち合わせる魔力の絶対量は一切問わないけれど、逆に成功させるためにはセンスが必要になるんだ。そこが封印魔術の難しいところかな」

「センス……」

「そう、センスだよ。でも僕は、レーンならこの封印魔術を容易く使いこなせると思っている」

「どうしてですか?」

「レーンは今までたくさんの絵を描いてきただろう? 様々なものを見て、考えて、それを絵にしてきた。頭の中でイメージを描くことは、レーンにとっては当たり前のように上手くできることの一つじゃないか、ってね」

「にいさま……」


今なんだか、すっごく褒められてる!

絵に関してもそうだけど、イメージすることが得意そうだと思われているってことは、私にはこの封印の魔術に対する才能があるかもしれないって思われているのかもしれないんだもん。



────これは……やるしかない!



頑張ってこの封印の魔術を使いこなせるようになるんだ。

私がこれからやろうとしていること、つまりは秘密のメモを守るためにも必要なことだし、何よりも、兄さまに期待されているかも……と思うと、余計に頑張りたいって思う。

ずっとずっと前からレーンはロイアス兄さまに構ってほしくて仕方がなかった。

それは私だってもちろん同じ。

だから、教えられたことをちゃんと理解して、身につけて。

そして、一人前にそれができるようになったら『頑張ったね』って認めてもらいたい。


「にいさま、わたし、がんばります」


グッと拳を握り締め、そう宣言する。


「なにかをそうぞうするの、たのしくて、わくわくして、すきです。だから。がんばってふういんのまほう、じぶんのものにしてみせます!」

「うん。レーンだったらそう言うと思っていたよ。前からレーンは魔法に興味を持っていたようだしね」

「ふぇ?」


そうなのか?

前からってことは、前世の私の記憶が戻る前からってことだよね?

もしかしてレーンがロイアス兄さまの周りをウロチョロして纏わりついてたのは、魔法を使う兄さまを間近で見たかったからとか?


まぁいいや。

考えてもその辺りはハッキリとは思い出せないから、思い出そうとするだけ無駄だ。

いくら私とレーンの記憶が重なり合ったとはいっても、全ての記憶が脳に残っているわけではないから。

当然、その中には忘れ去られていった記憶だって存在する。

人間の脳というのはそういうもんだ。

ハッキリ覚えているものもあれば、きれいサッパリ忘れてしまったものも数知れず。

あまりにも脳内に情報が溢れてしまうと、思考回路が処理しきれずにショートを起こしてしまうからな。

下手したら情報過多による発狂、なんてことにもなりかねない。


それはさておき、前世(まえ)の私の記憶が戻る前からレーンが魔法に興味があったというなら話は早い。

魔法に興味があるという前提のもと、これから先も私がロイアス兄さまに魔法のことをあれこれ訊ねてもちっとも不自然ではないからだ。

おまけに今の状況からも分かるように、やってみたいという思いでそれを告げれば危険のない範囲で兄さまは魔法について教えてくれる気がする。

とりあえず、今は封印の魔術だ。

これができなければ、私がこれからやろうとしていることは実行不可能になる。

それだけは絶対に避けなければならない。

なんとしてでも封印の魔術を成功させて、身につけてみせる。


兄さまの目を見て、それから、兄さまが手にしている、兄さまには似つかわしくない絵本へと視線を落とす。

私のその視線の意図を悟り、兄さまは言った。


「よく見てて、レーン」

「はい」


見て、と言った直後、兄さまの手から柔らかな光が溢れ出す。

それと同時に周りの空気が揺らぐ感じがして、思わず兄さまの姿を凝視した。

今や光は兄さまの手だけでなく、全身から溢れ出す形となり、私は初めて目にするその光景に瞬きすら忘れて魅入ってしまった。

私の頭のコブを治すための治癒魔法を使った時と同じように、兄さまの琥珀を溶かし込んだような蜂蜜色の瞳に宿る光が強くなる。

けれどその瞳は、私の方を見ていない。

向けられている先は、手の中の絵本。

淡く透明度の高い水色の光が、揺らぐように手の中の絵本へと吸い込まれていく。

それはまるで水が自らの意思を持って踊るように揺れているようにも見えて、とても神秘的な光景だった。


「にいさま、きれい……」


思わずうっとりと呟いて、それからハッと我に返る。



────兄さまにキレイは禁句だった~……!



慌てて口元を手で覆い隠すも時既に遅し。

小さな小さな呟きは、しっかりと兄さまの耳に届いていました。


「………………レーン?」


……ああ、兄さまが必要以上の笑顔になった。

例の胡散臭い笑顔で私を見ている。

清々しいほどの胡散臭い笑顔での無言の圧力は色んな意味でよろしくないです。


「…………ごめんなさい」


今更だとは思いますが『ゴメンナサイ』しておきました。

反省しております。

でも後悔はしていません。

だってキレイなものはキレイなんだもの。

兄さまは非常に不本意だって顔をしますが、ホンットに本気でキレイなんだからつい『キレイ』と言ってしまうのはしょうがないと思います。

無意識のうちに頬をぷくっと膨らませてしまいそうになるのを必死に押し留め、再び兄さまの姿を見ると、既に魔力による光は消えていました。


「はい、レーン」


いつの間にか側に来ていた兄さまに絵本を差し出され、反射的にそれを受け取ります。

確かに兄さまの魔力を注いでいたはずなのに、絵本からは何も感じられません。

至っていつもの状態と変わらない、何の変哲もない絵本のままです。

魔力が込められていると言われても、絶対にそうだとは思えないくらい、魔力の気配を感じないのです。


「にいさま?」

「封印魔術、かけてあるよ?」

「……なんにもかんじないです」

「うん。封印魔術は対象物にかけた魔力そのものを感知させないように構築されているからね。実際に対象の中身を確認できないことが分かって、そこで初めてその対象物が封印魔術によって守られていることが発覚するんだ」

「ほぇ~……」


奥が深いな、封印魔術。

簡単なようでいて簡単じゃないというのはこういうことが前提にあるからか。

さっすがファンタジーな世界だわ。


「封印魔術を知っていても知らなくても、実際に触れて封印の術式が発動しない限り、誰の目から見てもこれはただの絵本だよ」


トントンと指先で軽く絵本を叩きながら兄さまは言う。


「試しにそれ、開いてみて? レーン」

「こうですか?」


兄さまに言われた通りに絵本を開こうとした。

けれど……


「ふぇぇっ!?」


なんと!

表紙を開いたと思ったその瞬間、手にした絵本から淡い水色の光が溢れ出し、絵本を跡形もなく溶かしていったのだ。

まるで溢れ出した魔力で水に変えられてしまったかのように、絵本は手の中を、指の隙間を、嘲笑うかのようにすり抜けていく。


「……………………」


あまりの驚きに声も出なかった。

ただただ呆然と、何もなくなった自分の掌を見つめるしかできない。


なにこれ、何これ、何じゃこれ!?

絵本が、怪獣ドルンが、どんどろどろどろ~……って溶けちゃったんですけど!?

っていうか、絵本そのものが跡形もなく消えちゃったら意味ないじゃん!


必死な思いを込めて兄さまを見上げた私の目は間違いなく涙目だ。

けれど兄さまは、そんな私を『問題ないよ』と言いながら優しい目で見つめるだけです。


問題……



────大アリなんですけど~~~~~~!!



狼狽えてあたふたする私を見ても兄さまは変わらずマイペース。

っていうか、私の絵本、怪獣ドルンは一体どうなるの……?





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