封印魔術を教えてもらいます 1
~封印魔術を教えてもらいます 1~
途中、意識が色んなところに旅立ちましたが、それなりの時間を大好きなお菓子を堪能するのに使ったのではないかと思います。
やっぱりお菓子は最高です。
前世の時のあれこれを考えて疲れかけたところで、お菓子の甘みとふんわりとした優しい香りがその疲れを癒やしてくれるんですよ。
単純だな、と言われてしまえばそれまでですが、甘いものには人をやる気にさせる不思議なパワーがあると勝手に思っています。
さて。
大好きなお茶とお菓子で身も心も完全に癒やされて、今やフルパワー充電完了となった私がこれからすることは一つです。
部屋に戻って色んなことをカキカキします。
とりあえず日記帳はまだないと思うので、他のもの───使いかけのスケッチブックやお絵描き道具一式などをチェックしたいと思っています。
お父さまのお部屋近くの廊下に飾ってあった、レーンが描いたというたくさんの絵から察するに、お絵描き用の道具はたくさんあると思われるんですよね。
こんな幼女なのに絵に関しての才能はピカイチなのかもしれません。
だって前世の私が今のレーンと同じくらいの年齢の時の絵はもっと下手でしたからね。
ただ……もしかしたら、なんですが、前世の私が今の私に大きく影響を与えてのこれ、という可能性も無きにしもあらず、ってところでもあり。
そこはまぁ、実際に自分で描いてみないことには何とも言えないわけです。
そんなわけで、私は今ロイアス兄さまとともに自分の部屋へと戻っている最中です。
今度はちゃんと自分で歩いてますからね?
寄り道───私が絵の前から動かなくなること───を懸念して、兄さまはまた私を抱きかかえて移動しようとしていたのですが、そこは全力で拒否させていただきました。
相変わらず少ない表情変化ではありましたが、兄さまがめっちゃ残念そうな気配を見せていたのには気付かないふりです。
っていうか甘やかさないでくれ、と切に思う。
家族みんながフローレンにベタ甘なのは分かってるけど、そこはほどほどにしてもらいたいところ。
そんなに頻繁に抱きかかえられていたんじゃ、運動不足になること間違いなし。
おまけにちまちまと脂肪を蓄えてしまうじゃないですか、ヤダ~!
まぁ、あれだけのお菓子を食べてしまった自分が言うのもなんですが、ちょっとでも食べた分を歩くことで消費せねばと思ったのですよ。
カロリーが~……、体重が~……、ダイエットが~……などと、おおよそ子どもらしくないですが、やはりオンナであるからして、おデブへの道は遠慮したいのが当たり前ってもんです。
────しかし……
……と、ここでまた前世のことをふっと思い返す。
前世の時もそれはそれは大量のお菓子を食していた私ですが───だってあの子の差し入れのお菓子めっちゃおいしかったんだもん! ───それでも、おデブまっしぐら、なんてことはなかったんですよね。
専門的な勉強が難しくて常に頭を使っていたからか、それなりにエネルギー消費が大きかったのも影響しているんでしょうが、それとは別に食べても太らない体質であったような気もするのです。
食べる量の割にはまぁ細くね? くらいの感じで、決してスレンダーだったわけではないですが。
ぶっちゃけすんごくスタイルがよかったとはお世辞でも言えず、まぁ普通? くらいな?
よくも悪くもなく、可も不可もないってやつだ。
────………………
なんだろう、この虚しさは。
別に悪いことじゃないのに、普通普通と繰り返すとどういうわけか虚しくなる。
なぜだ。
いいや。
考えるのはやめやめ。
前世は前世、今は今だ。
少なくともフローレンとして転生した私は普通じゃないからな、うん。
ゲームでのフローレンは美人でスタイルよかったし、あのくらいの年になる頃にはきっと私もああなるんだって信じてる!
でもできれば、前世と同じように食べても太らない体質が現世にも引き継がれてたらいいなぁ。
もちろん身体を動かすことをサボるつもりはありませんよ?
身体も動かすけど、保険としてその体質に期待したい部分もあるってことで一つよろしくって感じですかね。
ちなみに歩きながらこうして様々な思考を巡らせている今も、脳がせっせとエネルギーを消費してくれているのだと思いたいです。
そうやって兄さまに手を引かれ、サロンから自室へと向かっている私ですが、今更ながらに気づいたことがあります。
兄さまと私、二人だけなのです。
そう、普段通りならば、部屋に戻る時は必ずメリダかエルナが一緒なのが当たり前なのですが、今はそのどちらも一緒ではないのです。
本当に、兄さまと私だけの状態です。
「ロイにいさま、メリダとエルナがいません」
「そうだね。二人ともサロンの片付けをしているはずだよ」
「ふたりでですか? いつもはひとりがかたづけして、もうひとりがわたしとおへやにもどるのに?」
「うん。でも今日は僕が一緒だから二人がいなくても大丈夫」
まぁ確かに、私一人だけではないという意味では大丈夫なのかもしれない。
でも……なんだ?
なんとなく、引っかかるものがある。
たぶんだけど、兄さまが二人に同行しないように言ったような気がしないでもないのだ。
「にいさまがいったんですか?」
「ん?」
「ふたりに、いっしょにこなくてもいいっていったんですか?」
「うん、そうだよ」
じっと兄さまの目を見上げながらそう問いかけると、兄さまは躊躇うことなくあっさりとそれを肯定しました。
「ちょっと二人がいるとややこしいことになるからね。父上や母上に報告でもされたら面倒なことになる」
「にいさま?」
「さっき、日記を自分以外の誰にも見られないようにする方法があるって言っただろう?」
少し潜めた声でそう言われて、無言でゆっくり頷くと兄さまが優しく頭を撫でてくれました。
ここには私たち以外に誰もいないのに、それでもロイアス兄さまは周りを警戒しているように見えます。
さっき兄さまは、お父さまやお母さまに報告されたら面倒だと言っていました。
それは今からやろうとしていることを知られたくない、ということになると思います。
なんだか内緒で悪いことをしているみたいです。
それでも兄さまと一緒だと分かると、ドキドキではなくワクワクする気持ちの方が自然と大きくなりました。
「実はね、レーン」
「はい」
潜めた声で内緒話をするような兄さまの言葉に、全力で集中します。
何を言われるのか、それだけでワクワクが止まりません。
「あれには魔力を使うんだ」
「! ……まほう!」
「シッ! 声が大きいよ、レーン」
「……ごめんなさい」
魔力と聞いて瞬時に魔法と結びつき、一気にテンションが上がって無意識のうちに声を張り上げていたようです。
確かにこれは大きな声で言うことではありません。
誰もいないのに兄さまが警戒していた理由はこれだったのだと納得しました。
本当は部屋に着いた時に話すつもりだったのだと思います。
それを私が訊ねたものだから、止むなくここで話すことにしたといったところでしょうか。
別に言えないことなら隠してもらってもよかったんですが、そこは……まぁ……レーンですからね。
答えるまでしつこく訊ねられる、とでも思われていたのかもしれません。
────ホント、今までウザかっただろうなぁ、兄さま……
私の意識範囲外での行動の結果ではありますが、深く深く反省いたします。
でもって、今度からは決してそういうことはしませんと誓います。
いい子いい子のレーンになると決心しましたからね、私は。
「ロイにいさま! はやくおへやにもどりましょう! はやくおしえてほしいです」
「うん。それじゃあ急ごうか」
「ふゎっ!?」
突然兄さまに抱き上げられて、変な声が出てしまいました。
有無を言わさず兄さまの腕に抱きかかえられた私は、そのまま部屋へと連行されました。
……っていうか。
────甘やかしじゃなかったんだ……!
単に早く部屋に戻って私に教えてくれるつもりで、兄さまは私を抱きかかえていこうとしていたんだな。
他の誰かに見られたら良くないみたいな感じだったし、兄さまとしては極力急ぎたかったのかもしれない。
それに急げば急ぐほど邪魔が入る可能性は低いだろうって兄さまは踏んでいたはずだ。
なのに全力で拒否するとか申し訳ないことをしてしまった。
もう少し、空気を読めるようになりたい、切実に。
……とまぁ、こんな感じで脳内反省会を繰り広げている間に部屋へと戻ってきていました。
しかし兄さま、幼女とはいえ、人ひとり抱えた状態でよくもまあ、あんな風にさっさかさっさかと移動できるもんだ。
二ケタに届くか届かないかの年齢でそれだけの力があるってすごくね?
ゲームの設定じゃオンディール家は騎士家系じゃなかったし、ゲームのロイアスも魔道師寄りの治癒術師だったはず。
なのに、この年にしてこの逞しさだ。
やっぱり鍛えてるんだろうか。
そういったことをしている兄さまを見たことは一度もないけど、見えないところでやっているとしたら兄さまは相当な努力家なのかもしれない。
「それじゃさっそく始めようか」
「!」
部屋へ着くなり私を下ろした兄さまの言葉に、私は期待でパッと顔を輝かせた。
おそらく生まれて初めて私は、自分自身で魔法というものに触れるのです。
期待しないわけがないのです。
「一応部屋には誰も来ないように言ってあるけど、それでも絶対に来ないとは限らないからね」
兄さまに言われて、何度も首を縦に振って頷きます。
なんだかんだでやらかすレーンですから、様子を見に来る誰かがいてもおかしくないということですね。
いくら兄さまが一緒だとはいっても、兄さま自身も子どもなわけですから、人払いをしたところでそれは万全ではないらしいのです。
「見つかったら即止めさせられるだろうし、レーンもそれは嫌だろう?」
「いやです!」
「うん。それじゃ始めよう」
「はい! がんばります!」
兄さまの説明によると、人に見せられないようにするには、その『対象物』に自分の魔力を注ぐらしいです。
そうすることで自分以外の者には解けない封印を施すのだとか。
その封印は、それを施した者の魔力にしか反応しないため、結果的には自分以外の人にはどうすることもできない状態にできる……と、いうわけらしいです。
おまけに、人が持つ魔力にも個人差というものが存在するらしく、どんなに似たような魔力を持っていても、本人以外にはどうにもできないっていうところがもう万能すぎて驚きです。
前世の世界でいうところの生体認証とか、指紋認証とかのレベルですね!
これならセキュリティーもバッチリだし、何よりプライバシーもしっかり守れるという安全仕様で、私の秘密メモもしっかりと隠しておけそうです。
そんな万能な封印魔法ですが、わりと一般的に使われているらしく、分かりやすい例で言うと恋人同士の手紙の遣り取りが圧倒的に多いそう。
なんともまぁ……情熱的なお話で。
今の私は幼女ですから恋文なんて『十年早い!』レベルのシロモノでしょう。
それ以前にそういう相手ができるか、という話ですよ。
え?
ゲームの悪役令嬢ならシナリオで決められている婚約者がいるはずだ?
うん、確かにゲーム上ではいましたね、そんなのが。
でも私は知りません。
悪役令嬢にならないと決めた以上、ゲームのシナリオ通りのフローレンの人生をなぞるつもりは全くありませんから。
当然のことながら婚約だってゴメンですよ。
どういう事情と経緯でフローレンに婚約者ができるかは分かりませんが、そんな話が出ようものなら木っ端微塵にぶち壊してやるつもりです。
────それに私は手紙よりも電話やメールやライン派だ!
封印魔法のことを教えてもらってから色々な方向へと思考が飛びましたが、まずは兄さまがお手本を見せてくれることになりました。
手近なところにあるもので実践をするとのことで兄さまが手にしたのは、部屋を出る前にベッド上に置きっぱなしにしていたあの絵本。
そう。
レーンが愛読書(?)にしていたであろう絵本『食いしんぼ怪獣ドルンのワガママごはん』だ。
────……『怪獣ドルン』はもういいよ!
思わずそう突っ込みたくなった私なのですが。
「じゃあ、この絵本を僕以外が開けないようにするからよく見てて」
「……はい」
真剣な顔でそう告げてくる兄さまを前に、おとなしく頷くしかなかったのでした、トホホ……