慰めに余計な言葉は要らないと知った夜(ランドール視点)
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今回も第二王子視点です♪
別のチビ竜が出てきます(´∀`*)ウフフ
開いた扉のその先では信じられない光景が繰り広げられていた。
四大属性入り混じりのたくさんの妖精たちが、あちこちで好き勝手にお菓子を食べているところなど一体誰が予想できただろうか。
クララットの町中で見た、ルーファスが食べている生洋菓子に横から齧りついていた“風の”妖精のあの様子でさえ随分と驚かされたというのに。
今目の前で繰り広げられているこの光景は、それを更に上回る混沌っぷりだ。
何よりも。
この光景の中で一番信じられないものがあるとしたら。
それは。
こんなカオスな空間の中、何食わぬ顔で眉一つ動かすことなく平然と書きものをしているルーファスなんじゃないかと思うんだ……─────
~慰めに余計な言葉は要らないと知った夜~
サロンの中の様子を目に入れた瞬間、扉を閉めたくなった。
今見たもの全てを見なかったことにしたい。
「扉閉めて引き返してもいい?」
「えっ? なんで?」
「どう見たってあの空間おかしいだろ?」
「? 普通だよ?」
「先ほど言ったでしょう? あれが普通で当たり前だと」
……え~と。
『普通』の定義とはこれ如何に?
少なくとも俺の中ではアレは普通じゃない。
アレを普通だと言える二人の感性は一体全体どうなってんだ?
けど。
もっと言わせてもらうとしたら、この場で一番おかしいのはルーファスだ。
あの状態でなんで平然と書きものなんかできるんだ。
肩とか膝の上とか、更には頭の上にまで妖精たちが陣取ってるぞ。
しかも堂々とお菓子を食べながら、だ。
いくら妖精たちが重さのない空気みたいなもんだとしても、何かしら感じるもんがあるはずだろ。
視界がうるさいとか、邪魔だとか、こう……色々と。
────まさかとは思うが……
────あのカオスな状態がルーファスにとっての普通で当たり前とかじゃないよな……?
そんなことを思いながらじっと見ていたら、俺の視線に気づいたらしいルーファスが顔を上げた。
目が合うと同時に手招きされた。
その表情には全く変化がなくて、一体何を考えているのかさっぱり読み取れない。
とりあえず呼ばれたので側に寄った。
座っているソファーの隣を軽く叩かれた。
隣に座れと言うことなのだろう。
従わない理由はないので素直に腰を下ろした。
それと同時に頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「風呂入って多少はスッキリしたか?」
「あ、うん」
その『スッキリしたか』には身体だけじゃなく、頭の中のことも含まれているのだろう。
余計なことを考えるヒマがなかったという意味では確かに頭の中はスッキリした。
だから頷いたのだが……
「そうか」
ここでようやくルーファスが微笑を浮かべて優しい目で俺を見てくれたため、俺が返した答えは間違っていなかったのだとホッとした。
ただ、やっぱり……周りのこの状態には落ち着かない。
今も尚、妖精に頭の上に座られてお菓子食われてるってのに顔色一つ変えないっておかしくないか、ルーファス。
「ん? どうした?」
眉を寄せながら頭上を見ていたことでルーファスがそう問いかけてくる。
────『どうした?』じゃ、ねーわ!!
つか、こっちの方こそ言いたいわ。
『なんでお前、頭の上に妖精座らせてお菓子食わせてんの?』
……って。
「……………………」
尚も眉を寄せたまま沈黙しつつ周りのこの異常な状態を見遣る俺の肩に、まるで宥めるかのようにポンと手を置かれた。
「ランディ」
「?」
「異常じゃないから。これが普通だから」
ヒューだった。
「……俺、何も言ってないけど」
「思いっきり顔に出てる。『異常だろ……』って」
「!」
────マ ジ か ! ?
「はぁ? 妖精が菓子食ってるとこなんてさっきも見ただろうが」
そうだけども。
あの時と今じゃ規模が全然違うんだって。
「最初に言ったろ? 妖精たちがわんさかいるって。こうなることも想定しとけってことを伝える意味で言ったつもりだったんだけどな」
「さすがにここまでは想定してないから!」
『無茶言うな!』という文句は辛うじて飲み込んだ。
事前にギルから言われたことでもあったし。
ここでルーファスに文句を言ったところでどうにもならないし、言ったら言ったでそれはただの八つ当たりだ。
────言いたいことはたくさんあるがな!!
言ってやりたい文句の数々は飲み込んだものの、溜息までは無理だった。
あからさまにならないように吐き出したそれを気にしてか、未だ俺に抱えられたままのチビ竜が気遣わしげな顔で俺の顔を見上げてくる。
『なんでもない』と言ってやりたいが、さすがに嘘は言えない。
とりあえず誤魔化すように頭を撫でてみた。
……が、誤魔化されてはくれなかった。
俺の頬にすりすりと頭を擦りつけてきたのがそのいい証拠だ。
「オマエ、本当いいヤツだな」
《キュウ?》
「何も言わなくても通じてるし、おまけに分かってもくれてるみたいだ」
《キュ?》
その控えめな鳴き声もそうだ。
小さなそれがまるで『分かってる』って頷く返事のようにも聞こえてくるんだよな。
単なる俺の思い込みかもしれないけど。
「はぁ~……」
「溜息ばっかついてたら幸せが逃げるぞ」
「うるさいな」
それならとっくに逃げてるし。
分かってて言ってんじゃないだろうな、ルーファスのヤツ。
また少し『ムカッ!』としたところで横からグラスをスッと差し出された。
「!」
「どうぞ、殿下」
「あ……ありがとう」
「いえ」
マルセルと呼ばれていた従者が俺に差し出してくれたそれは柑橘系の果実水だった。
するりと通り抜けていくような爽やかな香りが、トゲトゲした気持ちを浚うように落ち着かせてくれる。
そのまま誘われるようにグラスに口をつけようとしたところで待ったが入る。
「念のためな?」
……と、ルーファスが鑑定魔法をかけたのが分かった。
淡い青色に光ったそれを見て『問題なし』であることを確認した上で口をつける。
「……いちいち毒味とか必要なの、ホントめんどくさい」
「そういう立場に生まれてんだ。そこは諦めろ」
「ルーファスだって同じくせに」
「オレは鑑定魔法があるからどうってことはないけどな」
「羨ましいな。いちいち毒見役とか雇って危険を背負わせる必要がないってことだもんな」
「それを踏まえた上で鑑定魔法を真っ先に覚えただけの話だよ」
……と、気づけばいつの間にか世間話のようなことをつらつらと話していた。
『そういやギルとヒューはどこに行ったんだろう……?』と辺りを見回すと、大勢の妖精たちの相手をしていた。
あれだけの数に囲まれながら笑顔であれこれ世話を焼いたりしている。
慣れたもんだ。
「そうだ、ランディ」
「ん?」
「明日帰ってからのことになるが……」
「!!」
言われた言葉に一瞬だけ身体がビクッと強張った。
一体何を言われるのだろうと思うと、心臓が嫌な音を立てて早く激しく打ちつけ始めた。
思わずギュッと左胸を掴むように手を当てると、それに気づいたルワァーズが俺を落ち着かせようと頭を胸へと擦りつけてきた。
少しだけ落ち着いた気がした。
「そう構えるな。大したことじゃない」
「…………じゃあ、何?」
「コレ」
「手紙?」
「ああ」
さっきまでルーファスが何食わぬ顔で書きものをしていたやつだ。
いつの間にか書き終えて丁寧に畳まれている。
それを封筒に入れながらルーファスは俺にこう言った。
「コレを帰ってからユニファ嬢に渡してくれ。会う機会ができた時でいい」
「……ユニ従姉上に?」
『……一体何のために?』と訝る間もなく答えは返ってきた。
「ユニファ嬢に、お前とセディのことを頼むためだ」
「俺と、兄上……?」
「そうだ。今回の件、立場的にも状況的にも、一番お前たちのフォロー役として適切なのがユニファ嬢だという話だ。オレの口からは詳しい説明は省く。人伝いに聞くより、本人に聞くほうが一番確実だからな。だから、何かあった時は真っ先にユニファ嬢に相談しろ。身内ということもあって相談しにくい相手ではないはずだからな」
「それは……うん」
「よし」
俺が頷いたのを見て軽くポンポンと頭を撫で、ルーファスは手紙に封をして、しっかりと封蝋も施していた。
それを見ていた“風の”妖精が『任せろ!』とばかりに緩い風を起こし、あっという間に蝋を乾かしてしまった。
「お? サンキュ」
笑いながらお礼を言ったルーファスが、手伝いをしてくれたらしい“風の”妖精にクッキーを差し出した。
それを嬉しそうに受け取りつつも『えっへん!』と偉そうに胸を張っているのは“風の”妖精の性格だろうか。
「たまにはいいことするじゃねぇか」
……というルーファスの一言から、普段はあまりそういうことはやらないのだろうと想像がついた。
妖精というのはわりと気紛れなのかもしれない。
さっきの風呂の時に俺をもみくちゃにしながら散々世話を焼いてくれたのも、物珍しさからの気紛れかもしれないなと思うことにした。
「それじゃこの手紙は明日お前に渡すからな。忘れずにちゃんとユニファ嬢に手渡せよ?」
「分かった」
俺の返事を聞いたと同時に、ルーファスの手の中から手紙が消えた。
それに驚き、ルーファスの手元を凝視していると『アイテムボックスに入れておいた』と言う。
ルーファスが言うには、そのアイテムボックスというのは空間収納魔法のことらしく、今日ルーファスが持ち歩いていた鞄の中がそのアイテムボックスと繋がっていたとのこと。
発動はいつでもどこでも可能で、人の目に触れさせないために敢えて鞄というワンクッションを挟んでいるのだとか。
魔法にあまり触れる機会がない人たちの目の前でいきなり物が消えたり出てきたりするのはある意味で怪奇現象になるだろうから、という配慮らしい。
まぁ普通に空間収納魔法にお目にかかること自体がないからな。
言われなければ俺もどういう仕組みで物が消えたり出てきたりするのか分からなかった。
実際にルーファスの持ち歩いているあの鞄も、見た目以上に物が入るよう魔法で細工してあるんだろうな……くらいにしか考えてなかったし。
「……ホント規格外だよな、ルーファスは。どうやったらそんな魔法編み出せるんだよ」
「ん? どうやったら……って。まぁ『あったらいいなぁ~』とか『これがあれば便利だろうなぁ~』とかいった、ちょっとしたものを魔法でできないかなってあれこれ試した上での結果としか言いようがないな。実際にやってみて使えるやつを使ってるだけにしか過ぎないし? あとは……強いて言うなら魔力の無駄遣いをするため、かな?」
「は? 魔力の無駄遣いってなんだよ?」
「そのまんまの意味。無駄に魔力を使うために敢えてやってるだけの話」
「意味がわからないんだけど?」
「……だろうな。自身に合った量の魔力が問題なく身体中を巡ってるヤツには一生かかっても分からないことだろうぜ?」
そう言って苦笑したルーファスをじっと見ていると、誤魔化すように頭を撫でられた。
これ以上は触れるなってことだろうか。
あれだけ面倒くさいことを嫌がるルーファスが、敢えてそんなことをやってみせるその意味は一体どこから生まれてきているのか。
時々俺はルーファスという人間がよくわからなくなる。
「あの、さ……」
一瞬だけ気まずくなった空気をなんとかしたくて、声をかけたその時だった。
「遅くなってしまいました」
……という控えめな言葉と同時にリリーメイ嬢がサロン内へと入ってきたのは。
「随分と遅かったな、リリィ」
「申し訳ありません、ルーファスお兄さま。お茶用のハーブを摘んでいたら思っていたよりも時間がかかってしまいましたの」
《ミキュウ!》
ティーセットを載せたワゴンを押しながら入ってきたリリーメイ嬢の背後から、元気な鳴き声を一つ上げて別のチビ竜が飛び出してきた。
自分の翼でしっかりと羽ばたきながらついてくるそのチビ竜は、真珠のような色合いの美しい白い竜だった。
ヒレの部分と目の色は金貨を溶かしたような見事な黄金色だ。
「えっ? ルヴラン!?」
ついてきたチビ竜に驚いたのはヒュー。
「お前の竜?」
「ううん、違うよ」
「オレのですね」
「え?」
どうやらこっちの竜もギルのらしい。
「どうしてあなたがここにいるのです? 今日は父上と一緒にレヴラントにくっついて出掛けていたのではなかったのですか?」
《ミキュキュ~~~~~!!》
「そのお出掛けから帰ってきたらルワァーズがいないことに気がついて竜舎を飛び出してきたようですの。ただ、邸の中にまで入れずに困っていたところで偶然わたくしを見つけて、一緒に連れていってもらおうとずっとわたくしの側にいたというわけですわ。ハーブを摘むのも手伝ってくれましたのよ? そうですわよね、ルヴラン?」
《ミキュッ!》
リリーメイ嬢にそう言われて、ルヴランと呼ばれたチビ竜が得意げに小さな花の束を咥えて見せつけるようにギルのほうへと運んでいく。
「あっ! 待ってくださいな、ルヴラン。それは今から淹れるハーブティーに使いますのよ?」
《ミュ?》
「それをわたくしに渡してくださいな?」
《ミキュ!》
素直にリリーメイ嬢の言葉に頷くチビ竜を見て、こっちも随分と人に慣れているなと感心する。
「リリィを手伝っていたのですね。偉いですよ、ルヴラン」
《ミキュキュ♪》
褒められて優しく頭を撫でられたルヴランはとても嬉しそうだ。
まるで今にも鼻歌でも歌い出しそうにパタパタと羽ばたいてギルの側をくるくると回っている。
「そんなルヴランにご褒美です。ルワァーズはあそこですよ。ルーファス兄さんの隣に座っているお客さんと一緒です」
《ミキュ?》
「オレやヒューの友人でもありますからね。ルヴランも彼とは仲良くしてくださいね?」
《ミキュッ!》
一際嬉しそうな鳴き声を上げたと思ったら、そのチビ竜がこっちに向かって突撃してきた。
結構な勢いに圧されて思わず立ち上がって逃げようと考えるも、その考えに至った瞬間、軽めの『ズシン』とした衝撃に襲われ、ソファーの背もたれに押しつけられる形でルヴランの突撃を許してしまった。
思ったよりも大したことなかった衝撃に違う意味で驚かされ、恐る恐る衝撃を受けた胸部へと目を向けると、ルワァーズにぴったりとくっつく形で隣り合いながら、ルヴランが俺の腕の中にちゃっかりと収まっていた。
コイツはルワァーズとは真逆で全く人見知りしないようだ。
それどころか図々しいくらいに人の膝の上で寛いでいる。
《ミキュウ♪》
見上げてくるルヴランと目が合ったと同時にかわいらしい声で鳴かれ、思わず『うぐッ!』と言葉を詰まらせてしまう。
────コイツもルワァーズと負けず劣らずかわいすぎんだろ……!!
殺傷能力が二倍になった!
悶え殺される!!
考えてもみろ。
コイツら俺のすぐ目の前で猫みたいにゴロゴロすりすりと全身をくっつけ合いながらイチャコラしてんだぞ?
長めの首を絡め合って互いの顔を舐めたり、鼻先同士をくっつけたりして、まるでそれが当たり前だって顔してる。
え?
何なのコイツら?
チビなのにできてんの?
「え、っと……もしかしてコイツら……?」
「うん、番同士だよ?」
「こんなチビなのに!?」
「成竜だって言ったじゃないですか。まぁ、幼竜であっても番同士になる個体は多いですけどね」
「えぇ~……」
そう、なのか。
大人も子どもも関係なく、番同士になれるのか。
────なんか……いいな……
────いつでも一緒にいられるって、すっげぇ幸せそう……
俺の腕の中でじゃれ合う二匹を見ていると、本気でそう思う。
仲良しで、互いに大好きだって気持ちが行動に溢れてるもんな。
「ちなみにルワァーズが雄でルヴランが雌な?」
「えっ!? 逆じゃなくて!?」
見るからにか弱そうに見えてぷるぷる震えてるほうが雄で、堂々として神経図太そうなほうが雌とか信じられないんだけど。
「オマエ、雄なのか。ルワァーズ?」
《キュウ》
「でもって、ルヴラン。オマエは雌と?」
《ミキュウ♪》
「…………マジか」
逆だと言われたほうが信じられる。
どっちもかわいらしいし、見た目だけで性別が判断できないから余計にそう思う。
「ルヴランはルワァーズがとても大好きですのよ。お出掛けから戻った時に、待ってくれているはずのルワァーズの姿がどこにも見えなくて竜舎を飛び出したようですわ」
「……姿が見えないと、不安なのか?」
リリーメイ嬢のその言葉を聞いて、思わずぽつりとそう零していた。
「そうじゃないよ」
その答えをくれたのは、リリーメイ嬢ではなくヒュー。
「姿が見えないから不安になるんじゃない。そこにいると分かっているはずの場所にいなかったことが不安なんだよ」
そう言ったヒューの顔を見て、俺は驚いた。
途切れることのなかった明るい笑顔が、ほんの少しだけ翳ったような表情に見えたからだ。
「いつでもずっと側にいられたら幸せなのは当然のことだけど。でも、ずっとそうしていられるわけじゃないことはみんな分かっているから。だから、すぐ近くにいてその姿が見えなかったとしても、それくらいで竜は不安になったりなんてしない。いるべき場所に、いてくれさえすれば。帰るべき場所に帰ったその時に元気な姿を見せてくれれば。たったそれだけのことが、何よりの安心材料になるんだよ。側にいなくても、離れていても。そこにいると感じさせてくれる。その事実があるだけで竜たちは幸せなんだよ? それが……『番』という、自分だけの『唯一無二の存在』だから」
「そうですね……もっと言うのであれば、巡り会えるその事実こそが彼らにとっての幸せになります。数多くの個体が存在する中、己の唯一無二である番と巡り会える種はほんの一握りですからね」
「え……?」
「どんなに永く生きていても、己の唯一無二である番とは出会えないのが大半であり、それが当たり前の世界なんだ。ギルは巡り会えるその事実こそが幸せだと言ったが、正確には、巡り会えるその事実こそが奇跡であり幸せだ、ってことだな」
「!」
「竜も人も。出逢ったその相手が己の“唯一”であるかどうかの確率は同じだ。ほんの一握りの、奇跡にも等しい幸せなんだよ」
「……………………」
────じゃあ、俺は……?
巡り会えるその事実こそが奇跡であり幸せだとルーファスは言った。
己の唯一無二である番とは、出会えないのが大半だ、とも。
────俺は、幸せ、なのか……?
だって、俺は出逢っている。
それも二度。
どんな状況だったとか。
気づいてもらえなくて苦しかったとか。
離れたくなくて泣いたとか。
────そうなることが前提の出逢いがあったことこそが、俺にとっての幸せだった……?
『姿が見えないから不安になるんじゃない』とヒューは言った。
『そこにいると分かっているはずの場所にいなかったことが不安なんだ』とも。
「……なんだよ、それ」
「ランディ?」
「俺……ホント、弱いのな……」
最初から、ずっと一緒にいることが無理だってことくらい分かってた。
あの子が『どこの誰であるか』を知っていながら、簡単に会いに行けるはずがない相手であるということも。
姿が見えないことを不安に思ったことなんて一度もない。
そもそもが、会えること自体が難しいことだったから。
あの子のいる場所はちゃんと決まっていて、そこにいれば多くの者から守られて安全だということも分かってた。
だから、それに不安を覚えたこともない。
……なのに。
偶然会えたことに浮かれて、側に行きたくて。
それが叶わない現実に、勝手に打ちのめされて泣いたのは他でもない俺だ。
あの子と逢えただけでも十分すぎるくらいの幸せだったというのに。
それ以上を望んで、手が届かないと知って、勝手に落ち込んだ。
ただ、それだけ。
────勝手に期待して、高望みしすぎただけだったんだ……
あの子はちゃんと、いるべき場所にいて守られている。
それだけで十分だと思わなければいけないのに。
そう思えない自分の小ささが、本当に情けなくて嫌になる。
「同じ世界に、生きてくれているだけで幸せだって、思わなきゃいけないんだよな、本当だったら……」
気づいた時には治まったはずの涙が再び溢れ出てきていた。
ボロボロと落ちていくそれを、今度は無理やり止めようだなんて思わなかった。
「……それでも。それ以上を望んでしまうのが人間っていう生きものなんだよ」
グッと頭を引き寄せられて、倒れ込むような形でルーファスに凭れ掛かる。
「竜と違って、言語を解する分、余計にな」
『欲があって当たり前なんだよ』
そう言って、ルーファスは俺が落ち着くまでずっと頭を撫で続けてくれた。
突然泣き出した俺を不思議そうに見上げていたチビ竜たちも、寄り添うようにぴったりと俺にくっついたまま離れなかった。
ギルも。
ヒューも。
リリーメイ嬢も。
この時の俺に対して思うことはあっただろうに、何も訊かなかった。
下手に慰めることもしなかった。
涙が引いて落ち着いた後も、ただ普通に客人を饗すように、お茶やお菓子を出してくれたり、他愛ない話を聞かせてくれたりした。
だから。
『誰も、何も訊かないんだな?』なんてことは言えなかった。
たぶん、さっきの俺の状態を見て、俺がどういう経緯でノーヴァ家へ来たのか察したはずだ。
その上で何も訊かず、何事もなかったかのように俺に接してくれた彼らには感謝しかない。
そこでようやく俺は気づいた。
この場に大人が誰一人いないというその理由を。
大人は身分ある相手に変に取り繕い、必要以上に気を遣う。
特に今回の『番』の話なんざ、デリケートすぎる問題だ。
とても聞かせられることではないし、王子の『番』が現れたなどと知られでもしたら大問題に発展しまうのは目に見えている。
特に政治的な関係で貴族連中が黙っているわけがない。
もちろん、ノーヴァに連なる一族がそのようなことを表に出すことはしないと分かってはいるが、敢えてルーファスにこの場を全て任せることで大人───ルーヴェンス卿───は今回のこの件を表沙汰にしないよう隠蔽を図ったのだ。
それが、今この場に子どもだけしかいない理由。
そのことをルーファスにこっそりと訊いてみたら、屈託のない笑みを向けられ『正解』と優しく頭を撫でられた。
褒められたことが嬉しくて、自然と顔が笑顔になる。
俺の顔に笑みが戻ったことで、心配そうに俺を見ていたチビ竜たちが俺の腕の中から抜け出し、両肩へと移動してきた。
そのまま巻きつくように擦り寄られ、両方から鼻先を頬へとくっつけられた。
《キュウ♪》
《ミキュウ♪》
このチビたちも随分と懐いてくれたもんだと───特にルワァーズ───思いながらも、嬉しくて頭を撫でていると更に擦り寄られた。
────それ以上巻きつかれたら首絞まるんだけど……
そう思ったけど、言って離れられるのは寂しいから好きにさせた。
《キュウ!》
《ミキュ!》
「ん?」
不意に強く鳴かれたその声が『こっちを向け』と言っているようにも聞こえて、思わずルワァーズとルヴランを交互に見遣る。
「え? マジで?」
そこには、ヒューが言っていたように、しっかりとお菓子を食べているチビ竜たち。
《オマエらホントいい食いっぷりだよなぁ~。見てて気持ちがいいぜぇ~! ほらよ、追加だ!》
《キュウッ!》
《ミキュッ!》
お調子者っぽい“火の”妖精がケラケラ笑いながらチビ竜たちの口元にクッキーを運んでいた。
そのままそれを食べるのかと思ってじっと見ていたら、なぜかどちらもクッキーを口に咥えたまま俺のほうに顔を寄せてきた。
「え? 何だ?」
《キュ!》
《ミキュ!》
『ずずいっ!』と押し付けるかのごとくクッキーを差し出されて戸惑ったのはしょうがないと思う。
まさかとは思うが『食え』って言ってるのか、コイツらは。
「その行動は竜たちからの友好の証ですわ」
「へっ?」
「そうそう。特にお気に入りの相手には当たり前の、食べものの分け合いっこってやつだね!」
「本来でしたら番同士の給餌行動なのですが、どういうわけか人間相手には友好を示す意で食べものの分け合いをするんです。ほら、おいしいものは皆で分け合って食べたほうがもっとおいしいと言うでしょう? それと似たような感覚でやっているのかもしれませんね」
「まぁ早い話が『友だちになってください、ヨロシク』って意味だ。遠慮せずにもらっとけ」
《そうそう! 竜の友だちとか最高じゃん? 自慢できるぜ、風の王子さんよぉ?》
《キュウ♪》
《ミキュウ♪》
自慢って……誰にするんだ?
思わず“火の”妖精にそう突っ込みたくなったが、竜から友だちになってくれって言ってもらえるなんてある意味とても光栄だと思ったからルーファスの言うように遠慮なくもらうことにした。
「じゃあ……もらうな?」
……と、手を伸ばしたところで『ふいっ……』とそっぽを向かれてしまった。
「え?」
ルワァーズもルヴランもどっちもだ。
なんで受け取ろうとしてるのに避けるんだ?
「元が給餌行動から来てるやつだから口で受け取らなきゃダメだろ?」
「へっ?」
────口移しで食えってやつ……?
チビ竜たちを交互に見遣ると、大きなうるうるした目で期待を込めたように見つめてくる。
これを拒否したらダメだよな。
友だちになろうって申し出を突っ撥ねるようなもんだし。
やったら絶対に泣くよな、特にルワァーズ。
……っていうか。
口移しで食うとか、マナー的にうんたらかんたら~……って説教食らいそうだな。
「大丈夫。なかったことになるから!」
「いくらマナー違反だろうが誰も咎めない」
そうだな。
ああ、そうだったな。
うん、そうだったよ。
ここでのことは全てがなかったことになるんだった。
当事者の記憶に残る以外には。
要するに何やっても問題はないんだ……と、開き直って俺はチビ竜たちの口から直接クッキーを食べることで友好の証とやらを受け取った。
食べた直後、嬉しさで興奮したのか、ルヴランから首筋をガジガジと軽く甘噛みされ、それを真似たルワァーズからも同じように反対側の首筋を齧られた。
……非常に貴重な体験だった。
その後も大人の存在がないことをいいことに、サロンでお茶やお菓子を楽しみ、存分に妖精たちやチビ竜たちと戯れるという楽しい時間を過ごした。
余計な言葉などはほとんどなく、ただただ側に誰かがいてくれるというその事実だけで疲れ果てた心を癒やされた夢のような一時だった。
深夜を超えて、そろそろ寝なければいけない時間が来ても、この空間から抜け出すことが惜しくて渋った俺に『どうせ今日だけだしサロンで雑魚寝するか?』とルーファスが言い出した時は一も二もなく頷いていた。
皆でテーブルを押し退け、横になれるよう大きなソファーを隙間なく並べつつ寝転がる。
さすがにリリーメイ嬢はこの場で一緒に雑魚寝するわけにはいかないために部屋に戻ることになったが、全員分の毛布を余裕を持って少し多めに用意してくれた。
どうやってあの量を運んできたのかと思ったが、リリーメイ嬢もルーファスと同じくアイテムボックスなる空間収納魔法を使えるらしい。
便利なのでこれもルーファスに教えてもらうことにした。
そうそう。
リリーメイ嬢とも堅苦しいのはナシ、ということで『ランディ』と呼んでもらうことになった。
まぁ誰にでも丁寧な彼女だから、愛称を呼び捨てるのは無理らしく『ランディさま』で妥協することになったけど。
それと、俺のほうは『リリ』って呼ぶことになった。
皆は『リリィ』って呼んでるけど、俺にはどういうわけか『リリィ』って呼びかたがしっくりこなくて『リリ』と呼ぶことにしたのだ。
不思議なことに『リリ』って呼ぶほうが俺にとっては当たり前な感じがするんだよな。
「リリィ……リリ……うん。やっぱ『リリ』のほうがしっくりくる」
「そうか。ところでランディ?」
「ん?」
「セディよりも先にリリィに会って、更には愛称呼びまでする仲になったんだから、それなりに覚悟決めといたほうがいいと思うぞ?」
「!!!」
「セディがそこまで嫉妬深くなけりゃいいな?」
「わ……」
────忘れてた~~~~~~~~~~~!!!
明日。
いや、日付的にはもう今日か。
俺は兄上に殺される覚悟で王宮に戻らなくてはいけない。
ルーファスの言うように、兄上がそこまで嫉妬深くなければいいことを只管に祈りながら俺はこのあと眠りにつくことになる……─────
今回新たに登場したチビ竜のルヴランですが、聖竜に分類されるホーリィ・ドラゴンという種でこちらもギルバートの竜です(*・∀・)
ギルバートの魔力属性に合わせて、水属性のルワァーズと聖属性のルヴランを従えている感じですね(・∀・)
この竜たちを擬人化したら気の弱い優しい男のコと気の強いお転婆な女のコになるだろうなと容易に想像つきます(笑)
名前だけ出てきたレヴラントはルヴランのお父さん竜で、ギルバートとヒューバートのパパンの竜になります
ルヴランと同じ聖属性のホーリィ・ドラゴン種です(・∀・)
第二王子視点はとりあえずここまで!
次回からはまたフローレン視点に戻ります!
今回で100話目になってましたヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪