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プロローグ




~プロローグ~




「ずっと思っておりましたの。あなたのお友だちになりたいと」


慣れないはずの幼い身体で一生懸命に、けれどとても丁寧に書いたのであろう文字で綴られた一通の手紙

今の気持ちを精一杯綴ったのだと言葉にしてもらった通り、そのどれもが心に響いて、胸の奥が熱くなる


一枚目を読み終わり、二枚目へと目を通して

そして


二枚目の最後に書かれた言葉と文字に、驚きを隠すことも、それを取り繕うこともできなかった


それはとても懐かしく

とても馴染みのあるもので

けれど、この世界では決して目にすることは叶わないはずの

遠い記憶の中で、当たり前のように見ては綴り続けてきた文字───言語



『追伸』



その単語の後に綴られた、数行の日本語のメッセージを目にした瞬間

知らず知らずのうちに目から涙が零れ落ちていた


「これは、一種の賭けでもありましたわ」


そう静かに呟かれて、ハッと視線を上げたその先には、柔らかく目を細めながら微笑んでくれる彼女の姿

私の驚きを、涙を見たことで、確信したと言わんばかりに優しく見つめられ、私も悟る



────この子も、私と、同じ……



「あなたも、わたくしと同じなのですね」


訊ねるようでいて、でも決して答えを求めてはいない、断定されたその言葉に、私は声も出せずにゆっくりと頷いた


彼女も、私と同じ転生者なのだと

その何よりの証拠が、今私の手の中にしっかりと存在している



現実ではない現実世界

それはあくまでも、前世の記憶に基づいての話


けれど

今の私たちにとってのこの世界は、紛れもない現実世界であり

そこに私たちは確かに存在し、そしてこの世界で生きている


剣と魔法のファンタジー

人の想像によって作られたフィクションの世界

そして、数々の魅力的なキャラクターたちが織りなす、恋や友情、自己成長といった様々なストーリー


いわゆる乙女ゲームと言われるその世界に、今、私たちは生きている

ゲームの世界の登場人物の一人に転生した私は、同じく転生した彼女と奇跡のような出会いを果たした


片やヒロインをいじめ抜く悪役令嬢の私と

片やヒロインの想いを知り、健気に身を引く立場となるライバル令嬢のあなた


ゲームの中では、直接的な接点はなかったはずの二人だった

だけど、ここは決してゲームの世界なんかではなく、紛れもない現実世界で

悪役令嬢とライバル令嬢の間にはなかったはずの接点を、今こういう形で出会ったことで持つことができている


きっと、変わると思った

変えられると思った

ゲームのシナリオ通りにはならないと

私たちは、私たちの人生を歩んでいけると


そう、思った……



『私、このゲームのヒロインには全く共感できない』

『ヒロイン目線でシナリオが進むからプレイする人の大半は疑問に思うことはないんだろうけど、客観的に見たら、悪役令嬢のこの子の立場とか取る行動とか普通に当たり前だと思うんだよね』

『自分の恋を守ろうと必死だったわけでしょ? 婚約者に近寄る他の女に対して嫉妬するのは当たり前の感情だし、婚約者を引き止めたくてなりふり構わなくなったのだって、それだけ本気で婚約者に恋してたからじゃないかなって』



ふと思い出す、前世での親友の言葉

ヒロイン視点ではなく、第三者の客観的な視線でストーリーを追うことで、傲慢で高飛車で意地悪な悪役令嬢に感情移入してしまったあの子

『悪役令嬢の気持ちがよく分かる』と言って、溜息混じりにこう呟いてもいたっけ



『悪役令嬢なんて、最初からいない。だってもともと存在してなかったんだから』

『彼女を悪役令嬢にしたのは、周りの人たち。もちろん彼女の弱さも一因だけど、何も彼女一人だけが悪いんじゃない。こういう風に彼女を追い詰める状況を作り出した周りの人たちだって立派な要因。そんな周りの環境が彼女を悪役令嬢にしてしまっただけ』

『ただ婚約者に恋をしていただけなのにね。その恋を必死に守ろうとしていただけなのにね』



あまりにも説得力がありすぎて、思わず頷いてしまったな、私



『彼女は普通の女の子。恋に破れて傷ついた、かわいそうな一人の女の子だから』



そうだね

確かに普通の女の子だよ、私……


悪役令嬢という立場に転生してしまった私だけど、今の私は悪役令嬢でも何でもない、ただの一人の女の子だ

これから成長していくにつれて、私を取り巻く環境の中で、少しずつ、少しずつ、私は変わっていくのかもしれない


だけど

悪役令嬢になんて、なりたくない

この先誰かに恋をして、嫉妬という感情だって普通に持つと思う

それでも、嫉妬という感情を持ったからといって、悪役令嬢になるとは限らない



ハラハラと零れ落ちていく涙で滲む視界の中、受け取った手紙に書かれた追伸のメッセージを見つめた



『悪役令嬢なんてどこにも存在しません』



かつての親友がくれた言葉と同じものを、彼女は私にくれた

柔らかい笑みを浮かべながら、まるで安心させてくれるかのように、手紙を持つ私の手を包み込む

思わずハッと顔を上げたその瞬間、見つめてくる瞳が優しく細められて、笑みが深くなったことを感じ取った


見た目も違う

言葉遣いも違う


なのになぜか、目の前の彼女がかつての親友の姿と重なって見えて、胸が締めつけられるように苦しくなった

それは多分、彼女があの子と同じ言葉をくれたから

その言葉が、今の私に勇気をくれたから


「悪役令嬢なんて、最初から存在しておりませんわ」


包み込まれた手に、ほんの少しだけ力が込められる


「あなたを悪役令嬢になんて、絶対にさせません」


まるで涙で潤んでいるようにも見える、紅い色した濡れた瞳

その紅い色が、私の前世(まえ)の記憶に強く揺さぶりをかけた


それは、小さな小さな、紅い光


返すことは叶わなかった、あの子からの預かりもの

中心に紅いルビーの石を嵌め込んだ、プラチナのクロスネックレス

『勝利のお守りだ』と言って、私の夢が叶うまで預けておくね、と笑ってくれた


あの日、きちんと返すはずだった

『ありがとう、夢が一歩近づいたよ』と

笑ってそう報告して、預かっていたその紅い石のネックレスを返すはずだった


……それなのに


会うと約束したその日、彼女に会うことは叶わなかった

その日から、永遠に彼女に会うことはできなくなった


ありがとうを伝えられないまま、彼女は逝ってしまった

さよならさえも言えなかった


私の手元に、たった一つ、まるで形見のように、紅いルビーのネックレスを遺して、あの子は逝ってしまった


悲しみに暮れて、何日もの間ずっと泣き続ける日々を送った

抜け殻のように紅いルビーのネックレスを握り締めたまま、来る日も来る日も泣き続けた


その記憶が不意に鮮明に蘇ってきた


目の前にいる彼女の紅い瞳が、あの日のルビーの光と重なる

まるで鏡で映し取ったかのように、同じ色を見ているような気分になった


涙が余計に溢れてきて、胸が苦しく締め付けられる

泣き止まなきゃと思うのに、そんな思いとは反比例に涙はどんどん溢れては零れ落ちていく

苦しさが、増すだけだった


「どうか、不安にならないで?」


そんな私の手をキュッと強く握り締めながら、彼女は優しく笑ってくれた


「あなたの人生は、あなただけのものですわ。シナリオを決めるのは、他でもないあなた。ゲーム通りのシナリオなど、この世界には存在なんてしませんのよ? ですから、安心して幸せな未来を歩んでいきましょう? もちろんわたくしもご一緒いたしますわ」


微笑みながらのその言葉に、返すべき返事は決まっていた


「……はい」


迷う必要もなかった


「どうか、よろしくお願いします」


最初から、答えは一つしかなかったのだから


「リリーメイ様」

「はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。フローレン様」



彼女と出逢えたことに、きっと意味があると思えたのは一体なぜなのか

それは今はまだよく分からない


けれど

こうして彼女と向き合うと、私の中の過去の記憶が強く揺さぶられる気がして、胸の奥がざわざわする

自分が転生したと気付いた時点では思い出せなかったことが、彼女と向き合ったことでいくつか思い出せたことに、きっと何かの意味があると思えたのだ



────お友だち……



私がこの世界に転生した理由

ハッキリとは分からないけれど、もしかしたら『お友だち』が何か関係しているのかもしれない


彼女───リリーメイ様とお友だちになることなのか

それとも、前世の親友であるあの子のことを全て思い出すことなのか


そのどちらかじゃないのかと

少なくとも、この時はそう思えてならなかった



探してみようか、思い当たること全て

これからは一人じゃない、お友だちが、リリーメイ様が一緒だから

きっと見つけられると信じて進んでみようか


そうして私は決心する

彼女と一緒に、幸せな未来へと続く道を歩みながら、『私がこの世界に転生した意味とその理由』を探してみよう、と……─────




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スピンオフ:私たちはかつて願った理想世界に生きている
小噺集:転生先異世界での日常あれやこれや

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