第五章16 最後の戦い
『ミコト、ハナちゃん、そろそろ戻るぞ』
突然頭の中に響いた声に、二人はびくりと飛び上がった。慌てて抱き合っていた身体を引き離すと、そこへ丁度良くユウとリョウカが戻ってくる。
「や、やあユウくん。早かったね」
歩いてきたユウに、ミコトはバクバク鳴る心臓を押さえながら、若干裏返る声でそんな風に話しかけた。
不自然な手振りをするミコトに、顔を赤らめながら、ミコトの陰に隠れて髪の毛を整えているアカリ。
傍から見たらもう、うん。たぶんアレだろう。
「ツカサくんが優秀でさ。見回るまでも無く誰も居ないって分かったから、アイツだけ送り届けて戻ってきた」
「へ、へぇー……」
普通に理由を答えるユウだが、ミコトの心臓は未だ早鐘状態。上の空で相槌を打ちながら、見られてないかな、見られてないよね、見られてませんように! と心の中で声高に叫ぶ。
「見てないから安心しろ」
「出たよ読心術! っていうかそれ、見てないとできない発言だよね!?」
相変わらずミコトの思考は読まれたい放題で、ユウはあっさりと非情な発言をした。
まあ、戻ってきたタイミング的に見られてない訳がない。ユウの最後のテレパシーは、完全に『今走ってきましたよアピールの、大きすぎる足音』と同じ種類の心遣いだろう。
いや、もしかして面白がってるだけかもしれないけど。
「大丈夫、見てないのは本当だ。心の声は丸聞こえだったけど」
「より恥ずかしいよ!」
そしてフォローと見せかけて、ユウは更なる追い討ちをかけてくる。
ミコトは大声でやけくそにツッコミながら、持っていた聖剣を放り投げた。そう言えばコイツ、テレパシー機能搭載だった。
連絡用のテレパシーを悪用するなんて、なんて酷いことをするんだ。いや、テレパシーに対し感情駄々漏れなのは、こちら側が下手くそなだけだろうけど。現にユウの心の声は必要なとき以外聞こえなかったし。
「いや、冗談だよ。っていうかお前、途中で聖剣離してたよな?」
「……ゴメンナサイ」
ようやく真面目な否定に入ったユウに、ミコトは謝るしか選択肢がなかった。
確かに途中、具体的に言うとアカリに抱きついたとき、全く無意識に剣を手放した気がする。
「ま、いいけどさ。あと残ってるのは、間違いなく俺たちだけだから」
ユウはそう言って適当に流したが、それは結果論である。ミコトとしては反省するしかない訳だが、今はそれよりも――
「そっか……本当に、勝ち残ったんだ……」
ユウの言葉で湧いてきたその実感が、ミコトの胸中を埋め尽くした。
本当に、間違いなく。勝ち残っているのは、ここに居るミコトたちだけなのだ。
「ああ。後はリョウカを退場させれば、第五ゲーム終了だ」
「……うん」
第五ゲームの勝利条件は、『最後の一組になること』。
リョウカが退場すれば残りは一組――ミコトと、ユウだけになる。
「さて、そうと決まれば早くやろうか。いろいろと、待たせてる人たちも居るわけだし」
ユウがそう言って、ミコトも思い出す。
ミコトたちの帰りを待つクラスメート。第二ゲームで退場させた人たちに、島に置き去りにされている人たちも居る。近くのどこかで、マレイも待っているだろう。
「うん、そうだね。じゃあリョウカちゃん、いいかな」
色々な人に会って、色々なことを報告しなければならない。
だから、余韻に浸るのはここまでだ。
リョウカはミコトの声を受けて、しかししばらく躊躇うように、ユウの方をじっと見つめた。
やがてユウと目が合って、彼が目を伏せるように頷いたのを見ると、
「……うん」
そう言って、ミコトに左手を差し出した。
「では……『強制退場』」
リョウカの左手を左手で取り、能力を発動する。
――きん、と、頭の中で音が弾ける。能力は問題なく発動して、リョウカは退場した。それを伝えようと、ミコトは顔を上げる。
すると何故か彼女は悲しげな顔をしていて、それがミコトに言いようのない不安を抱かせた。
だが、問い掛ける間もなく――
「おめでとう、第五ゲーム終了よ」
パチパチという乾いた拍手の音と、聞き覚えのある女性の声が鳴り響いた。
――この声を聞いて、嬉しいと思う時が来るとは思わなかった。嬉しいと言い切るには、少し感情が複雑だけれど。
「まさか、本当に貴方たちが勝ち残るなんて。『事実は小説よりも奇なり』とは、よく言ったものね」
続けて響いた声は、紛れも無く女神のものだった。気が付けば、目の前にその姿を現している。
「さて。分かっていると思うけれど、次が最後のゲーム。生き残った二人での、共に戦った仲間同士での、壮絶な最後の戦い……」
そして彼女は、そのままこの後の説明をした。
その内容は予想通りで、如何にも女神の考えそうな残酷な展開だが。
「の、はずだったけれど」、と彼女が言う通り。
「貴方たちだと、何の面白味も無いわね。面倒だから、ここで終わらせてくれても構わないわよ?」
ミコトとユウなら、そんな悪趣味な展開は必要ない。『どちらか一方が犠牲に』などという、ベタで酷な展開は。
ミコトがユウを退場させて、それで終わりだ。
「じゃあ、そうしましょうか。ユウくん、左手を出してもらえるかなあ?」
『実はまだ他にも生き残りが』なんてことを言われなくてよかった、と安堵しつつ、ミコトは微笑んでユウを見る。
そして左手を差し出し、ユウがそこに左手を重ねるのを待って――
「え……」
自分の目を、疑った。
「ユウ……!」
「なんで……?」
リョウカとアカリが、同じように信じられない様子で声を上げている。
それもそのはずだ。何故なら、彼が上げたその手は――
「あら――あらあらあらあら! いいわねぇ、やる気があって!」
女神がその光景を見て、心底嬉しそうに声を上げた。
彼女が、いや全員が視線を注ぐ先で――
ユウが、右手を上げていた。
ミコトに触れてはいない。しかしそれは間違いなく、疑いようもなく。
ミコトに対する、明確な反抗だった。
「ユウくん、なんで!」
ミコトは叫ぶ。
――嘘だ。何かの間違いだ。きっと、右も左も分からなくなるくらいに疲れていたとか、そういう――
「……悪い」
しかし、ユウの零した一言が、そんなミコトの淡い願望を打ち砕いた。
「そん……な……」
「そうと決まれば、早速。最終決戦の舞台にご案内するわ」
愕然とするミコトを他所に、女神はやはり嬉しそうな声を上げ、大きく両手を広げた。
「――ユウ!」
その刹那、リョウカが彼の名を呼ばわる。その一言に、いくつもの思いを込めて。
しかし、そんなリョウカの叫びも空しく。
女神が手を打ち合わせ、ミコトとユウを連れ去って消えた。
****************
女神の拍手の音を聞いた次の瞬間には、周りの景色は一変していた。
空が見えるから屋外だ。しかし離れた位置に店が立ち並んでいることを考えると、どうやらアウトレットに移動したらしい。
視線を近くに寄せれば、足元にはレンガのように規則正しく並べられたコンクリートのタイル。
それはミコトが居る近くを中心として円形を描いていて、その円形に沿うように、やはり円形の渡り廊下らしき白い足場が、二人を取り囲んでいた。
二人。ミコトは目の前に佇むもう一人の人物に、視線と、問を投げかける。
「ユウくん……なんで……!」
ここまで一緒に、同じ目的のために戦ってきた仲間。
誰よりもミコトの味方で居たはずの彼が、一体何故。
「……」
しかし、答える声はない。彼は目を伏せ、沈黙し、じっと動かないままだ。
「最後のステージはここ、『願いの広場』。ふふ、この戦いの締め括りには、相応しい場所でしょう?」
代わりに響いたのは、今度こそ全く嬉しくない女神の声だった。
意気揚々と語るその声が、ミコトを苛立たせる。怒りを込めて視線を送るが、やはり彼女はそれを受け流すだけだ。
「さて、最後のゲームは至ってシンプルよ」
そしてそのまま、最後のゲームのルールを語る。
「いや、僕はもう戦わ――」
「一対一。場所は広場の中心、この円の中。相手を消した方の勝ち。逃げ場もない、他の何にも影響されない、小細工抜きの真っ向勝負よ」
言葉を遮ろうとするミコトの声をさらに遮り、女神は有無を言わさずルールを言い上げた。
「さあ、準備はいいかしら? 五――」
そのまま形だけの問を投げ、カウントダウンを始める。絶望へ向かう、無慈悲なカウントダウン。
「待って――ユウくん、話を! ああもう、待って!」
焦りに駆られるミコトの声を無視して、カウントダウンは進む。
――ダメだ。戦いを始めちゃいけない。カウントダウンが終わったら、もう――
「ゼロ」
そしてミコトが何もできないまま、ゲームの開始が告げられた。
身を固くし、ユウを見て身構えるが――
「……あら?」
「ユウくん……?」
ユウは、目を伏せてじっと動かないままだった。
女神とミコトが彼の様子を見守る中、彼はゆっくりと顔を上げ、左手をポケットに突っ込んだ。
「ミコト、受け取れ」
そして彼は、聖剣を二本創り出した。
鎖で繋がったその片方を、ミコトに向かって投げて寄越す。
「何を……」
反射的に受け取りながら、しかし訳が分からずミコトは声を漏らす。
――もしかして、女神を倒そうとか……?
ふとそんな考えが頭を過るが、
「さあ。これで条件は対等だ。俺と戦え」
ユウは、はっきりとそう言った。
剣を構え、ミコトを見据え、闘志を滾らせて。
「どうして……? 戦う必要なんて、どこにも……」
訳が分からない。どうしてここで、ユウと戦わなければならないのか。どうして今、ユウはミコトに刃を向けているのか。
――どうしてユウが、そんなに辛そうにしているのか。
「――っ」
しかしそんな思いと声を斬り捨てるように、ユウは鋭く剣を振るった。
微かな痛みが頬に走り、薄く傷付いたそこから血が流れ落ちる。
「さあ、早く構えろ!」
言うが早いか、ユウは距離を詰めて聖剣を振り下ろしてきた。
「待って、待ってよユウくん!」
続けざまに振るわれる斬撃を辛うじて防ぎながら、ミコトは情けなく声を上げる。
「死にたくないだろ! 消えたくないだろ! 皆を助けたいんだろ! なら、戦え!」
一言一言に激しい感情と斬撃を乗せながら、ユウは叫ぶ。
訳が分からないままそれを受け止めるミコトは、
「どうして! ユウくんだって……! ユウくんだって!」
その理不尽さに、次第に怒りを覚える。意味が分からない彼の行動と、どうにもならないこの状況に。
「皆を助けるために戦ってきたんでしょ!?」
その怒りをぶつけるように、ミコトは思い切り剣を振った。
ユウの聖剣を弾き返し、二人は距離を取って睨み合う。
「……違うんだよ」
そして唐突に、返ってこないと思っていた答が返ってきた。
「……え?」
ミコトが訊き返すと、彼は構えを解き、項垂れて語り始める。
「違うんだ。俺はずっと、お前たちを騙してきた。皆を助けるつもりなんて、最初から無かったんだ」
「そんな……嘘だよ。嘘だ、だって、だったらどうして……!」
震える声で語られるユウの言葉を、ミコトはやはり震える声で否定する。
もし、彼が本当にミコトたちを騙してきたなら。一体どうして、ここまで一緒に戦ってきたのか。死ぬような目に遭いながら、わざわざ辛い道のりを歩んできたのか。
彼ならいくらでも、ミコトたちを消すチャンスなんてあっただろうに。
「どうして――か」
ユウはどこか空中の一点を見つめて、そう言ってしばらく黙り込んだ。
まるで、自分自身に問いかけているかのように。
「そうだな、たぶん、そう――言い訳なんだよ」
やがて口を開いた彼が紡いだのは、そんな言葉だった。
「言い訳……?」
やっぱり意味が分からずに、ミコトは彼の言葉を繰り返す。
一体、何に対する、どういう言い訳だと言うのか。
「そう。自分に対する言い訳。世間に対する言い訳。神様とやらに対する言い訳。それで――」
答えるユウは、そこまでを一息で言い切ると、一瞬苦しそうな顔を浮かべ――
「――瑞生に対する言い訳、だよ」
薄い自嘲を顔に浮かべながら、そう言った。
「つまり、さ。『俺はできるだけ命を大切にしたぞ』っていう、言い訳なんだよ。だからお前を助けたし、お前が勝ち残るように力を尽くしてきた。……最後に俺が願いを叶えた時の、罪悪感を減らすために」
『命を大切にする』。ミコトが瑞生と交わした約束。ミコトはそれを守るために、この困難な道のりを歩いてきた。
ずっと隣で歩いてきたユウは確かに、今この瞬間までは『命を大切にしてきた』と言えるかもしれない。実際、彼のお蔭で救えた命は沢山ある。そもそもミコトは、彼無しではここまで勝ち残れていない。
「……教えて。ユウくんが叶えたい願いって? ユウくんは、何を望んでるの……?」
ミコトは彼の言い分を飲み込んで、そう問いかけた。
それは答が分かっている問だったけれど、訊かない訳にはいかなかったから。
「瑞生を、生き返らせる」
果たして、彼はそう言った。
その願いはミコトの思った通りのもので、どうしようもない想いがそこにあって。
「逆にこっちから質問だ、ミコト。お前は、瑞生に生き返ってほしくないのか? もう一度会って、もう一度話をして、もう一度一緒に笑いたいって、そう思わないのか?」
彼の問いかける言葉には、切ない想いが溢れていた。
「そりゃ、思うよ! 思わない訳がない! でも、……でも! 瑞生ちゃんが――」
その問に、ミコトはそう答えるしかない。当たり前だ。ミコトにとっても瑞生は大切で、彼女が生き返ったとしたらどうしたって嬉しいのだ。
だとしても――
「『そんなこと望むはずない』ってか?」
「……!」
ミコトの反論を、ユウが先に口にした。
「ああ、分かってる。分かってるよ、そんなこと。でも、だから何だって言うんだ? 俺は瑞生を生き返らせたい! そのわがままを通して、何が悪い!」
そしてその反論を、ユウは上から叩き潰した。
彼女がどう思うか、ではなく。自分がどうしたいか、なのだと。それはもう、反論する余地のない主張だ。
他の何も関係ない。自分の気持ちを押し通すと、そう言っているのだから。
「でも……! 約束、したでしょ……?」
だがミコトは言い募る。待ってくれと言い縋る。
『何よりも命を大切に』。その約束を守ることこそが、真に彼女を想うことではないのか。
だがその言葉は、ユウの逆鱗に触れる言葉だった。
「そう、そうなんだよミコト。だからお前は、今まで頑張ってきた。だからお前は……俺の気持ちが分からない」
「どういう……」
急激に感情を失くした平坦な声で、ユウが語る。
その原因が分からず、その意図が分からず、途方に暮れてミコトは小さく訊ねる。
「『その名前の通り、何よりも命を大切にする人でいてね』」
「――!」
そして口にされた言葉は――ミコトの胸に、深く突き刺さった。
――ああ、そうか。そういうことなのか。
「俺は、瑞生のことが好きだった――きっと、初めて会った時から」
それは、ユウの口から初めて語られたことだった。それでもあまり驚きがないのは、ミコトも心のどこかで勘付いていた、ということだろうか。だとしても、当時のミコトはそれと意識できていなかった。
それが、いけなかったのだろうか。
「瑞生が笑ってくれるだけで、俺は幸せだった。笑って、ただ傍に居てくれるだけで。生きていてほしいって、ただそう願ってた――!」
優しい声で、ユウは語る。
彼女への愛を。彼女への願いを。
溢れ出す思いが、ユウの言葉尻を震えさせる。
「でも、それが難しいことだとも知ってた。だからせめて、生きている間は幸せでいてほしいって。それで、最期の瞬間まで見守るって、そう決めてたんだよ」
彼のその決意は、ミコトに無いものだった。
ミコトはずっと、彼女が助かると信じて――と言えば、聞こえはいいが。それはもしかすると、ただ単に目を背けていただけ、なのかもしれない。
「でも、ユウくんはそうしてきたじゃない。ずっと瑞生ちゃんのことを思って、最期だって、瑞生ちゃんの隣で――」
しかし、それなら。ユウはそこに向き合って、そして成し遂げたはずだ。
彼女が命を失うその日まで、毎日病院に通っていた。最後の言葉を、ミコトと二人で聞いていたはずだ。
「ああ、隣に居たな。確かに隣に――居た、だけだった」
答えるユウの声は冷たく、自嘲と言うにはあまりに冷徹な嗤いが響いた。
「ミコト、お前なんだよ。瑞生が約束をしたのは、お前だけなんだ」
――『その名前の通り』。その言葉が示すのは、確かに『命』だけだった。
だが――
「お前に、俺の気持ちが分かるか!? 好きな女の子が、自分の隣に居るヤツに最後の願いを託すのをっ……ただ見てることしかできなかった、俺の気持ちが! 分かるのかよ!」
そこでユウは感情を爆発させた。
今までにないほど声を荒げ、涙すら流しながら。
ミコトに怒りを、悲しみをぶつけて、声の限りに喚き散らす。
「だから、俺はお前を消す。お前を消して、瑞生を生き返らせる。止めたいなら、俺を消せ」
そして続いたのは、宣言だった。絶対に勝利は、その願いは譲らないという、断固とした宣言。
「それが――瑞生から願いを託された、お前の役目だ」
彼は最後にそう言うと、決然とミコトを睨み付けた。
本当に命を大切にするなら。今、多くの命を見捨てようとしている自分を消せと。
彼は、そう言っているのだった。
その言葉を全て聞き、黙って受け止めて。
――ミコトは、静かな怒りを持って、彼を睨み付けた。




