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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第一章 被害者と加害者
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第一章8 爆発

 皆さんは、爆発を見たことがあるだろうか。

 テレビとかでなら、見たことがある人は多いだろう。実際の爆発でも、理科の実験のポンっと音のなるやつみたいにとても小さいものや、花火なんかの遠くのものなら見ることはできる。


 でも、間近で人が怪我をするレベルの爆発を見たことがある人はそうそういないだろう。だってそれ怪我してるし。


 実際間近で見ると、それはもう迫力満点。


 音は鼓膜が破れてもおかしくないしむしろ破れない方が奇跡というか、耳鳴りが酷くて頭が痛くてぶっちゃけ鼓膜がどうとかよくわからない。


 炎はもちろん最高に熱くてきれいに炙られた自分が美味しいんじゃないかと思えてくる。

 実際焦げる程近くに居たら無事ではないだろうからそれは流石に錯覚だとは思う。


 風はすごい勢いで吹き抜けて台風の日に傘を差してるくらいには吹っ飛びそう。

 爆風で飛んで戦うキャラとかがマンガで居た気がするけれど、確かにそれくらいはできそうだと納得。


 結局何が言いたいかと言うと、


「よい子はマネしないでね……!」


 と言うか、ミコトだってこんな真似はしたくなかった。

 自分に向けて次々に投げられる『爆弾』を、必死こいて避け続けるなんてことは。


 そんな誰に向けてかわからないメッセージを発信している間にも、直撃したら病院送りは免れない、運が悪ければ一足飛びに天国まで送られるであろう威力を秘めた物体が、その真価を炸裂させようとミコトに迫ってくるのである。

 心持ちはまさに天国へのカウントダウンだ。


 一際大きなそれが右からやって来て、僕はそれを左に受け流せるわけがないので思い切り左に跳ぶ。

 次の瞬間、飛来した物体が光の瞬きと共にその脅威を展開する。

 直撃は避けられたものの、間近でのちょっと笑えないレベルの爆風に煽られミコトは派手に吹っ飛んだ。


「あっぶなぁ、今の死んでてもおかしくないヤツだよ」


 廊下を盛大に転げ転がり転げまわり、文句を垂れ流しながら痛む身体に鞭を打って即座に立ち上がる。

 『爆弾』が飛んでくる方を睨み付けると、吹っ飛んだ分だけ距離が開いたその場所から、無駄に綺麗なフォームで追加の危険物を投げつけてくる人間が目に入った。


「もう勘弁してください!」


 弱音を声高に響かせながら、ミコトは更に距離を取るべく廊下を走り出す。

 教師が居なくて怒られる心配は無いが、代わりにもっと大事なものの心配をしなければならない。主に命とか。

 実際に命を落とす心配が無いのは、幸運なのか不幸なのか。


「ユウくん、これはちょっとやっぱり無理がある気がしてきたよ――」


 この状況を作った人物であるところのユウに文句を垂れながら、彼の立てた作戦を遂行するべくミコトはひた走る。



 何故ミコトがこんな目に遭っているのか、順を追って見ていこう。


****************


 ミコトの決意表明から、およそ十分後だろうか。

 なぜ正確な時間が分からないのかと言えば、時計が動いていないのだ。

 教室の時計はもちろん、腕時計やスマホに至るまで、全ての時計が八時二十五分ごろで止まっていた。


 三人のやり取りによって生じた感動から醒めた周囲の人間がカガミの糾弾を再開し、完全に流れを持っていかれたカガミが土下座で謝罪した後だ。

 その上でカガミの周囲には大きく空間ができているのだから、誰も許さないというユウの言は当然正しかった。

 もっとも、それは本人の性格も多分に影響しているだろう。


 そうしてカガミへの糾弾が終わってしまえば、再び教室を埋め尽くすのは悲しみの色だった。

 サトウを含め十数人の命が失われたのだ。怒りで誤魔化しが効かなくなってしまえば、その喪失感からは逃れようが無い。


 と、するりとミコトの隣から抜け出し、アカリが近くの女子のもとに歩み寄る。


「大丈夫だよ、ミコトくんがきっとみんな助けてくれるから」


 そう語りかけるアカリの言葉に、ミコトはむず痒さと重圧を感じる。

 肩を落とす少女を慰めるための言葉だろうが、それはアカリの望みには違いなかった。

 それはとりもなおさず、ミコトへの期待と責任だ。


「ね?」


 同意を求める一音と共に、アカリは少女の背中に左手で触れる。

 すると、少女は顔を上げてアカリと目を合わせると一つ頷きを落とし、うっすらと微笑みすら浮かべて見せた。

 それを見届けたアカリは頷きと微笑みを返して立ち上がると、次の生徒のもとへ向かう。


「すごいなあ、ハナちゃん。癒し効果が半端ない」


 次々に人を立ち直らせるアカリを見ながら、思わず驚きの言葉を呟く。

 あれだけ悲しみに暮れていた人間を、ほんの少しの言葉と笑顔だけで微笑むまで持っていくとは。もはや天使か何かじゃなかろうか。


「いや、あれは……たぶん、そういう能力なんじゃ?」

「さすがシンドウくん。お目が高い!」


 いくらアカリの笑顔が可愛らしかったとしても、さすがにそれは効果覿面に過ぎる。

 口にしたユウの推論を、全員を立ち直らせて戻ってきたアカリが肯定した。


「これぞ私の左手の能力! その名も『元気百倍』!」


 左手を掲げドヤ顔でポーズを決めるアカリ。その勢いに思わず拍手をするミコトと、沈痛な面持ちで目頭を押さえるユウ。


「ちょっと待って、今ハナサキを置いて行くか考えるから」

「急にひどいこと言うね!?」


 本気とも冗談ともつかない口調のユウに、アカリが憤慨して突っ込みを入れる。

 そんなアカリをジト目で見つめ、その視線をミコトに移すと、


「戦闘に本気で役に立たない能力で、普通に女の子。正直連れて行っても足手まとい以外の何物でもない……いや、言い方キツいのは悪いけど、文字通り命が懸かった問題だから。ここで退場してもらうのも検討したほうがいいと俺は思う」


 ユウは一通り説明し、そして「どうする?」と問いかけた。『判断はミコトに任せる』とそういうことだろう。


 ここでアカリを退場させれば、少なくとも彼女の当面の安全は確保される。

 それはユウにしても同じことだが、正直彼が居ないと途中で負ける可能性が跳ね上がる。

 アカリが居ても勝率に影響があるかどうかは微妙なところだが――


「ミコトくん……」


 こちらを真剣に見つめる視線に、思わずどきりとする。

 天然ゆるふわガールであるところのアカリは、それを十人中十人が笑って許すくらいには可愛い。

 普段はあまり意識していないミコトでも、そんな表情を向けられたらちょっとこう、来るものがある。


 しかし、そんな感慨とは別のところで、彼女の意思を尊重したいという思いがミコトにはある。

 何せ、彼女の行動がミコトを立ち上がらせたのだ。それはどちらかと言えば、憧れや尊敬に近い気持ちで。

 そんな彼女が隣で見ていてくれれば、情けない姿を見せるわけにはいかないのだから――


「いやあ確かに、戦うとか、向いてない気がするけど……ハナちゃんが居てくれたら頑張れそう」


 ポロリとこぼれた本音は、俯瞰するととんでもない発言だ。

 目の前で一拍置いて耳まで赤くなるアカリと、何とも言えない表情で固まるユウを見てそれに気付き、ミコトは顔から火が出るのを感じた。


「いや、今のはその、なんていうか、思わずっていうか、ええと……そう! 僕ってすぐ心折れちゃうから、ハナちゃんの能力はすごいいいなあ、と、思って!」


 しどろもどろにミコトが喋る内容はしっちゃかめっちゃかだが、言葉の端に浮かんだ言い訳を捕まえると、


「そう、そうですよ。ハナちゃんの能力ってこの先いろいろと必要になると思う。たぶん、辛いこといっぱいあると思うし」


 ミコトの言葉の隙に全員がクールダウンし、どうやら結論が出る。戦闘面では役に立たないとしても、それ以外の面で大いに役立ってもらうという方向で。

 何しろ戦いは始まったばかりで、道のりが長いのはわかっているのだから。


「まあ、そうか。じゃあ、俺もミコトに愛想が尽きそうになったときは頼もうかな」

「うん。任せといて!」


 ユウも相好を崩し、アカリに笑いかけながら冗談を飛ばして見せる。

 その肯定の振る舞いに、アカリは心底嬉しそうに笑って応えたのだった。

 そんな二人を見て一安心するミコトだが、ふと周囲の視線を感じてぐるりと視線を巡らせる。


「って、ちょっとなんで皆そんなニヤニヤして……ハナちゃん、能力ちょっと効きすぎじゃない!?」

「百倍固定だからねえ。調節できないんだよー」


 三人の、特にミコトとアカリのやり取りに高校生らしい反応を見せる生徒たちは、アカリの能力によって立ち直りすぎなくらい立ち直っているらしかった。

 思わず照れ隠しに文句を言うミコトに、アカリはあっけらかんと答えてカラカラ笑う。


「ずっと沈んじゃってるよりよっぽどいいでしょ? 悲しんで、悼んであげるのも大事だとは思うけど、そればっかりじゃみんなの方が参っちゃうもん」


 アカリは少しその表情を陰らせつつも、優しくそう語る。

 アカリは自分に能力を掛けていないようで、それでも気丈に、いつものアカリらしく振舞っているのだ。

 消えない悲しみを、大事に大事に抱えたまま。



 その姿に、ミコトは改めて思う。

 ――絶対に最後まで勝ち残って、この悲しい笑顔を本物に変えてあげたいと。


*******************


 決意も新たに、遠いゴールを目指して歩き始めたミコトたち。

 しかしミコトは早速戸惑っていた。


「えーっと。で、これからどうすればいいんですかね」


 ミコトを挟んでいい顔をしていた二人が、綺麗に左右揃って傾いた。


 しかし、当然の疑問ではある。何しろ女神がこれまでにしたのは大雑把なルールの説明だけで、今後の進行や細かいルールは各自で確認した者以外把握できていない状態だ。


「ていうか、あれ? もしかしてあと私たちが退場すればそれで終了?」


 確認しなかった筆頭らしいアカリは、知らなければ当然出るであろう結論を口にする。

 しかしそれは確認していたミコトが首を振って否定した。


「いや、この鬼ごっこ、日本の高校生全員参加してるんだって」

「ええ!? そんな、ミコトくんが過労死しちゃううよー」

「ネガティブに見せかけて凄まじいポジティブ発言だなあ!」


 何しろ負けることを一ミリも考えていないのだ。まるで追い詰められた一流アスリートか何かで、ゾーンに入れる最高の精神状態を迎えそうだ。


 先ほどまでの反動なのか、改めて壁の高さを認識して傾いた気持ちを立て直すためか、テンション高めなミコトとアカリである。


「で、次どうするかだけど。扉が開いたってことは、次は外に出ろってことじゃないかな」


 そんな二人を生温い視線で撫でつつ、ユウが話をさらっと戻して推測を口にする。


「そっか。そう言えば結局、なんでドア開いたんだろ?」

「一番考えられるのは――人数、か」


 自分の咄嗟の行動の結果を思い出し改めて疑問符を浮かべるアカリに、ユウが重ねて推測を口にした。


「そうね。教室内の参加者が残り五人になった段階で開くようにしておいたのだけれど……思いの外早く気付かれてしまって残念。まあこのクラスは、貴方が居るからどちらにしろつまらなかったでしょうけど」


 女神がユウの推測に正解を与えた。そして言葉の後半で目を細めミコトを見やると、重ねて語る。


「五人以下になってもお互い攻撃し合ったりだとか、そういうものを期待して言わずにおいたのよ。まあ、もうどうでもいいけれど」


 どうでもよくなさそうな声音がまるで拗ねているようで、これが何も関係ないただの美女ならどれだけ可愛らしかったことだろう。

 内容があまりにも剣呑だし、事実正しく主犯である女神にそんな感情は到底抱けないが。


 そしてその調子のまま外を指差し、


「次の舞台は体育館。さっさと行ってしまうことね。体育館の中は次のゲームの始まりまで安全を保障するけれど、道中は今と何も変わらない状況だから」


 必要な事項を伝えると、役割は果たしたと言わんばかりに目を瞑り、翼に身を隠した。

 何をするのかと思えば、次の瞬間女神の姿は消えていた。空中に数枚の羽が舞っているのが唯一の名残だ。


「相変わらず何でもありだなあ……それで、どうしましょうか。とりあえず言われた通りに体育館に向かう?」


 ふわりと舞い落ちる羽を目で追いながら感嘆を漏らしつつ、ミコトは次の行動について提言する。

 女神の言った通りであれば、このまま体育館に行って次のゲームを待つのが当然の成り行きだろう。


「いや、ちょっと待った。行く前にいろいろ確認とかしておこう」


 だが、首を振るユウがその提案を否定した。

 考え込むように口元に拳を当て、ミコトに、アカリに、そしてクラスメートに視線を走らせる。


「まず、退場した皆の安全確保を考えておいた方がいい。……さっきの二の舞はごめんだし」


 ミコトは、思わず息が詰まった。

 それは当然考えなければならない事柄で、本来であれば『退場』という選択肢を生み出したミコトの責務だ。


 あれだけ後悔しておいて、未だに配慮の足りない自分に怒りすら覚える。しかし、それをしたところでミコトの頭の巡りの遅さは変わらないのだから、


「気にするな、とまでは言わないけどさ。半分――いや、三分の一ずつ背負おうって話なんだし、適材適所って奴だよ」


 表情から思考を完全に読んで発されたユウの言葉に、ミコトは苦笑するしかない。

 頭の回転の速い十年来の親友――思考も読まれて当然と言えば当然か。


「敵わないなあ、ユウくんには。で、どうしようか」


 その才気と心遣いに感謝しつつ、適材適所の言葉通り思考部分は大いに頼りに行く。


「んー、体育館は安全って言うなら、とりあえず皆で一緒に行く?」


 思い付きらしいアカリの発言が横から入るが、それは「いや、」という前置きと共にユウによって否定される。


「移動中が危なすぎるでしょ。他のクラスの奴と鉢合わせる可能性は高いと思うし。それに安全が保障されているのは『ゲームが始まるまで』だから、」

「そのまま次のゲームに巻き込まれちゃうかも……ってことだね」


 説明の後を引き取ったアカリに、ユウは頭を縦に振って肯定を示した。

 なるほどと思いつつ、ミコトも思案を巡らせる。


「じゃあむしろ動かない方がいいのかなあ」

「うん、俺もそう思う。ドアを閉めて鍵を掛けておけば、傍目にはまだ誰も出て来てないように見えるだろうし。万全とは言えないけど」


 流れに従って口にしたミコトの方策を、ユウが肯定して補足する。が、最後に気になる一言が添えられている。


「って言うと?」


 その部分の続きを、アカリが促す。

 ユウがそれを受けて首肯し、望まれた説明を続ける。


「まず、誰かの能力で教室がこじ開けられる可能性はある。まあ、これはよっぽど可能性としては低いだろうけど」


 基本的には全員体育館を目指すはずだし、閉じている教室を無理矢理開くことはないはずだ。

 この状況ではそれこそ藪蛇を招く行為で、その蛇の強さはともかく噛まれたら死ぬのが確定な毒蛇しかいないのだから。


「で、どちらかというとこっちの方が問題で……次のゲームがどれくらい時間が掛かるか分からないじゃん。そうなってくると教室を一歩も出ないっていうのはかなりしんどい」


 更に言えば、次のゲームが終わってからもゲームは続くし、最悪最後の一人が決まるまで全員閉じ込められたままだ。教室に残るクラスメートは、はっきり言って軟禁状態である。

 それが長時間続くというのは肉体的な意味でも、精神的な意味でも耐え難いものだろう。


「「トイレとか困っちゃうね……」」

「二人して考えることそれか。まあ確かにより早く差し迫ってくるのはそれかもしれないけど……」


 ミコトとアカリのシンクロでの懸念に、ユウは若干呆れ顔だ。

 二人の意見を一部は肯定するが、問題はそこじゃないということを態度で示す。


「えーっと、他の問題っていうと……?」


 控え目に疑問を呈したミコトに今度こそ完全な呆れ顔をした後、ユウは短く息を吐いて表情と言葉をまとめた。


「こんな異常事態だし、閉じ込められることとか恐怖心とか、精神的なものがけっこう不安かな。あと、あまりにも長くなってくると食料と水分の問題が出てくるし」


 と、さんざっぱら不安を煽るようなことを言っておきながら、「まあ、」と言を翻し、


「結局それ以外に採れる手段が無いんだけど。次のゲームを最速で勝利して帰ってくるくらいしかできることはないな」

「そうかあ。それは、頑張らないとですね」

「だねえ。……あ! でもちょっと待って」


 そう結論をまとめるユウに、ミコトとアカリが同意を示す。と、アカリがふと思い付いたように声を上げた。

 「ん?」という二人の反応に、アカリは思い付いた内容を口にする。


「食べ物とか飲み物とかは、私たちが持ってきておけばいいんじゃない?」

「「………………ああ!」」


 ミコトと声を揃えながら、案外ユウも抜けている部分はあると発覚したのだった。


*******************


 アカリの提案を検討した結果、三人はまず購買を目指すことにした。

 おばちゃんに断らず勝手にパンやおにぎりを持ち出すのは気が引けるところではあるが、非常時なので許してもらいたい。

 もっとも、今後のことを考えある分全て掻っ攫おうという腹なのだから、後でおばちゃんに雷を落とされても文句は言うまい。


 お金を払う気は無いのかというと、そちらは食料よりも大事な水分に使うつもりである。

 こちらは人手ではなく自販機なので、勝手に持って行くことができないのだ。

 クラスからかき集めたお金を適当な袋に入れ、準備万端である。


 その他にも何点か確認と情報共有を行い、そちらも首尾は上々。後は行動に移すのみだ。


「じゃあ、行ってきます」

「俺たちが外に出たら、すぐに鍵かけてな」


 クラスメートに挨拶を投げるミコトに、ユウが端的に指示を重ねる。

 それを受けた彼らは、各々に同意を示すために頷いたり親指を立てたりしていた。


 そして、伝えなければならない点はもう一点。


「戻ったらノックで合図するからね。三本締めのリズムで!」

「いやそれは流石に長すぎるんじゃないかなあ!?」


 ミコトたちが戻った際の符丁である。普通のノックだと、他の参加者がうっかり紛れ込む可能性は0ではない。

 だが、勝手にそれを決めたアカリのちょっと斜め上過ぎる発想に、順当過ぎる突っ込みがミコトから入る。

 付け加えれば、センスがオヤジくさい。それは流石にうら若き女子高生に言うのが憚られ、ぐっと口に出すのを堪えたが。


 ちなみにノックの符丁は議論の末、『伯方の塩』のリズムで落ち着いた。

 程よい長さと分かりやすさ、そして何よりキャッチーなリズム感が勝因だ。結局オヤジくさいというのはこの際気にしない方向で。


「じゃあ、今度こそ行ってきます」

「鍵、よろしく」

「は! か! た! の!」


 「しお!」と相変わらず元気になりすぎたクラスメートの調子のいいレスポンスに足取りも軽く、三人はようやく教室を出た。


「さて……」


 教室の扉が閉められると、三人は他に誰もいない廊下で静寂に包まれる。

 その落差と気配に緊張感を覚え、目線を交換する。


 今この瞬間にも、右手で触れられただけで自分たちの命運は尽きる。それは文字通り跡形も無く。警戒して然るべき状態だ。


「じゃあ、行きましょうか」


 ミコトの言葉に頷きあい、購買に足を向けて一歩を踏み出す。

 ――次の瞬間。



 突如、爆音がミコトたちを襲った。

 鼓膜と脳と心を盛大に震わせる音の猛威が、全身を駆け抜けていった。そして、爆発したのは音だけではない。


 ミコトとたちが今出てきた教室。その隣の隣、二年C組の教室が扉も壁も無造作に撒き散らし、壁の前にあったロッカーをも巻き込んで内側から爆ぜていた。

 爆炎と爆風の余波が三人を煽り、床が抜けたかのような振動が校舎ごと身体を乱雑にもてなした。とどのつまり――



 ――目の前で、教室が一つ爆発したのだった。

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