第五章8 二人で
ツカサは思い出す。ユウキとの戦いを。彼の強さと、その最後を。
――それに比べれば、この二人は。
「『エクス』……」
馬鹿正直に聖剣を大上段に構え声を発するユウに、ツカサは嘆息する。
「『カリ』――」
「隙だらけですね」
ユウは剣を振り下ろそうとするが、黙って撃たせる必要は全く無い。ツカサは瞬間移動で回り込み、隙だらけの胴体に右手を伸ばす。
「くっ……」
ユウは咄嗟に身を反らし、頭上に掲げていた聖剣を背後に持って来てツカサの右手をかろうじて防いだ。反射神経と状況判断はなかなかのものだ。素の状態でケンカをしたなら、おそらくユウが勝つことだろう。
だがしかし、ユウキには遠く及ばない。彼ならここで、振り向いて右手を防いだ上で、さらに何発か斬撃を加えてくる余裕すらあるはずだ。
そして彼と戦ったツカサも、能力によってその領域に足を踏み入れていた。
「ああ、貴方に至っては最早動かない方がいいですよ。足手纏いにしかなりませんから」
後ろから駆け寄りユウの助太刀に入ったつもりであろうミコトに、ツカサは振り向きもせず声を掛ける。
彼は三人の中で唯一、常人の身体能力のままだ。声を殺し気配を殺そうが丸分かりな上に、ツカサから見れば欠伸が出るような速度。
ミコトに向き直ろうとするツカサに、ユウは横から聖剣を振り抜く。自分から目を離したことを『隙が出来た』と判断したのだろう。
しかしその一撃を、ツカサは分かっていて無視した。刀身がまともにツカサの胴を捉えるが、ガキンと硬質な音が鳴り響き、傷一つ入らずに受け止める。
「ユウさん。貴方の剣は、彼のそれの劣化版でしかありません。そして――」
ユウの持つ剣は、ユウキが持っていたそれより一回り小さい。その分一撃の威力が軽く、気合を入れればダメージを受けることはなくなる。
取り回しを優先したのかもしれないが、それは失策と言っていいだろう。
ツカサは、向かってくるミコトを返り討ちにしようと右手を突き出す。
しかしそれは、すぐに間に入ったユウが未然に防いだ。
「ミコトさん。貴方は、単純に身体能力の面でこの戦いに追いつけていない。如何に彼と同じ能力を持っていようと、それでは何の役にも立ちませんよ」
助太刀に入った相手に助けられるというのは、なんとも本末転倒な話である。ユウを挟んでミコトを見据え、ツカサはそう言い放つ。
ユウキと同じユウの剣。ユウキと同じミコトの能力。しかし――今の彼らは、ユウキに遥かに劣っている。
「二人揃って、ようやくユウキさんの真似事ができるだけ。それでは、僕は絶対に倒せませんよ」
歯を食いしばる二人に向かって、ユウキは失望すら浮かべてそう告げるのだった。
***************
余裕綽々、といった様子のツカサ。
彼の言うことは正しい。現状で、二人を合わせた実力でも、ユウキとは比べるべくもないだろう。必然的に、それに並び立つツカサには歯が立たないという話になる。
しかし――
「言いたいことは色々あるけど……」
黙ってやられる訳にはいかないし、そんなつもりも毛頭ない。
ユウは剣を構え直し、ツカサにぴたりと切っ先を向ける。
そして、一気に距離を詰めるとツカサ目掛けて剣を振り下ろした。
「まずは俺に対する一言を撤回してもらおうか。これが、ユウキさんの剣の劣化版だって?」
「何か違うとでも?」
ツカサが腕を上げそれを受け止め、二人は睨み合ったまま言葉を交わす。
満身の力を込めるが、ツカサの腕は微動だにしない。この状況だけなら彼の言う通り、ユウキの剣に劣るだろう。
ユウは身体も小さいし、特別剣を扱い慣れている訳ではない。元のサイズの聖剣では持て余すから、出力を下げているのは事実だ。
「ああ、違うね。これは言うなればそう……俺用にカスタマイズされた聖剣。『エクスカリバーⅡ』ってところだな」
だが、単なる縮小版ではない。この剣にはこの剣の――この剣とユウだからこその、強みがある。
ニヤリと笑って告げるユウに、ツカサは微笑を浮かべて言葉を返す。
「それは興味深いですね。一体、何を見せてくれるんでしょう」
その言葉に、ユウは一呼吸考える。
――今から、俺が見せるもの。やろうとしていること。それは――
「俺のここまでの成長、かな」
剣を振り抜き、距離を取って一言告げ、改めて剣を構え直す。
今のユウだからこそ、できる戦い。全身全霊を以って、この戦いに挑む。
「さあ――付いて来てみろ!」
ツカサに、そして自分に一言気合いの声を入れると、ユウはその戦いに身を投じた。
「――!」
一手目からツカサの顔に驚きの色が浮かび、ユウはしてやったりと頬を吊り上げた。
虎の子の武器、この戦いの拠り所である聖剣を、ツカサ目掛けて思い切り投げつけたのだ。
意表を衝かれたツカサは、眼前に迫る剣を間一髪で躱す。的に当たらなかった剣は、そのまま彼の後方の壁に突き刺さった。
「捨て身の一撃には、早いんじゃないでしょうか」
しかし、彼はすぐに気持ちを切り替えて動き出した。冷静に、隙を衝くべくこちらに駆け出す。
武器を投げ捨てた相手に対し、距離を詰めるという当然過ぎる判断を下した訳だ。
「何も捨ててないからな」
その行動はユウの想定内、むしろこの展開を狙っていたくらいだ。
ユウの能力は、あくまで『接続』。ただ武器を投げ捨てるのは、能力の都合上不可能である。ならば、一体どうしたのかと言えば。
「!」
ツカサに二度目の驚きを見て取り、ユウはまたもほくそ笑む。
彼からすれば――突如目の前に、謎の鎖が現れたように見えたことだろう。
ユウは能力を発動した物体と、常に左手が繋がっている必要がある。今能力を発動しているのは、第二ゲームからよく使っている小銭だ。
実はそこから聖剣がにょきりと生えている訳だが、聖剣の柄の先と自分の左手を鎖で繋いだのだ。
しかも、投げた瞬間には鎖ではなく見えないくらい細い糸で繋いでおいた。
ユウは、振り払うように左手を動かす。それに従って動く鎖は、ツカサの予想外の方向からの一撃へと昇華する。
第一ゲームから使っている戦法だが、膂力が跳ね上がった今、その威力は段違いだ。普通の人間なら、間違いなく一撃で昏倒させられる。
「……だよな」
しかしツカサは、もう普通の人間ではない。突然の出来事にもしっかりと対処し、腕を上げて鎖を受け止めていた。
これも予想の範囲内。その後すぐ、瞬間移動で間近に現れるのも想定内だ。
「じゃあ、次。空中戦をしたことはあるかな?」
瞬間移動で後ろを取るのはツカサがよく使う手だ。それを読んだユウは、鎖を棒に変化させて一気に縮め、ツカサから再び距離を取る。
そして剣を突き立てたまま、棒を操って空中へと躍り出た。
思い出されるのは第二ゲーム、アオカとの戦い。あの時はもっと、身が竦む高さと戦況だったが。
「ありませんが、負ける気はしないですね」
ツカサはそう言うと、瞬間移動で追いかけてきた。こうしてみるとアオカの数十倍は厄介、空中戦も苦にならない能力だ。
だが、ユウも強くなっている。あの時とは比べ物にならない速さで棒を操り、現れるツカサから飛ぶように逃げ回る。
「逃げ回っているばかりでは、その格好良い戦いも無意味ですね」
ツカサは当たり前のように空中に浮かび、ユウにそう話しかけてくる。本当に何でもありな能力だとため息を吐きそうになる。
「ああ、その通りだな」
そう、全く以ってその通りだ。逃げ回るだけでは何の意味も無い。
だからこれは、布石だ。
「そろそろいいかな……っと!」
言葉と共に、ユウは棒を操りツカサに迫る。
「!」
それを囮として、次なる一手を打つ。
ツカサとの空中戦の結果、広場にはユウの通った軌跡を描く棒が、縦横無尽に張り巡らされていた。
そこから、無数の棘がツカサに襲い掛かる。
第二ゲームで発案した戦法と、第四ゲームで固めた棘のイメージ。
全方位からの攻撃に、ツカサが三度目の驚きを見せた。
だが、それでも彼を倒すには至らない。
「――『消えろ』」
ツカサは素早く状況を判断し、左手に貫通痕を一つ残すだけでその攻撃を打ち破った。
ユウの能力が聖剣を創り出すだけのものではないのと同様に、彼の能力も自らを強化するだけのものではない。
彼はユウの伸ばした棘を躊躇無く掴み、傷を負いながらも能力を発動した。
『絶対支配』――触れただけで、全てを意のままに操る能力。彼が『消えろ』と命じた物体は、一瞬のうちに消え去るのだ。
どれだけ量があろうとも一つの物体でしかないユウの能力にとって、覿面に厄介な防御手段だ。
空中に、身一つで投げ出されるツカサとユウ。お互いに何もできない状態、落下して地面に辿り着くのはツカサの方が僅かに速い。
「――と、思ったか?」
ユウは言い捨てるとニヤリと笑い――ポケットに左手を突っ込んだ。
「そうか――!」
ツカサは驚きと、そして納得らしき声を上げた。
その視線の先で、ユウは落下しながら腕を振りかぶる。
その手には、聖剣が再び握られていた。
「『エクスカリバー』!!」
強い叫びと共に、光の奔流が放たれる。
ツカサを飲み込んだそれを見届けながら、ユウは引き上げられた身体能力で華麗に着地を決める。
能力を防御に使わせた時点で、ツカサの膂力や反射神経は常人に戻っている。
後は、ユウの狙いに気が付いてから如何に素早く動けたか、という問題だが――
「やった!?」
「あーあ」
――それを言ったらお終いだ。
言ってはいけない台詞を叫ぶミコトに心の中で突っ込みつつ、とは言えユウもこれで勝負が決まるとは思っていない。
「なるほど……面白い戦い方ですね」
案の定、ツカサの声が二人の鼓膜を揺らした。
この程度で決まる甘い相手ではないことは百も承知で、現れた彼の姿にむしろ手応えを覚える。
ツカサは五体満足ながらも、あちこちに小さな傷を負い血が滲んでいた。傷一つ付けられなかった今までと比べると、十分な戦果だ。
「だろ?」
剣に頼るだけの戦いはしない。そもそも、剣の腕という一点において、ユウキに勝る高校生など居ないのだ。
ユウにはユウの強みがあり、それを活かすための武器を創った。それが『エクスカリバーⅡ』である。
「確かに、これはユウキさんとは全く違う戦い方だ。そう言えば、貴方の能力はまだ聞いていませんでしたね」
「そうだな。是非思い悩んでくれ」
ツカサの言葉に、ユウはたっぷり意趣を込めてそう答える。
戦略的にも心情的にも、彼に能力を説明してやるはずもない。
「触れた物と繋がる能力――といったところでしょうか」
「ちっ、流石にバレたか」
「なんで聖剣の先に五円玉が刺さってるのか、ずっと気になってましたよ」
しかし残念ながら、彼はあっさりと答を言い当てた。これだけ能力を見せ付ければ、さもありなんと言ったところだが。
「素晴らしい能力――いえ、凄まじい能力です。唯一無二と言ってもいいでしょう」
唐突に褒め称えてくるツカサに、ユウは面食らった。
褒められること自体も驚きだし、何より――
「お前がそれを言うのか……」
彼にそう言わしめるほど、ユウの能力は『とんでも能力』ではないはずだ。
「気が付いていないんですか? それは意外ですね」
しかし、ここまで追い詰めたときよりも驚いた顔で、彼はそう言った。
驚きたいのはこちらの方、彼の言うことが理解できない。
「どういう――」
「なら結構。そして、それでも僕は勝ちますよ」
全く意味が分からず問いかけるユウだが、ツカサはそれを遮ってそう宣言した。
どうやら、会話を楽しむ時間は終わりらしい。
「……大した自信だな。俺はまだ百八個作戦を考えてるけど?」
気にはなるが、ユウもすぐに頭を切り替え、油断無く彼を見据えながらそう返す。
少しでも彼を迷わせるように、自信たっぷりに振舞いながら。
「それは厄介だ。厄介ですが――貴方の強さを封じるには、たった一つの作戦で事足ります」
「ちっ――!」
だが彼は、欠片も動じてはくれなかった。
欠片も動じることなく――的確に、一番ユウが困る作戦を選び取ってくる。
彼は瞬間移動をすると、ミコトに襲い掛かったのだ。
ミコトは当然反応できないから、ユウが彼を守ることになる。
「ほら。貴方は彼を見捨てられない。二人で居ることが枷になっています」
「へえ。本当にそう思うか?」
右手と聖剣で鍔迫り合いをしながら、ツカサの指摘にユウは反抗する。
「ええ、もちろん。貴方もそう思っているでしょう? 彼に気を使っているなら無駄な努力と言わざるを得ません」
静かに、しかし確信を持ってツカサは語る。
「貴方は情に流されないタイプだと思っていましたが……」
そしてどこか残念そうな様子で、そう続けた。
なるほど、確かに彼から見ればそう映るだろう。ミコトを守るために、己の力を尽くす。
それも、間違ってはいないが。
「そうか。俺は、アンタはもっと頭が良いと思ってたよ」
それだけじゃ、ない。
ミコトを守るのは、彼が必要だし、役に立つからだ。
「どういう意味でしょう」
「ほらな。ちょっと勝てる気がしてきたよ」
未だにこちらの意図と作戦を分かっていないらしいツカサに、ユウはニヤリと笑ってそう告げる。
「強がりも作戦のうちですか? どう考えても、彼を見捨てた方が、貴方は自由に戦えるでしょう」
ツカサはそう言い捨てると、瞬間移動を開始する。
ぐるぐると二人の周りを飛び回っては、右手でミコトに襲い掛かる。
「ほら。隙あり、ですね」
そして、やがてユウに限界が訪れた。
ミコトを狙うツカサの右手を防いだところで、鋭い蹴りが彼の胴体を捉えていた。
一人でも拮抗する相手に、味方を守りながら戦っているのだ。遅かれ早かれこうなっただろう。
「これで終わりです」
壁に叩きつけられたユウの目の前に、ツカサが現れる。
今のユウに、ツカサが振り下ろす右手を防ぐ手立ては無い。
「……隙あり、だな」
だが、絶体絶命のその状況で、ユウはそう言って力なく笑った。
その様子に危険を感じ取ったツカサが、一瞬身を固くする。そこへ――
「『エクスカリバー』!!」
大きな声と、激しい光が彼に襲い掛かった。
「――!」
瞬間移動でかろうじて回避していたツカサは、驚愕に目を見開いて後ろを振り返る。
今日一番の驚き顔の更新、ユウはニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「俺がこの剣を使っている時点で気が付くべきだったな」
口の中に溜まった血を吐き捨てながら、ユウの発した言葉が響く。
「二本……!」
ツカサが驚き、見据える先には。
「俺が聖剣を作ってるんだ。二本目を創れたって不思議じゃないだろ?」
ユウの左手に握られた聖剣――その柄からは、鎖が伸びている。
その先は、ミコトの右手にしっかりと握られた聖剣と繋がっていた。
「これで、僕も戦えますよ」
ミコトは鎖をじゃらりと鳴らしながら、聖剣をツカサに向ける。
「そういうこと。ここからが本番だ」
応えるように、ユウも聖剣をツカサに突き付ける。
ミコトとユウの二人に、二本の聖剣。
ユウキの力を真に受け継いだ二人の戦いが、ここから始まる。




