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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第五章 終わりと始まり
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第五章6 誘惑と作戦

 油断していた訳じゃなかった。

 それでもこの状況に追い込まれたのは、単純に相手が上手だっただけだろう。というか、これはもう絶対にどうにもできなかった。


 男である、というだけで。

 最初から彼女の――サクラの掌の上だったのだ。


 絶望的な状況に、ユウは歯を食いしばって必死に頭を働かせる。しかし、この状況をひっくり返す作戦は何一つ浮かんでこない。


「さて……そっちの背の高い貴方。貴方の能力は何ですか?」


 サクラの能力、『女王蜂クインビー』の影響により身動きを封じられたミコトに、彼女はそう問いかけた。


「僕の能力は『強制退場』。触れた参加者をこのゲームから除外する能力です。能力が掛かった物に触れた場合は、その能力が解除されます」


 素直に能力の説明をするミコトに「馬鹿」と叫びたかったが、それが彼女の能力によるものだとすぐに気が付いた。

 今の彼女には、ミコトもユウも逆らえない。彼女の命令が絶対で、動くことすら彼女の許可が無ければままらならないのだ。


 気合でなんとかならないものかと全力で身体を動かそうとしてみるが、全く動く気配が無かった。


「なるほど……じゃあ、彼らはみんなこのゲームから除外されてるんですね」


 それを聞いたサクラは、自分の味方だった男たちを見遣ってそうこぼす。


「それは困ってしまいますね。私のために戦ってくれる人が居なくなってしまいました」


 その言葉は、仲間に対する思いとは明らかに違うように見える。おそらく、自分の駒が減ってしまった、という程度の感慨しか抱いていない。

 実際、彼女からすれば男たちはその程度の存在なのだろう。無数にいる自分の信奉者のうちの、たかが数人。


 そして彼女は、こう続けた。


「貴方たちが、代わりを務めてくれると助かるんですが。いかがでしょう……能力で無理矢理従えられるより、進んで従ってくれる方が、お互いにとって良いと思いますが」


 「正直に答えてください」と言われ、ミコトとユウは喋ることを強要される。嘘を吐けず、黙秘も許されない状況。

 それは問いかけの形を取っていたが、本来ミコトたちに選択の余地など無い。まずもって、彼女の支配から逃れることなどできないのだ。

 しかし――


「いやだね」

「ごめんなさい、それはできません」


 正直な答は、それしかなかった。

 たとえ結果が同じだとしても、たとえどんな目に遭わされたとしても。

 彼女に従うという選択肢は――自分たちの願いを諦めるということだけは、絶対に選べない。


「そうですか……では少しだけ、鞭で打ってみましょうか」


 彼女がそう言うと、不意に倒れていた男たちが立ち上がった。彼らはゆらりと揺れ動き、虚ろな目でミコトたちを見るともなく見ている。

 そして、こちらに向かって歩み寄るや否や、動けない二人を強かに拳で打った。


「ぐっ……」


 痛みに苦悶の声を漏らす二人を、彼らは何度も殴り、何度も蹴り、何度も踏みつける。


「死なない、というのは便利ですね。どれだけ痛めつけても大丈夫なんですから」


 とても甘美な光景を見ているようなうっとりとした目付きで、サクラはそう告げる。それは、この痛みをまだまだ与えるという宣言に他ならない。


「意見を変えるなら、早めにそう言ったほうがいいですよ?」


 愉悦に満ちたその声音からは、まだ折れてくれるな、という心の声が聞こえてくるようだった。

 彼女は今、愉しんでいる。ミコトたちを痛めつけ、蹂躙し、屈服させるその過程を。


「これくらい、どうってことない……!」

「ああ、そうだな。こうやって時間を無駄に使うのが趣味なら、止めはしないけど」


 だがミコトたちはもう、これしきのことでは揺らがない。

 痛みならもう知っている。苦しみならもう知っている。そのどれも、自分たちの心を、戦う意志を折るには、全然足りない。


 歯を剥き出して噛み付くミコトと、口の端を吊り上げて笑うユウ。

 ぼろ雑巾のように扱われて尚、その姿は戦意に満ち満ちていた。


「あら……この手は駄目みたいですね。では趣向を変えてみましょう」


 彼女はそう言うと、おもむろにミコトたちの方へ歩み寄ってきた。


「このゲームが終わったら、何でも一つ言うことを聞いてあげます……と言ったら、従ってくれるでしょうか」


 そしてそう言いながら、ブラウスのボタンを一つ外し、髪を掻き上げ、スカートの裾を少しだけたくし上げる。

 頬をうっすらと上気させ、目をとろんと細めるその様子は、男の理性を破壊する色香を身体中から発散させているかのようだった。


 痛めつけて駄目なら、褒美を用意して釣り上げる。お手本のような飴と鞭だ。いや、北風と太陽か。

 実際、日常の中でこれ程までの媚態を見せつけられたなら、男なら誰しものぼせ上ってしまうことだろう。


「なら、女神に叶えてもらう願いを指定するっていうのは?」


 しかし、それでもミコトは凛としてそう訊ねる。

 痛みにも、誘惑にも決して屈しない。ミコトの中でその願いは、今や絶対的な信念として強固に根付いていた。


「ああ、残念。それは駄目ですね」


 訊ねた途端、彼女の眼は急激に温度を失った。


貴方の方は・・・・・、どうしても意志を挫くことはできなさそうですね。では、邪魔なので消えてください」


 サクラは、ミコトに向かってそう言うと右手をゆっくりと伸ばす。

 二人とも、やはり身体は動かない。だが、ユウは三つの事実に気が付いていた。


「待て!」


 唯一動く口を使って、ユウは彼女の動きを一時的に止める。

 必要なのは時間。その数十秒を、舌先三寸で稼ぐ。


「アンタの能力、少しだけ分かったよ。人を操る能力は万能じゃない――違うか?」


 その突破口として、ユウは気が付いた一つ目の事実に言及する。

 そう、彼女の『女王蜂』としての力でミコトたちを意のままに操れるなら、最初から説得する必要などないのだ。ただ問答無用で操っていれば、それで十分事足りる。


 唯一、彼女の能力を他の物に使えなくなるということだけがデメリットになるが、ユウの強さを目にしたなら微々たるもののはずだ。


「今のところ、アンタが俺たちに下した命令は『動くな』と『質問に答えろ』の二つだけだ。細かい制御をしてる訳でも、無茶苦茶な命令をしている訳でもない。『自害せよ』とかな」


 彼女の能力で、自由自在に『働き蜂』になった男に命令できるなら。どこぞの槍使いのように、無理矢理自分を殺させることすら可能なはずだ。

 だとすれば、こうして喋っている時間は無駄に過ぎるし、手に入れた駒の性能を確かめようとしないのもおかしな話である。

 つまり、彼女が執拗に彼女が二人の意志を挫こうと――心を取り込もうとする理由は。


「人間に関しては、心底惚れ込んでるか、心を屈服させた相手しか自在には操れない。それくらいの『調整』を女神から食らってると踏んだけど……当たりみたいだな」


 話している間にサクラの表情がどんどん険しくなっていて、ユウは自分の推測が正しいと理解した。


「なかなか頭が良いみたいですが……馬鹿ですね。それが分かったところで、貴方たちに今できることはないでしょう」


 人が変わったような低い声とキツい目付きで、サクラはユウに言葉を投げつけた。

 そして彼女の言う通り、二人が動けない事実は変わらない。


「でも、仕組みさえ分かれば怖くない。俺たちが屈服しなきゃ、お互い動けないだけ――はは、完全な膠着状態だな」

「くっ……」


 そう言って笑ってみせると、サクラは顔を歪める。

 二人が屈服しなければ、サクラは動けない。それが分かった以上、二人が屈服することはあり得ない。どれだけ脅したところで、それは脅しにしかならないからだ。


「くくくく……ははははははっ!」


 しかし、唐突にサクラは笑い出した。突然の行動に怯えた表情を浮かべるミコトを他所に、彼女はユウに向かってずんずん歩み寄り、ユウは彼女を警戒しながら見つめる。


「貴方、自分で言ったでしょう? 別に屈服させる必要はない――惚れさせればね」


 そしてユウの前で立ち止まると、ねっとりした目線と声でユウにそう語りかける。


「はは、それこそあり得ないね」

「そうかしら?」


 ユウの否定の言葉を、彼女は遮るようにそう問いかける。

 そして――


「男なんて単純な生き物よ。こうしてあげれば、ほら――反応してしまうでしょう?」


 淫靡な笑顔を浮かべながら、彼女はブラウスのボタンを全て外した。

 白い滑らかな肌が露わになり、はだけたブラウスの隙間から下着がちらりと見える。


「別に完璧に惚れさせる必要はないの。少しでも隙が出来れば、そこからは命令と並行することで雪だるま式に私に心酔させられるわ」


 言いつつ次はスカートに手を掛け、ジッパーをゆっくりと下ろしていく。

 一連の動きはあまりに艶めかしく、こんな状況でもなければ、一介の男子高校生の理性など弾け飛ぶような光景。


「そうか――そいつは残念だ。時間があれば・・・・・・、是非体験してみたかったよ」


 彼女が怪訝な顔をした時には――ユウの目的は達成された。


 即ち、彼女の目の前に、そしてユウとミコトの目の前に、半透明の映像が現れたのだ。

 ゲーム開始から十五分。二回目のスキャンの時間だ。


 これが、ユウが気付いていた二つ目の事実。それだけでは大した意味を持たない、ルールに則った現象。


 しかしユウは、もう一つ気が付いてた。聖剣によって研ぎ澄まされた感覚が、他の誰もが気が付いていなかったであろう事実を気付かせてくれた。


「こんにちは」


 ユウ以外からすれば、不意を衝く形で。

 唐突にそんな声が響いた。 


「しまっ――」


 声の主は、あっという間にサクラの右手を取った。

 彼女がようやく事態を認識した時には、もう遅い。


「『完全停止』!」


 もう一つの声が響き、彼女の全ての時間が止まった。

 その瞬間にミコトとユウは解放され、身体に自由が取り戻される。


 ミコトも、おそらくサクラも驚いている中で、ユウだけはこの事態を予測していた。


「――ハナちゃん、リョウカちゃん!」


 ミコトが、その名を喜びを持って叫ぶ。

 そこには、二人の大切な仲間の姿があった。


*****************


「いや、正直ダメかと思った。助かったよ、ありがとう」


 サクラを無事に退場させた後、ユウは盛大なため息とともにそうこぼした。

 実際、二人が居なかったらどうしようもなかった。サクラの言う通り強制的に魅了されて、おそらく今頃立派な『働き蜂』だ。


「うん、本当に。ありがとう!」


 ミコトに至っては、ユウが居れば十分だから本当に消されていた可能性すらある。


「どういたしまして!」

「どういたしまして。ところでユウ、ちょっと見過ぎじゃありませんでした?」


 アカリは元気な声と笑顔で答え、リョウカはじとっとした声と目で答と共にユウをちくりと突き刺す。

 が、それは致し方ないと流してあげてほしいところだ。何しろ相手は絶世の美女なのだし。



 アカリとリョウカは、ミコトたちが動けなくなってしばらく経った頃、近くに到着して様子を窺っていたらしい。

 ユウはどうやら聖剣の力で気が付いていて、スキャンのタイミングで飛び出してくると読んでいたようだ。


 スキャンが出れば、少なからず意識はそちらに向く。目の前に映像が現れて無視するのは至難の業だろう。

 ルールを上手く利用した不意打ちは、案の定と言うかリョウカの発案だった。


 そして、素早いアカリがサクラの右手をまず封じ、そこへリョウカが『完全停止』を発動。

 結果、見事に勝利を収めたのだった。



「さて。これからだけど」


 と話を切り出したユウは、驚くべきことにあの状況でしっかりスキャン結果も見ていたという。


「結果から言うと――次が、最後の戦いになる」

「え……」


 ユウの言葉に、リョウカが声を漏らす。

 まだ開始から十五分しか経っていないのだから、それも当然だ。


「まず、umiにはもう他の参加者は居ない。アウトレットもだ」

「そんな……」


 そしてユウが告げた事実に、ミコトは悔しげに顔を歪める。それはつまり、最初にumiとアウトレットで居たであろう数十人のうち、助けられたのがたったの六人しか居ない、ということだ。


「こればかりは仕方ない。俺たちの体は一つしかないし、敵も手強かった」

「うん……」


 ユウが慰めの言葉をかけ、ミコトは嘆きを飲み込んで頷く。そんな様子を見かねてか、隣のアカリが背中に優しく左手を添えてくれる。


「で、残りのyamaだけど……ここにおそらく、アイツが居る」

「サカキバラツカサ……だね」


 ユウが話を戻すと、リョウカがその名を口にした。ユウ曰く、点の挙動から考えると十中八九彼に間違いないらしい。


「そうだ。スキャンの時には戦ってるような動きをしてた。アイツが瞬殺できないとなると、中々の手練れだろうけど……」


 ユウは言葉を濁したが、その続きは言わずとも分かった。

 ツカサが負ける姿など、四人の誰も思い浮かべることができなかったのだ。


「だから、今のうちに作戦をしっかり決めて行こう。幸いなことに、俺もミコトもしっかりテストはできたしな」


 そして、四人は作戦会議を開始した。

 今までにないほど真剣に、そして綿密に作戦を組み上げていく。そうしなければ、到底彼に勝てはしない。



「……よし、こんなところか。そうゆっくりもしてられないしな」


 あらかた形が決まったところで、ユウがそう話を締めた。

 ツカサの相手の力量次第では、もう決着が着いていてもおかしくない。


「あの」


 しかしその時、声と手が上がった。

 誰かと思えば、その主はアカリだ。


「一つ、提案なんだけど……」



 そして彼女は、とんでもない提案をしたのだった。

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