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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第五章 終わりと始まり
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第五章5 女王蜂

「さて、どうしようか」


 ミコトは思い悩んでいた。

 目の前には、本が飛び交う渦がある。その中心に求めるものがある。

 だが、この嵐を乗り越えて辿り着けるかは甚だ疑問だ。


 男二人、女一人という相手に対し、ユウは男二人を引き受けると言って現在横で戦闘中だ。残る女性を任されたミコトだが、正直どうしていいか分からない。


 無数に飛び交う本たち。それが『女王様』の能力で動いているらしい、とだけは分かっている。そしてそれらは、無軌道に飛び回るものが約半数、女王を守るようにぐるぐると旋回しているものが約半数。


 能力で動いているのであれば『強制退場』で何とかなるはずなのだが、既にそれでは駄目なことが判明している。

 本の一冊を退場させても、それは一瞬力を失った後すぐに復活するのだ。


 現状、女王に動きは無い。ただ本の渦の中心に立って静観している。ただし、無軌道に動き回っている方の本は多少なりユウの妨害に走っているようだ。

 もっとも今の彼は、そんなもの全く意に介していない。正に、羽虫に集られて鬱陶しい、という程度。


 極端な話、ユウが向こうの二人を片付けるまで女王を見張っていれば、ミコトの役割としては十分とも言える。向こうに加勢に行ったところで、ぬるぬる動く彼らに付いて行けないのは目に見えていた。


 ただ任された以上、黙って見てるのはどうかと思うのはミコトの性格の問題だ。それに、この能力を未知のまま放っておくのは良くないだろう。


「よし……行ってみよう!」


 どれだけの量が飛び回っていようが、所詮は本だ。当たっても死にはしない。

 ミコトはそう意を決すると自分に声を掛け、女王に向かって走り出した。


 女王はこちらにチラと視線を向けたが、すぐに向こうの戦いの方に視線を戻す。どうも、全く相手にされていないらしい。


 本の嵐に突っ込むと、腕と言わず体と言わず、ありとあらゆるところに本がぶつかってくる。頭だけは腕でガードしながら、構わずに前へ進む。


「痛い痛い痛い!」


 思わずそう叫ぶが、それだけだ。手足が千切れる訳でも、意識を奪われる訳でもない。頭に特大の辞書でも当たらない限り、強引に突破できる。


 ――と、思っていたが。


 女王がこちらを再び見て、ふっと馬鹿にしたように笑った。

 そして彼女がミコトを指差すと、旋回していただけの本が突如軌道を変え、明確な意志を持って突撃してくる。


「ぐっ……」


 本は本だから、命に関わるようなダメージはやはりない。だが余りの物量にミコトは一歩も進めなくなり、徐々に身体が押し返され始めた。


「わっ!」


 そしてトドメとばかりに大型のものが何冊か飛来し、ミコトは大きく吹き飛ばされて尻餅を着く。

 全身がズキズキと痛む。おそらく今、身体中が青あざだらけだ。


「ん?」


 その隙に、女王はミコトに向かって手を伸ばす。届くような距離ではないので、何らかのジェスチャーのようだ。

 そして、手首をくいっと上に返す。『止まれ』というハンドサインだな、と思った次の瞬間には、本たちが一斉に集まって積み重なった。


 壁だ。一部の隙も無く積み重ねられた本たちは、壁を形作っていた。


 試しに近寄って軽く叩いてみると、一冊一冊は普通の本なのに微動だにしなかった。手で引っぺがそうとしても、本同士がお互いくっついているかのように堅固な守りを築いている。


「いや、別に回り込めばいいか」


 ふと当たり前のことに気が付いて、ミコトは横に移動する。壁はミコトと女王の間に出来ているだけで、女王を取り囲んでいる訳ではない。


「げ」


 しかし、そう簡単な話ではなかった。

 ミコトが移動すると、それに従って壁も移動するのだ。元々個々が移動できる物で出来ているのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。


「うーん」


 右往左往するミコトに従って壁がついてくるのは見ていてちょっと面白かったが、そんな暢気なことをしている場合でもない。

 ミコトは少し考えた後、一つ閃いた。というか、それくらいすぐに試せという話かもしれない。


「『強制退場』!」


 左手を使って、本の一つを退場させたのだ。するとその部分は力を失ったようで、あっさりと壁から引き剥がせた。


「よし!」


 後はスピード勝負だ。こいつらは退場してもすぐに復活するので、ミコトは退場を連続的に発動して手に持った一冊を遠くに投げ飛ばす。

 後はそれが戻ってくる間に、どんどんと壁から本を剥がしては投げ捨てる。


 しかし何故、退場自体は効いているのにすぐ復活するのか。

 物に退場を使った場合、その時点でそれに掛かっていた能力は解除される。この本たちも、一度は動くのをやめるのだ。退場自体は間違いなく働いている。


 退場させた物にもう一度能力を発動することは可能だが、そのためにはもう一度それに触れる必要があるはずだ。だがもちろん、誰も本には触れていない。

 触れずに能力を発動する方法なんてあるのだろうか。もしあるのなら、それはこのゲームの前提を崩す能力だ。


 考え方を変える必要がある。視点を変えて、角度を変えて。


 そもそもとして、本が飛び回ってるという事態が異常なのだ。このくらいでは全く動じなくなってきたが、日常からずれた現象には違いない。その時点で、何かしらの能力が使われている。

 それは第二ゲーム、アオカの能力があれば説明できる。『我臣生誕』、物体の生物化だ。状況から見て、同じ類の能力が使われているのは間違いない。


 なら――『生物化』した本を『複製』すれば?

 第四ゲームでユウキがあっさり片付けた三人組、その内の一人は大量の複製を作る能力を持っていた。二つの能力が掛け合わさっているなら、この現象にも説明が付くのではないか。


 そこまで考えて、ミコトはそのアイディアがあり得ないことに気が付く。仮に飛び回る本が『複製』だとすれば、退場した瞬間に消えるはずだ。

 つまり、本は全て本物。実在する本である。


 だが、考え方は間違っていないと思う。『生物化』の能力、プラスアルファで何かが働いている。



 そこでミコトの思考は一旦中断した。退場と遠投の反復作業の結果、遂に壁の向こうが見えたのだ。最後は開いた穴に手を突っ込み、周辺の本を一気に退場させて蹴り崩す。


 壁から上半身を突き出すと、向こう側で女王が驚いた表情を浮かべているのが見えた。

 『どうだ』と思うと同時に、改めて見た女王の美しさに息を呑む。絵にも描けない美しさ、とはこういうことだろうか。


 だがすぐにその表情は元に戻り、彼女は落ち着いた様子で手を叩いた。


「ん?」


 すると、目の前に一冊本が落下してきた。

 何事かと思って視線を上に向けると、壁を形作っていた本たちがバラバラと落下し始めている。

 女王が諦めたのだろうか、なんて思ったミコトは認識が甘過ぎた。


「あたっ!」


 落ちてきたうちの一冊が、ミコトの頭を直撃する。それだけなら、笑い話だったのだが。


「いやいやいや……これはやばい!」


 ミコトは今さらのように事態に気が付き、慌てて身体を引っこ抜く。

 壁になっていた本は一冊や二冊じゃない。ざっと見て数千冊、あるいはもっと。

 それらが全て、ミコト目掛けて落下してきているのだ。このままだと生き埋めになってしまう。


 だが、時すでに遅し。ミコトが壁の穴から抜け出た直後には、上からの光が遮られるほど大量の、本の雨が眼前に迫っていた。


「ぎゃあああぁぁぁぁぁ……」


 ミコトの間抜けな叫び声が、本の山に吸い込まれて消える。


 実際、全く笑いごとではなかった。塵も積もれば山となるとはよく言ったものだが、本が積もったら死人が出る。

 一冊一冊は大したことがなくとも、集まればその重量はどれほどになるのか。少なくとも、埋まったら息ができないとミコトは学んだ。


 ――まずい。本当にまずい。

 ミコトは全力でもがこうとするが、腕一本満足に動かせない。焦る思考が呼吸を速め、酸素不足の脳みそがさらに焦りを加速させる。

 最悪のループに陥ったミコトは、死の気配を間近に感じて背筋が凍る。


 たかが本、などと侮っていた自分を殴りたい。どんな物でも使いよう、相手がそれを武器として使っていたなら、最大限の警戒を以て当たらなければならなかったのだ。


 おそらくミコトは、天狗になっていた。

 ユウが恐ろしく強くなって。そして自分も、ようやく能力を戦いに活かせると気が付いて。

 元々ミコトは、スタートで一歩出遅れていたのだ。『強制退場』の真の力に気が付いたところで、ようやくスタートラインに立ったに過ぎない。

 それで強くなったと勘違いしていたのだから、本当に笑えない話だ。だからこうして、無様に埋もれてしまっている。


 この状態では、ミコトは永遠に抜け出せない。ルール上死んでも生き返るが、生き返ったところで動けない。窒息死を無限に繰り返すという、地獄の責め苦に遭うだけだ。

 『強制退場』を使っても、全く意味は無い。本はただただ『物』として、ミコトを圧し潰しているのだから。


 ――なんて、間抜けな終わりなんだ。こんなところで、どうしようもない、何の言い訳もできない、ただの自分の油断で。これまでの全てが、水の泡になってしまうなんて。


 そう絶望した時――


「……リバー!」


 遠くの方で、声が聞こえた。

 次の瞬間、轟音と共に目の前が眩い光に覆われる。

 圧し掛かっていた重みが消え、新鮮な空気がすうっと入り込み、ゆっくりと肺を満たし、錆付いた脳に染みわたる。

 正常な働きを取り戻していく頭が、どうやら自分は助かったらしいと認識した。


「何やってんだ、ミコト」


 いつの間にか仰向けに転がっていたミコトの視界に、こちらを覗き込む男が映り、呆れた声が降ってくる。


「……ユウくん」


 その声の主は、もちろんユウだった。彼が聖剣の一撃で、本の山を吹き飛ばしてくれたのだろう。


「ん。何か言うことは?」


 彼は聖剣を肩に担ぎ、じとっとした目をミコトに向けた。


「ごめん。……あと、ありがとう」

「よし。……まあ、気持ちは分かる」


 ミコトが素直に謝罪と感謝を告げると、ユウは鼻を鳴らして答えた後、ふっと笑ってそう言った。


「男の子なんて、すぐ調子に乗る生き物だからな。実際俺も、ちょっと危なかった」

「そうなの?」


 そしてふいっと横を向き、頬を掻きながらそんな言葉が続いた。ミコトが驚いて訊き返すと、少しバツが悪そうに頷く。


「まあ、そうやって一つ勉強したところで。しっかりこの戦いを終わらせようか」


 そして、表情と気を引き締め直すと剣を構える。

 次の瞬間には彼は目にも止まらぬ速さで動いていて、ガツンという鈍い音が二回鳴り響く。


「とりあえず、この二人の退場よろしく」


 ユウは、既に倒れていた二人をもう一度剣で強打したのだった。

 別にそれは八つ当たりなどではなく、気絶したフリをした二人をしっかり気絶させ直しただけらしい。


 油断はしない。もう二度と。

 気絶したフリに騙された経験もあるミコトは、改めてそう肝に銘じて二人を退場させる。


「さあ。後はアンタ一人だ。手加減なんか、一切しない」


 そして二人は並び立ち、女王と向かい合う。この期に及んで涼しい顔をしている彼女に、油断も手加減もできるはずがなかった。

 と、言うか――


「なんでここまで、動かなかったんですか?」


 ミコトに対して、少しだけ対応はしてみせたが。

 それ以外、彼女はずっと戦いを見守るだけだったのだ。目の前で仲間がやられる場面を見ても、動揺すら浮かべていない。

 ミコトの問いかけに、彼女はくすりと笑って答えた。


「だって、動く必要がないんですもの。貴方たちは、絶対・・私に勝てませんから」

「……大きく出たな」


 絶対に。確信を持って放たれた台詞は、このゲームにおいて滅多な事では口にできないはずのものだ。

 既にこちらの能力はある程度察されているだろうが、まずもってこちらは男二人。普通に考えれば、根拠のない妄言の類である。


 それとも本当に、彼女にはミコトとユウに勝つビジョンが見えているのだろうか。

 少なくとも彼女自身はそう思っていると、そう思わざるを得ないほどの自信にあふれた声音と表情だ。


「事実ですもの。私の能力を知れば、納得してもらえると思います」


 言いつつ、彼女は懐から本を一冊取り出した。


「私の名前はヤシロサクラ。能力は『女王蜂クインビー』……触れた物を、女王蜂にする能力です」

「女王蜂……?」


 ユウが疑問の声を上げると同時、ミコトたちの周りで沈黙していた本たちが、突然一斉に活動を再開した。


「女王蜂の特性は、群れの統率。私が触れた物は、同じ種類の全ての物を従える女王になるんです」


 本なら本。ペンならペン。近くにある全ての本を従える本の女王を、彼女は生み出したのだ。

 つまり、能力を持つものを創り出す能力。これでようやく、退場した後すぐに復活する理屈が判明した。

 ミコトが退場させていたのは、女王に従う『働き蜂』だったのだ。一瞬その影響下から逃れたとしても、女王が再び命じればすぐに活動を再開する。


 今までに無かったタイプの能力。確かに厄介かもしれないが、しかしそれだけで『絶対』などとは言い切れないはずだ。

 どういうことかと訝しむミコトの横で――


「まさか――!」


 ユウがハッと声を上げ、サクラに向かって駆け出そうとした。


「だから、こういうこともできるんです」


 しかし、彼女の方が速かった。自分自身に・・・・・触れるだけ・・・・・なのだから、当たり前だ。


「え――」

「くそっ……」


 ミコトが違和感に声を上げ、ユウが悔恨に歯噛みする。


「ふふ、人間の場合、異性限定になってしまうんですが。貴方たちが男性で本当に良かったです」


 にこやかに、妖艶に微笑むサクラ。

 ミコトたちは、それを見ることしかできない。何故なら――


「身体が――!」

「ええ。動かないように命じていますから」


 どれだけ力を込めても、身体が動かないのだから。

 そう、彼女は自身に能力を発動した。


 『女王蜂』になった、人間。それが従えるのはもちろん、同じ人間だ。


「言ったでしょう? 絶対に勝てないって」



 彼女に命じられ、魅了され、支配され。

 動かない身体で、ミコトの心は戦慄に震えた。

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