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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第一章 被害者と加害者
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第一章7 罪の在り処、勇気の在り処

 誰かの死に立ち会う、というのは現代の日本では珍しいことかもしれない。

 医療が発達した今の時代では、死の瞬間にその人の隣に居るのは懸命に命を救おうとする医師であることが多い。

 最後の生命維持装置を止める瞬間に立ち会ったとしても、それは既定された死を形式上看取っているに過ぎない。


 しかし、今教室に居る十数名の高校生は、まさに命が終わる瞬間に立ち会うことになってしまった。

 ある者は涙を流し、ある者は怒りに震え、ある者は目を背けて。


 そこには、一様に痛ましさがあった。

 本来失われるはずでなかった命が、理不尽に奪い去られてしまった事実。

 それが、重く苦しい空気となり教室に沈み込んでいく。


「エリちゃん……」


 今サトウの近くに居るのは、アカリを含め特に仲の良かった女子数名だけだ。

 他のみんなは遠巻きにその様子を見守っている――と言うよりは、近寄って直視する勇気と精神性を持ち合わせた者がいない。


 もっとも、全身が焼けただれた悲惨な姿を見られるのはサトウとしても不本意だろうから、ある意味それが正解だったのかもしれない。

 彼女はもう、答をくれないけれど。


 女神の無慈悲な断定の後、それでもミコトたちはすぐに諦めたわけではない。

 サトウを手洗い場に運びひたすら水を掛け、少しでも身体を冷やすという的確な応急処置を施した。


 だが高校生にできることはそこまでで、そして応急処置とはその後の処置のために少しでも症状を軽くしておくものに過ぎない。

 そして、その処置が望めないということはすぐに分かってしまった。

 何故なら――参加者以外の人間が、どこにも居なかったからだ。


 まず最初に探したのは、当然養護教諭だ。

 ユウに頼まれた男子生徒の一人が保健室へと走り、そこに目的の人物が居ないことが分かるとすぐに職員室へと向かった。

 そこまでは、彼の冷静な判断を褒め称える方向で問題ない。その後の展開が大きすぎる問題だった。


「なんで誰も居ないんだよ……」


 その事実を確認した彼は、愚痴るように呟いた。


 職員室は見事にもぬけの殻で、教室から出て再び教室に戻ってくるまで人っ子一人見かけなかったそうだ。

 戻ってきた彼の報告を受けて何人かが携帯電話を手に取ったが、一一〇番も一一九番もコールが鳴るのに誰も出てはくれなかった。


 決して彼のせいではないのだが、本人としては思うところがあるのだろう。呟くその背中を小さく丸めていた。


「そう言えば――『参加者以外の人間に会わせる気はない』とか言ってた気が……」

「そういうことよ。今、この世界には参加者以外の人間は居ないわ」


 白い空間でのやり取りを思い出し呟いたミコトに、女神が肯定の言葉を続けた。

 彼女が告げた事実を呑み込むと、それは胃袋の奥から涙が出そうなほどの苦みを主張してきた。


 女神のその言葉を吟味し考察していれば、この事実に気付けていたかもしれない。

 そしてそれにしっかりと注意を払えば、もっと安全な方法も採れたのではないか。


 結果として、ミコトはユウの言葉に思考停止して従い、自分の安全だけを確保していたことになる。

 一人でも多くの人間を救うと決意し、そのために考え続けると決めたというのに。


 そして更に言ってしまえば、退場していなければ彼女は少なくとも命を落とすことはなかったはずだ。

 これではまるで、ミコトこそが――


「人殺し!」


 心の声の続きが肉声として外からもたらされ、ミコトは血液が冷えるのを感じた。

 しかし、その罵声はミコトに浴びせられたものではない。


 顔を上げて声の出所を探れば、サトウの死を悼んでいた女子のうちの一人が、涙と怒りを浮かべてカガミに詰め寄っていた。


「いや、俺はそんなつもりじゃ……」

「じゃあどんなつもりだったって言うのよ! あんな危ない能力使って!」


 しどろもどろに言い訳をするカガミに、彼女は容赦なく追い打ちを掛ける。

 理不尽に友人を奪われた悲しみと怒りは、その下手人を許さないには十分すぎる理由だ。


 そして周りの視線も自然、同じ色でそのやり取りを見守っている。

 カガミに対する非難と、少女に対する同情と同意。


「そ、それを言うなら、お前がどんな能力持ってたか言ってみろよ! 他のやつらも全員さあ!」


 集まる視線に刃向うように、カガミは全員をふり仰いで醜悪な問いを投げる。

 その問いは、全員を動揺させるに足るもので。


「ほ、ほらな! こうなったのは偶然だって! たまたま俺の順番が最後の方だったから! 俺だってもっと早かったら大人しくしてたし、お前らだって俺んとこに居たら同じことしてただろ!?」


 早口に重ねて捲し立てるカガミに、絶対に違うと即座に返せる者は居なかった。


 このゲームが始まった時点で、理由の差こそあれ、ほとんど全員が戦うつもりでいたのだ。

 ミコトの能力が無ければ、それは避けようが無かったのだから。


 そう、ミコトは勘違いをしていたのだ。あるいは、手前勝手な希望と言っていい。


 ミコトによってここにいる全員は戦う必要性を失ったが、戦う意志を残している人間は居たのだ。

 しかし、流れを壊せば全員から非難と攻撃――この場合、実力行使という意味で――を受けることになる。


 それが抑止力として働き、カガミ以外の全員が大人しく退場を受け入れていただけの話だ。

 全員が欲望と良心との葛藤で動かないでいた訳では、決してない。


 退場を進めるミコトとユウ、それ以外の残りは自分とアカリのみ。

 先制攻撃でミコトとユウを消せたのならば、残りは戸惑う女子一人。勝算は十分にある状態だ。


 動くのならばこれ以上は望めない条件で、果たしてどれだけの人間が、自分の一番の望みを叶えるチャンスを諦められるのだろう。


「でも結果は結果じゃん。結果としてやったのはお前で、他の誰もやってない」


 揺るぎない断定が、揺れる教室の時を止めたようだった。

 その言葉を発したユウは、押し黙る全員を尻目にカガミを真っ直ぐに見据える。


「悪いのはお前で、お前だけ。言い訳すんなよ。お前がするべきは謝罪――まあ、誰も許さないだろうけど」


 ユウは普段と変わらず、容赦のない正論でカガミを叩き斬った。最後に付け加えた一言に、周囲が同意を頷きで示す。

 しかし、ミコトはいつもなら全幅の信頼を寄せるユウの言葉に、素直に頷くことができない。


「本当にそうか?」


 ミコトの懐疑を、奇しくもカガミが口にした。

 口の端を釣り上げてのその問いの意味がわからず怪訝な顔をするユウに、さらに笑みの色を濃くしたカガミが言葉を続ける。


「本当なら、サトウは死なずに済んだんじゃないかって話だよ。本来なら『参加者は絶対に死なない』――だろ?」

「……どういう意味だよ」


 僅かに表情と声が固くなったユウは、きっとその意味を察したに違いなかった。

 そしてそれは、言及されるのを恐れていたミコトもそうだ。


「そもそも、退場なんてさせなければサトウは死ななかった。……反論できるもんならしてみろよ」


 暴論、と言ってしまえばそれまでだ。

 どちらがより悪いのかと問いかければそれは明白であるし、下手人はカガミに違いないのだから。


 しかしその言葉は、深く、深くミコトの心に突き刺さった。


「確かに俺はカシワデもシンドウもハナサキも消すつもりだったさ。でも、消えるだけならまだ生きてる可能性もあるだろ? 女神だって『死ぬわけじゃない』って言ってたしさあ」


 言葉に詰まったユウを見て、してやったりとカガミは語りだす。女神の言葉を引用し、上っ面だけを取り繕う浅ましさで。

 それが誤った認識だとミコトは知っているが、咄嗟にそれを口にすることはできなかった。


「そこらへんを俺は考えてたわけよ。さすがに誰かを殺すとかまでは考えねえって。そもそも殺せないって話だったんだし。それを殺せるようにしちまったのはどこの誰かって話ですよ」


 饒舌に、軽やかに、どこまでも薄っぺらくカガミは言葉を紡ぐ。

 その態度だけで周囲の反感を大量に買い占めていることに本人は気付いていない。


 だが、そのことにミコトもまた気付いていなかった。

 カガミの言葉はミコトの脳内を駆け回り、ガンガンとうるさく鳴り響いて痛みを振りまく。

 その痛みが、ミコトから周囲に気を配る余裕を奪い去っていた。


 カガミが言っていることは、間違いなく事実の一端を捉えているのだ。

 ミコトが退場させなければ、サトウは死ななかった。

 あの状況を作り出した、もともとの原因は――


「それにあの時だって、俺は左手使うつもりはなかったし。必死だったから思わず使っちゃっただけでさあ。俺に能力を使わせたのはシンドウ。そしてその能力で人が死ぬようにしちまったのが……カシワデだろ」


 ミコト、なのだ。


 皆を救おうとやったことだった。

 ――自分の前で命が失われるのが耐えられなくて、だ。


 そう考えれば、自分本位の欲望に従って一人の人間を殺したカガミと、やはり自分本位の行動で十人以上の人間を消し去り、一人を死なせた結果を生み出したミコトに、どれほどの差があるというのか。いや、人数の差のぶん、そのままミコトの方が悪ではないのか。


 俯き、自分を傷付けるミコトのそんな思考を――



「ふざっけんな!!」

「ミコトくんは悪くない!!」



 怒りのままに怒鳴り散らすユウと、涙をぽろぽろとこぼしながら叫んだアカリの声が、叩き潰した。


 いつも落ち着いていて、感情が見え辛いと言われるユウが、怒りに顔を歪めて息を荒げている。

 いつも笑顔で明るく、天然ゆるふわガールと言われるアカリが、悲しみに顔を歪めて涙を流している。


 自分の最も信頼する友人が、自分のために怒ってくれている。

 自分の決意を固めてくれた、優しく強さを秘めた少女が、自分のために泣いてくれている。


 ――自分の大事な人たちが、自分を肯定してくれている。


 それは、臆病で弱くて、ちっぽけで情けないミコトにも、立ち上がる勇気をくれた。


「カガミくん」


 顔を上げ立ち上がり、カガミの前に進み出たミコトの顔に、もう迷いや後悔といった感情は見えなかった。

 ユウとアカリに気圧されたらしいカガミは、黙ってミコトに視線を投げる。


「確かに、カガミくんの言う通りだと思います。僕が居なかったらきっとサトウさんは死なずに済んだ」


 起きてしまった事実は変えられないし、依然としてミコトは弱いミコトのままだ。でも、


「でも、消えてしまうのも、死んでしまうのも、どちらも同じだけあってはならないことだと、僕は思う。だから、僕は進みます」


 自分を信じてくれる人がいる。自分を思ってくれる人がいる。

 その期待に、その信頼に、応えるために。

 自分の分だけではなく、それをくれた二人のぶんも足した、勇気を持って。


「消えてしまった人の命も、死んでしまった人の命も背負って。僕は、最後の一人になって必ず全員を助けます」


 ミコトは、今度こそ揺らぐまいと決意を宣言した。


 今まで、自分は勇気が無い、弱い人間だと思っていた。しかし、その考え方自体が間違っていたのだ。

 一人の勇気には限界があるのだ。人間は弱い生き物なのだ。だから、寄り添って、分け合って生きていくのだ。

 二人がくれた勇気と強さが、それをはっきりとミコトに教えてくれた。


 と、不意に右肩に軽い衝撃を感じる。

 見れば、ユウが左手で拳を作り、軽すぎるパンチをミコトにお見舞いしていた。


「勝手に一人で背負うなって。半分は、俺が持ってくよ」


 その姿勢のまま、そう言ってユウが微笑んだ。


「三分の一でいいよ。私も持つから」


 反対の肩に、さらに軽いパンチでアカリが並ぶ。


 本音を言えば、二人にもここで退場しておいてほしい。自分の大切な人たちに、これ以上危ない目に遭ってほしくないというのは当然だ。


 でも、一人では途中で挫けそうになってしまうだろうと思う。

 これから目を背けたくなる悲劇が、耳を覆いたくなる惨劇が、ミコトの前で起こることだろう。


 その時に、二人が隣に居てくれたら。二人が笑っていてくれたら。

 それだけで、どこまででも歩いていけそうな気がした。


 だから、ミコトは笑顔で言った。


「ありがとう。力を、貸してください」



 返ってきた二つの笑顔の眩しさを、ミコトは生涯忘れないだろうと思った。

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