第一章6 最弱で最強の能力
目の前の景色が何の脈絡も無く突然切り替わるのは、この短時間で何度目になるのだろうか。
色を取り戻した世界で、ミコトは改めて非日常を実感する。
そしてこれから、この非日常は加速していく。
「さて。全員の能力が決定したわ。ゲームを始めたいのだけれど、準備はいいかしら」
女神の言葉に、ミコトの緊張が一気に跳ね上がった。
やるべきことは、あの真っ白な世界で既に決めてきた。
「それでは、ゲームを始めましょう。何十秒も待つ必要はないから、三つだけ数えるわ」
やるべきことは決まっている。そして弱音や臆病も、あの何もない世界に置いてきた。
今頃淀みとなって黒く溜まり、さぞ目立っていることかもしれない。
「三、二、一――」
息を止め、耳を澄まし、目標を見据え――
「ゼロ」
ミコトは、一気呵成に駆け出した。駆ける先は、教室の最前部で目を血走らせているアツシだ。
ゲームの開始時、おそらくほとんどの人間が硬直する。周りの空気を窺う日本人なら尚更、すぐに周囲に攻撃的な動きをするのは躊躇うはず。
まして、『人殺し』に率先してなれる人間はまずいない。
だが、一度『人殺し』となった人間ならどうだ。殺人へのハードルは低く、攻撃へのハードルはさらに低い。
事前の予測通り、ミコト以外に動き出したのはアツシだけだった。スタートはほぼ同時か。
ミコトは自分の座席が気に入っていた。窓際の一番後ろ、いわゆる主人公席だ。
だが、今だけはその席順を呪いたくなった。
動き出したアツシまでの距離、それは彼の挙動を止めるには余りにも遠かった。
ミコトが教室を縦断する間に、アツシは一番近くにいた女子生徒に狙いを定めて一歩を踏み出す。
固まっている周囲の生徒達に止められることはなく、二人の距離は近付いていく。
教室の最前部に辿り着き急制動、身を右に捻ってアツシに向かい再加速。
そのときにはもう、アツシが左手を大きく振りかぶっていた。
「いやっ――!」
アツシの狙いに気付いた標的の女子生徒は、短く悲鳴を上げた。
迫りくる左手に、両腕を頭の前に上げ身を小さくする。やってくるであろう痛みに思わず目を瞑りながら。
しかし、痛みは彼女に襲い掛かることはなかった。
変化の訪れない自分の身体に気付き、恐る恐る目を開けた彼女の視界に――
――今の今までそこに居たはずの、アツシの姿が映らない。
疑問が頭の中を駆け巡る中、彼女に今の一瞬の記憶がゆっくりと取り戻され、そして理解に至る。
自分の身を守ろうと咄嗟に挙げた両腕。
その右手に、微かに触れた感触があったことに。
事実を理解した彼女は自分の手を見つめて震えだす。
その震える右腕を、隣から伸びてきた誰かの手が掴んだ。
「――っ」
思わず振り払おうとするが、びくりと身体に力が入り動きが止まる。
今動いたら、『また』誰かを消し去ってしまうかもしれない。
「大丈夫だよ」
そんな彼女の不安を、優しい声が撫でた。
声の主は彼女の右腕を掴んでいた左手を放すと、その左手で今度は彼女の右の掌にそっと触れた。
思わず強張る彼女だが、その目には自分の右手に触れている左手がまだしっかりと映っていた。
その左手から腕に、肩に、そして顔へと視線を上げていく。
そこには、優しく微笑むクラスメート――ミコトの姿があった。
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「右手で触れられた参加者は消える。――じゃあ、参加者以外は消えないってことじゃないですか?」
ミコトが最後と宣言した質問への答えは、女神の微妙な顔と共に返ってきた。
「それはまあ、そうだけれど。それを知って何になるのかしら。一応言っておくけど、参加者以外に会わせる気はないわ」
「よし!」
期待通りの女神の返答に、ミコトは思わずガッツポーズを作る。
その様子に女神は少しだけ不満そうな顔をした。
「何がそんなに嬉しかったのか、教えてくれると嬉しいのだけど」
「決めました。左手の能力は――」
面白くなさそうな女神に溜飲を下げ、彼女の言葉を無視して話を進める。
大丈夫。間違ってはいないはずだ。
「『触れた参加者を、ゲームから除外する能力』」
参加者の末路は二つだけ。消えるか、勝つか。
ならば、『参加者』を辞めてしまえばいいのだ。
ただの人間に戻ったなら、右手で触ろうと触られようと全く問題は無い。
参加者でなければ、生き残っていても勝者としてカウントされるはずもない。
同時に、『左手の能力は同時に複数の物に発動できない』というルールもクリアできるはずだ。
次の物に能力を発揮すると、前の能力は解除される。
しかし、さっきのアツシの能力を鑑みれば、『能力によってもたらされた結果』は、それが解除されても変わらないと判断できる。傷が治ったのはあくまで③のルールのおかけだ。
『消失無効』はミコトの中でバフのイメージ、つまり『消えない状態』がそのまま能力となる。
であれば、一人にしか効果を発揮できない。
だが、こちらは触れた人間をゲームから外す、という能力だ。
『外された結果』は、能力が解除されても変わらない。
この能力なら、少なくとも目に見える範囲、手の届く範囲の人を助けられる。
最後まで勝ち進むことは厳しいかもしれないが、他の能力と違い進めば進んだだけ、その道中には救われた人の姿があるはずだ。
「――なんて、上手く行くといいわね」
ミコトの頭の中を読んだかのように、女神の声が続いた。
無視された仕返しとばかりに、いやらしい笑みを浮かべて。
「さっき言っていた能力だったら、良いところまで行けるかもしれないわよ? その能力じゃあ、あっさりと誰かにやられて終わる可能性の方がずっと高いでしょう」
女神の言う通り、ミコトの考えたその能力は戦いにおいては何の役にも立たない。何故なら、ただ勝ちたいのであれば右手で触ればいい訳で、左手の能力は本来それを補助するものであるべきだ。
他の参加者は、このゲームを勝ち残るためにそれに適した能力を考えるはずである。
ともすれば、ミコトの考えたそれは――『最弱の能力』だと言えよう。
「いやあ、急に心配をしてくれるなんて、ずいぶん優しいんですね。ゲームマスターはもっと公正な方がいいんじゃないかなあ」
しかし、ミコトはそれでよかった。饒舌になった女神に、珍しく渾身の皮肉をくれてやる。
こうして思い留まらせようとしてくるということは、ミコトの考えは当たっているに違いない。
この能力は唯一、女神の決めたルールの枠を超えられる。
確かに『最弱の能力』かもしれないが――
戦いを強要する女神に対してだけは、『最強の能力』となる。
「私はゲームマスターである前に女神ですもの。神は人に優しいものでしょう」
これだけ理不尽な仕打ちをしておいて、そこまではっきりと言い切られると逆に返答に困る。
思わず鼻白んだミコトに満足したのか、女神は一つ吐息を落として結論を出した。
「まあいいわ。では決定よ。あなたの能力は――」
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「『強制退場』。僕の左手の能力。――もう、このゲームに参加しなくていいんだよ」
優しく、安心させるように気を使って言葉を紡ぐ。
震えが伝わってくるその手を、両手でそっと包み込むと、できるだけ穏やかな顔で彼女を見やった。
そうして目が合った彼女のその瞳から、涙が一筋、頬を伝った。
その涙は、自分がしてしまったことへの後悔と罪悪感の表れだろう。
本来であれば、アツシを退場させるのが理想だった。
攻撃者となり得る彼を、最初に衆目の前で退場させる。
その事実を起点に、教室にいる全員を説得し平和的に退場させる――というのが、あの白い空間でミコトが考え抜いたベストな作戦だった。
ところが、現実は予想もできない方向に転がったわけだ。
攻撃者が何の捻りもない咄嗟の防御に返り討ちに遭ってしまった。
またも目の前で一人の人間を失ってしまったという事実。
そして、一人の人間を消し去ってしまった少女の心の傷。
それを思うと、ミコトは悔恨と苦痛で顔が歪みそうになる。
しかし、少女を少しでも落ち着かせるために必死でそれを堪え、穏やかな顔をどうにか保つ。
それに、悲しみに浸っている暇はない。
「ごめんね、ちょっとだけ手伝ってもらってもいいですかね」
セリフは遠慮がちに言いつつ、ミコトは返事を待たず彼女の手を引いて黒板の方へと連れ出す。
現実は思い通りに行かないが、アツシを消してしまった彼女は今注目されているはず。
アツシでやろうとしていたことを彼女に置き換えて実行しようというのが、ミコトがたった今考えた次善の策だった。
「皆さん聞いてください! 僕の左手の能力は――」
教室の最前部、その中心に辿り着いたミコトは少女の手を握ったまま振り向き、教室中に聞こえるように声を張り上げた。
しかしその声は、振り向いた瞬間、目に映った光景に遮断される。
「――は」
短く、息が漏れるような声が上がる。
目の前、いつもの見慣れた教室には――およそ半数程度の生徒しか残っていなかった。
何が、起こったのか。
ミコトが動き出してからここまで辿り着くのにかかった時間、それは一分、いや三十秒にも満たないはずだ。
その僅かな間に、十人以上の人間が跡形もなく消えてしまったということになる。見れば、人がいない空間は前の方に集中している。
その事実に、ミコトは自分の短慮を思い知った。
教室から攻撃者を排除して場の鎮静化を図るという作戦は、物の見事に裏目に出た。
止めることが叶わなかったアツシの攻撃と消失、そして止めようと走ったミコトの動きそのものが『刺激』となったのだ。
脅威から逃れようと動いた結果なのか、混乱に乗じて誰かが攻撃をしたのか。
ミコトに注目し、動きを止めている生徒の様子からそれは読み取れなかった。
今は誰も動かず、これ以上の消失者が出ていないことが不幸中の幸い――と言えるほどミコトの性質は論理的ではない。
失われた命の多さに、早くも心は折れている。
――何が『目に見える範囲、手の届く範囲は救える』だ。
大事なことは何も見えておらず、手が届く距離はあまりに短い。
それで人を救える気になっていたと言うのだから、それこそ救えない話だ。
これなら、ゼロか百の百を目指して逃げ惑っていた方がマシだったのではないか。
結果がどうあれ、ミコトは終わりのその瞬間まで理想を目指して走ったと言い訳できた。
ミコトが選んだ道は、失われていく命に対して何の言い訳もできない道だった。
未来のための尊い犠牲とか、多くを救うための仕方のない少数とか、そういった方便は通じない。
これから失われていく命は、ただただミコトの力不足による哀れな被害者だ。
背負わなくてはならない途方もない重荷に足が鈍り、置き去りにしたはずの弱音と臆病が追い付いてきた。
ついでとばかりに恐怖や絶望まで連れて来たものだから、お前らだけで勝手に仲良くしてろと怒鳴りつけたい。
そんな有り余る負の感情に膝を屈しそうになったミコトに、
「ミコト! お前の左手の能力は?」
ユウが教室を切り裂くような声を上げ、ミコトの鼓膜を引っ叩いた。
茫洋と泳いでいた視線がユウの視線と絡み、それがミコトに一声上げるだけの力を湧き上がらせる。
「『強制退場』!」
それだけで、ユウには伝わると思った。
ミコトの期待を受けてユウは頷き、全員に聞こえる声で言った。
「全員そのまま動かずに聞いてほしい! 聞いたとおり、見たとおり、ミコトの左手に触れてもらえば、このゲームから抜け出せる!」
阿吽の呼吸でユウの意図を察し、ミコトは全員に見えるように左手を高く掲げた。その手には、少女の右手がしっかりと握られている。
ユウが微笑みかけてきたのを見て、ミコトも弱々しい笑みをどうにか返した。
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その後の進行は、驚くほどスムーズだった。
ユウがその指揮能力を発揮し、滞りなくクラスメートの退場が進んでいる。
残すところは、ミコトを除けばあと四人というところだ。
「じゃあ次、サトウだな。じっとしててくれ」
「ごめんね、よろしくお願いします」
ユウの言葉を受けて、名前を呼ばれた少女サトウは自席に座ったまま両手を頭の後ろで組んでじっとしている。
余計な混乱を避けるため、ユウの指示で全員が一旦その姿勢で待機していた。
まるで捕虜のような扱いに、ミコトは謝意を示す。
ここまで警戒するのは大袈裟だと思うが、「ミコトの能力は失うわけにいかない」というユウの意見でこの形式を取らせてもらっている。
ここまで誰も文句を言わずに従ってくれているのは、それだけ皆このゲームから抜け出したかったということだろう。
「はい、終わったよ」
サトウの組んだ腕の、肘の辺りに左手で触れる。
能力を発動するときの感覚は何とも言えない。
使うと意識すれば使えるし、効果を発揮したのも、自分の中で何かが噛み合うような音を幻聴してはっきりわかるのだが、何故そうなのかは言葉で説明できそうもない。
しかし退場させられた側はそうではないらしい。
手を離しても固くなったまま動かないので、ミコトは彼女の右手を取って自分に触れさせる。
「ほら、もう大丈夫ですよ」
右手がミコトに触れた瞬間にさらに身が固くなるのは、ここまでの全員同様の反応だ。
右手は左手の能力と違い、自分の意志とは関係なく発動してしまう。
それはアツシが身を以て示したことだ。自分の身体に触れても問題ないのは、唯一の救いと言うべきか。
アツシのことを思い出してしまい、ミコトは思わず顔を引き攣らせる。が、すぐにそれを抑えて少女に優しく呼びかけた。
呼びかけと触れた右手から伝わる体温に、少女は短く息を吐き出し全身を弛緩させる。
「次、カガミ」
「ごめんね、よろしくお願いします」
順番は席順、前の席のカガミに呼びかけたユウに追従し、ミコトは同じ言葉を繰り返す。
彼を退場させれば、残りはユウとアカリの二人。
長い緊張の時間の終わりが見えて、ミコトは少しほっとしながら彼の組んだ腕に触れようと左手を伸ばす。
「ミコト!」
ユウの叫びと、カガミの動きが同時だった。
不意に組んでいた手を解き、近付いたミコト目掛けて右手を伸ばしてくる。
カガミの突然の攻撃に、ミコトは完全に思考が停止した。
それに対し、いち早くその挙動に気付き警告を発したユウの行動はまさに電光石火だ。
左手でミコトを突き飛ばすと、迫る右手を自分の右手でガッチリと掴む。
カガミとミコトが驚きに目を見開く中、ユウの動きはそこで止まらない。
左手で更に右腕を掴み、掴んだそのまま思い切り引っ張って教室の床に打ち据える。
椅子が倒れる剣呑な音に周囲が騒然となる中、カガミが挙げかけた左腕、その前腕を空いている脚で思い切り踏みつけて地に縫い付けた。
「ミコト!」
再び自分の名前を叫ばれ、ミコトは我に返る。
そしてその意図を察して、すぐに倒されたカガミのもとへ駆け寄る。
しかし、その行動は目の前で起こった現象に中断された。
「ユウくん!」
今度はミコトが叫ぶ番だった。
引き倒されたカガミ、その左手のすぐ傍にあった後ろの席の机が突如として燃え上がったのだ。
机が燃えているというよりは、机という芯を中心に火柱が上がっていると言うべきか。
ごうごうぱちぱちと喧しく囀る火柱はその勢いを増し、獲物を求めてその身を膨らませる。
間一髪、ミコトの叫びに事態を見て取ったユウの足がカガミの左腕を離れた瞬間、そこを炎の赤い舌先が通過した。
自由になった左手で地面を掻き、カガミが立ち上がりにかかる。
しかし、カガミの身が完全に自由になる前にミコトが間に合った。
「『強制退場』――!」
思わず必要のない技名を叫びながら、彼の身体に左手を宛がう。
きん、と退場が成立すると同時に、机に纏わりついていた炎は霧散した。
「ああああーーー!」
ほっとする暇もなく事態は動き続ける。
カガミの後ろの席、机の持ち主であった女子生徒――サトウが悲鳴を上げているのだ。
何故かと言われれば、自分の身体が燃えていれば当然だと答えるしかない。
消える前に膨らんだ火柱が、彼女に燃え移っていたのだ。
炎は彼女の身体をほぼ覆い尽くしていて、火だるまと表現するしかない。
机の炎はカガミの能力に違いなく、退場したことによって消えた。
しかし、そこから燃え移った炎は能力ではなく『結果』として扱われたのだろう。
火種が消えた今も尚、勢いを増し少女の身体を侵していた。
身体を壁に叩きつけ、床を転がり、自らを襲う熱から逃れようとする少女だが、その程度で消し止められる火力ではなかった。
すでに退場している彼女は、傷付いてもそれが勝手に治ることはない。その事実に今頃気付いたミコトは、またも自分の行為の愚かさに苛まれる。
「退場した奴は全員離れろ! あと上着をくれ!」
ミコトが今日何度目になるかわからない後悔と自己嫌悪に思考を奪われている間に、ユウの怒鳴りつけるような指示が飛ぶ。
彼は叫びつつ自分の上着を脱ぎ、暴れる少女にそれを被せにかかる。
我に返って、慌ててミコトもそれに倣った。だが、火の勢いはそれをせせら笑うかのように強まっている。
投げて寄越される他の生徒の上着を次々に被せると一旦は火が治まったように見えるが、すぐに上着も燃え出してしまいキリがない。
「ミコトくんシンドウくん! ちょっとどいて!」
焦燥と絶望に駆られ思考を巡らせていたミコトとユウに、突然後ろから叫び声がかかった。
驚きつつその勢いに圧されて道を開けると、二人の他に唯一まだ退場していなかった生徒――アカリが開いた道を駆け抜けた。
驚くべきことに、その手にはこの状況を打開できるアイテムが握られている。
「エリちゃんごめんね!」
サトウのファーストネームを呼ばわりつつ、アカリはそのアイテムを正しく使用する。
――即ち、消火器の栓を抜き、少女目掛けて噴射したのだ。
「どうやって……消火器は廊下にしか――!」
ユウは驚きの理由を口にする。
そもそも、すぐ登場して然るべき防災道具を使用せずに布を被せるという原始的な方法を採っていたのは、それがこの場に存在しなかったからだ。
廊下に設置された消火器、それを彼女はどうやってこの閉鎖された教室で入手したというのか。
「なんかドア、開いた!」
消火器を操りながら、アカリが単純明快な回答を叫ぶ。
それを受けて目を遣ると確かに、あれほど頑なに開こうとしなかった扉が嘘のように全開になっていた。
文明の利器の力により、程無くサトウの身体は鎮火された。
ようやく、全員が一先ずの安堵の息を漏らす。
「ありがとうハナちゃん。いやあ、よく気が付いたね、ドアが開いたの」
「ううん、思いっきり忘れてただけ」
ミコトはアカリの行動に感謝と称賛を述べる。
しかしそれを受けた彼女は、自分の行動を振り返って苦笑してみせた。
冷静に状況を把握したユウにも、思考が停止するほどパニックに陥ったミコトにもできなかったことだ。
そう思えば、彼女の程よいパニックに救われたと言える。
「でも安心してる暇はないよ。当たり前だけど火傷が酷い。早く応急処置しないと……」
やはり迅速に次の行動に出ていたユウが状況を報告する。
被さった上着の山を除けてサトウの容体を検分していた彼は、その容態を見て焦りを浮かべた。
「まずはとにかく……水か。手洗い場に運ぼう」
言いつつ、ユウがサトウの身体の下に手を差し入れ抱き上げようとしたとき、
「ああ、その子はもう助からないわね」
無慈悲な声が、全員の鼓膜を突き刺した。