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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第四章 競争と狂騒
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第四章4 新たな仲間、かつての友

 『強制退場』。触れた参加者を退場させ、イマジン鬼ごっこから離脱させる能力。

 その能力は、何も考えずに選び取れる能力ではない。何しろ、他の参加者は『戦うための能力』を持っているのだ。つまり、丸腰で戦場に放り出されるのに等しい。


 そんな能力を選ぶ者がいるとすれば、それは――


「ものすごいバカか、ものすごいお人好しか。あるいはその両方ね。ちなみにコイツは両方」

「えっと……あなたは?」


 突然の解説に、ミコトは戸惑いと疑問の声を上げる。

 突然の解説というか、突然の登場である。解説の声の主は、近くの建物の陰からスタスタと歩いて現れ、今現在ユウキの隣で彼を指差していた。

 余りにも堂々とした立ち振る舞いに、ここまでツッコミそこねた次第だ。


「ホシミヤマレイよ。コイツの幼馴染でお目付け役」


 マレイと名乗った女性は、金髪ツインテールという髪型にも関わらず、きりりとした目とすっと通った鼻筋のお蔭で、三次元的な可愛さを奇跡的なバランスで保っている美少女だ。

 白いブレザーに赤いスカートの制服に包まれた身体は小さく、おそらく百五十センチもないのではなかろうか。


 そこに並ぶやはり白いブレザーに黒のスラックスのユウキは、スラリとした高身長。爽やかな微笑みを浮かべる整った顔立ちに、短い黒髪は毛先があちこちに遊びに行っている。

 しかし一番目を惹くのは、腰に下げた荘厳な剣だろう。どう見ても西洋風のそれも、彼が持っていると自然に見えてしまうのだから不思議だ。


 正しくお似合いの美男美女、という風体の二人である。


「カシワデミコトです。よろしくお願いします」

「ハナサキアカリです」


 マレイに改めて自己紹介をしながらミコトが右手を差し出し、アカリもそれに倣う。

 しかし、マレイは二人を値踏みするように睨みつけるだけで、その手を取ろうとはしなかった。


「勘違いしないで。まだアンタたちを信用したわけじゃない」

「マレイ、彼らは大丈夫だよ。彼の能力、聞こえてただろう?」

「アンタは黙ってて、この底抜けのお人好し!」


 そうして放たれた言葉は警戒と敵意が漏れ出ていて、あっけらかんとしたユウキのフォローはけんもほろろな扱いだ。

 「ひどいなあ」と言いながらも、ユウキは彼女の意向に従い黙って見守ることにしたようだ。

 そしてマレイは視線をキッとミコトたちに戻すと、会話を再開する。


「『同じ能力』なんて、誰にでも言えることでしょう? そう言って油断させて、隙を衝こうとしているかもしれないじゃない。……まあ、コイツバカみたいに強いから、隙とか無いんだけど」


 腕を組みこちらを睨みながら、彼女は警戒の理由を語る。その言い分はもっともで、賢明な判断である。

 が、最後に加えた一言とユウキに向けた視線に甘さが見え隠れしていて、若干締まらなかった。


「僕の強さは、マレイのお蔭だよ。この剣が無かったら、僕の強さは十分の一くらいさ」

「なっ……」


 そして横からユウキが口を挟んだことにより、完全に締まらない絵面が出来上がる。

 即ち、顔を真っ赤にして喚く少女の姿がそこにあった。


「い、いきなり何言ってんのよ! 私の能力は、別にアンタのためなんかじゃないんだから! っていうか、サラッと能力ばらさないでよ!」

「ああそっか、ごめんごめん」


 そこからは夫婦漫才よろしく、二人の口喧嘩――正確には、文句を言うマレイをユウキが爽やかに受け流す作業――がしばらく続いた。


「あのー……それで、僕たちはどうしたらいいですかね?」


 しばらく根気強く待ったが二人のやり取りが終わりそうになかったので、ミコトは遠慮がちに割って入った。

 それでようやくマレイが黙り、そこからまた少し時間をかけて平静を取り戻した。


「おほん。そうね――そこで倒れてる男。ソイツを『退場』させたら、ひとまずは信じるわ」


 真面目なトーンを取り繕い、そう言いながらマレイが指を差した先に――


「あれ?」


 倒れているはずの男の姿が、忽然と消えていた。


*************


 意識が戻ってしばらく、男はそのまま横たわっていた。まず、何が起こったのか理解するまでに時間が掛かった。

 そして記憶を辿り――少し離れたところから聞こえる声で、事実を思い知る。


 その声の主である、突然現れた剣を持った男にやられたのだ。頭の痛みと最後に見た男の表情、そして地面に倒れている現状から、そう結論が出た。

 あまりにも一瞬の出来事で、自分が気絶させられたことにすら気が付いていなかった。


 しかしだとすれば、自分がまだこうして存在している・・・・・・のは、どういう訳なのだろうか。

 このゲームで、気を失った相手に止めを刺さない理由は無い。ポケットの中にも、まだ『宝』が入っている感覚がある。

 一体、彼は何を考え、何をしようとしているのか。


 分からないことだらけだが、一つ確かなことがある。それは、まだ自分が負けていないということだ。生きているなら、まだ負けたことにはならない。

 そして、意識を取り戻したことも気付かれていない。試しに手を少し動かしてみるが、彼らは誰一人気付く様子が無い。


 ――よっぽどの間抜けか、それとも俺を舐めきっているのか。

 どちらにせよ、これはチャンスだ。男はゆっくりと身体を動かし、誰にも気付かれないように慎重に彼らから離れる。


 ある程度離れたところで、立ち上がって走り出した。

 その少し後で、彼らは気が付いたようだった。自分たちが気絶させた男が、そこから居なくなっていることに。


 しかし――もう遅い。


 現在彼らとの距離は、およそ二十メートル。すぐ傍には身を隠せる建物。

 彼はポケットに手を突っ込み――『爆弾』を取り出す。


 そして彼は、創り出した爆弾を全力で投じた。

 先ほどまで使っていた近距離用の爆弾とは違い、中距離用の威力の高い爆弾だ。その有効範囲は、半径十五メートルほど。剣で切ったところで、その爆風から逃れることはできない。


 爆発する直前、彼は建物に身を隠して顔をだけを覗かせる。

 四人――いつの間にか一人増えているが――全員が、爆風の有効圏内に居る。それを見届け、彼は勝利を確信し頬を歪める。


 次の瞬間――爆風が展開され、轟音が鳴り響く。しかしそれは、彼に勝利をもたらしてはくれなかった。


「は……?」


 爆発の瞬間、男は目撃した。剣の男がその武器を振り抜き――

 爆風が・・・真っ二つになった・・・・・・・・


 否、爆風は目に見えないから、正確には真っ二つになったのは爆炎と爆煙だ。

 しかし事実、彼らは誰もダメージを受けていないし、こちらにはごうっと強い風が吹き抜けてきた。


 ――訳が分からない。爆発を斬った、とでも言うのか。


 呆気にとられ、爆弾が炸裂した辺りをぼんやり眺めていたら――


「危ないなあ。悪いけど、もう一度眠ってもらうよ」


 危機感の欠如した爽やかな声が最後に聞こえ、彼は再び気を失った。


************


 訳も分からないうちにピンチが訪れ、訳も分からないうちに助かっていた。

 ミコトもアカリも、何が起こったかいまいちピンと来なかった。ただ、爆弾魔を引き摺って持って帰ってきたユウキを見れば、またも彼が勝利したということだけは分かる。


「って、いやいやいやいや! 今、なんかものすごいことしてませんでした!?」

「爆弾! 爆弾がドカーンって! それで剣でスパって!」


 二人とも、遅ればせに驚きのあまり頭の悪い発言をして――もともとかもしれないが――、爽やかに微笑むユウキに説明を求める。

 しかし当の本人は涼しい顔で、


「ほら、また目を覚ますと面倒だ。早いところ、彼を退場させてくれないかな」


 そう言って二人の前に丁寧に爆弾魔を転がした。

 マレイも彼の隣で「早くしてよ」と目線で訴えながら頷いていて、ミコトは驚きを無理矢理横に寝かせて爆弾魔のもとにしゃがみ込む。


「えっと、じゃあ。……『強制退場』」


 きん、と能力が発動したのを確認し、動かない彼の右手を取って自分に触れさせる。

 それを見るとユウキはにっこりと頷いて、まるで自分のことのように得意気に語る。


「ほら、言っただろう? 彼らは大丈夫だって」

「……まあ、能力は本当みたいね」


 マレイも渋々肯定し、どうやら一応の信頼は得られたようである。ほっと息を吐きながら、ミコトは立ち上ってユウキと目を合わせる。


「そうだ、助けてくれてありがとうございました」


 そしてまずは感謝を告げ、頭を下げる。後ろでアカリもそれに倣って頭を下げている。


「構わないよ。どちらにせよ、出会った人は全員退場させていくつもりだったからね」


 軽く手を上げて答える彼だが、その発言は自信に満ち溢れていた。つまり、出会った全員に勝つつもりでいるのだ。


「それにしても……本当に強いですねえ。その剣は、ツキミヤさんの能力なんですか?」


 彼の持つ剣をまじまじと見ながら、ミコトは訊ねる。こんな物を普段から持ち歩いている高校生が居るはずもないし、ユウキの能力は『強制退場』なのだから、消去法でそうなる。


「ああ、そうだよ。『聖剣作製』。どんな物でも、マレイが触れたら『聖剣』に早変わりだ」

「もう、だから勝手にバラさないでよ……」

「だって、もう隠す必要もないだろう?」


 あっさりと答えるユウキにまたもマレイは口を尖らせて文句を言うが、彼の言う通り隠す理由も必要もない。もうお互いに、戦う気はさらさらないのだ。

 素直に認めるのが悔しいのか、彼女は肩をすくめて答とした。


「ただの剣じゃないんですよね? だって、動きが人間離れしすぎだし……」

「もちろん。流石に、あんな動きは僕一人ではできないよ。この剣は、持っているだけで全ての力が強化されるんだ。筋力を始めとした身体能力に加えて、反射神経や感覚器官なんかもね」


 アカリがおそるおそる訊ねると、ユウキが肯定してくれて一安心だ。もし生身であんな動きをしていたら、ちょっともうよく分からない。


「いや、それにしたって大概だけどね。前に剣道の大会観に行ったとき、コイツ相手の竹刀へし折ってたから」

「え゛っ……」

「いやいや、あれはたまたま相手の竹刀にガタが来てただけだよ」


 と思いきや、もともとちょっとおかしいくらいに強いという事実をマレイが横から挟んだ。ミコトは竹刀をへし折る一撃を想像し、それで頭を殴られた爆弾魔の頭を案ずる。

 ユウキは謙遜するが、いくらガタが来ていても竹刀は竹刀である。


「っていうか、剣道やってるんですね」

「やってるも何も、コイツ全国大会で個人戦三年連続優勝してる化物よ? ニュースになったくらいなんだから」


 アカリが道理で剣が様になってると思いながらそう言うと、またもマレイから補足情報が飛んできて、ああなるほどとさらに納得する。

 自分のことでもないのに得意気な様子のマレイが、ちょっと微笑ましい。


「いや、まだまだ未熟者ですよ。――さて、僕たちの話はこれくらいでいいだろう。次は、君たちの話を聞かせてくれないかな」


 再三の謙遜を重ね、ユウキは話題を変えた。

 ミコトは一つ頷くと、これまでの経緯を話し始めるのだった。


************


「――なるほど。事情は分かったよ」


 一通りの話を聞き終えたユウキは、うんうんと頷きながらそう言った。


「じゃあ、何はともあれ、まずはその、ユウとリョウカと合流することだね。集合場所の連絡は、まだ来ないのかい?」

「え、あの……」


 当たり前のようにこれからの予定を話し出したユウキに、ミコトは戸惑いながら口を挟む。


「なんだい?」

「その、一緒に来てくれるんですか?」


 きょとんとした顔を浮かべるユウキに、ミコトは訊ねた。すると彼は男でも見惚れる程完璧な笑顔を作る。


「当たり前じゃないか。同じ志を持つ者同士、こうして出会えたのも何かの縁だ」


 爽やかに口上を述べるとすっと右手を差し出し、


「一緒に、世界を救おうじゃないか」


 歯の浮くような台詞を、華麗に決めて見せた。

 その横ではマレイがぽーっと熱っぽく彼を見つめていて、しかしそれも納得だ。

 見る者を魅了する容姿。他人を惹きつける覇気。腰に携えた堂々たる剣。


 ――ヒーローだ。


 バカみたいなそんな感想が、ミコトの脳裏を踊った。それほどまでに、彼は『正義』を体現しているように見えた。


「――よろしくお願いします」


 ミコトは差し出された手をしっかりと握りしめ、そんな彼と共に戦うことを決めたのだった。


****************


 一方、その頃。

 慎重に行動したユウとリョウカは他の参加者に出くわすこともなく、無事に合流を果たしていた。


 二人が合流したのは、八王子にあるとある寺だ。大通りのすぐ近くにあり、道が分かりやすかったのが決め手である。

 その寺の軒下に座り、二人は小休止を取りながら今後の話をしていた。


「ミコトたちからの返事、来ませんね……」

「あいつ、運は悪いからな……敵と出くわして余裕が無いのかも」


 自分の送った連絡がアカリの窮地を引き寄せたとも知らず、ユウはリョウカの呟きに相槌を打つ。

 そしておもむろに立ち上がると、軽く伸びをして疲れて強張った身体をほぐした。


「よし――連絡もまだ来なさそうだし、とりあえず川崎方面に歩こうか」

「そうですね。あんまりのんびりもしてられないですし」


 妥当な方針を提案したユウに、リョウカも立ち上がってそう答える。

 このゲームは、今までと違いシビアな制限時間がある。ミコトたちがピンチだという可能性もあるし、できるだけ近付いておくのに越したことはないだろう。


 地図アプリで方向と道筋を確認し、境内から出ようと一歩踏み出したところで――


「――誰だ!」


 二人の視線が、同時に人影を捉えた。

 ユウの恫喝に隠れるでも身構えるでもなく、しかしどこか所在なさげにこちらを窺う人影は――女性だ。


「え――」


 そしてその人影は、リョウカの記憶のささくれた部分を引っ掻いた。

 自分と余り変わらない背丈。短く整えられた茶色い髪。

 どこからか吹き抜けた風が木々とその髪を揺らし、音と光を散らす。


「嘘……」


 その姿が、リョウカの身を固く縛る。震える手は彷徨い、頼りを求めるようにマフラーへと伸びた。

 ギュッと握りしめたそれの下に――微かに、痛みを覚える。


「――やっぱり。リョウカ、だよね?」


 そして人影がそう声を発し――リョウカの感じた既視感は、確信へと変わる。

 いや、リョウカは彼女がこの場に現れた時点から、半ば確信していた。しかし、彼女に対する複雑な思いが、それを認めるのを躊躇っていたのだ。


 だが、最早誤魔化すことはできないし、忘れられるはずもない。


「う……ウタネ……?」


 そこに立っていたのは――リョウカにとって、かつてはかけがえのない幼馴染で。

 そして、リョウカに癒えない痛みを残した張本人。



 セオウタネその人が、こちらを見ていたのだった。

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