第四章3 同じ能力
アカリの逃亡は続いていた。もう十分は走り詰めで、アカリの体力もさることながら、敵のしつこさも相当なものだ。
だが必死の逃走の甲斐あって、アカリは今集合場所が見えるところまで来ていた。
そして――
「あっ」
希望が見えたとき、人は油断するものだ。
ここまでの逃走の疲労が溜まった脚がもつれ、アカリは転んでしまった。
――私の馬鹿。
転倒した視界の中、飛んで来る爆弾を見てそれだけを思った。これは、どうにもならない。
目を瞑り、やってくる痛みを想像し――
「うおおお!」
聞き慣れた声が、雄叫びを上げながらアカリに近付いてくるのが分かった。
驚いて目を開けると、何かを投じた姿勢のミコトの後ろ姿そこにあった。
続いて、爆発音と爆風が二人を通り過ぎていくが――痛みは無い。
ミコトが投じた何かが爆弾に辺り、爆発の直撃を防いだのだ。
「わ、当たった――ハナちゃん、こっち!」
自分の功績に驚きながらも、ミコトはすぐに踵を返すとアカリの右手を右手で取った。
そのまま走り出し、横道へと駆け込む。
「ハナちゃん、大丈夫!?」
振り返る余裕も無く、ミコトは声だけをアカリに投げて無事を確認する。
「うん! ありがとう、ミコトくん! ……もう大丈夫、一人で走れるよ」
余りにも完璧なタイミングで現れたミコトに感動しながら、アカリは感謝の言葉を叫ぶ。
そして、名残惜しい気持ちで右手を離した。右手同士を繋いで走るのは難しい。手を繋ぐこと自体は大歓迎だが、今は残念ながらそれどころではなかった。
「ミコトくん、たぶんあの人、キタネくんと同じような能力を持ってるみたい」
そして、自分の分かっていることを説明する。もっとも、さっきのミコトの行動を見れば、それは彼にも分かっているだろう。
それに――
「うわっ」
「ミコトくん!」
その間にも、爆弾は次々に飛んできている。説明は不要だったかもしれない。
「だから、良い子はマネしないでねって何回言ったら!」
「本当だよ! 危険なんだから!」
という訳で、二人は爆弾からの逃走をするに至ったのであった。
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後ろをちらちらと振り返りながら逃走して、気が付いたことがある。
彼はキタネのように、瓦礫を投げている訳ではないようだった。つまり、爆破と補給の無限ループではない。
というか、投げられた物を見る限り、どう見ても本物の爆弾なのだ。
キタネのときは見た目は瓦礫だったのだが、彼は見た目からして爆弾。マンガや映画でしか見たことはないが、綺麗な球形の、ピンが付いた爆弾だ。
しかし当然、本物の爆弾を携帯している訳がない。どういうことかと思って彼の挙動を見ると、彼は爆弾を投げる直前、ポケットに左手を突っ込んでいる。
そしてポケットから手を出したときには、その手に爆弾が握られているのだ。四次元ポケットでもあるまいし、どう考えてもそこで能力が使われている。
「キタネくんと同じ能力――でも、少し違う?」
キタネの能力は、『触れた物を爆弾にする能力』。とすれば彼の能力は言わば、『触れた物を爆弾に作り替える能力』。
ポケットに大量にあるとすれば、一つ一つは小さい物だろう。キタネは質量によって威力が変わっていたようだが、彼はおそらく違う。調整が任意で可能なのだろうか。
「でも……今投げてきてるのが、あの威力。ハナちゃん、今より強い爆発って今まであった?」
「うん、辺り一帯吹き飛ばす、みたいなのもあったよ」
アカリの返答で、ミコトは、一つの可能性に思い当たった。
「もしかして……キタネくんと違って、自分も爆発の影響を受けるんじゃ……?」
威力が可変で、かつ自分に影響が無いのだとすれば。最初から大火力の爆弾を投げていればすぐに勝負が着く。それをしないのは、自分も巻き添えになるからではないだろうか。
「なら……ハナちゃん、こっち!」
アカリに声を掛け、ミコトは近くの建物に駆け込む。
もしミコトの考えが当たっていれば、狭い場所では爆弾は使えないはずだ。そうすれば二対一、勝てる可能性も出てくる。
外から爆弾を投げ込めないよう、階段を上ってどんどん建物の中に入り込んでいく。
下から爆発音が聞こえるが、不発だったとすぐに彼にも分かるだろう。
そして、階段を上がってくるはずだ。
ミコトたちは、二階の廊下部分、その中ほどで待ち受ける。階段の下から当てずっぽうで爆弾を投げてきても、ここなら大丈夫だ。
そして予想通り、爆弾は下から飛んできた。だが――
「な……!」
飛んできたそれは、今までの爆弾とは違った。
どう違ったかと言うと――それは爆風ではなく、爆炎を上げたのだ。しかも、猛烈な火力で。
目の前が瞬時に火の海になり、ミコトたちは下に降りる術を失った。
「あ……そう言えば、これも使ってた……!」
キタネが爆発の特性を変えられたように、彼は爆弾の特性を変えられるらしい。
アカリが隣で呟く声を聞きながら、ミコトは考えを巡らせる。
――どうしよう。このままだとどんどん火が回って、焼け死んじゃう。
逃げるしか、ない。
「ハナちゃん、飛び降りよう。二階だしたぶん大丈夫だよ」
そう言って、自分の横にある窓を開けた。それしか逃げ道はない。
アカリが頷いたのを見ると、ミコトは窓に手を掛ける。
「じゃあ、僕から行くね」
窓の下を覗き込み、高さを確認する。よっぽど下手に着地しない限り、足が痺れるくらいで済む……はずだ。
意を決し、ミコトは窓を乗り越えた。身体が重力に従って加速し、地面がどんどん近付き――
着地した瞬間、爆弾を投げた男と目が合った。
「しまっ――」
「ミコトくん!」
ミコトの呟きと、上から降るアカリの声が重なる。
ミコトたちの行動は、余りにも素直すぎた。建物に逃げ込む。火が放たれたから逃げる。そこしかないから窓から飛び降りる。
当然、相手にバレバレだ。掌の上で踊らされ、ミコトは完全に良い的である。
『爆弾化』という同じ能力でも、使い手次第でここまで変わるのか、と思い知らされる。
キタネもミコトたちにとっては十分強かったが、ここまで勝ち残っている彼はその何歩も先を行っている。
空中を舞う爆弾が、スローモーションのようにハッキリ見える。
あと一呼吸もしないうちに、爆弾はミコトの目の前に来るだろう。それを躱す術は、今のミコトに無い。
――完全に、してやられた。
思わず目を瞑り、痛みを予感して身を固くし――
「そこまでだ」
言葉と、キン、という音が聞こえた。
その微かな音の直後、爆発音が鼓膜を揺らす。しかし揺れているのは鼓膜だけで、ミコトの身体は何ともない。
目を開くと、自分の少し手前で、爆発の名残である白煙がうっすらと漂っていた。
そして――
「さて、二人とも――いや、上にいるお嬢さんも合わせて三人か。話を聞いてもらえるかな?」
再び同じ声が聞こえ、ミコトは視線を走らせる。
そこには、荘厳な両刃の剣を携え、凛とした気迫を放つ青年が、静かに佇んでいた。
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アカリは、目撃した。
ミコトが窓から飛び降り、その隙を狙った爆弾魔の攻撃。彼から投じられた爆弾が――空中で、真っ二つに両断されるのを。
そしてそれを成した人物は、そこから少し離れて立っている。
あの間合いから、爆弾を斬ったというのだろうか。目にも止まらぬ速さで動いたのか、マンガの如く斬撃を飛ばしたのか。どちらにせよ、最早人間業ではない。
というかそもそも、どこから現れたのかすら分からない。
と、茫然と現場を眺めていたアカリは熱を感じ、自身の置かれている状況を思い出した。早くここから動かなければ、燃え広がる炎に焼かれてしまう。
慌てて窓に足を掛けると思い切って飛び出し、ミコトから少し離れたところに着地した。
「今、何をした……?」
爆弾魔は警戒を色濃く表情に浮かべて、突然現れた青年に問いかける。
「ん? 見ての通り、斬ったんだけど。そんなことはどうでもいいだろう」
あっさりととんでもない事実を言ってのけ、「それより、」と彼は話題を勝手に変える。
「三人とも、悪いようにはしない。だから、戦うのを辞めてもらえないかな――っと!」
話しかけ、剣をだらりと下げた彼を隙だらけだと思ったのだろう。爆弾魔は話の途中で、爆弾を彼に向かって放り投げた。
だが、彼は事も無げにそれに反応すると、目にも止まらぬ速さでそれを再び斬って落とした。ただし文字通り目にも止まらぬ速さなので、結果から見てそうだったのだ、としか認識できない。
ミコトとアカリが口を開けて驚いているのを他所に、爆弾魔は距離を取りながら、次から次へと爆弾を青年に向けて投げつける。
しかしそのどれも、青年に届く前に真っ二つになり、その威力を彼に届かせることはできなかった。
「うん――話を聞いてくれる気はなさそうだね。なら仕方ない。少し――」
分かりきったことを確認する彼の言葉は、途中で途切れた。爆弾魔が、別の手段を使ってきたからだ。
今まで青年に向けて投げていた爆弾を、今度は足元に向けて転がしたのだ。そして、その『爆弾』は先ほどまでと形状が違う。
青年がそれを見て、判断が一瞬遅れた。その隙にその『爆弾』は作動し――猛烈な勢いで、煙を噴出し始めた。
「スモークグレネード!?」
最近やったゲームにあったアイテムが、ミコトの中で思い出された。あっという間に辺りは煙が広がり、視界が確保できなくなる。しかもどうやら、
「何これ、涙出る!」
ご丁寧に、催涙ガスのようだ。黄色掛かった煙に触れるとピリピリと痛みが走り、目からは涙が止まらなくなる。
「あの人は――!?」
先ほどの青年が如何に凄まじい剣士だったとしても、見えなければ爆弾を斬ることはできないはずだ。そして当然、爆弾魔がこの隙を逃すはずがない。
敵か味方かもまだ分からないが、先ほどミコトを助けてくれたのは確かだ。どちらに勝ってほしいかと言われれば、当然青年の方である。
ミコトは彼の身を案じ、涙と煙でぼやける視界を左右に走らせる。
しかし、その心配は杞憂だったようだ。
「喋ってる途中でひどいな。――少し、乱暴にさせてもらおう」
彼の声が響いたと思えば、突如として煙が一掃された。
ものすごい勢いの風が通り抜けたのと、彼が剣を振り切った姿勢を取っているのを見るに、その一振りで煙を全て吹き飛ばしたらしい。本当に人間離れしている。
そして晴れた視界の中、勝負は一瞬で着いた。
青年が一瞬で爆弾魔の前に現れ、その剣で爆弾魔の頭を強かに打ち据えたのだ。いわゆる峰打ちにあたるのだろうが、威力十分のそれに爆弾魔の意識はあっさりと掻き消えた。
「――さて。君たちは、話を聞いてくれそうだね」
信じられない強さを発揮した青年は、信じられないほど爽やかな微笑みを浮かべてそう言った。
全く害意の無いその表情に戦意を削がれ、ミコトたちはただ黙ってこくりと頷く。
「うん、ありがとう。それじゃあまず、自己紹介からだね。僕の名前はホシカゲユウキ、ユウキと呼んでくれ」
「はあ……あ、カシワデミコトです」
「ハナサキアカリです」
戸惑いながらも、名乗られたので名乗り返すミコトとアカリ。すると彼は満足げにうんうんと頷いて話を続ける。
「ミコトにアカリだね。さて……僕は、このゲームを終わらせるために戦っているんだ。それも、犠牲者を一人も出さずにね」
彼の始めた説明に、ミコトとアカリは顔を見合わせる。
――それ、僕たちと全く一緒なんですが。
「ああ、驚くのも無理はないね。でも、僕の能力を使えばそれができる」
ミコトたちの表情を『そんな馬鹿な』という風にでも受け取ったのだろうか、彼は手を上げてどうどうという仕草を取りながらそう語る。
そして――まさか、とミコトは予感する。
「僕の能力は、『強制退場』って言ってね。触れた人を、このゲームから降ろすことができるんだよ」
ミコトの予感は、完全に的中した。
「あ、あの……」
「うん?」
おずおずと手を上げ、ミコトは発言する。ユウキと名乗った青年は、爽やかな笑顔で続きを促してくる。
「僕も……その能力、僕と全く一緒、です」
何だか申し訳ない気分になりながら、ミコトは自分の能力を申告した。
「……え?」
そのミコトと、横でアカリがぶんぶんと頷いているのを見て、彼はここに来て一番気の抜けた声と、驚いた表情を浮かべた。
左手の能力は、各自の希望に沿って決める。だから同じような能力があったとしても不思議ではない。不思議ではないが――これは、驚きだった。
ゲームを勝ち残る上では『最弱』、しかし戦いを強要する女神に対しては『最強』。
そんな『最弱で最強な能力』を選んだ人間が、ミコト以外にも居たのだ。
そんな、同じ能力を持つ二人の男は。
「驚いたな……でも、とても嬉しいよ、ミコト」
「……僕もです、ユウキさん」
そう言って、お互いに笑い合ったのだった。




