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第三章幕間 勇者

 目を覚ます。と言っても、あまり眠った感じはしない。

 外はずっと明るいままで、時間感覚はとうに無くなっている。というか、この世界では時間感覚は必要ない。何しろずっと時が止まっているのだから。


「あ、おはよう兄ちゃん」

「ああ、おはよう。変わったことはないか?」

「なーんにも。やっぱり暇だねえ」

「仕方がないさ、死ぬよりはよっぽどマシだろうよ」

「んー、それもそうだねえ」


 声を掛けてきた弟と、そんな会話を交わす。適当な民家のベッドを借りて眠っていた彼――マナカヨリミチは、水道とコップも拝借して水を一杯飲み干す。


「ふう……」


 そして、いろいろなものが籠ったため息を吐き出す。

 ――この生活が、あとどれだけ続くのだろうか。なんて、時が止まった世界でナンセンスな考えか。


 突然巻き込まれた『イマジン鬼ごっこ』というデスゲーム。その第三ゲームまで戦い抜いた彼らは、ここで命を落とすことなくゲームから抜け出した。

 それを成した能力の持ち主――カシワデミコトと、その仲間たち。

 彼らがこの島から居なくなって、体感では二、三日だろうか。



 マナカヨリミチ、そしてその弟のキヨフサには、両親が居なかった。

 小さいころに事故で亡くなったそうだが、二人は幼かったので記憶にない。それ故に、親戚の間を転々とする生活を送っていた。


 どこに行っても余り良い顔はされなかった。

 当然だ、とヨリミチは思う。誰が好き好んで、自分以外の子供の面倒を見ようなんて思うのか。それも二人も。お金も掛かれば時間も手間も掛かる。


 そんな生活を終わらせるべく、ヨリミチは高校に上がると同時にバイトを始めた。今はなんとか生活できるだけの金を稼ぎ、二人でボロアパートを借りて暮らしている。

 親戚には相変わらず資金面で援助はしてもらっているが、向こうの手間と時間が省けると言うことで説き伏せた。


 そういう事情で、ヨリミチはしっかりせざるを得なかった。学校に行き、帰ってからバイトに行き、家に帰れば家事をこなす。キヨフサはお世辞にもしっかりしているとは言えないから尚更だ。


 生きるために生きる。そんな忙しいだけの日々に、不満はもちろんあった。

 もっと自由な時間が欲しい。もっと何かを楽しむ余裕が欲しい。宝くじが当たって貧乏から脱却する、なんてことを夢見るときもある。


 ――この人生を変える何かが起こってくれないだろうか、と。


 そう考えると今の状況は、夢にまで見た『時間がいくらでもある状況』だった。

 だが――


「いざ暇になると――何も浮かばないもんだな」


 確実に、『人生を変える何か』が起こったとは言える。そして望み通りの自由な時間を手にした。

 しかし、いきなりそれが与えられても何をすればいいのか分からない。


「まあ、のんびり考えればいいんじゃない。時間はいくらでもあるんだし」


 聞かせるつもりはなかった独り言だったが、キヨフサはそう言葉を返してきた。

 彼のこういうのんびりした気性には、度々救われている。


「……そうだな」


 ふっと笑って、ヨリミチはそう返す。

 少なくとも、命の危機がある状況ではない。ずっとこのままではそれも危うくなるが、食糧も水分もあるから当分心配は無い。


 そしてヨリミチは、この状況を作ってくれたミコトたちに思いを馳せる。

 『強制退場』という、他人を救うことしか考えていない能力を選び、ここまで戦い抜き、そして勝ち抜いてこれからも戦い続ける彼らのことを。


 ――ああいうのを、『勇者』と呼ぶのかもしれないな。


 柄にもなく、そんなことを思う。本人が聞いたら、『いえそんな、大層なものじゃないですよ』なんて謙遜しそうだが。

 だが少なくとも、彼らに救われた命がこの島には六人も居る。


 そして、救われたのは命だけではない。


 ヨリミチはこのゲームが始まってから、あることを徹底していた。

 『キヨフサに、誰かを傷付けた記憶を残さないこと』、だ。むしろ彼の能力は、そのために選んだ能力と言っても過言ではない。


 どう足掻いたって、誰かを消さなければ勝ち残ることはできない。そうヨリミチは思っていた。

 自分の手が汚れるのは構わない。だが、キヨフサにだけは、そういう記憶を、後悔を残したくなかった。

 だから、ヨリミチは基本的にキヨフサに能力を使った。そして必ず、誰かを傷付けた方の彼を消してきた。


 苦肉の策であることは重々承知だし、ただの欺瞞であることは百も承知だ。たとえキヨフサの記憶に残っていなくとも、彼が誰かを傷付け、消し去ったという事実は変わらない。


 だがキヨフサの能力は強かったし、それに頼らなければ勝ち残れなかったのも事実だ。だから全てに目を瞑り、彼の能力を暴力的に使い――自身と、キヨフサの記憶の上でのみ無かったことにした。


 そんな後ろ暗い戦いをしてきた彼だったから――最後にキヨフサが、誰かを助けるために能力を使えたことが、とてもありがたかった。

 そしてそれができたのは、ミコトのお蔭だ。


 完全に救われたとは言わないし、救われてもいけないと思う。だが、ヨリミチの心は、ミコトのお蔭で少し軽くなった。救われた気がした。


「頑張ってほしいな」


 だから思わず、そんな言葉が漏れた。自分と弟を助けてくれた彼らが、今度は彼ら自身の望みを叶えられるように、と。


「そうだね」


 誰をとは言わない唐突な呟きだったにも関わらず、キヨフサはそう言って同意を示した。

 もしかしたら彼も、ヨリミチと同じようなことを考えていたのかもしれない。



 そして彼らは、静かな時を過ごす。自分たちを救ってくれた『勇者』たちに、思いを馳せながら。


****************


 第三ゲームが行われていた、たくさんの島のうち、とある一つ。

 そこでは、異様な光景が繰り広げられていた。


「そっちあったかー!?」

「いや、ないよ」

「こっちもない! 次行こう!」


 そこかしこで声が飛び交い、多くの人間が動き回り――しかし、誰一人として争っていない。

 どころか、お互いに声を掛け合い協力し合い、何かを探しているようだ。


 しかし、そんな中不意に剣呑な声が上がる。


生き残りだ・・・・・! ユウキさん!」


 その声を発した主は、鈍い音が聞こえた後その場に倒れる。

 『生き残り』に鈍器で殴られ、気絶したようだ。


「なんだこれは……一体、何がどうなってやがる?」


 そしてその『生き残り』は、怪訝な顔でそう発する。彼は、困惑していた。

 イマジン鬼ごっこ第三ゲーム、『宝探しゲーム』。宝を探し出し、奪い合い――たった六人しか勝ち残れないはずのデスゲーム。

 それなのに、彼以外の目に映る人間は皆、争う気が皆無なようだったからだ。


「そこまでだ」


 と、そこに颯爽と現れた男が居た。その男の登場に、周囲に居た人間が歓喜と安堵に沸く。


「何なんだ、お前はよ!」


 短気な『生き残り』は、問いかけたにも関わらず問答無用で『ユウキ』と呼ばれた彼に躍りかかった。

 手にしているのは、どう見ても木の枝だ。だがそれは、先ほど一人の人間を殴り倒した実績を持っている。


 鋭い踏み込みと太刀筋で振るわれたその武器を、ユウキは右腕を上げて軽々と受け止める。


「いい太刀筋だ。もしかして、剣道をやっているのかな。それにこの木の枝、やけに固い。そういう能力なんだね」


 渾身の一太刀をあっさり受け止められ、『生き残り』は驚愕する。ユウキの言う通り彼は剣道を修めており、その剣の腕でここまで勝ち上がってきたのだ。


「なんだお前……いや、お前、まさか……!」

「へえ、もしかして僕のことも知ってるのかな。なら、大人しく話を聞いてくれないかな」


 『生き残り』は、更に驚愕し目を見開く。知らないと思っていたユウキと呼ばれた男、その彼の顔に見覚えがあったからだ。

 だが、だからと言って大人しく引き下がる訳にもいかない。何せ、命が懸っているのだ。


「知るか! ここでその看板・・・・を下ろさせてやる!」

「別にそれにこだわりは無いけれど……戦うって言うなら、負ける訳にはいかないな」


 叫んで構える彼に、ユウキは優雅に受け答えてスラリとを抜く。


 一介の高校生が手にするにはどう考えても不釣り合いな、荘厳な意匠のあしらわれた両刃の剣だ。西洋風な見た目のそれはしかし、彼が手にすると不思議と自然に見えた。


「お前も剣で戦うのか……そりゃそうだよなあ。ご立派な見た目だが、生憎だな」


 好戦的な言葉を吐きながら、彼は再び木の枝を振るう。それは、ユウキの構えた剣に受け止められる。


「俺の能力は『不壊』。どんな物でも、絶対に壊れない最強の武器に早変わりだ」


 彼は喋りつつも、木の枝で猛攻を仕掛ける。激しい剣戟の雨の中にあってしかし、ユウキは涼しい顔でそれら全てを防いでいる。


「そうか、それは良い能力だ。でもすまないね、この剣は――」


 静かにそう言って、ユウキは剣を目にも止まらぬ速さで振り抜く。

 たった一動作、その次の瞬間ボトリと音が聞こえ――絶対に壊れないはずの木の枝は、スッパリと斬り落とされていた。


「能力なんて器には収まらないのさ。何せ、『聖剣』なんだ」

「なんだ、それ……そんな能力、出鱈目にも程が――」


 驚愕した彼の隙を衝き、ユウキは左手・・を素早く彼の身体に宛がう。


「ああ、これは僕の能力じゃないよ。僕のはこっちさ」


 そしてそう言うと、彼に能力を発動する。

 ――が、特に何か起こったようには見えない。能力を使われた『生き残り』の彼には、何が起こったか分からない。

 だが、その後彼は自身の行動によって、自分の敗北を知る。


 咄嗟に、右手でユウキに触れたのだ。

 この鬼ごっこの、絶対の勝利条件。問答無用の消失の一撃。


 ――しかし、彼の身体は消えない。目の前に、何も変わらず存在している。


「さて。じゃあ、話を聞いてもらえるかな」


 爽やかな笑顔で『聖剣』を腰の鞘に戻し、語りかけてくるユウキ。

 ぽかんと口を開ける彼を他所に、周囲からは歓声が上がっている。


 その歓声が、彼に事実を正しく認識させる。

 自分はどうやら、敗北したらしいと。



 圧倒的な強さ。腰に携えた『聖剣』。そして軽く手を挙げて周囲の歓声に答えるその姿は――


「『勇者』……」


 その言葉に相応しい、堂々としたものだった。

 第三章完結です。ここまでお読みいただいた皆様、ありがとうございます。

 例の如くしばらく更新をお休みさせていただきます。再開は10/9(火)の予定です。

 詳しくは活動報告にて。


 今後ともよろしくお願いします。


 2018/9/25 白井 直生

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