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第三章20 二度あることは何度でも

 二度あることは三度ある、ということわざがある。二回同じようなことが起こったなら、もう一回起きても不思議じゃないから用心しろよ、という意味だ。


 ――全く以てその通りだ、この野郎。


 最初に考え出した人物にそう怒鳴り付けたくなるくらいには、その諺が当てはまる状況は嬉しくない。元々の意味からすれば当たり前だが。


 例えば――突然巨人に襲われる、とか。


 一回だけでも堪ったものじゃないそれが、なんと三回目だ。最初は絶望を感じもするが、ここまで来ると怒りが先に立つ。もう引っ込んでろ、頼むから。


 しかしまあ、そんな願いが聞き届けられるくらいなら、こんな状況にはなっていないのだろう。


「本当、いい加減にしてくれ……」


 扉を開けて目が合った、三回目の巨人との遭遇にユウは思わず呟いた。


************


 アカリも回復したところで、とりあえずは台座の近くに戻ろうという方針に落ち着いた。何人くらい残っているか分からないが、やはり全員最終的に台座を目指すはずだからだ。


 そう決めて、気分も新たに扉を開けた瞬間。またも巨人が目の前に居たのだった。

 しかも――


「さっきと、同じ奴だよな……?」

「やっぱり、そうですよね……」


 確かめるように呟いたユウの言葉は、残念なことにリョウカに肯定されてしまった。どうやら、目の錯覚ではないらしい。


 目の前に居る巨人は、先ほど退場させ勝利し、そして姿を消したはずの人物だった。

 ミコトたちに気付いた彼は、再びその巨大な右手を振り下ろしてくる。


「学習能力ゼロかよ」


 ユウとリョウカは最早条件反射的に動き、彼の右手を受け止める。

 何の進歩も無い愚直な攻撃に、ユウが呆れた声を上げながら。


「あれ? 全員無事? おかしいなあ」


 しかも攻撃に進歩がないどころか、それに対する反応まで先ほどと全く同じだ。声を上げ、指で網をつついている。

 ここまで来ると流石におかしい、とユウは気が付く。


「もしかして、さっきとは別人なのか?」

「双子ちゃんとか?」


 ユウの呟きに、アカリが思い付いた可能性を口にする。


「考えられなくはないけど……後回しだ。もう一回退場させよう」

「了解!」


 しかし、今そこを悠長に考えている余裕はない。ユウの発言に、ミコトが明朗に答える。


「今だ!」


 一連の流れは、もう手慣れたものだ。敵が右手を振り下ろして来るのに合わせて『接続』を変化、とりもちにして『完全停止』。

 そして右手を封じれば、今のミコトは絶対に負けない。


「『強制退場』!」


 やはり飛んできた蹴りに向かって、ミコトが左手で能力を発動する。


「また――!」


 するとまたしても、巨人の姿は綺麗さっぱり消え失せたのだった。


「一体、何がどうなってるんだ……」

「今度もやっぱり、退場した感覚はあったよ」


 離れていたミコトが三人のもとに戻りながら、そう言葉を交わす。先ほどと全く同じ、不可解な現象だ。


「どこかに隠れてる訳でもなさそうだねぇ」

「ハナちゃん、あんまり離れない。危ないから」


 アカリがその辺を適当にうろうろしながらそうこぼす。いくらさっき何も起きなかったとは言え、不用心過ぎるその行動にユウは顔をしかめてたしなめる。


「――ハナちゃん!」


 そして言ったそばから、危険はやってきた。

 突如近くの森の中から巨人が現れ、アカリを踏みつぶそうとしているのだ。


 これで三体目。しかも、またも同じ顔。二度あることは三度あるとは言うが、二人居るなら三人目も居るとか言われたら閉口だ。


 上空から迫る巨大な物体に、アカリは一瞬固まった。その一瞬は命取りとなり、アカリは逃げる機会を失う。


「うおおおおお!」


 しかし、ミコトが誰よりも早く動いていた。

 アカリを守る。そう宣言した効果は、自身にも現れていたらしい。その言葉を実行するべく、身体はほとんど勝手に動いた。


 思わず雄叫びを上げながら左手を振り上げ、迫る靴底に一撃をかます。

 能力を伴う一撃は正しく効果を発揮し、巨人を退場させる。


 そしてやはり――巨人は行方を眩ませるのだった。


「……しぬかとおもった」

「ハナちゃん、大丈夫?」


 固まったまま呟くアカリに、ミコトは心配げに問いかける。

 それで我に返ったアカリは、ミコトを見ると笑顔を浮かべる。


「ありがと、ミコトくん」

「どういたしまして」


 お礼を言われたミコトは、安堵と共にそう返す。

 ひとまず、いきなり約束を反故にする無様は晒さずに済んだようだ。


「三人目って、もう訳が分からないですね」


 四人が再び集まると、リョウカは頭が痛そうな顔でそう口にする。


「あと三人出てきて六つ子でした、って言われても驚かないぞ俺は」


 ユウは捨て鉢にそう言いながら、ピリピリと警戒して辺りを見渡す。確かに、ここまで来るともう一度巨人が現れたって何もおかしくはない。


 しかし、ユウのそんな警戒は杞憂に終わった――と言うと、少し語弊があるだろう。

 正しくは――全く別の形で実を結んだ。



「誰だ!」


 ユウは、森の中から忍び寄る影を見つけたのだった。


「誰かと聞かれても困るな。だってここに居るってぇことは、答は一つしかないだろう」


 その人物はあっさり姿を現すと、隠れるでもなくゆっくりと歩いてミコトたちに近付いてくる。

 ボサボサの頭を揺らしながら歩く、妙な雰囲気を纏った男だ。表情は余りにもやる気が無さそうで、しかし目の奥には敵意が見える。

 学ランを着崩しに着崩したその身体は細いというよりやつれているようで、青白い顔と相まって病的に見えた。


 そして彼はミコトたちからある程度の距離で立ち止まると、自分の胸に左手を当て、一言だけ言い放つ。


「俺は――お前たちの敵さ」


 次の瞬間、ミコトは自分の目を疑うことになった。

 目の前であり得ない現象が起こり、本当に自分の目に何か起きたんじゃないかと、ごしごしこすってもう一度目を凝らす。しかし、どうやら目は正常に機能しているようだ。



 彼が言葉を言い終えると同時――彼の隣に、彼が居た。


 突如現れたそれはミコトの見間違いではなく、二手に分かれてこちらへ駆け寄ってくる。


「ミコト! 左は任せる!」


 ユウが短く指示を飛ばし、ミコトは驚愕から抜けだす。

 ミコトたちから見て左側から回り込むように攻めてきた彼らの片割れを迎え撃つべく、ミコトは身構えて目線でその姿を追う。


 完全にミコトたちを挟む形で位置取った彼らは、そこから一直線にこちらへ向かって来る。

 攻撃も一直線、分かりやすい挙動に疑問を覚えながらも、真っ直ぐに突き出された右手を右手で掴む。


「……っ!?」


 そしてその腕を左手で掴み、能力を発動して――ミコトは、またも驚かされる。こう驚いてばかりだと、寿命がどんどん縮まってしまう。


 右手と左手でしっかり掴んだはずの、彼の右腕。それは、ミコトが能力を発動した途端に手の中から消えていた。どころか、目の前に居た彼そのものが、巨人同様見当たらないのだ。


 右手で消えた訳じゃないはずだ。退場させた感覚は、確かにミコトの中で存在している。

 にも関わらず、まるで右手で触れたかのように消える。訳の分からない現象に、ミコトは答を求めて後ろを振り返る。


 そこには、未だに敵と睨み合うユウとリョウカの姿があった。


「ゆ、ユウくん……」

「どうした、ミコト……もしかして、また消えたのか?」


 助けを求めるように呼びかけると、ユウはちらりとこちらに目を遣って、正しい推量を口にする。


「うん……何かわかったの?」

「いや、何も。でも、あいつは少しわかってそうだよ」


 ユウの言葉にミコトが目線を奥へ移すと、ユウと向き合う男は興味深げにこちらを見ていた。顎に手を当て、考え込むように。


「そりゃ買被りってもんさ。まだ何にもわかっちゃあいないよ。――だから、もう少し続けさせてもらおうか」


 言いつつ彼は再び左手を己の胸に宛がい――またも、彼の隣に彼が現れる。


「ぶ、分身の術……?」

「おっ、いいねぇそれ。今からでも能力名変えようか」


 思わずミコトはそう口走る。ミコトの知識の中では、一番それが相応しい表現だ。

 少年の心をすこぶるくすぐるそのワードに、彼もまた機嫌よく答える。しかし、それに対する行動は攻撃だった。


 今度は新しく現れた方の彼のみがユウに向かって突っ込んでいき、やはり単調に右手を突き出す。

 当然の如くユウは対応し、彼の右手を右手で掴み、左手で腕を掴む。そのまま彼の勢いを利用して、背負うように彼の身体を自身の身体で跳ね上げた。


「――リョウカ!」

「はい!」


 そして彼を地面に組み伏せたユウは、一瞬の逡巡の後にリョウカの名前を口にした。阿吽の呼吸でリョウカは答え、すぐに倒れる男に左手で触れる。


「お? そういうこともできるのかい……なるほど、動けないみたいだねぇ」


 手で屋根をつくりこちらをわざとらしく窺い、彼は暢気に言葉を発している。


「……消さないのかい?」


 そうしてしばしこちらを見た後、そう訊ねてくる。


「……さあな」


 答えたのはユウで、未だ敵の真意を探りかねている彼は曖昧な言葉を返す。


「そうかい。それならこっちで消すさ」


 彼がそう言った途端、ユウの下に転がっていたもう一人の彼はふっと姿を消す。


「やっぱり分身の術?」

「みたいなもんだろうな」


 アカリがそう口にすると、ユウは頷いてそれを肯定する。


「でも、出せるのは一人――だろ? 複数出せるなら、物量で押せば簡単だもんな」

「……さあねぇ」


 ユウの推理にやはり曖昧な言葉を返す彼は、再び分身を出現させ、突っ込ませる。


「芸が無いな!」


 またぞろ彼を投げ倒したユウは、次はミコトを呼ぼうと顔を上げる。


「――後ろ!」


 そして、ミコトたちの後ろに突如現れた男を見た。

 右手を突き出し迫る彼に、ミコトが振り向くのは間に合わない。


「ぐっ――!」


 しかし、アカリの足が間に合った。右手を上げ無防備になった彼のわき腹に、手加減抜きの蹴りが突き刺さる。

 苦鳴を上げ体勢を崩した彼にミコトの左手が飛び、強制退場が発動した。


「またっ……!」


 それより少し前に、ユウの組み伏せていた彼が消え。

 退場させる一瞬前に、ミコト側の彼の後ろに彼が現れ。

 退場させた瞬間にミコトの触れた彼は消え、最終的には少し離れた位置に一人が残った。


「おいおい……分身って、本体を倒せば終わりじゃないのかよ……」


 分身は一体しか出せない。その推理が正しいのなら、今の攻防の中で確実に本体を捉えたはずだ。

 最初に突っ込んできた一人目、それが分身だとする。

 そうすると、次に現れた彼は本体で、ミコトはそいつを退場させたはずだ。

 最初の仮定が逆だとすれば、一人目が消えたことの説明が付かなくなる。


 しかし結果は見ての通り――彼はまだ健在だ。


「どうだい、面白いだろう俺の能力?」


 楽しげにそう言う彼だが、こちらとしては全く面白くない。


「もしかして……どっちも本物・・・・・・なのか?」

「ご明察。ここに居る俺も、新しく現れる俺も、全てが俺なのさ」


 ユウが苦い顔で発した問を、彼はニヤリと笑って肯定した。そして、再び自分に触れて、新しい自分を創り出す。


「だからほら、こんなこともできるのさ」


 そう言った彼は消え――隣の彼の、そのまた隣にまた新しい彼が現れる。それを連鎖的に続けていき、彼はミコトたちの周りをぐるりと一周した。


「……イルミネーション?」

「ふはっ! 面白い喩えだな。まあ、やってることは正にそれさ」


 考えなしに口にされたアカリの発想に、彼は吹き出す。

 同時に二人しか出せずとも、消えたり現れたりを繰り返せばこうなる。アカリの言う通り、イルミネーションが流れて見えるのと原理は全くいっしょだ。


「俺の能力は『大同小異』。本来の意味とは違って、触れた物と『全く同じ』物体を出現させる能力だ。出せる範囲は、だいたい自分の周り三メートルくらいかな。どっちも本物だから、元々あった方を消して、俺が出した方を正として残すことができる」


 そして彼は、自分の能力の説明を始めた。


「ああ、お察しの通り同時に出せるのは一つまでだよ。複数出せたら強すぎるからね、女神に調整を食らったらしい」


 先ほどははぐらかしていた、唯一とも思える弱点にまで言及する。

 そんな彼に、ユウは怪訝な顔で訊ねる。


「どうして今、能力を明かした?」

「何、等価交換ってヤツさ。こっちの情報を開示したんだから、そっちの情報も開示してほしいんだよ」


 その問を待っていたかのように、彼は即座に要求を返した。彼が勝手に始めたことで、律儀に答える必要は全くないが。


「……何が聞きたいんですか?」


 ミコトは、勝手にそう答える。しかしユウも何も言ってこないところを見ると、ミコトと同意見らしい。


 ――おそらく、彼は話が通じる。


「二つ聞きたいんだけど、こっちが明かしたのが一つだからねぇ。答えたくなきゃあ、どちらか一つ答えてくれればいいよ」


 そう前置きする彼に、ミコトたちは頷いて先を促す。


「一つ、何故さっきの戦いで、一度も右手を・・・・・・使わなかった・・・・・・のか? 二つ、そこの長身の彼、彼の能力は何なのか?」


 そして放たれた問は――ミコトたちに期待を持たせる問だった。

 ミコトはユウを見て頷き、ユウが代表してそれに答える。


「……まず、一つ目だけ答える。俺たちは、誰も消さずにこのゲームを勝ち残ろうと決めた。だから右手は使わない」

「……なるほど」


 慎重に言葉を選んで答えたユウに、彼は静かにそう返す。


「逆に、こっちからも質問だ。その答次第では、二つ目の質問にも答える」

「……聞こう」


 今度はユウがミコトに目配せをし、ミコトが訊ねた。


「あなたは、何のために戦うんですか?」


 その問いかけに――彼は、ゆっくり微笑んだ。その表情は穏やかで、それまでの病的な印象とは大違いだった。


「弟を守りたい。それだけさ」


 その表情の柔らかさが、その言葉の温かみが、ミコトたちに、確かな希望をもたらした。


「――僕の能力は、『強制退場』と言います。触れた人を、このゲームから抜け出させる能力です」


 ユウの方を窺う必要もなく、ミコトは答えた。その言葉に「ああ、そうかい」と彼は笑い――


「なら――もう戦う必要は無さそうだ」


 そう言った。



 二度あることは三度ある、という諺がある。本来は悪い事に使われる言葉だが――

 戦いの最中さなかに、新しい仲間と出会う。タイジュ、サダユキに続いて、これもまた三度目のことだった。

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