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第三章19 見つけた答、見失った敵

 自分の中身は、空っぽだと思っていた。


 たった一つ、瑞生と交わした約束だけがあり、その約束すら失って。

 そうして何もなくなったと思った心に――アカリが、何かを注いだ。


 それはミコトの心を温かく満たし、潤し――心の中を彷徨うミコトを包み込み、埋め尽くす。

 溺れる程に満ち満ちたそれの中で、ミコトはゆっくりと目を開く。



 そこから見える景色は、一変していた。



 ミコトは、思い出す。

 無邪気な笑顔を見せる瑞生を。恥ずかしそうにはにかむその表情を。耳に心地いい、そよ風のような声を。握りしめた手の温もりを。


 クリスマス。バレンタイン。誕生日。夏のプール。何気ない毎日。

 そこに居る瑞生は、いつだって笑っていて。


 最後に言葉を交わした、その瞬間ですらも。

 『楽しかったよ』と、幸せそうな笑顔で、ミコトの手を握っていたのだ。



『思い出した?』


 記憶の中の瑞生が、ミコトにそう語りかける。

 答える言葉が喉に詰まり、ミコトはただ頷いてそれに答える。



 ミコトは、思い出す。

 感謝と謝罪を告げるキタネを。教室でミコトたちを待つクラスメートを。握手を交わしたサダユキを。

 頼もしいタイジュの背中を。共に戦うと言ってくれたリョウカを。いつだって隣で助けてくれるユウを。


 そして――『何もできなくなんかない』と言ってくれたアカリを。ミコトの為に流してくれた、その美しい涙を。



「何もできなくなんかない。何もなくなんかない」


 喉につかえた言葉はようやく、震えを伴って発される。その言葉を、隣で瑞生が聞いてくれている。


「僕の中には、こんなにもいろんな人が居る。僕が伸ばした手を取ってくれた人が、こんなにも居る」


 決して沢山ではない。だが、確かにそこに居る。


「失くしたものばっかり、できなかったことばっかり見て、全然見えてなかった。でも――僕にも、できることがあった。助けられた命があった」


 無力を突きつけられ、絶望を押し付けられ、見失ってしまっていた。

 だが、ようやくミコトは思い出した。


「僕の中にはこんなにも――大切なものが、いっぱいあった」


 心の奥深くに沈んでいたそれらを、アカリがくれた温かい何かが、浮かび上がらせてくれたのだ。



『――なんで、ミコトくんは戦うの?』

「瑞生ちゃんとの約束を、守るために」


 瑞生は、ミコトに問いかける。答えるミコトに、もう迷いはない。


『じゃあなんで――その約束を守るの?』


 そして重ねられた問は、ミコトが一度答えられなかった問で。

 もう一度答えるチャンスを与えられたことに、ミコトは感謝する。そして、何の迷いもなく答を出す。


「瑞生ちゃんが、大切だから」


 そう――ただ、それだけだったのだ。

 ただこれだけの答を出すのに、一体何を迷っていたというのだろう。


『でも、もう私は居ないんだよ?』

「関係ないよ。それに――大切なのは、瑞生ちゃんだけじゃないからね」


 首を傾げてそう訊ねる彼女に、ミコトはあっさりと答える。その言葉に、瑞生はちょっとむくれた顔をして。


『そっか――ちょっと、妬けちゃうなあ』


 そんなことを言った後、二人でぷっと吹き出して、笑い合う。

 それはまるで、昔の何気ない一日のように。



『ミコトくん――どうして戦うの?』


 改めて、瑞生はそう訊ねる。


「約束を守るため。瑞生ちゃんや、他のみんなとの。それから――」


 ミコトは、彼女と向き合ってそれに答える。あの時返せなかった答を、真っ直ぐに。


「大切な人を、守るために。僕は、僕の大切な人たちを、僕の手で守りたい」


 『命を大切に』。それは清く正しく、美しい思想だ。全ての命は限りがあって、だからこそ尊いものだと。それはミコトも、瑞生のお蔭で理解できた。


 しかし、それ以上に――自分の周りの大切な人を、守りたいと思った。


 命に優劣は無い。優先順位も無い。

 だが、自分にとって大切なものには、はっきりと順番がある。


 それは誰もがおんなじで、誰もが誰かにとって大切な誰かなのだ。


 そのことを、忘れずにいられたなら。

 もう、迷うことはない。



『……もう、行く?』


 瑞生は、少しだけ寂しそうにそう訊ねる。


「うん。みんなが待ってる」


 ミコトも少しだけ寂しそうに、しかし確固たる決意を持って答えた。

 その言葉を合図に、瑞生の姿は徐々に薄れていく。


『ねえ、ミコトくん』


 それを黙って見守っていたら、不意に瑞生が声を上げ――


『約束――忘れないでいてくれて、ありがとうね』


 そう言って、昔と変わらない笑顔を見せた。


「うん――これからも、忘れないよ」


 ミコトがそう答えると、彼女はその笑顔に一筋だけ涙を伝わせ――



 ようやく見つけた答を手に、ミコトは現実に舞い戻った。


****************


 ぎゃあぎゃあと喚きながら右手で網を叩き続ける巨人に、ユウは辟易した目を向けた。なんだか、デカい子供を相手にしている気分だ。


「基本方針は変わらず。右手を俺とリョウカの能力で縛り付けるから、後はミコトかリョウカの能力を掛けられれば勝ちだ」


 そう説明すると、ミコトは力強く頷く。しかし、その横でリョウカは不安げな表情をしている。


「大丈夫でしょうか。さっきみたいに……」

「リョウカ」


 懸念を口にするリョウカを、ユウは首を横に振って押しとどめる。

 リョウカは、先ほどの出来事を心配しているのだろう。巨人の靴にしか能力を掛けられなかったことを。


 だが、その事実を敢えてユウは言わせなかった。

 左手の能力は、イメージと認識が重要だ。つまり――


「ミコト、行けるか?」

「うん。なんだか今は、全然負ける気がしないよ」


 問いかけに微笑みすら浮かべて答えるミコトに、ユウは一つの期待をかける。


「よし、じゃあやるぞ。三、二、一……」


 巨人の手のリズムを計り、ユウは意識を集中する。


「今だ!」


 再び能力の連携が行われ、巨人の手は再びとりもちに固定される。

 同時に後ろに少し開けた隙間からミコトが飛び出し、巨人に向かって駆けていく。


 またも右手が動かなくなったことに気が付いた巨人は、直後に自身に向かって来る影を見つける。

 その影に向かって、暴力的な質量とリーチを持った蹴りが放たれた。



 勝負は、一瞬で着いた。



「『強制……退場』!!」


 猛烈な勢いで迫る巨人の靴に、ミコトが叫びながら左手を思い切り叩きつける。

 次の瞬間――左手を振り抜いたミコトの健在な姿がそこにあった。


「やっぱりか――!」


 ユウがミコトに掛けた期待は、見事に的中した。

 つまり――ミコトなら、触れたのが巨人の靴だろうが、巨人の一部と認識して能力を発動できる、と。


 左手の能力は、イメージと認識が重要だ。

 リョウカが巨人を止められなかったのは、巨人の靴を一つの物体として認識してしまったから。

 それはリョウカが能力を発動する際、『物』に能力を掛けることが多かったからだ。


 対してミコトの能力は、前提からして『人』に掛ける能力だ。だから物に触れた時でも、それを『人の一部』として認識する習慣がついていた。結果は見ての通りだ。


 リョウカに喋らせなかったのは、その事実がミコトのイメージを縛ってしまうことを防ぐためだ。既に靴にしか能力を発動できなかった事実を知れば、ミコトも失敗する可能性があった。

 その意味では、あの時ミコトの意識がまともでなかったのは幸運だったのかもしれない。



 しかし、ユウがそう頭の中で分析をしている間に――混乱が起きていた。


「あれ……?」


 ミコトが戸惑いの声を上げながら、辺りをきょろきょろと見回している。


「どうした?」


 ユウは問いかけつつ、既に自身も違和感を覚えている。


「……どこに行っちゃったんだろう?」


 その言葉で、ユウも慌てて辺りを見回す。


 ――そこに、巨人の姿は無かった。


 あの巨体が消えたことには、もちろんすぐに気が付いている。だが、それも当然だとユウは思っていた。

 第三ゲームに身体のサイズが変わるようなルールは無い。であれば、あの巨人は当然彼の能力で巨大化していたのだろう。


 ミコトの能力で退場した参加者の能力は、すぐに効果を失う。故に、退場した瞬間に巨人は巨人でなくなる――そう予想していた。


 だが――今、ここにはミコトたち以外には誰も居ない。

 普通のサイズに縮んだ巨人の姿は、どこにも見当たらないのだ。


「どういうことだ……?」

「まさか、ミコト……うっかり右手で触っちゃったんじゃ……?」

「いやいやいや、そんなはずないよ。ちゃんと退場した感覚はありました」


 三人は集まってそう言葉を交わし、もう一度辺りを見渡す。

 しかし、やはりそこには誰も居なかった。


 戦いに勝利したはずのミコトたちはしかし、不安と無理解に襲われることになった。


*************


 結局消えた敵は見つからず、ミコトたちはとりあえず、再び屋内に避難することにした。ボロボロになったアカリの回復を待つためだ。


「何だったんでしょうね、結局……」


 一息つくと、リョウカがそうこぼした。


「正直お手上げだよ。全然検討がつかない」


 珍しく、ユウはそう言って考えをぶん投げた。ミコトとしてはユウが何かしら可能性を示してくれると思っていたので、困ってしまう。

 それが顔に出ていたのか、ユウは仕方ないといった風情で説明を加える。


「まず、消えたんだから一番に考えるのは右手だ。でも、あの時周りに居たのはミコトだけだったし、ミコトが右手を触れてないのは見てたから知ってる」

「実は他の誰かが居たっていう可能性は? その、エイタみたいに」


 その説明に、リョウカが疑問を差し挟む。しかし、ユウは即首を振って否定した。


「だとしたら、あの後俺たちを襲ってこない理由が無い。あんな大チャンスを逃すような奴がここまで勝ち残ってるとも思えないし」


 言われてみればその通りで、誰か居たとしてミコトたちは全く気が付いていなかった。隙だらけの彼らを放っておくのは不自然極まりない。


「それに、ミコトは能力が発動した感覚があったんだろ? だったら、その時点で『右手で消えた』って可能性はゼロだよ」

「あ、そっか」


 自分の能力だというのに、ミコトはそこまで気が回らなかった。

 確かに、能力が発動したらその時点で巨人は参加者でなくなっている。その彼を右手で消すことは、絶対に不可能だ。


「じゃあ、また別の能力で消えたんじゃ?」

「それも考えづらい。さっきも言ったように、この状況を敵が狙って作ったんだとしたら俺たちが無事でいることの説明が付かないんだよ。隠れたか第三者による攻撃か、どちらにしても俺たちは良い的だったはずだから」


 リョウカの思い付きを、ユウはまたも否定する。

 そこまで言われると、いよいよもって分からなくなる。彼は何故消え、ミコトたちは何故無事なのか。



「ん……」


 そんな議論は、アカリの不意に上げた声によって打ち切られた。


「ハナちゃん!」


 いち早くその声に反応し、ミコトはアカリの手を取る。


「ミコトくん……」

「うん、ここにいるよ」


 しっかりとその手が握り返され、ミコトは思わず泣きそうになる。

 しかしぐっと堪え、優しい笑顔を浮かべて答える。


「よかった……無事だったんだね」

「それは、こっちのセリフだよ……」


 自分のことを棚に上げてそんなことを言うアカリに、ミコトは笑いと涙が同時に込み上げてきて、震えを隠しきれない声を返す。


「ミコトくん、元気になった?」


 アカリがそう訊ねるのは、身体のことではないだろう。


「うん。ハナちゃんのお蔭だよ」


 だからミコトは、そう答える。アカリが居てくれたから、ミコトはこうしてここに居るのだ。

 それを聞いたアカリはゆっくりと身体を起こし、ミコトと目線を合わせる。


「えへへ、やったあ」


 そしてそう言って、嬉しそうに笑った。その笑顔を見て――ミコトは、決意を新たにする。


「ハナちゃん」

「なあに?」


 首を傾げるアカリを見つめ、ミコトは思いが溢れるに任せて言葉を紡ぐ。


「僕は――ハナちゃんを守るために、戦うよ」


 放たれた言葉は、アカリの表情を目まぐるしく変える。

 赤くなり、にやけさせ、目を潤ませ、笑顔を生む。


「瑞生ちゃんとの、約束は?」


 そうして表情を決め損ねた顔で、アカリはやっと言葉を発する。


「もちろん、それも守るよ。でも、今戦う一番の理由は、こっち」


 アカリの問に答えると、彼女の顔は笑顔に固定され、しかし涙を流す。


「ありがとう……すごくうれしい」

「こちらこそ、ありがとう。僕を助けてくれて」


 アカリはそうお礼を言うが、お礼を言わなければいけないのはミコトの方なのだ。

 彼女はずっとミコトを助けてくれていたのだから、ミコトはそれを返すだけ。


 二人は互いに、潤んだ瞳とはにかむような笑顔で見つめ合い――


「あー、おほん。そろそろ、これからの話をしていいかな?」


 すっかり忘れられていた二人のうち、ユウがそう言った。



 ミコトとアカリは、途端に赤面した。

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