第三章17 覚醒と襲撃
小屋に落ちる沈黙は、薄暗いその場所を更に仄暗くしていた。
長い、長い語りを一度止めたユウは、ふぅとため息を吐く。
「そこからは、すごい騒ぎだったよ。それこそ、病院中が引っくり返ったみたいな。まあ、二度と目が覚めないと思ってた女の子が目を覚ましたんだから当たり前だけど」
ユウはそれで気を落ち着かせると、話を再開した。しかし、ゆっくりと語るその姿には流石に疲労が見て取れた。
「それで……結局その後、瑞生ちゃんはどうなったの?」
遠慮がちに、アカリがそう問いかける。
するとユウは目を瞑り首を横に振って、それに答える。
「どうにも。そのままずっと、目を覚ますことはなかった。医者が山ほど検査をしたけど、あのとき瑞生が目を覚ました理由は分からずじまい」
やっぱり奇跡だったんだろうな、とユウはこぼす。
「それで、俺たちは知らされてなかったんだけど、瑞生は自分自身もドナー登録してたらしい。結局それから二か月後くらいには、脳死判定がされたよ」
ユウはそのまま続けて、瑞生のその後を淡々と語る。
平坦な声を出しているのは、辛さを少しでも紛らわせるためだろう。五年の月日が流れても、大切な人を失くした痛みはそう消えるものではない。
「じゃあ……」
「うん、だからその日が瑞生の命日になった。俺は、最後に話ができたあの日が、瑞生の命日だと思ってるけど」
アカリの暗い声に、やはりユウは淡々とそう答えた。
――瑞生が亡くなったという、変えようのない事実を。
「……ハナちゃん。悪いんだけど、左手、借りていいかな」
しばらく沈黙が続いた後、不意にユウがそう声を上げる。
「あ……うん」
それはつまり、アカリの能力を掛けてくれ、ということだろう。遠回しではあるが、それはユウが珍しく吐いた弱音だった。
だからアカリは、狭い小屋を苦労しながらユウの元まで辿り着き、左手でユウに触れた。
「……『元気』、出して」
「……ありがとう」
アカリがそう言って能力を発動すれば、ユウは穏やかに微笑んでそう感謝を告げた。
「……ミコトくん、目、覚まさないね」
ユウの横で、アカリはそう言ってミコトに目を向ける。
ユウが昔語りをしている間にミコトの傷はもう塞がっていて、しかし彼は苦悶の表情を浮かべて眠り続けている。
「うん……精神的なものもあるのかも」
何しろ、あれだけ取り乱していたのだ。瑞生の死を否が応にも思い出したはずだし、その上エイタたちには完璧に敗北した。
精神的にも、相当なダメージを負ったはずだ。
「本当に、大事な人だったんだね……それで、ミコトくんあんなに『命を大切に』って思ってたんだ」
アカリは心配そうな表情でミコトを見つめながら、ため息交じりにそうこぼす。
「そう、だな。俺よりも付き合いは古かったし、大事だったのは間違いない」
答えるユウの表情は穏やかだが、やはりどこか陰を感じる。それは、悲しみから来るものなのか、はたまた別の感情が原因なのか。
「その……ミコトくんは、瑞生ちゃんのこと……好き、だったのかな」
そしてアカリは、思い切ってそう問を発した。
そんなことを気にしている場合でも空気でもないのだが、そこが気になってしまうのは恋する乙女として仕方がないことだろう。
ユウの語りで、瑞生の方はミコトを好きだったと、はっきり分かっているのだから。
「恋愛的な意味で言うと、どうかな。ミコトはその辺、かなり鈍そうだったから……」
「そっか……」
それに対するユウの解答は曖昧で、アカリとしてはモヤモヤするものだった。もしミコトが彼女のことを恋愛対象として見ていたならば、それはもう絶対に勝ち目がないと思えてしまう。
「まあ心配要らないと思うけど。『瑞生が居るから他の人を好きにならない』なんて、ミコトはそんな風に思わないんじゃないかな」
そんなアカリの不安を見透かしたかのように、ユウはさらりとフォローを入れた。アカリの好意はバレバレだとリョウカが言っていたが、本当にユウにもバレていたと判明する。
ちなみに質問した時点で白状しているようなものなのだが、アカリはそこに気が付いていない。
「さて。ミコトもまだ目が覚めないみたいだし、順番に休憩しようか。いくらダメージが回復する身体だって言っても、精神的な疲れは取れないし」
それを聞いてアカリがさっと左手を上げるが、「それはちょっと違う」とユウはにべもなく却下する。
「脳みその疲れを取るには睡眠が一番。アカリはミコトが目を覚ましたときに起きてたいだろうから、最初にどうぞ」
ありがたい気遣いだが、ズバリ言われると恥ずかしい事この上ない。
「うー……ありがと……」
しかし結局ユウの言う通りなので、アカリはそう返事をすると小屋の奥の方に引っ込み、少し空いているスペースを見つけて横になった。ユウが近くに見つけたらしい麻袋のようなものを投げて寄越したので、ありがたく受け取ってそれに包まる。
すると、やはり疲れていたのかすぐに眠気が襲ってきた。決して寝心地のよくない木の床の上だが、アカリはすぐにうとうとと眠りに落ちて行った。
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アカリは横になってしばらくすると、ゆっくりと寝息を立てはじめた。
「やっぱり、疲れてたみたいですね」
リョウカはその様子を遠巻きに見ながら、小さな声でそうこぼす。
「そりゃね。ミコトのあんな姿を見たら、アカリだって辛いに決まってる」
取り乱し、傷を負い、それでも尚敵に向かって突貫していき、挙句意識を失う。
自分の好きな人がそんな目に遭っていて、しかしそれを自分にはどうにもできなくて。
それがどんなに辛い事か、ユウにはよく分かった。
「……どうした?」
ミコトとアカリを見守るユウを、何故だかリョウカがじっと見ていた。
視線に気が付いて顔を向けるとはたと目が合って、驚きながらユウはそう訊ねる。
「ユウは……」
「うん?」
「瑞生さんのこと、好きだったんですか?」
リョウカの口にした疑問に、ユウは目を丸くした。
頭の中で思い出していた当時の感情に関しては、口に出す際にカットしていたはずだ。
まさかうっかりこぼしてしまっていたのかと、内心冷や汗をかく。
「あ、違ってたならごめんなさい。何となく、そんな気がしただけです」
黙っているユウの反応をどう解釈したのか、リョウカは質問を取り消すような発言をする。
「いや……うん。好きだったよ」
しかし、そこまで言い当てられて逃げるのも男らしくない気がして、ユウははっきりとそう答える。
アカリのことを笑えないなと、内心苦笑しながらだが。
「そう、ですか……辛かったでしょうね」
「そう、だな……ミコトが居なかったら、そこに寝てるのは俺だったかも」
ミコトがあのとき激昂していたからこそ、ユウは冷静さを取り戻せた。エイタの発言はそれほど瑞生の死を冒涜するものだったし、彼が居なかったら瑞生は生きていたのではないかと思うと、その感情は簡単に割り切れるものではない。
リョウカの思わず漏れたような同情に答えながら、ユウはそんなことを考える。もしこの先勝ち進んで再びエイタと見えた時――果たして、彼を消さずにいられるだろうか、と。
とそこまで考えて、一つの絶望的な事実を思い出す。
「そうか、勝ち残れるのはあと二人しか――」
宝は五つ。そのうち四つはエイタたちに持ち逃げされてしまった。次のゲームに勝ち上がれるのは、宝を持ったミコトたちのうちの誰か一人と、最後まで勝ち残った一人だけ。
「そうでしたね……でも、迷うこともないと思いますが。四人で戦って、私たち以外を全員退場させて。最後に私とアカリを退場させて、ミコトとユウが勝ち上がればいいでしょう」
「簡単そうに言うな……」
リョウカの言い種に、ユウは思わず苦笑する。第二ゲームと比べればハードルは低いかもしれないが、それでも全員を退場させるというのはそれなりに大変だ。
第二ゲームで早々に見切りを付けた過去を持つ二人だが、リョウカの方は随分楽観的になったようだ。もしくは、それだけ仲間を信頼するようになったと言えるかもしれない。
「まあ、エイタの話通りなら半分以上は既に脱落してるはずだけどな。下手したらもっと……」
彼が言うには、島の台座より向こう側は更地同然、そちらに居た参加者は全員消されている。
加えてミコトたちの目の前でもざっと十五人は消していて、合わせると三十人以上が消されている可能性が高い。
「そう考えると……あの人たちと戦って、四人とも生きているだけ運が良かったのかもしれませんね」
「前向きに捉えればそうかも。でも、ゲーム的にも個人的にも、あいつらはいつか倒さなきゃならないんだけどな」
最後まで勝ち残ると決めた以上、彼らはまた立ちはだかる壁だろう。それに、ユウとしてはボコボコにしてから瑞生の墓の前に引っ張って行って、頭を下げさせるくらいのことはしたいと思っている。
「それは置いとくとしても……ざっくりエイタたちに消されたのが三十人として、エイタとトワ、俺たち四人、それに退場させたのが四人。つまり、残りは十人前後ってことになるか」
「実際はもう少し少ない気がしますけどね。残った参加者同士が鉢合わせたら、やっぱり戦うでしょうし」
大雑把な上に皮算用だが、そう考えるとだいぶ希望はある気がしてくる。少なくとも、今回は残っている敵が巨人になっている訳ではない。
「残る問題は……ミコトが戦えるかどうか、ってところだな」
「え……」
そしてユウは、唐突に懸念を口にした。唐突というのはリョウカにしてみればという話で、ユウの中ではずっと話は続いている。
「あれだけのことがあったし、今もこうして、不自然なくらい目を覚まさない。心が折れてるっていうのは十分に考えられる」
ミコトが気を失ってから、体感でも優に一時間は過ぎている。どれだけの怪我であっても、気を失っても、今までは十分もあれば回復していたというのに。
「もしそうだったら……最悪、ミコトに自分自身を退場させるしかない」
「そんなっ……それじゃあ……」
「もちろん、それは本当に最悪の場合だけだ。でも、その可能性も考えないといけない」
ミコト自身を退場させるということは、これまで貫いてきた『誰も消さずに勝ち残る』という決意をかなぐり捨てることになる。
ユウは、それも仕方がないと思っている。ミコトをむざむざ死なせるくらいなら、自分の手を汚して勝ち抜く方がよっぽどマシだ、と。
「とにかく、ミコトが目を覚ましてくれないことには何も決められないし動きようがない。だから、ここでひたすら待つしかないんだよ」
「そう……ですね……」
ミコトが目を覚ませば。目を覚まして、再び戦おうと立ち上がってくれれば、全て丸く収まる。
ユウの懸念は杞憂に過ぎず、全員で勝利に向けて力を合わせる――それが理想だ。
だから――
「――早く目、覚ませよ、ミコト」
呟くユウの声に、しかし答はない。返ってくるのは沈黙と、静かなアカリの寝息のみだ。
「もし、ミコトが立ち直れなかったらさ」
「……はい」
そんなミコトを見つめたまま、ユウは不意に声を上げる。なんとなく続きが分かったリョウカは、静かに返事をした。
「一緒に、手を汚してもらえるかな」
「……はい」
一度は、そうしようと考えた二人なのだ。だからこそユウは、リョウカにそう頼むことができた。
後ろ暗い経験を持つ二人だから――最悪の場合に、他の二人を守れる。
ミコトにもアカリにもとても言えない約束をして、二人は静かに彼らを見守っていた。
***************
結局、アカリが目を覚ましてもミコトは依然気を失ったままだった。
交代でユウが眠り、リョウカが眠り。
そうして全員が一眠りを終えたころ、ようやく状況は動いた。
「う……」
「ミコト!?」
ミコトがうめき声を上げ――ゆっくりと、目を開いた。
「ここ、は……」
ゆっくり、ゆっくりと起き上がり、周りを見渡して声を上げる。
「一回隠れてた小屋の中だよ」
ユウの返事に、ミコトは記憶を辿っているようだ。そして――
「――! あの二人は!?」
記憶を取り戻し、一気に意識が覚醒する。
見守る三人が一様に首を横に振ったのを見て、ミコトは状況を正しく判断する。
「負け……たんだ……」
そう呟くと、がっくりとうなだれる。
「ごめん……僕のせいで……ごめん……っ」
そして、声を震わせ、涙を流す。
「ミコトくんのせいじゃないよ」
「あれは、今の俺たちじゃ勝てない相手だった。仕方ないよ」
「それに、まだゲームが終わったわけじゃありません」
アカリも、ユウも、リョウカも、ミコトを励ますように言葉をかける。しかしミコトは首をぶんぶんと横に振ると、
「また……何も、できなかった……!」
そう、自分を否定する言葉を吐いた。
ミコトが抱えてきた思いはユウたちには計り知れず、かける言葉は見つからない。
そして、それを探す猶予は与えられなかった。
「――!?」
突如、バキバキという轟音と共に、小屋の半分が吹き飛んだからだ。
幸い誰も居ない場所だったが、そこから見えた景色はとても幸いなどとは言えなかった。
「やっぱり、居た」
やたら高いところから降ってきた声に、全員が上を見上げると――
居ないと思っていた、巨人が四人を見下ろしていた。




