第三章9 命の価値
『影の王』。
触れた物体を自分以外の誰にも認識できなくする能力。目にも見えず音にも聞こえず、あらゆる感覚がその物体の認識を拒絶する。
そして――その能力が発動している間、その物体には他の能力は絶対に発動できない。どころか、後出しで使っても前の能力を無効化する――というのは、ユウとリョウカが身をもって体験したことだった。
「そんなの、チートだろ……」
改めてその能力の性質の悪さを確認し、ユウが吐き捨てるようにこぼす。
「そうでもねぇさ。何せ、右手で触られれば普通に消えちまうからな。ちゃんと実験したから確かだぜ?」
ユウの言を否定する事実を述べるエイタだが、それはミコトたちにとって知ってもどうにもならないことだ。
「ま、お前らには関係ねぇか。――右手、使わないんだろ?」
「――!」
エイタの発言は、全くもってその通りだ。
ミコトたちは、右手を使わずに戦うと決めた。誰も消さずに、出来る限り多くの人の命を救うと。
だが――何故、彼がそれを知っている。
「ああ、やっぱりか。ま、『退場』なんて能力を使ってる時点で明らかだけどな」
ミコトたちの驚愕の表情を見て、エイタはニヤリと笑ってそう言った。
それはつまり、さっきの言葉はミコトたちの反応を見るための――
「ハッタリ――っ」
「いいや。言ったはずだぜ? 『お前らじゃあ知ったところでどうにもできない』ってな」
リョウカの呟きを即座に否定してみせたエイタは、説明を始める前の自身の台詞を引用した。
「ありゃあ、別にお前らを舐めてた訳じゃないってこった。そう――俺はお前たちを、結構高く評価してるんだぜ?」
そう言うと、つとユウを指差す。
「まずお前――っと、そう言やあ自己紹介はキャンセルされたんだったな」
何を言おうとしたのか分からないが、言葉を切って彼は話題を変える。
「改めまして。俺は由緒正しきビョウドウイン家、その次男坊――ビョウドウインエイタ。そしてこっちは付き人のタカカゼトワだ。よろしくな」
執事よろしく気取った姿勢でお辞儀をし、今更過ぎる自己紹介。そして顔を上げユウたちを見ると、
「さ、お前たちも名前くらいは教えてくれよ」
そう言って自己紹介を強要した。
「……シンドウユウ」
やがてユウが口火を切り、銘々おずおずと名乗りを上げる。
「そーかそーか。ユウにミコト、アカリにリョウカね。じゃ、まずユウ」
それを聞き届けたエイタは満足げに頷き、改めてユウを指差す。
「お前は司令塔として相当優秀だ。頭も切れるし決断も早い。それに、能力の汎用性も高そうだ」
そしてエイタは、ミコトたちを褒め始めたのだった。
「次、リョウカ。物体を停止させる能力――いい能力だ。お前らの戦闘スタイルから言えば、防御も拘束もできる理想的な能力だろう」
「アカリはまだ能力を使ってないみたいだけど、身体能力が高いな。度胸もある」
「で、ミコト。『退場』を自分の能力にするその胆力は称賛に値するよ。それにたぶん、ここまでそれを貫いてきた。自分の芯を持ってる人間は好きだぜ?」
以前にも言われた台詞だ、と考えて――それを言ったのはタイジュだと思い出した。
あのときはとても嬉しかったのに、今は困惑と嫌悪感しかない。
同じことを言われても、相手と状況によってここまで感じ方が変わるのかとミコトは嫌な実感を味わった。
ミコトも、そして他の三人も、何も言わずにエイタを怪訝な顔で見返していた。
「――で、結局何が言いたいんだ?」
沈黙を破ったのはユウだった。
不機嫌に発された当然の問に、エイタはニヤリと笑って答えを返す。
「人を褒める理由なんてそうねぇだろ。お前ら――俺の仲間にならないか?」
***************
唐突な提案に、しばしの沈黙が訪れる。
一体何をどうしたら、そういう結論に落ち着くのか。
ミコトたちの望みをエイタは分かっているはずで、それでも彼はミコトたちの目の前で大勢の人間を消し、命を奪い去った。
それでどうして、ミコトたちが仲間になるなどと思えるのか。とても正気とは思えない。
「悪い話じゃないと思うぜ? 何せ、お前たちは俺に絶対勝てないんだからな」
「そう思うなら、さっさと俺たちを消せばいい。こんな無駄な提案をしてる間に、他の奴に先を越されるかもしれないぞ?」
きっぱりと無駄と言い切るユウを見て、エイタは面白そうにくっくっと笑う。
「へぇ、そう思うのか。――これを見ても?」
そう言って、彼と、トワが取り出したものは。
――『宝』と書かれた、丸い石だった。
彼らの両手に一つずつ、合わせて四つ。
つまり――ミコトたちが手にした一つ、それ以外の全てだ。
「な――」
「司令塔としては減点だなぁユウ。自分たちのタイムロスを甘く見積もり過ぎだぜ? 島の反対側がどうなってるかも知らないんだろ」
驚愕に言葉も出ないミコトたちに、やれやれという表情でエイタはそう評を下す。
「どういう――」
ことだ、とユウが問い詰めようとしたその瞬間、エイタは手を上げてトワに合図する。
頷いたトワは、先ほどのようにカーディガンから何かを取り出し蓋を開け、それを横に向ける。
彼女の手が少し動いたかと思えば――
その手の内から突如噴出した大量の水が、近くの木々を吹き飛ばしながらごうごうと駆け抜けていった。
「こんな感じで吹っ飛ばしまくったからな。随分見晴らしが良くなってるよ。お蔭で人も宝もあっさり見つかったもんだ」
「そんな無茶苦茶な――っ」
思わずの体で、リョウカが口走る。
確かにミコトたちは高を括っていた。多少出発地点が遠くとも、自分たちの行軍は地図を見たお蔭で速かったし、宝もそう簡単に見つかるものではないと。
だが、こんな横紙破りの方法を使われては、その計算は一気に崩れる。
「残念ながら、これが現実だ。さあ、それを踏まえて司令塔のユウくん? お前はどう決断する?」
左手の能力が効かない敵。勝利条件である宝を四つ揃え、その上謎の大火力武器まで所持している。
状況は絶望的。だが、もしここで仲間になると言えば。
一旦従うのが得策だと、ユウはそう考える。このゲームを勝ち残った後で、改めて作戦を立て、隙を窺い、奴らを倒すチャンスを待つ。
だが――
「――ミコト!」
彼らに従おうとする自分を抑え、ユウはその名を呼んだ。
エイタは意外そうに眉を上げるが、すぐに意図を察してミコトの言葉を待つ。
「――一つだけ、答えてもらえますか?」
ミコトもまたユウの意志を受け取り、言葉を発する。
この選択は、戦術ではなく方針――つまり、ミコトの領分だと。
「ああ、何でも訊きな」
お手並み拝見、という風情でエイタは軽くそれに応じる。
果たして、ミコトは問いかけた。
「このゲームを勝ち残って――エイタくんは、何を成し遂げたいんですか?」
「へぇ……面白い質問だな」
真剣なミコトの眼差しを涼しい顔で受け、エイタはニヤリと笑う。
「じゃ、少し昔話に付き合ってもらおうか。焦る理由もねぇしな」
そして、そう前置きをして語り始めたのだった。
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平等院影太は、由緒正しき平等院家の次男として生を受けた。
平等院家に関しては割愛しよう。ここでは、平等院影太という少年の話だけをする。
彼は、二つ年上の兄がいた。だが、兄と顔を合わせたことは一度も無い。何故なら、彼の親がそれを許さなかったからだ。それどころか、兄の方は影太の存在すら知らないという。
彼の兄――力は、平等院家の嫡男としては不出来に過ぎた、という話だ。
それ故に蔑ろに育てられ――もっとも、本人にその自覚は無いが――、影太は生まれた時から彼と会わないように育てられてきた。
優秀なはずの影太が、力から悪影響を受けないように。
そして影太は一族の期待を一身に受け――それを凌駕する才覚を発揮した。
その優秀さを語るには伝記が一冊必要とまで言われるため、ここで詳細に説明することはしない。
ただし、この点だけは語らねばなるまい。
完璧と思われた影太――彼にも、一つだけ欠点があった。
彼は、心臓に病を抱えていたのだ。
それが発覚したのは、彼が九歳のときだった。
彼を失うことは平等院家の、ひいては日本の、人類の損失である――彼の両親はそう考えた。
故に、方々に手を尽くし移植する心臓を探した。圧倒的な財力と権力に物を言わせて。
それでもそれなりに時間が掛かり、彼に移植可能な心臓が見つかったのはそれからおよそ一年後のことだ。
そして――やっと見つかったそれには、一つ問題があった。
その心臓には、既に移植されることが決まった人間がいたのだ。
だが、次にいつ移植可能な心臓が見つかるかは分からない。そして彼の両親は当然の如く、大金でそれを買い叩いたのだった。
無論、医者や移植コーディネーターはすぐさま首を縦に振った訳ではないだろう。彼らにも当然矜持というものがあったはずだ。
だが、結果としてその心臓は影太へと移植された。本来移植されるはずだった、どこかの誰かを見捨てて。
そしてそれ以来、影太は健康に、順風満帆な人生を歩んでいる。
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自分の半生を特に感動も無く語り終えた彼は、そこで一息ついた。
そして、一つ問いを発する。
「この話は、移植された一年後に両親から聞かされたものだ。さて……それを聞いた俺は、どう思ったと思う?」
「その子に申し訳ない、とか……?」
誰も答える様子がないから、アカリだけがそれに答えた。
答えつつ、アカリは視線を落ち着きなく揺らす。話の途中から、ミコトとユウの様子がおかしいような気がしたからだ。
「『何故金を払う必要があったのか』、だ」
「………………は?」
全員が、自分の耳を疑った。
余りにも想像と違う言葉に、リョウカがそう一音を発するのがやっとだった。
「だってそうだろ? どこの馬の骨とも知れない奴のために、この俺が死ぬなんてあっちゃならねぇことだ」
信じられない気持ちでエイタの言葉を聞きながら、リョウカは一つの思いを抱く。
――ああ、コイツはやっぱり、ツトムの弟だ。
「お前ら、人間が全員平等だと思うか? 答はノーだ。人は生まれながらに平等なんかじゃない」
全員が言葉を発することができずにいるのをいいことに、エイタは語り続ける。
「命の価値は人によって違う。俺はこの先、日本に、いや人類に大きな利益をもたらす存在だ。つまり、俺の命は他の連中とは比べ物にならない価値がある」
アカリはゆるゆると首を横に振りながら、リョウカは唇を噛み締めながら、エイタの朗々とした語りをただ見ている。
ミコトとユウは、二人とも同じように顔を伏せ――何故か、震えているように見えた。
「そもそも、要らない人間が多すぎるんだよ今の世の中。だから少ない資源を奪い合う羽目になる。俺は、そんな腐った世の中を正したい」
語りに熱の入るエイタに、最初のチャラチャラした男の面影は無い。
ただ自分が正しいと信じて疑わない男の姿が、そこにはあった。
「だから、俺はこのゲームを勝ち残って女神に願う。『この世界から、俺が不要と判断した人間を消せるようにしてくれ』ってな」
そうして口にしたミコトの問への返答は、考え得る限り最悪の答だった。少なくとも、ミコトにとっては。
「ああ、安心しろ。お前らは必要な側の人間だ。だから、さあ――俺たちと一緒に来いよ」
語るべきことは語り尽くしたという表情で、彼は満足げにそう締め括った。
再び、周囲には沈黙が落ちる。
「――エイタくんさあ。会長の二つ下ってことは、高校一年生だよね。もしかして、まだ十五歳?」
沈黙を破ったのは、不意に投げられたミコトのそんな問だった。彼は顔を伏せたまま、静かに声を発していた。
エイタはもちろん、アカリもリョウカも意図が分からず首を捻る。
「ああ、早生まれだからな。――それがどうした?」
怪訝な顔をしながらも、エイタは質問に答える。
「移植をしたのは十歳のころだったか。つまり、大体五年前ってことだな」
続けてそう確認を入れたのはユウだ。ミコトと同じく、静かに、顔を伏せたまま。
「――そうだ」
エイタは何か察したのか、渋い顔をしている。
だが、アカリにもリョウカにも、二人の言葉の意味は分からない。
「ちなみに、本来移植を受けるはずだった人のことは知ってるのかな」
ミコトのその問で――リョウカも、なんとなく予感する。まさか、と。
「いや、知らねぇよ。知る意味も無いだろう」
エイタは吐き捨てるようにそう答えた。まるで、下らないことを訊くなとでも言うように。
「じゃあ当然、その子がどうなったかも知らないんだな」
ユウのその発言でようやく、アカリにもその先が察せられた。
「だから知らねぇって……」
「じゃあ、教えてあげるよ」
煩わしそうに答えるエイタの言葉を遮って、ミコトがそう言った。
「何を――」
「女の子だよ。名前は、橘瑞生」
エイタの言葉を問答無用で断ち切って、ミコトはそう言い切った。
そして、続きをユウが告げる。
「五年前、十二歳で亡くなった――俺たちの、幼馴染だ」




