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第三章6 台座にて

 広場は、混戦の様相を呈していた。

 ざっと見ただけで、二十人くらいは集まっている。その全員が、お互いを消し去ろうと動き回り、能力による攻撃を行っている。


 その中心に居るのは、一人の少女。

 次々と襲い来る敵を、手にした武器で打ち据え迎撃している。

 時折後ろからも敵が襲ってくるのだが、それらは彼女に辿り着く前に消え去ってしまう。


 少女の顔には、笑みすら浮かんでいる。

 絶対に負けることは無い、そう確信しているのだ。何故なら、彼女の背後に居るもう一人の人物・・・・・・・に、絶対の信頼を置いているから。


 しかしいい加減その事象に警戒し始めたのか、徐々に距離を取り出す敵の集団。

 既に数は最初の半分ほどに減っているが、流石に馬鹿ばかりではないようだ。


 少女は唐突に、離れているうちの一人の男に手にした武器の先端を向ける。

 その動作に全く意味がないことは、少女が一番理解している。しかし――


 次の瞬間、その男は消えていた。


 何のことはない、少女の仲間がその男を消しただけだ。

 だが、彼らには何が起こったのか分かっていないだろう。何せ、少女の仲間は見えていない・・・・・・のだから。


 敵は全員、一気に警戒の色を強くした。

 理屈は分からないにせよ、あの棒を向けられたら消される。そう警戒しているのだ。

 ――少女の、いや、少女たち・・の思惑通りに。

 少女はさらにニヤリと頬を歪め、次の敵を示そうとした。


 だが、そこで違和感に気が付いた。

 目の前の地面、誰も居ないそこに、影が落ちている・・・・・・・


 一本の、真っ直ぐな影だ。

 そう思った次の瞬間には、その影は二つに分かれてそのまま離れていく。

 影の正体を確かめるべく上を向いた少女の目に――


 上から降ってくる、巨大な何かが映った。


***********


 ユウが考えた作戦は、至極単純だった。

 目に見えない敵が居ると分かっていれば、戦い様はあるものだ。


 例えば、絶対に避けられない規模の攻撃を仕掛けるのがそれだ。


 幸いなことに、その敵が居るのは目の前の広場だということは分かっている。

 その広場も、半径十メートル程度の円形。そこまで広大という訳ではない。


 であれば。


「『接続コネクト』」


 ミコトたちをその場に残し、ユウは森をぐるりと回り込んで広場の反対側まで来ていた。

 その茂みの中、ギリギリ広場からは気取られない位置で、ユウは地面に手を着き能力を発動する。


 そしてそのまま、一気に上空へと駆け上がる。高さは六、七mといったところか。

 そこから広場を横切るように方向転換し、ミコトたちが居るであろう位置の真上まで棒を伸ばす。

 今のところ、誰にも気付かれていないようだ。


 ――よし。


 ユウは意を決して、行動を進める。

 広場の上空を横切る棒を二つに分け、広場を囲むように円形にしていく。

 それが広場に居る全員をすっぽり覆うと判断したところで、二本の棒の間に『網』を形成する。


 その時点で何人かが上を見上げていたが――もう遅い。

 ユウは一気に高度を下げ、その網を地面へと叩きつけた。


 もっとも、叩きつけられるのはユウも同じだ。

 自由落下に近い速度で地面へと降り立ち、脚が激痛を訴える。おそらく、両脚とも骨折しているに違いない。


「でも――!」


 目論見は成功し、広場に居る全員が網の下に捕えられたようだ。


「リョウカ!」


 着地位置もほぼ狙い通り、すぐ側に居たミコトたちのうち、リョウカに声を掛ける。

 その時点でリョウカはもうしゃがみ込んで、ユウの創り出した網に手を触れている。


「『完全停止』!」

「行け、ミコト! ハナサキ!」


 送り出すユウの声を背中に受け、二人はもう網の上を駆け出していた。

 上空から網で抑えつけ、その網を停止させる。おそらく、まともに動ける敵は居ないはずだ。


 後は、人が居ないのに網が膨らんでいるところを探せばいい。そこに『見えない鬼』は居る。

 というか、この状況ならもう全員退場させられるはずだ。


「――!」


 だが、そう簡単に行かないのがこの戦いだった。


************


 ユウの捨て身の作戦の末、送り出されたミコトとアカリは全力で駆け出していた。

 何か所かに別れて、網が膨らんでいる部分がある。まずは姿が見えない敵を確認しろというのがユウの指示だったので、ミコトは視線を左右に走らせる。


「――!」


 しかし、その作業は中断せざるを得なかった。

 何故なら、網に捕えられて・・・・・・・いない敵が居る・・・・・・・


 全部で三人。

 一人は中心に居た例の少女。一人はミコトたちから見てその左前方に男。そしてもう一人は、さらにミコトたちの近い位置の右側、別の少女だ。

 全員、足元にある網が切れていた。切り口は様々だが、上空の網に気付き、何らかの方法で網を切って捕まるのを回避したのだろう。


 流石にここまで勝ち残っているだけあり、一筋縄では行かない。

 だが、三人だけだ。この三人さえ止められれば、この場の勝者はミコトたちである。


「ハナちゃん、右の女の子をお願い! 僕はこっちの男の人を!」

「りょーかい!」


 ミコトは即断し、アカリに声を掛けて左の男へと突進する。

 アカリも返事をして右の少女へと駆け出した。


 猛然と迫るミコトの姿を見据え、男は警戒の色を示す。

 ミコトは身構える男に向けてそのまま突っ込み、ダッシュのスピードを乗せて右手を突き出す・・・・・・・


 直線的なその行動は、当然男に読まれた。

 構えた男の右手に、ミコトの右手が掴まれる――ミコトの狙い通りに。


 次に動くのは、お互いの左手。

 突き出されたそれは、同時にお互いに触れ――


「『強制退場』」


 ミコトの勝利が、確定する。


 ミコトの左手に鋭い痛みが走るが、それだけだ。

 どうやら、『触れた物体を切断する能力』。それは発動と同時に終了した。

 退場すれば、その時点で能力の効果も切れるからだ。


 どんな能力だろうと、左手でとどめはさせない。それが全員の共通認識である。

 しかし、その例外がミコトだ。ミコトだけは、左手で触れれば・・・・・・・勝利が確定する。


 だから、左手のクロスカウンター状態はミコトの勝ち確定だ。

 ミコトはここまで勝ち残った相手の実力を信用し、最初に右手を防がせた・・・・

 そのまま狙い通り、お互いの左手の能力が発動し決着。


 『敵に能力がバレていないというアドバンテージ』を学んだミコトは、この作戦をずっと考えていた。

 『右手同士で掴み合えば、残るのは左手だけ』。これも実体験をもとに学んだことだ。


 作戦がカッチリ嵌った喜びを感じるが、それは脇に置いてアカリの元へ加勢しに向かう。

 次の瞬間――


「アカリ! 思いっきり後ろに跳べ!」


 ユウの叫び声が響くと共に、ミコトは前のめりに転んだ。


************


 ユウは痛みに耐えながら、リョウカはそんなユウを気遣いながら、駆け出したミコトとアカリを目で追っていた。

 広場の方では、大半の敵が網の下に捕えられている。


 しかし、三人だけ網から逃れているのがここからでも確認できた。予想の範囲内の出来事ではあるが。

 作戦が上手く行かないのは当たり前のことだ。だからこそ、アカリもミコトと一緒に向かわせたのだ。本来ならここに残って、『元気百倍』をユウに掛けてほしいところだが。


 逃れていた三人のうち、一番遠くに居るのが件の少女だ。他二人と比べて距離があるから、まずは近い方に対応しようとしたミコトたちの判断は正しい。

 ミコトの方が左の男に突っ込み、アカリは右の少女の前で構えている。


 幸いサダユキのような化物は居なかったようで、即座にやられるということにはならなかった。

 アカリもきっちり足止めをこなしている。


 ――ように見えた。

 しかし、次の瞬間状況は一変する。


「え……」


 横で、思わずリョウカが声を漏らすのが聞こえる。

 それもそのはずだ。アカリが相対していた、その少女が。



 ――突然、彼女の目の前で消え去ったのだから。



「リョウカ! 一旦能力を解除!」


 すぐにユウは最悪の想像に辿り着き、リョウカに早口で指示を飛ばした。

 リョウカは頭を巡らせながらも、反射に近いスピードでユウの指示に従う。


「アカリ! 思いっきり後ろに跳べ!」


 ユウはそのまま一息に、アカリにも大声で指示を叫ぶ。

 声は無事届いたらしく、アカリが全力で飛び退くのが見えた。


 その瞬間、ユウは『接続』を変更――網の部分を、白い粘着質の物体へと変化させた。

 ツトム戦で見せた『とりもち』だ。


 遠くの方で、アカリに近付こうとしていたミコトが足を取られて転ぶ。

 アカリは着地する瞬間に下がどうなっているか分かったのか、なんとか転ばずに踏みとどまっている。


「間一髪、か……?」

「みたいですね……」


 一拍遅れて、リョウカも少女が何故消えたのかを理解した。

 『見えない鬼』が、右手で少女を触っていたのだ。

 そしてその『鬼』は、今はとりもちによって動けないようだ。アカリが消されていないのが、その間接的な証拠である。


「でも、どうやって?」

「たぶん、網のことに早々に気付いてたんだろうな……範囲外まで走って逃げたとしか思えない」


 直前で気が付いていた三人の敵は、能力を使って網を破っていた。

 いや、気付いていた敵は三人どころではないかもしれない。逃れられたかどうかは、能力の問題だろう。


 しかし、『見えない鬼』の能力は『見えないこと』が能力な訳で、逃れるには網が落ちてくる前に範囲外に逃げるしかない。

 そして逃げられていたとしたら、それに気が付く術は無かったのだ。なにしろ、姿が見えないのだから。


「それで最初に狙ったのがあの女の子だったのは不幸中の幸い……いや、それは余りにも酷い言い方か」

「そうですね」

「……すまん。でも、お蔭でようやく捕まえた」


 思わず漏れたようなユウの言葉は、自分でも冷たい言葉だと分かった。

 リョウカも言葉少なに注意し、ユウは素直に謝罪を述べる。消えてしまった少女に対しても。

 しかしユウの言う通り、これで『鬼』は捕えた。


「――! ミコト!」


 だが、戦いはまだ終わっていない。

 台座の傍に居た少女。彼女はまだ、足を取られているだけだ。


 彼女は手にしていた棒を、どういう仕組みかミコトに向けて伸ばしている。

 距離にして数メートルを真っ直ぐに棒が伸びるが、速さは大したことがない。

 しかし、わざわざそうするということは攻撃に違いなく、そして今のミコトにそれを避けることはできなかった。


「ぐうっ!?」


 棒がミコトに触れるが早いか、ミコトの短い悲鳴と、バチッという大きな音が聞こえてくる。


「あれは……電気か? どういう能力なんだ?」


 ユウは考え込むように呟く。

 現状、あの武器も少女の能力も得体が知れない。

 目を凝らしてみると、棒の先には掌くらいの大きさの、板のようなものが付いていた。それが何なのかは、全く分からないが。


 ミコトがやられたのは、音や、倒れたミコトが小刻みに痙攣していることから電気ではないかと推測した。つまり、電撃を発生させる武器ということになる。

 それに加え、あの距離を棒が伸びている。真っ当な物理法則に従っていないのは確かだ。


 少女の能力は、今のところ全く見当が付かない。迂闊に近寄るのは危険だ。

 幸い、今は彼女の足もとりもちの上。近付かなければ消されることは無い。


 ――それは、またしても甘い見立てだった。


「――! リョウカ!」


 それに気が付いてリョウカの名前を呼んだ時には、もう手遅れだった。

 少女はその武器を自分の足元へ向けると、右足に付いたとりもちをあっさりと切り裂いた。

 リョウカも少女の動きに気が付いてとりもちを触ろうとするが、少女がもう片方の足をとりもちから切り離す方が早かった。


 少女は、自分の足が自由に動くことを確かめるようにその場で足踏みをする。

 多少粘着物は付着しているが、歩けないということはないようだった。


「くそっ、どうする――!」


 とりもちを何らかの方法で切断できる少女。謎の武器を操り、今自由に動ける唯一の敵。

 片や、『見えない鬼』。今は捕えられているが、自由にすれば最大の難敵。

 そして味方二人もまた、とりもちのせいで動けずにいる。


 少女からミコトたちを逃がすには、とりもちを解除する必要がある。しかしそれをすれば、折角捕えた『見えない鬼』をも逃がすことになる。

 だからと言ってこのままでは、確実にミコトとアカリがやられる。選択肢は無い――


「いや、どっちも選ばない――!」


 取るのは第三の選択肢。

 即ち――


「ここでどっちも捕まえる!」


 ユウは意識を集中し、イメージを鮮明に思い描く。

 膨らんだイメージは左手を通して現実へと反映され、少女の周囲を大量の白い物体が埋め尽くした。


「出血大サービス――切れるもんなら切ってみろ!」


 広場を覆い尽くす大量のとりもち。それはさらに増量し、少女に向けてまるで波のように押し寄せる。

 四方から迫る壁のようなそれに、少女の姿は見えなくなり――


「いやー、お見事。面白い能力だな」



 次の瞬間、全てが消え去った。



 いや、その言い方は正確ではない。正しくは、ユウの能力で現出していた全てが、だ。

 初めて味わう感覚に、ユウは呆気にとられる。


 今の今まで、自分の手の内にあった金属の棒、そこから伸びるとりもちの網。

 それら全てが、一瞬にして分からなくなった・・・・・・・・


 そして、意味の分からない喪失感に襲われるユウの目に映ったのは。


「これは隠れて戦うのは勿体ない。正々堂々バトろうぜ?」



 軽い調子で気障な言葉を吐く、一人の少年だった。

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