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第三章5 見えない脅威

 少女は、佇む。


 木々が生い茂る森の中にある、一際広く開けた場所だ。

 不自然なほどぷっつりと森が途切れたその空間は、きれいな円の形をしていた。まるで、大きな型抜きを使って森を一部くり抜いたかのように。


 少女が立つのはその中心――そこから、一歩ずれた場所。

 何故一歩ずれているのかと言えば、そこには先客が居るからだ。


 と言っても、それは人ではない。

 遠目に見れば、少女の腰くらいまでの高さで途切れた、何も支えていない石柱。

 実際それが柱でないというのは、その上面が見える少女からすれば明らかだった。


 上から見るとこれまたきれいな円形のそれは、中心に何かを嵌め込むための窪みが拵えられている。大きさは、華奢な少女の拳より少し大きい程度だろうか。


 少女は、その物体が何のために存在しているのか、そしてその窪みに何を嵌め込むべきなのか、全て理解していた。

 だが、今求める物は彼女の手の内には無い。


 故に、少女は待っているのだ。いずれやってくるであろうその時を。


 少女は、油断無く辺りを見渡す。

 少女の傍らのそれを中心として、周囲には石造りの足場がやはり円形に広がっている。

 その終端には等間隔に六本の柱が突き立っており、相変わらず何も支えていないそれはおそらく意匠として作られただけだろう。


 その周りには短い雑草と土。そのさらに向こうに森。


「――!」


 状況の変化は、突然訪れた。

 距離にしておよそ十メートル、森の中から不意に小石が飛んできたのだ。


 少ない動きでそれを躱すと、少女は石が飛んできた方向を睨みつける。


「来ましたね……!」


 少女の呟きは、待ち望んでいた事態の訪れを喜ぶ声だ。

 そこに、恐れや迷いは一切感じられない。


 直後、周囲の森から次々に飛び出してくる影を、彼女は歓迎の意を持って見据えた。


**********


 イマジン鬼ごっこ第三ゲーム、『宝探し』。

 五十人の参加者が集められた『無人島』に、五つだけ隠された宝を見つけ出し、台座に安置したら勝利。


 そのたった五つしかない宝のうちの一つを幸運にも見つけ出したミコトたちは、急ぎ足で台座へと向かっていた。


「方向、こっちで合ってる?」

「うん。森の小道まで表示されたら良かったんだけど」


 前を歩き訊ねるアカリに、ユウが返事を寄越す。

 手にしたケータイに目を遣る彼は、地図アプリを使って島の中央へのナビを買って出ていた。

 ただし彼の言うとおり、細かい道はわからないのでざっくりと方向だけだが。


 それでも、なんとなく陸地の多い方へ向かっていたときと比べればその精度は段違いだ。

 どうやらミコトたちは最初島のかなり端の方に居たらしく、台座があると思しき島の中心まではかなりの距離が残っていた。


「急がないと。もう誰かが戦ってるかもしれないし」


 アカリと共に前を歩くミコトは、焦りが伝わる声で不安を口にする。


 できるだけ多くの参加者を退場させ、命を救う。

 ミコトの目的からすれば、出遅れたという事実は痛い。


「どうかな……案外睨み合いになってるかもしれない。宝が見つからなきゃ争う意味も薄れるし」


 そんなミコトを安心させる意味も込めて、ユウは考えられる最良の可能性を示唆する。

 もちろん希望的観測ではあるが、あながち無いとも言い切れないとユウは思っている。

 勝ちにこだわるのであれば、明確に宝を持っている参加者を見つけるまで身を隠す方が理にかなっているからだ。


「そういう意味で言えば、私たちの到着が引き金になる可能性もありますね……」


 ユウの発言を受け、リョウカが引っ掛かった懸念を口にした。

 そしてその通り、ミコトたちは今、正に『宝を持っている参加者』なのである。

 それが露見すれば集中砲火は必至、何としても隠しておく必要がある。


「そうだな……。ミコト、ちゃんと宝は隠してるか?」

「うん。制服の内ポケットに入れてあるよ」


 宝を持つのは、リーダーであり発見者であるミコトだ。

 念押しの確認に、ミコトは自分の胸の辺りに手を当ててその存在を確かめる。


 ブレザータイプの制服、その内ポケットはちょっとやそっとで落とす作りにはなっていない。

 加えて、前を開けていれば形からバレる可能性も幾分か下がる。

 というか、他にしまっておく場所は無いとも言えた。


「よし。絶対失くすなよ?」

「失くさないよ! いや、信用がないのは分かりますけど!」


 失せ物、落し物の類は前科が豊富なミコトである。

 とは言え、ずっと内ポケットにあれば流石に大丈夫だろうとは思うから、これは緊張を和らげるためのジョークである。

 しかし、それはユウが腹に抱える思いの表れでもあった。


 ――最悪の場合、ミコト一人でも勝ち上がらせる。


 重要なのはミコトの能力で、確実に一人勝ち上がれる条件を手にした今、最悪彼一人でも勝ち上がらせるとユウは決めている。

 故にそれらしい理由を付けてミコトに宝を持たせているのだ。

 馬鹿正直にその方針を伝えても、ミコトは納得しないだろうから。



 それからしばらく、無言での行軍が続く。

 時折方向や残りの距離を確かめる会話はしながらも、後は黙々と速足で進んだ。


「さて……そろそろ近くなってきた。もういつ敵と出くわしてもおかしくない。ここからは慎重に行くぞ」


 やがて、地図を見ていたユウがそう言って行軍の足を緩めた。

 ミコトは不満そうだが、何も考えずに突っ込めばやはりそれは的になるだろう。


「急がば回れ、ですよミコト。私たちが負けたら、それこそ本末転倒なんですから」


 そんなミコトの表情を見て、リョウカが宥めるように口を開く。

 言いたいことそのままを代弁してくれたことに感謝しつつ、ユウもミコトと目を合わせて『その通りだ』という頷きを見せる。


「うん……そうだね」


 ミコトも納得し、速度を落として行軍を再開する。

 周囲をしっかりと警戒しつつ、森の中を進んで行く。


 幸いと言うかは微妙なところだが、誰とも出会うことはなかった。

 そして少し先に、先程家を見つけた時と同様に開けた空間があるのが見えてくる。


「あれか……?」


 ユウは呟きながら姿勢を低くし、茂みの陰から様子を窺う。

 三人もそれに倣い、それぞれにその空間を覗き見る。


 その先には、かなり広い円形の空間が広がっている。

 中央には石造りの足場と柱が、やはり円形に鎮座していて。

 そのさらに真ん中に、短い柱のような物と――


「――女の子?」


 一人の少女が、立っていた。


*************


 ようやく見つけたそれは、目的の『台座』に間違いないようだった。


 だが、そこに居たのは謎の少女。

 いや、ここに居るからには参加者なのだということは分かる。分かるのだが――


「なんで台座の前に一人で陣取ってる? あれじゃ狙ってくれと言ってるようなもんだよな……」


 様子を窺うユウは、少女を注意深く観察しながら呟く。


 どこからどう見ても、普通の女子高生。

 背はそれほど高くないし、見た目にはほっそりしていて力強さは感じられない。


 もっとも、ここから見ただけでその膂力を測れるほど、ユウは肉体に精通している訳でない。

 アカリだって見た目は細いが、運動神経が良く全身のバネを使って見た目以上のパフォーマンスを発揮している。


 つまるところ、


「迎え撃つ自信がある、ということでしょうか……?」


 そう推測を立てるのが妥当である。

 口にしたリョウカも、あまりそうは思えていないようだが。


 何と言うか、オーラが無い。

 サダユキのような強さも、ツトムのような賢さも、キタネのような狂気も感じられない。


 だが、何も感じるものが無いのかと言うとそうではない。少なくとも、ユウにとっては。


 既視感――と言えばいいのだろうか。

 面識はないはずだが、どこか知っている人物を想起させるような、そんな感覚。


「――!」


 しかし、その感覚に答は出ないまま、状況は動き出した。


 少女が、突然素早く身を動かしたのである。

 少女を注視していたユウには何が起こったのか分からなかったが、アカリが状況を把握していた。


「あの辺り! あそこから、石が飛んできたみたい!」


 それはつまり、攻撃だ。

 少女に向けた攻撃が放たれ、彼女はそれを躱した。

 しかし、状況の変化はそれだけでは収まらなかった。


「!」


 ミコトたち四人がそれに気が付いた時には、広場の方々から一斉に人影が飛び出してきていた。

 少女に向けた攻撃が引き金となり、周囲で見守っていたであろう参加者たちが動き出したのだ。

 ミコトたちは、完全に出遅れた形になる。


 見れば、一番速い人影はもう少女のすぐ傍まで迫っていた。

 遅れを取るまいと、次々に中央に向けて人が集まっていく。


「ユウくん! 僕たちも行こう!」

「いや、待て! ……何か変だ」


 戦闘が始まったことに焦るミコトを、ユウは手を上げて制し戦場を見つめる。

 ユウの直感が、その場に行くなと警鐘を鳴らしていた。


 広場の中央に居た少女は、あれだけの人数が迫って尚、涼しい顔でその場に突っ立っていた。

 逃げるでも、迎え撃つでもなく。


「……!」


 そして、先頭を走る男が、石造りの足場へと一歩を踏んだ瞬間。



 彼の姿は、一瞬にして消え去った。



「今の……!」

「消え、た……?」


 不可解な現象に、アカリは驚きを、リョウカは疑問を口にする。


 この鬼ごっこにおいて、消えるという現象自体は当然起こり得るものだ。

 だが、それは右手で触れられたら・・・・・・・・・、である。


 しかし、たった今消えた男は、誰にも触れられていない。

 触れられる距離に、誰一人として存在していなかったのだ。


「待て、ミコト!」


 その光景を見て言葉も無く駆け出そうとするミコトを、ユウは左腕で掴んで制止した。


「でも! 行かなきゃ!」

「無策で突っ込んでも同じ目に遭うだけだ! 落ち着け!」


 そんな問答をしている間に、またも一人の男が消えた。

 先頭の男のすぐ後ろに居た男で、目の前でいきなり消えた男に戸惑い立ち止まっていた。

 そして、立ち止まっているうちに同じ末路を辿っていたのだ。


「ユウくん!」

「一分だ! 一分だけ待ってくれ!」


 更に激しい焦りを浮かべ、ミコトはユウの名前を呼ぶ。

 だが、このままミコトを突っ込ませる訳にはいかない。


 時間を区切ってミコトを納得させ、同時に自分を追い込む。

 そして、頭をフル回転させ、目を必死に凝らす。


 少女は、ようやく動き出すところだった。

 懐から何かを取り出したかと思えば、それを振り回して後ろから来る集団と戦っている。

 銀色の光が見えることから、金属製の細い棒だと推測できた。


 そうしている間に、彼女が元々向いていた方向から来た男がまた一人消え去る。

 やはり、少女も誰も、消えた人物に触っている様子は無い。


 右手にしろ左手にしろ、この鬼ごっこでは触れた物にしか影響を及ぼすことはできない。

 それはつまり、目に見えていない・・・・・・・・だけで、消えた人物は何者かに触れられているということだ。


「あれは……」


 そこまで見て、考えて、ユウには思い当たることがあった。

 それは最悪の想定だが、さらに一人が消え去るのを目撃し――そして確信する。


「たぶん、間違いない……能力で姿を隠している奴がいる!」


 それは、ユウも一度は考えた能力だった。


 『触れた物体を見えなくする』。それを自分に使って、忍び寄って右手で消す。

 単純かつ強力な戦法だ。


 つまり、少女の他にもう一人――おそらくは少女の仲間が居る。


「そんな……そんなのと、どう戦えって言うんですか!?」


 リョウカは絶望の声を上げる。

 鬼ごっこにおいて、姿の見えない鬼というのは余りにも性質が悪く、そして戦い様が無い。

 逃げることも、防ぐことも、鬼の姿が見えて初めて可能になるのだ。


「対処法は何パターンかあるけど……悠長にやってる場合でもないしあの混戦。なら……」


 ユウは、そこまで言うと深くため息を吐いた。


「もしかして、また身体張る系?」

「ガッツリな。でもやるしかない」


 アカリがその様子にこれまでの戦いを思い出し、おずおずと訊ねる。

 するとユウは諦観の表情であっさり頷き、全員に作戦をざっと説明した。

 ミコトの焦燥を見れば、それは仕方がないと割り切るしかないようだった。


「――以上。三人でしっかり見てて」


 説明の最後にそう念を押すと、力強い頷きが返ってくる。

 随分頼もしくなったと、ユウは小さく微笑む。


「よし……じゃあ行くぞ!」


 そう言って、ユウは駆け出した。


 この戦いを、止めるために。

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