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第三章4 世界のこと

 周囲を警戒しつつ、ミコトの回復を待つユウたち。

 少年は停止したままで、退場はまださせていなかった。


「さて。こいつの処遇だけど……どうしたもんかな」


 ユウは目を見開いて固まっている少年を見ながらそう零した。


「え、退場させないの?」

「退場させると、生身でこの島に放置されることになるんですよ」


 疑問を口にしたアカリに答えたのは、座る彼女の傍で寝転がっているミコトだ。


「うん。退場しなければ死なない身体のままだし、大人しくしてくれるならそのまま放置したいくらいだけど――実際そうもいかないからな……」

「私にしろユウにしろ、拘束できるのは一人だけですしね。ユウの拘束具を何かで再現できれば一番でしょうけど」


 ユウとリョウカの会話を聞きながら、ミコトも考え込む。


 二人の能力は、四人が勝ち残るために必要不可欠な能力だ。

 それを拘束のみに割いてしまうと、戦闘が絶望的になる。


「戦ってる最中は仕方ないとしても、こうやって捕まえられたなら何か考えたいところだよなあ」

「うん。退場させるにしても、帰る手段か、ゲームが終わるまで生きていられるだけの食糧と水分を確保したいな」


 ミコトの言葉に同意を示すユウ。

 退場させて放置では、結局助けたことにはならないだろう。


「さて、となると。やっぱりこいつを調べてみた方が良さそうだな」


 ユウが、目の前に堂々と建っている『家』を見ながらそう言った。


 ミコトがユウたちに助けられたのは、その家を最初に見つけたのと反対側だった。

 これだけ派手に暴れたにも関わらず誰も現れないということは、ここはやはり『台座』ではないようだ。


 しばらくするとミコトの傷もあらかた回復し、全員で家の前に立つ。

 本当に何の変哲もない民家。しかし、その存在自体が怪しさの塊だ。

 とは言え、家は家なのだから、食べ物や飲み物は手に入るかもしれない。


 ちなみに、捕えられた少年は一旦ユウの拘束に切り替えた後、森の茂みの中に放り込んで再び停止してある。

 これならしばらく他の敵にも見つからないだろう。


「よし。じゃあ、開けるぞ」


 ユウがそう宣言し、玄関の扉を開けた。


***********


 中に入っても、やはり普通の民家だ。

 玄関には靴箱と何人分かの靴があり、その先は廊下になっている。

 なんだかよくわからない形の置物があったりはするが、インテリアの範疇を出ない。


 余りにも普通で土足で上がるのが憚られ、ミコトたちは律儀に靴を脱いで家に上がる。

 ユウを先頭に廊下を進み、右手のスライド式の扉をそっと開く。

 慎重に開いたにも関わらず、立てつけが悪いのかやたらと音が立った。


 だがあっけなく扉は開き、その先には居間があった。

 中央にはちゃぶ台が置かれ、その上には新聞や飲みかけのお茶が置いてある。

 ちゃぶ台の周りには座布団が四つ並んでいて、まるでついさっきまで誰かが座っていたかのようだ。


 しかし――


「誰も居ないね……」


 アカリの呟き通り、人の気配は全く感じられない。

 しかし、生活の痕跡が余りにも強く残っている。


「奥にあるのは……台所か」


 ユウの視線の先には隣の部屋があり、扉が開け放たれたそこにはコンロや水道が見えた。

 ゆっくりそちらに歩いて入ってみると、やはり普通に台所だ。


「ガスは……点くな。水道も通ってる。というか、電気も普通に通ってるし」


 一つ一つ確認しながら、ユウは呟く。

 冷蔵庫を開ければ、飲み物や食材も生活感満載でそこにあった。


「うーん……」


 ユウは考え込みながら居間に戻り、テレビのリモコンを操作する。

 電源を入れても、画面には何も映らない。

 代わりに映るのは、真っ暗な画面に反射した、自分の考え込む顔だけだ。


 ふと下に目を遣れば、ビデオデッキの時刻表示がある。

 それはやはり、八時二十五分・・・・・・で止まっていた。


「そう言えば……」


 ふと思い立って、ユウは自分のケータイを取り出す。

 やはり時間は八時二十五分で止まっているものの、操作すればいつも通りに動く。


「わっ!」


 突然大きな音が響き、ミコトが驚きの声を上げる。アカリとリョウカも警戒して身構えるが、


「ゆ、ユウくん?」


 その音は、ミコトのケータイの着信音だった。

 液晶にユウの名前が表示されミコトはユウを困惑と共に見つめるが、彼は『いいからさっさと出ろ』という目でこちらを見ている。


「も……もしもし」

「うん。普通に繋がるな」


 ユウはそれを確認すると、すぐに電話を切った。

 首を傾げるミコトを放置し、さらにケータイを操作する。


「……! みんな、これ見て」


 と、ユウはそう言ってケータイの画面を三人に見えるように掲げた。

 言われるままに画面を覗き込むと――


「これって――!」

「地図?」

「それに、現在地の表示……!」


 ユウは、ケータイの地図アプリを起動したのだった。

 表示されたその場所は全く知らない小さな島だったが、間違いなく日本の地名だ。


「うん。――だんだん分かってきた」

「分かってきた、って?」


 ユウの言葉をアカリが訊き返すと、彼はニヤリと笑って答えた。


「この世界がどうなってるのか、さ」


******************


 この世界が、どうなっているのか。

 今までは、生き残るのに必死すぎて深く考えていなかったが。


「分かったんですか?」


 例えば、止まった時計。居なくなった教師たち。一一九番に出ない救急。そして誰も居ない民家、この島。

 リョウカは、驚きを浮かべてユウに問いかける。


「まあ、分かったって言うにはぼんやりしすぎだし、ごく一部だけど……」

「で、どうなってるの?」


 言葉を濁すユウに、アカリは直球で訊ねる。


「うーん。説明は難しいんだけど……この世界は今、『消極的に止まっている』……とでも言うのかな」


 しかし、ユウの答は曖昧で、聞いていた三人ともが首を捻る。


「基本的には、時間が止まってると思ってもらっていい。時計が動かないのがそれを示してる」

「それはまあ、言われればなんとなく分かりますけど……」


 時計はゲーム開始時点で止まっているし、体感時間ではもうどれだけ経ったかも曖昧だが、未だに太陽は煌々と照りつけている。

 時間が止まっている、それは間違いないように思われた。


「『消極的』、っていうのは?」


 ミコトが訊ねると、ユウは顔をしかめて考え込む。かなり説明し辛いのだろう。


「うーん……逆に、完全に時が止まったと考えてみようか。そうすると、何もかもが完全に動かないはずだろ? リョウカの能力をイメージしてもらえば分かりやすいな」


 その説明は、確かに彼女の能力を考えれば理解できた。

 『完全停止』をかけられた物体は完全に動かなくなるし、壊すこともできない。

 人間なら意識も何もかもが停止し、完全に世界から切り離される。


 この世界が完全に停止しているとしたら同じようになるはずで、そもそもそんな世界でまともに動けるかどうかすら疑問だ。


「でも実際は、扉も開けば物も壊れるね」


 アカリがうんうんと頷きながら、『完全に停止している』という事象を否定する事実を口にする。


「そう。しかも、電話まで通じただろ? それに地図アプリも動いてた。思うに、この世界は止まっているけど、俺たちが動かそうと思えば動く。そういう風に止まってるんじゃないかな」


 基本的には止まっている。しかし、参加者が動かそうと思えば動く。

 なるほどと思いつつも――


「でも、さっきテレビは点かなかったよね?」


 ミコトは、思った疑問を口にする。

 ケータイは使える。でも、テレビは見れない。この差は一体どこから来るのか。


「なんというか、参加者の意志が大事なんだと思う」

「意志?」


 ユウはゆっくりと、考えを言葉にした。

 しかし、その言葉だけでは誰もピンと来ない。訊き返したのはアカリだ。


「テレビは放送する側が明確な意志を持って電波を送ってるだろ? つまり、受信する俺たちと、送信するテレビ局の意志、両方が必要になる」


 答えるユウの説明は、感覚的には当たっているような気がしないでもない。


「受信側の意志と、送信側の意志……」

「受信する側だけ準備ができても、肝心の送信されてくる映像は止まっている……だから、電源が点いても何も見えない」


 ユウの説明を要約すると、『参加者以外の人間の意志を必要とするもの』は上手く機能しないということか。

 リョウカの考えるような呟きに、ユウは補足で説明を加える。


「ケータイは……電話をするとき、必要な『送信者の意志』は私たちのもの。受け手側はベルが鳴るだけで、それを取る人が居るかどうかは問題じゃない……」

「うん、そうだな」


 リョウカが口にするその理屈で行けば、電話に関しては説明がつく。

 教室で一一九番をしても誰も出なかったのは、受け手が誰も居なかったということだ。


「そっか、あのときコールは鳴ってたんだもんね……」


 アカリはエリのことを思い出して暗い声を出した。

 誰も出てくれない一一九番に絶望したのは、もうずっと前な気がする。


「アプリはどうなんだろう? あれもどこかしらの会社が提供しているサービスだし、『送信者の意志』はどうなるのかなあ」


 そんなアカリの様子に気付き、ミコトは思い付いた疑問で話題を変えた。


「確かに……うーん……もう一つ――『時間』の要素もあるのかも」


 ミコトの疑問に再び考え込むユウだが、すぐに案を提示した。


「時間の要素?」


 時間と言えば時間の話をずっとしているのだが、改めて出てきたその単語の意味するところは何なのか。

 分かりかねて、リョウカがオウム返しに訊ねる。


「テレビは、『今、この時間にこの番組が流す』っていうのが送信側の意志。対してアプリのサービスは、『いつでもアクセスしたら提供する』っていう程度でしかない」


 つまり、『今、この瞬間にこの動作を起こす』という意志。

 それが無いと動かないものは、今は動かないということになる。


「理屈としては、まあ納得できるような……でも、推測の域を出ませんね」


 一応、『消極的に止まっている世界』の挙動としては筋が通っているようにリョウカは思った。

 今確認できている現象にも、一通り沿っている。

 しかし口にした言葉の通り、それが間違いないと断言できる要素はない。


「うん。どころか、推測っていうより勘の領域に近い話だな。でも――」


 ユウもそれを分かっているのだろう、自分の考えの根拠の無さを軽い口調で肯定した。

 しかし、


「俺が話題にしたいのはそこじゃない」


 そう言って、彼は話題の終息を伝えた。


*******************


「そこじゃないって……じゃあどこ?」

「ん、大きくは変わらないんだけど……。要は――この世界の時が本当に止まってるなら、退場させても何とかなるんじゃって話」


 アカリの問に、ユウはこの家に入った本来の目的を思い出させた。

 元々、退場した人間用の食糧やら水分やらが確保できるのでは、と期待して入ったのがきっかけだ。


「水分は……水道水なら出るみたいですし、食糧も普通にありそうですね。冷蔵庫も生きてますから」


 台所があっさり見つかったこともあり、それは確認済みだ。


「そう。そんでもって時が止まってるってことは――それ、全部腐らないってことじゃない?」

「あ……」


 ユウの言葉に、リョウカが思わず声を漏らす。

 全くもってその通りで、例えばリョウカの能力を生肉に使えば真空チルドも真っ青の完璧な保存ができる。


「なるほど! 全部保存食状態ってことかあ!」

「すごい! いつでも新鮮!」


 ミコトとアカリは、揃って感嘆の声を上げる。

 つまり、この島に――いや、世界中に存在している食べ物がいつまでも食べられる状態。


「後は量さえ確保できれば、ですね……」

「だな。地図で見る限りあんまり広い島じゃないし、あと何軒家があるか……」


 何しろ、この島には五十人の人間が居るのである。

 ミコトたちを除いても四十六人。何人退場させられるかは分からないが、それだけの人数に行き渡る食糧は無いだろう。


「うーん……あ! 地図が使えるんだし、イカダとか作って海を渡ってもらったら?」

「いや……海に出たら地図なんか当てにならないし、そもそも高校生だけで海を渡るイカダなんて作れないと思う」


 アカリが閃いた、とばかりに大きな声を出すが、それは現実的ではない。

 即座にユウの否定が入り、アカリは「そっかあ……」と凹む。


「でもまあ、退場させるしかない……よな。退場させずに置いて行ったら、いずれ誰かが痺れを切らす」

「最後の一人になれば勝ち上がれますからね。この島で生活するより、そっちを選ぶ人が格段に多いでしょうし」


 ユウが諦めるように首を振ってそう言えば、リョウカが肯定の言葉を返す。


 結局のところ、それしか選択肢は無い。

 全く食糧が無い訳ではない、ということで良しとするしかないようだ。


「どうした、ミコト?」


 と、ユウはミコトが何やら考え込んでいるのを見て取った。


「うん……退場した人たちは、『止まらない』のかなあ、と思って」


 世界が止まっているというのなら、退場した人間の扱いはどうなるのか。

 もし世界と同様なら、『止まる』のではないか――というのが、ミコトが思ったことだった。


「……! いや……微妙だな。少なくとも、退場した人たちも動けてたし。この世界そのもののルールから外れるのかも……」


 言われて、ユウもその可能性もあると一瞬考える。

 だが、実際に退場した人々は少なくとも活動ができることを確認しており、『停止』の定義からはズレている気がする。


「もしかして、私たちの方が止まってる……? ほら、死にませんし」


 リョウカが、恐る恐る推測を口にする。

 確かに、参加者の今の状態は『止まっている』に近い。


「「そう言えば、全然トイレ行きたくならないね」」

「その文章でハモるのか……でも、確かにそうだな。喉も乾かなければお腹も空かない」


 ミコトとアカリが同時に同じことに気が付く。

 その方向性が相変わらずなのとあまりの息の合い様に、ユウは呆れ顔だ。

 しかし、言われてみればその通りである。


「だとすると、世界よりだいぶ積極的に止まってるな……傷が戻るんだし。ゲーム開始時の身体が保持されてるのか……」


 ユウの考え込む呟きには、他の三人はついて行けていないようだった。

 揃って首を傾げている三人を見て、ユウはどう説明したものかと悩む。


「その可能性もあると思う。この世界そのものがゲームの盤で、退場したらそのルールからも外れる……あり得る話だ」


 できるだけ簡潔にたとえるが、やはりユウ自身も引っ掛かりを感じる。


「せめて、参加者以外の人間が居たら参考になったんですけど……」

「そう言えば、どこに行っちゃったんだろうね……」


 リョウカが口惜しそうにそう零すと、アカリが改めてその疑問を口にする。

 参加者以外の人間――大人や、中学生以下の子供たちがどこに行ったのか。

 それも解決されていない疑問だ。


「やっぱり、分からないことの方が多いか……とにかく、だ。贅沢は言っていられない。こうしてる間にもクリア者が出るかもしれないんだ。これ以上退場者の為に時間は割けない」


 分からないことに悩む時間より、分かりきっている制限時間の方が大事だ。


「少なくとも、退場させずに放置するよりいいのは確かですし。あの人を退場させて、台座に向かった方が良さそうですね」

「そうだよなあ。……じゃあ、行きましょうか」


 ミコトは、悔しさを滲ませながら辺りをもう一度見回す。

 万全を期したい気持ちもある。だが、優先すべきことを間違えてはいけない。


 そう結論が出て、全員で玄関へと向かって歩き出す。


 と、ミコトの目に留まるものがあった。


「ん……?」


 何か状況を変えるものは落ちてないか――そんな未練がましい視線を向けた先。

 玄関先、例の置物だ。


「どうした、ミコト?」

「いや、ちょっと……」


 怪訝な顔で訊ねるユウを尻目に、ミコトは真っ直ぐ置物へと近付く。

 そして唐突に、その一部を掴んで思い切り引っ張った。


「ちょっと、ミコトくん!?」

「何やってんですか!?」


 アカリとリョウカは驚きの声を上げる。

 それもそのはず、ミコトが引っ張ったそれは、置物から外れてしまったのだ。

 傍から見たら、ミコトが何故か置物をぶっ壊したようにしか見えない。


「――これ!」


 だが、ミコトが手にしたその置物の一部を見せたことで。


「あ……あああああ!!」

「これって……!」


 二人の驚きは、更なる驚きへと変化した。


「まさか……これ、見つからないだろ、普通……」


 ユウも呆れるやら驚くやら、力なく言葉を発する。


 ミコトの手にした物体は、丸い形をしている。

 材質はどうやら石のようで、その全体にでかでかと――『宝』と、赤い字で書かれていた。


 ミコトは、パッと手を放す。すると、手にしたそれは落下して地面にぶつかる。

 だが、まったく割れる気配はない。


「間違いないな……」


 それを見て、ユウがそう呟く。


 拳大の、丸い石。『宝』と書かれた、絶対に割れることのない石。


「宝……見つけちゃった」



 退場者のことを考えて始めた民家の探索――それは、意外な形で一つの成果を生んだのだった。

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