第三章1 島
お蔭様で無事再開しました。二章までの修正も完了しています。
基本的にはレイアウトを整えただけですが、下記の部分のみセリフの変更、文章の加筆を行いました。
〇第一章6、第二章3:ゲーム開始の合図を変更。
〇第二章7、8:『ミコトがアオカを退場させる』ことに関しての文章を追加。
後者は、鋭い読者様ならお気付きだったであろうツッコミどころを潰した形になります。いやあ、お恥ずかしい……。
そんな訳で、第三章のスタートです。
引き続きお付き合いよろしくお願いいたします。
ちなみにホラー短編は日付が変わった後くらいに投稿予定です。
よろしければこちらもお願いします。
2018年7月14日 白井 直生
白い空間。訪れるのが三度目ともなれば、驚きも薄れるというものだ。
そこに一人立つ少年――ミコトは、何かを探すように辺りを見回している。
「また、勝ち残ったのね」
やがて、探し物は向こうから現れた。
白い翼に金色の輪――女神である。わざわざミコトの死角を選んで現れる辺りが彼女の性格を表している。
「はい。次も、必ず」
声の方に顔を向けることもせず、ミコトは静かに答える。
彼の胸中を占めるのは、決意――それに悲しみ、怒り。
第二ゲームを勝ち上がるために払った犠牲は大きかった。それこそ、取り返しが付かないほど。
だからこそ、この先も勝ち上がるしかない。
「何故?」
と、覗き込むように女神がミコトの視界に入り込んだ。
「何故、って……」
「何故、何のために。あなたは、何を求めて戦うのかしら」
オウム返しに呟くミコトに、女神は畳み掛けるように問いを発する。
戦う理由。目的。願い。
それはもちろん――
「約束、したからです」
ユウと、アカリと、タイジュと、リョウカと。それにサダユキとも、クラスメートともだ。
――このゲームを勝ち抜き、全員の命を救う。
それが、ミコトが交わした約束、立てた誓い。
「では、何故そう約束をしたのかしら」
問われて一瞬、思考する。
何故。
何故そんな無謀な約束をしたのか。
自分の命を危険に曝してまで、自分でない誰かの命を救おうとする、その理由は。
「――それも、約束したからです」
ずっと昔――『誰よりも命を大切に』、そう約束した。
だから、ミコトは戦うのだ。何よりも大切な、命を救うために。
「そう。あなたはずっと――その約束に縛られているのね」
不穏な言葉を残し、女神は後ろを向いた。
そして、終わりを告げる拍手を鳴らす。
***************
目の前には、青い海。白い砂浜。
「んんん?」
ついさっきまで、学校の体育館に居たはずだ。
だが今居るのはどう見ても屋外、そして見たことも無い場所である。
転移なら、第二ゲームが始まるときにも体感した。
だがあの時は体育館の入口から中央まで、距離にすれば十メートルもないくらいだ。
けれど、今回は。
どう考えても学校の外、どころか日本かどうかすら怪しい。
「っていうか……みんなは?」
見えるのはまず海、足元に砂浜、見上げれば青空。振り返って背後には樹木が生い茂り、林なのか森なのか。
ここだけ切り取ればリゾート地まっしぐら、ひと泳ぎしたいところ。
聞こえるのも波の音だけで、これもまた単体なら優雅な気分に浸れるのだろうが。
そんな場合ではないのはもちろんだし、周りには誰も見当たらない。
優雅どころか孤独と不安しか感じなかった。
「……」
ミコトは、巡りの遅い頭をゆっくりと回し始める。
――これからどうしよう。
みんなを探しにとりあえず歩いてみる?
もしくは、ここで大声で名前を呼んでみる?
――いや、それはやめておいたほうがいい。
他の参加者に見つかったら大変だし、歩き回ってすれ違うのもまずい。
――かと言ってここでじっとしていても。どうしよう。
そんなミコトの葛藤は、唐突に終わった。
「さて。では、次のゲームのルール説明を始めましょう」
突如目の前に現れた女神が、そう宣言したのだ。
「ああ、今回は個人戦だからバラバラの位置に転送させてもらったわ。前回と違って壁は無いから動いてもいいけれど、得策とは言えないんじゃないかしら」
困惑するミコトの心を見透かしたかのように、女神はそう告げる。
その言葉はミコトの疑問を解消するものであり、また同時に不安を掻き立てるものであった。
――個人戦ということは。
ルール次第では、全員での勝ち上がりが不可能かもしれない。
ざわめく心を抑えつけながら、ミコトは女神の言葉を待った。
「さて。まずもう分かっていると思うけれど、ここは島よ。そう――無人島ね」
そこまでは、ミコトとしても驚きの少ない内容である。というか、見たまんまだ。
「この島が、第三ゲームの舞台。ルールはそれの通りよ」
女神が手を振ると、空中に文字が躍る。これを見てもやはり驚かなくなったのが、非日常に染まっている証だろう。
『宝探しゲーム』
『①この島のどこかに、五つ宝が隠されている』
『②宝を見つけ出し、島の中央にある台座に安置したら勝ち』
『③島に居る参加者が残り一人になった場合も勝ち』
第二ゲームと違い、ルールの項目は少なくシンプルだ。
そのままの意味の宝探し、勝利条件も明快。
そしてこのルールからすると――
「勝ち上がりはマックス六人かあ」
ミコトたちは四人。つまり、他の参加者が三人宝を安置した段階でミコトたち全員での勝ち上がりは不可能だ。
他二人が勝ち上がった場合でも、誰かが最後の一人になる必要が出てくる。
「また、厳しい戦いになりそうだなあ――ちなみに、この島には何人参加者が居るんですか?」
感想を漏らしながら、女神に質問をぶつける。今頃どこかでユウも同じ質問をしていそうだが。
「五十人よ」
一クラスよりも少し多いくらいである。
決して少なくはないが、絶望するほど多くはない。加えて今回は右手を使わなくてもそこまでのリスクはない。
勝ち上がるだけなら、第二ゲームより楽なくらいだろう。
「それから……退場した人はどうなりますか?」
三回目ともなれば、すぐにそこに頭が働く。
教室や体育館と違い、そもそも地形的にこの島から出る術は無さそうである。
こんなところで放置されたら、たとえ退場したとしても過酷なサバイバル生活は免れない。
「どうなるか、と言われても困るのだけれど」
と、女神は厚顔にもそんなことを吐かした。
確かに曖昧な問ではあるが、その意図はおそらく分かっているはずだ。
たぶん、わざとはぐらかして愉しんでいる。
「……退場した人たちは帰れるんですか?」
ミコトはため息を吐きながら問いなおした。
「ああ、そういうこと。帰れるかどうかで言えば、それはその人次第ね」
「つまり、退場しても自動的に学校に帰ったりはしないってことですね……」
尚も婉曲な言い方をする女神だが、その意味は残念なことにはっきり分かってしまった。
――つまり、安易に退場させるとその人が無人島に取り残されることになってしまう。
「あれ……もしかしてわりとヤバい?」
退場させると取り残され、退場させないと最後の一人になるまで殺し合いが続く。
それだけなら退場させて後は頑張れ、と言いたいところだが。
退場させずに説得できれば、死なない身体のままでいられる。
しかし、この第三ゲームまで勝ち進んできた強者たちだ。そう簡単に説得できるとも思えない。
少なくとも、ミコト一人では無理だろう。
結局のところ、
「ユウくんたちと合流するのが先決だなあ」
それに尽きる。やはり適材適所、頭を使うのはユウの領分だ。
「じゃあ、僕は僕にできることを……宝はどんな物なんですか?」
どれくらい広いか知らないが、島と呼ぶからにはそれなりのはずだ。宝探しは地道な作業になるだろう。
その作業なら、ミコトでも十分役に立てる。ユウたちを探すついでに、宝探しも進めておけばいい。
「拳大のまあるい石よ。ちゃんと『宝』と書いてあるから、間違えることはないと思うわ」
拳大の石となると、やはり探すのは骨が折れそうだ。
「ん? 石ってことは、もし壊れたりしたらどうなるんだろう」
「女神の創った石よ、壊れることはないわ。安心して戦って頂戴」
ふと思った疑問を口にすれば、それは女神に一蹴された。
「さて、後はいいかしら? そろそろ始めようと思うのだけれど」
女神のその言葉に、訊き忘れたことはないか考える。
だがもうミコトには思いつかなかったので、黙って一度頷いた。
「では。――三、二、一」
カウントダウンが開始され、ミコトは周囲を警戒する。
いつでも動けるように身構え――
「ゼロ」
第三ゲームが、始まる。
****************
ざくざくと足音を立てながら、歩き慣れない森の中を歩く。
雑草や落ち葉で覆われた土はところどころぬかるんでおり、うっかりすると転びそうになる。
だが、そこまで険しい訳ではない。歩こうと思えば歩けるし、道も平坦だ。
ただ、ここで鬼ごっこをできるかと言われると自信がない。
「ふう……早くユウくんたちと合流しないと」
未だ方針すら決めかねているミコトにとって、ここで敵と出会うのは相当まずい。
退場させない方向ならばミコトにできることは皆無、逃げるしかない。
しかもこの足場。周りは木々に囲まれ、真っ直ぐ走ることは叶わない。
「とにかくこの森は早く抜けたいなあ……」
戦うにしろ逃げるにしろ、都会っ子のミコトにとってこの森はアウェイもいいところだ。
敵に見つからないうちに森を抜け、ユウたちと合流し――
「あ」
しかし、希望的観測は必ず覆るし、最悪の事態はあっさり訪れるものである。
思わず立ち止まったミコトは声を漏らすと、
――目が合った男と、数秒間見つめあった。
************
ゲーム開始直後。
ミコトは身構えていたが、周りに誰かが現れる様子はなかった。
第二ゲームのように実は近くに居た、なんてことはないようである。
――さて。どこに向かおう。
それがミコトがまず考えたことだ。
ユウたちと合流するのが最優先事項。次いで宝探し。
だが、どちらもどこにいるのか、どこにあるのか全くノーヒントである。
しらみつぶしに探そうにも、体育館と比べ圧倒的に広いと思われる上、地形もまったく分からない。
――考えろ。ユウくんなら、どうする?
「まず、今わかってる状況は……」
黙って考えていると煮詰まりそうなので、声を出してみる。どうせ周りには誰も居ないし。
「第三ゲームは宝探しゲーム。島のどこかにある宝を探し出して、島の中央にある台座に安置すれば勝ち」
それがこのゲームのルールであり、勝利条件である。
「もしくは、最後の一人になるか。島には全部で五十人の参加者。バラバラな位置からスタート、と……」
ミコトのとって『当たり』は四十九分の三である。
やはり闇雲に探し回るのはよくない。ユウたちより先に敵に会う可能性がかなり高い。
「うーん……」
とはいえ場所の検討もつかない。
だが、あまりちんたらやっている暇はない。
勝ち上がれる人数が決まっている以上、先を越されれば今後に差し支える。
「ん、ってことは?」
それは、他の参加者にとっても同じではなかろうか。
どれだけ頑張って宝を探そうとも、先に他の参加者が五人見つけてしまえば負けてしまう。
となれば――
「みんな、台座で待ち伏せを狙うんじゃ?」
闇雲に探す必要は全くない。
結局のところ、台座に行かなければ勝利はないのだ。
であれば、台座で待ち伏せて誰かから宝を奪えばいい。
「我ながら物騒な発想だなあ……」
だが、ここまで勝ち上がった参加者たちだ。それくらいは当然するだろう。
そしてそうなれば、多くの犠牲者が出る。
「行って、止めなきゃ」
段々とこのゲームの流れがミコトにも読めてきた。
おそらく、ほとんどの戦いは台座の付近で発生する。
宝の奪い合い、それがこのゲームの肝だ。
「じゃあ、目的地は台座だ!」
ミコトが思い付くことを、ユウが思い付かないはずがない。
それによく考えれば、僅かでも場所のヒントがあるのは台座だけなのだ。
誰かと合流するなら、そこを目指すのが自然な流れだ。
「よし――」
だが、問題が一つ。
「島の中央って……どっち?」
************
その問題は、「とりあえず海岸線と垂直に進む」ということで片付けた。
綺麗な円形の島ならそれで中央に辿り着けるし、まったく見当はずれという訳でもないだろう。
その推測は、全く嬉しくない形で正解だと判明した。
台座を目指すのは、最早全参加者の共通認識だろう。
つまり、近付けば近付くほど誰かと出会う可能性が高くなる。
そして案の定、ユウたちより先に敵に出くわしたのだった。
「あの……」
目が合った彼に、話しかける。
何しろ、お互いばっちり気付いているのだ。
先に気付いていたらそっと身を隠すという選択肢もあったが、それはもう不可能。
戦うという選択肢もミコトにはあり得ないので、あとは逃走か対話しかない。
だが。
「やっぱりダメかっ」
彼は、何も言わずにこちらに向かって猛然と駆け出した。
対話する気は一切ないようだ。
――であれば。
三十六計逃げるに如かず、逃走あるのみだ。
彼から遠ざかるように、ミコトもまた猛然と駆け出す。
第三ゲーム、相も変わらずピンチ続きのミコト。
彼は逃げ惑いながら、それでも意志だけは勝利を向いてひた走るのだった。




