第二章幕間 勝利
目の前で、突然四人の人間が姿を消した。だが彼は驚いた様子もなく、目を瞑って長く息を吐き出す。
「――行ったか。頼んだぞ、ミコト、ユウ、アカリ、リョウカ」
消えた四人の名前を呼ぶサダユキは、しばらくそのまま彼らに思いを馳せた。
会ったのも初めてで、仲間として過ごした時間より殴り合った時間の方が長いくらいだ。
だが――いや、だからこそ。サダユキは彼らを信じることにしたのだ。
「さて。じゃあ彼らの言いつけを守るとするか」
一人呟き、体育倉庫へと足を向ける。
身体のサイズは戻っている。随分と近くなったそこに、サダユキはあっさり辿り着いた。
「……あら。もう行ったのね」
扉を開けると、サダユキを見た少女がそう声を発する。
この学校の生徒会副会長、アオカだ。
「ああ。話は聞いているようだな」
サダユキは答えつつ、その話をしたであろう二人に目を向ける。彼らはその視線を受けると、居心地悪そうに身じろぎした。
「あの……。あの人たち、何か言ってましたか?」
二人のうち、一人がサダユキにそう訊ねる。
「いや、何も。……安心しろ、彼らも理解はしている。君たちが悪いわけじゃない」
サダユキが答えると、二人はほう、と息を吐いた。
安心したけど、素直に安心するのは憚られる――そんなため息だ。
彼らは、タイジュを消した二人組だった。退場させられた後意識を取り戻すと、ユウから短く説明と指示を受け、体育倉庫へと追いやられていた。
「そう気に病むな。ここに居る全員、少なからず誰かを消しているはずだ」
そう言って視線を他に移せば、アオカはあっさりと頷き、奥に居るもう一人の少年もおずおずと首を縦に振った。
そしてかくいうサダユキも、教室で相当な人数を消していた。その選択が間違いだとは思ってはいないが、やはり思うところはある。
しかし――今その程度の罪悪感しか抱いていないのは、女神のせいかミコトのおかげか。
どちらにせよ、まともな感覚ではなくなっているのだろうなと思う。
「――さて。ミコトたちから君たちを引率するように言われている。ここに居てもいいことは無いだろうし、移動しようと思うが?」
そんな感慨を脇に置いて、サダユキは自分の使命を果たす。
戦いはミコトたちに任せた。ならば、残された退場者の面倒を見るくらいしなければ、彼らに顔向けできないというものだ。
全員が何となく頷いたのを見届け、サダユキは彼らを引き連れて歩き出した。
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「ねえ、ヒヨシ」
二年A組に向けて歩く道すがら、不意にアオカがそう声を上げた。「なんだ」と声を返すと、彼女は問いを発した。
「あの子たちが勝てると思ってるの? あんた一人の方がよっぽど強いだろうに」
その問は、どういう意図を持つものなのか。無表情に訊ねる彼女から、それは読み取れなかった。
「……単純に戦うだけならそうだろうな。ただ、俺は彼らに託して正解だったと思っている」
「……どうして?」
だからサダユキは、自分が思っていることをそのまま答えた。その答に、アオカもそのまま問を投げ返す。
「彼らは、人を惹き付ける心を持っている。この先でも、きっと仲間を作るだろうさ」
サダユキがそうだったように。そして、おそらくはタイジュも、リョウカも。
自分に足りないものを、仲間と補い合って進む。それが彼らの『強さ』なんだと思う。
「ふーん。まあ、エイタ様には敵わないと思うけど」
「エイタ?」
話を聞いておいて、アオカはバッサリとそれを切り捨てた。耳慣れない名前にサダユキが聞き返すと、リョウカは頷いて答える。
「ビョウドウインエイタ様。あんたに分かるように説明するなら、ツトムの弟っていうことになるわね。どちらかと言えば、エイタ様の血縁上の兄がツトムってだけなんだけど」
同じじゃないかと言いたいが、アオカには重要なことらしいので触れずに置いた。
「強いのか?」
代わりにそう訊ねるとアオカは首を横に振って、
「すごいの」
それだけを口にした。その顔は恍惚とした笑みを浮かべ、至上の幸福を感じているとばかりに。
「……そうか」
ビョウドウインの家のことは、サダユキも多少知っていた。アオカの口ぶりからすれば、ツトムなんかよりも数段厄介な相手だろう。
「そうよ。……そっか、なら私頑張って戦う意味も大してなかったわね。どうせ優勝は彼なのに」
アオカは、ふと気付いてそうこぼした。
サダユキは彼女とミコトたちの戦いについては詳しく聞いていないが、話を聞くにミコトたちを優勝させたくなかったのだろう。ミコトたちと戦う理由は、自分の願いを叶える以外それしかないのだし。
「まあ、お前がそう思うのは自由だ。俺はミコトたちを信じる」
「そう。それはあんたの自由ね」
数秒アオカと睨み合い、やがて二人は黙って教室へと向かう。
――皆、頼んだぞ。
再び心の中で、祈るようにそう唱えた。
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体育館の中には、殺意が満ち溢れていた。
第二ゲーム開始直後。小さくなった人間たちが、右へ左へ獲物を探して、あるいは逃げ惑って走り回る。
「うおおお!!」
そのうちの一人、少年は雄叫びを上げると近くの少女に向かって飛び掛かる。
しかし、目の前で不思議な現象が起こった。
少女の身体が、突然大きくなったのだ。
ルール通りなら、当然起こり得る現象ではある。だが、彼女は誰かに触れるどころか、微動だにしていない。
「な――」
しかし、その驚きは長くは続かなかった。
目の前でもう一段階少女が大きくなるのを見たかと思えば、
――次の瞬間、少年はどこにも居なかった。
意識も心も魂も、全てが一瞬のうちに消え去る。
そして少女もまた、その姿を体育館から消していた。しかし、彼女には全てが残されている。ただ真っ白な空間で、彼女は佇んでいた。
「楽をしているわね。楽しい?」
「――私は従者です。ただあの方と共にあり、あの方の指示に従うだけ。楽しいかどうかなど関係ありません」
不意に現れて話しかける女神に、少女は目を瞑ってそう答える。
「私はつまらないわ。あなた、もう少し何とかできないの?」
「私は、ただ従うだけです」
口をとがらせて不満を言う女神に、彼女はただそれだけを繰り返した。
「もういいわよ」とぼやきながら、女神は手を叩く。
次の瞬間には、少女の目の前の景色は一変していた。
今までと違い、そこは見たこともない場所だった。
鬱蒼と茂る木々、ぬかるんだ土が剥き出しの地面、そして静寂。
「……!」
しかし、すぐに静寂は破られた。
近くの茂みから、ガサガサと何かが動く音が聞こえたのだ。
少女は音と反対方向に飛び退ていて素早く身構える。
「やっぱりトワか。無事か?」
突然声が声が響いたかと思えば、それは先ほどの音とは反対方向から聞こえた。
しかし、少女は声の主を知っていた。だから驚くこともなく、ゆっくりとそちらを振り返る。
「はい。お気遣いいただきありがとうございます、」
そして、深々と頭を下げると口上を述べた。
「――エイタ様」
顔を上げながら、少女はその名を口にする。
視線の先には、穏やかに微笑む少年の姿があった。
「ここが次のステージみたいだな」
「はい、そうですね」
少年の発言を、少女はすぐに肯定する。
「じゃあ、今までと同じように。楽に勝たせてもらおう」
「はい、そうですね」
全く同じ調子で答える少女は傍から見れば不自然だが、彼は慣れきっているのか特に気にせず頷いた。
「勝利はいつも約束されている。――ビョウドウインの名の下に」
彼は揺るぎない声と自信を持って、そう宣言した。
これにて二章終了です。ふう。
ここまでお付き合いしてくださっている皆様、本当にありがとうございます。少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです。
そして申し訳ありませんが、三章に向けてまたしばらくお休みをいただきます。次回の掲載予定は、7月14日(土)です。
そこからは引き続き火・土の週2更新でいきます。
また、同じ晩に夏のホラー企画に短編も投稿する予定ですので、宜しければそちらもどうぞ。
あと、二章までの修正も実施します。大筋に変更はありませんが、若干文言や描写を付け加えたりする部分があるかと。
特に変更した部分はどこかしらに記載するので、気になる方はご覧いただければと思います。
あとがきが長くなってしまいましたが、引き続きよろしくお願いいたします。
白井 直生




