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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第二章 犠牲と勝利
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第二章12 圧倒的な力

 誰も消さずにこの戦いを勝ち残り、全員を助ける。それは、余りにも無謀だったのかもしれない。

 勝利を掴もうと伸ばした手は空を掴み、するりと、さらに遠くへとそれは逃げていく。



 それでも掴もうとすれば、そう高望みをしたなら。


 その望みを叶えるには、代償が必要だった。


 この戦いで、ミコトはそれを思い知ることになる。




 大切な仲間を失って、ようやく。




***********


 一言で状況を表すなら、『最悪』だ。


 正面からの戦闘を避け、奇襲でどうにかしようとしていた八十センチ級の巨人――まあ、厳密にはそれでも普通の人間より小さいのだが。


 それが正に、逆に、奇襲を掛けてきたのである。


俺はアイム・ア・……『無敵パーフェクト・ヒューマン』!」


 上から振り降ろされる右手に、タイジュが雄叫びを上げながら右手を合わせる。

 最初に目が合ったリョウカを狙ったらしい巨人の右手は、それで一旦止まる。


「リョウカ、早よ逃げて!」


 だが、ダメージを無効化しているとはいえ大きさは四倍、つまり体重は六十四倍だ。

 そこからの力比べで勝てるはずもない。徐々に眼前に近づいてくる右手に、タイジュは悲鳴に近い指示を飛ばした。


 だが、リョウカは後ろに下がらず前に出た。

 右手を支えるタイジュの脇を通り抜け、敵の右手首の辺りを目掛けて跳び上がる。


 強気過ぎるが、悪くはない判断だ。自分が触れさえすれば勝てるのだから、速攻は一つの有用な選択肢である。

 最短の距離で、最短の時間での攻撃。


 しかし、それは相手が警戒していれば反撃を受ける分かりやすい動きだ。

 そして今回の相手は、しっかりそこを警戒していた。さすがにここまで勝ち残っているだけはある。


 タイジュを押し潰そうとしてた右手をくるりと返す。

 それだけで、タイジュは体勢を崩し、リョウカの目の前には消失をもたらす掌が向けられる。


「焦らない!」


 だが間一髪、ユウが空中に浮いたリョウカの右手を引っ掴んで攫って行く。

 棒を伸ばしての移動は、巨人の右手がリョウカに届く前にギリギリ間に合った。もっとも、ユウがリョウカの挙動を読んで先に動いていたからだが。


「大きいのも考え物なんじゃないかなあ」


 と、突然ミコトの声が響いた。

 彼は巨人のマークから完全に外れ、その足元に辿り着いていた。


「『強制退場』!」


 バッチリ決め台詞まで吐き、能力を発動。

 大きさが倍になる巨人に、ミコトたちの勝利が確定する。


「ミコト……うおおおおっ、ミコトーー!!」


 ここに来て一番の活躍を見せたミコトに、思わずタイジュが叫び声を上げる。


「カッコつけ過ぎだろ。でも、マジでナイス」


 ユウも思わず笑いながらそう声を上げる。


「もしかして、意外に勝ち目あるんじゃない? 小さい五人に囲まれたら、一人くらい見逃しちゃうよねえ」


 アカリがこの勝利に希望を見出し、明るい声でそう言った。


 ――だが。


 扉が滑る音が聞こえ、さらに広く開けられる。


 そこには、あと二人。

 八十センチ級の巨人が立っていた。



 勝利は、まだまだ遠い。



***********


 五対一は、拍子抜けするほどあっさり勝つことができた。

 だがそれが五対二になった途端、勝てる気が全くしない。


 まず第一に、相手の右手を防ぐ手段がほとんどない。

 タイジュなら一時的に耐えられるが、他の四人はそのまま押し潰されるか張り倒されるかである。

 ユウやリョウカの能力では、盾を作ってもまとめて握りつぶされて終わりだろう。


 つまり、同時に攻撃されたらその時点で負けだ。


「くそっ、タイジュと俺が防御だ! あと三人で何とかしてくれ!」


 短く指示を飛ばすユウだが、かなり厳しいことはその声で容易に分かる。

 地面に手を着き棒を伸ばすユウは、ミコト目掛けて振り下ろされる右手の間を通り抜けた。

 棒に阻まれミコトを触り損ねた手が、ユウに標的を変えて動き出す。


「ユウくん!」

「攻撃に集中しろ! さっさと決めてくれ!」


 思わず名前を呼ぶミコトだが、言われるまでもなく逃げるユウはそう返す。

 その声はほとんど懇願のようで、ミコトは気を引き締めて巨人を見据えた。


 ユウが心配する必要がないように。

 ついさっき交わした約束だ。


 向こうでは、もう一人の巨人がタイジュとリョウカと渡り合っている。戦力のバランス的には、ちょうどいい配分になった。


「ハナちゃん、行くよ!」

「うん!」


 アカリの力強い返事を聞くと、二人は巨人に向かって駆け出した。


 二手に分かれて近付いていくと、巨人はミコトの方に狙いを付けたようだ。

 再び突き出される右手を、もう一度ユウの棒が阻む。


 すると巨人はぐるりと振り返り、アカリへと狙いを変えた。

 焦るユウがすぐに方向転換しアカリの方へと向かうが、当然間に合うはずもない。


 振り向きざまにアカリに向けて突き進む右手。

 だが、アカリは持ち前の身体能力を活かしてこれを捌いた。


 横薙ぎに迫る右手を下から自分の右手ではたき上げつつ、床と右手の隙間に身体を捻じ込む。

 空振った右手は宙を泳ぎ、一瞬の隙が出来る。


「ミコトくん!」


 アカリが叫ぶのと同時、ミコトは猛然と駆け出していた。

 巨人の左脚に近付き、左手を伸ばす。これが触れれば、彼も退場させられる。

 突き出した左手が、目標物に触れる直前――


 巨人は、後ろに飛び退いた。


 それだけで今作り出した隙はフイになり、再び距離を詰めるところからやり直しである。


「これじゃジリ貧だな……またかよ」


 大きさというのは、圧倒的なアドバンテージだ。だから、格闘スポーツでは大体階級が存在する。

 始まって以来ずっと不利な戦いを強いられていることに対する愚痴が、思わずユウの口からこぼれた。


「ミコト……アイツの右手に貫通痕が残るくらいなら許してくれるか?」


 ここまで、退場させるときは安全を確保して傷も治ったのを確認してから行っていた。

 だが、今回に限ってはそんな余裕は無い。ミコトとしては嫌な選択だが、ちょっとした怪我が残るか誰かの命が失われるかなら、答は一つだ。


「……後でちゃんと謝ろう!」


 何しろ、『生きてりゃいいことある』のだ。それで一つ、彼にも納得してもらうしかない。

 ミコトが返事を叫ぶと、ユウは頷きを落として巨人に向かって突き進む。


 向かってくるユウを見て、巨人はすぐに右手を勢いよく突き出した。

 ユウはギリギリまでその手を引き付けると、急激に方向転換し後退する。


 棒を折り返すことでその場に残す、対アオカ戦で見せた戦法だ。ただし、今回は折り返した部分が鋭く尖っている。

 アオカと違いそのまま突っ込んだ巨人の右手には、残された切っ先が深々と突き刺さった。


 さらに容赦なくその突起を伸ばすと、手の甲から先端が飛び出す。

 目に見えないが棒から伝わる感触で――なんとも嫌な感触だが――それを悟ったユウは、先端をさらに変化させる。

 傘のように広がった先端はかえし・・・となり、巨人は右手をそこから引き抜けない。


「今のうち! 頼む!」


 既に走り出しているミコトの背を、後ろから声で押す。

 右手が使えなければ、ミコトが負けることはまずない。


 ――そう、右手が使えなければ、である。


 巨人は、自分の手を貫く棒を左手で掴んだ。

 ユウがその可能性・・・・・に気付いた瞬間には、もう遅い。


 巨人をとどめていた棒は、あっけなく崩れ去った。


「物体を壊す能力……! ピンポイントで相性最悪っ――ミコト、後ろ!」


 解き放たれた右手は、迷いなくミコトへと向かう。

 まるで足にたかる蚊を叩くような動作で、ミコトに消失の危機が訪れる。


「ぐっ――」


 かろうじて自分の右手を差し込むことに成功したミコトだが、力いっぱい振られた手の威力に吹き飛ばされる。


「ミコト!」

「ミコトくん!」


 倒れたミコト目掛けて、向き直った巨人がもう一度右手を伸ばす。

 ユウとアカリが叫びながら飛び出すが、どう考えても間に合わない。


 二人は絶望と共に、その光景を見守るしかなかった。

 ミコトの居る位置に、巨人の右手が届き――



 その手が、不意に大きく跳ね上げられた。



**********


 目の前で起きた光景が、信じられなかった。


 吹き飛ばされたミコトは、迫る右手を見て絶望を感じていた。

 ――さっき交わしたばかりの約束を、もう破る羽目になるなんて。


 だが、どう足掻いてもこの攻撃を止める手段は無いし、ユウたちも間に合わない。タイジュたちも向こうで戦闘の真っ最中だ。


 だが、その窮地をひっくり返すことが起きた。


 目の前に突然、見知らぬ男が現れたのだ。

 おそらくミコトの後ろから飛び込んできたのだと思うが、その速さたるや、ツトムの高速移動に匹敵するものがある。


 そして、彼は振り下ろされる右手を、なんと右手の掌底で打ち返したのだ。

 大きく跳ね上げられた右手に、巨人は目を見開いている。


「悪いな、ちょっとコイツに聞きたいことがあるんだ」


 彼がそう言った、次の瞬間。


 軽々と跳び上がった彼に、巨人の側頭部が蹴り飛ばされる。

 ミコトたちと変わらない大きさの彼は、その矮躯で巨体を軽々と薙ぎ倒して見せた。

 頭を強打された巨人は、そこで意識を失ったようだ。


「な――」


 驚きに目を丸くするミコトに、悠々と着地した彼が歩み寄ってくる。


「さあ。お前の能力なら、コイツを消さずに済むんだろう? 早く見せてくれ」

「あ――は、はい!」


 彼の発言と視線に、ミコトは何故か素直に従ってしまった。

 すぐに巨人に駆け寄ると、脚に触れる。


「あの、彼――死んでない、ですよね?」


 と、先ほどの強烈な一撃を思い出し、ミコトは思わずそんなことを訊いた。

 すると彼はふっと笑って、


「大丈夫、軽い脳震盪を起こしただけだ。後遺症の心配も要らない。力加減は得意なのでね」


 ミコトの懸念を拭い去る言葉を的確に伝えてくれた。

 その態度に安心感を覚え、言われた通りに能力を発動する。


「ふむ。仕組みは後で聞くとして、こっちは大丈夫そうだな。なら――」


 巨人がさらに巨人になるのを見届け、彼はそう呟いた。

 そして次の瞬間には、目にも止まらぬ速さでミコトの前から姿を消す。

 風のたなびく方向的に、タイジュたちの方に向かったのだろう。


「ミコトくん! 大丈夫!?」

「何があったんだ?」


 と、駆け寄ってきたアカリとユウがミコトに口々に問いかけた。


「うん、大丈夫。えーっと……」


 とりあえずアカリの問にだけ答え、何と説明したものかと悩む。

 だが、その心配は必要なさそうだった。


 向こうの方でも、すぐに巨人が倒される音が聞こえたのだ。


「なんか、助っ人参戦? とにかく、あの人が助けてくれたんだ」


 倒れたもう一人の巨人の横に佇む男を指差して、ミコトはそう言った。


*********


 もう一方の巨人はその後リョウカが固定していたので、すぐにミコトが退場させた。

 その後アオカを呼んで扉を閉めてもらい、今度は念を入れて扉をリョウカの能力で固定しておいた。


「さて。じゃあ、いろいろと訊かせてもらっていいかな」


 落ち着いたところで、例の男がそう切り出した。


「いや、まずいろいろ訊かせてほしいのはこっちの方なんやけど」


 タイジュの言い分はもっともで、そもそも「あなたは誰ですか」というところから始めなければならない。


「三年生のヒヨシ先輩ですよね」

「おや、自己紹介は必要ないか。その通りだ」


 その疑問に答を提示したのはユウだった。彼はそれを肯定したのだから、「ヒヨシ先輩」その人に間違いはないようだが……


「どちらさま?」

「お前ら、校内新聞とか見てないの? ヒヨシサダユキ先輩。去年の空手の全国大会優勝者だよ」


 校内新聞と言えば、ときどき配られるアレだ。そんなものに隅から隅まで目を通しているのはユウくらいなものだろう。

 事実、他の四人はそれを聞いて全員驚いているのだから。


「この学校、そんな凄い人が居たんですね」

「だからあんなに強いんだ!」

「あ、助けてくれてありがとうございました」

「いやいや、それでもさすがに人外過ぎるやろ。能力じゃね?」


 口々に感想を漏らすミコトたちに、ユウはため息を吐く。当のサダユキ本人は大して気にした様子も無く、軽く手を上げて答えた。


「ああ、最後の彼の言う通り、能力で身体を強化している。俺の話は、とりあえずそんなところでいいかな?」


 さらりと自分の能力を明かすサダユキに、ユウは怪訝な顔をした。


「別に知られて困る能力じゃないだろう。それよりも、君たちの話を聞かせてくれないか」


 その疑念を解消して、サダユキは改めてミコトたちに問いかけた。

 ミコトはユウと目を合わせ、お互いに頷き合う。


 彼はおそらく、話のわかる人物だ。


 その認識を目線で理解しあい、ミコトから説明を始めた。


**********


 彼はミコトたちの説明を、最後まで黙って聞いた。

 そして話が終わると、目を瞑ってしばらく考えた後、何度か頷きを落とす。


「なるほど、『退場』か。それは盲点だった」


 素晴らしい発想だ、と賛辞を述べる彼に、ミコトは「いやあ」と頭を掻く。


「俺も、このゲームを終わらせたいと思っている。それには勝ち残って願いを叶えるしかないと思っていたが……」


 サダユキのその言葉に、思わずミコトたちは目線を交換する。


「このゲームが終わるまで、という制限付きにはなるが。もし良ければ、協力させてほしい」


 果たして、サダユキはそう言った。

 予想通り――だが、これ以上はなくありがたい言葉を。


 彼の持つ高い技術と、能力で強化された膂力。

 その二つを駆使して、巨人を一瞬で制圧してみせた圧倒的な戦闘力。


 そんな彼が味方に付いてくれれば、これほど頼もしいことはない。


 何より、彼の誠実な人柄は話しているだけでひしひしと伝わってくる。

 武道を極めている人間であるというのもその点を後押し、この短時間で全員がすっかり彼のことを信用してしまった。


「よろしくお願いします」


 ミコトが差し出した手を、彼は笑顔で握り返した。

 二回戦、窮地を乗り越えたミコトたちは一転、心強すぎる味方を得たのだった。

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