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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第二章 犠牲と勝利
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第二章9 我臣生誕

 何が起こったのか、分からなかった。

 いや――何が起こったかは明白だ。ただ、何故そうなったのか。それが分からないのだ。


「く、くくっ」


 不意に声が響く。小さな声だったが、他に声を発する者が居なかったから。


「クククククッ、ハハッ、ケヒッ、アハハ。アハハハハハハハハ!」


 段々とボリュームを上げて響き渡るその声は、この状況を生み出した女子生徒――アオカのものだった。

 豹変、と言うに相応しいその様子に、ミコトたちは全員が唖然としてそれを見ていた。


「ハハハハハハハハハハァッ、ざまあぁーーーーあみろ!!」


 首を上に向け目を見開き、虚空に向かってそう吠える姿は一見して狂っている。

 かと思いきや、急に彼女は静かになると呟く。


「ホント、つまらない男だったわね。所詮はこの程度か」


 今までのぶんを取り戻さんとばかりに、アオカは感情を振り乱している。


 笑い、叫び、かと思えば黙り、次の瞬間にはまた笑い出す。

 理解を超えた振る舞いをするアオカの姿に、ミコトたちは動くことも、言葉を発することも出来なかった。


「さて、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をしてるそこのキミ達ぃ。とりあえずはそうね……ありがとう、とでも言っておきましょうか」


 言葉を紡ぐと再び高笑いを始める彼女に、なんと答えたものか。


「な、なんで……なんで会長を……?」


 恐る恐る声を上げ、ミコトが先陣を切った。


「んんん? そーかそーか、そこが気になっちゃうかー。いいよ、教えてあげる。あなたちのお蔭でもあるしね!」


 クククッと喉を鳴らしながら、彼女は楽しそうに喋っている。全くもって理解が及ばない。


「私はね、生まれた時からずっとツトムに付き従ってきた。何故だと思う?」

「お家の事情ってヤツだったか。噂なら聞いたことある」


 唐突なアオカの質問に、ユウが口を開いた。それはどうやら正解だったらしく、彼女は上機嫌に頷く。


「そうそう、やっぱり噂にはなるわよねー。我が高風家は平等院家に絶対服従。それが習わしだったわ」


 可笑しそうに身の上を語り出すアオカは、そこで言葉を切ると突然真面目な顔になった。


「で、ツトムの従者になったのが私。アイツは本当にダメな奴だったわ」

「ダメ……? 生徒会長が?」


 彼女の突然の罵倒に、アカリが首を捻る。生徒会長が『ダメな奴』だと言うなら、一体誰が優秀だと言うのか。


「ええ、確かに彼は大体のことは人並み以上に出来たわね。成績優秀文武両道、生徒会長も立派に務めていた……でも、それだけ」


 またも一転、笑顔を弾けさせて語る彼女は、しかし最後の一言でツトムを否定した。


「平等院家の人間は、その程度ではダメ。全然ダメ。日本を、いえ世界を動かす人間を育てるのが平等院家だもの」


 唐突に感情を消し去り、最初と同じような無表情で彼女はそう言った。

 だが次の瞬間には感情が舞い戻り、陶然とした面持ちで続ける。


「現当主と先代当主のお二方は本当に素晴らしい――いえ、凄まじい方々よ。あんな半端物を平等院家として認めたくないと、常々おっしゃっていたわ」

「――だから、殺したん?」


 心ここに在らずという彼女に、タイジュが直截な問を投げつけた。


「殺した? そんな大層なものではないわね。――間引いた・・・・のよ」

「……っ」


 本気で不思議そうな顔をするアオカに、タイジュはぎちりと歯を噛んだ。眉間に深く皺が刻まれ、怒気が溢れて伝わってくる。


「なあに? そんな怖い顔して。別に私の独断じゃないわ、当主様から言われていたのよ。『間引けるのなら間引いてしまいなさい、角を立てずに。そうすれば、君をエイタの嫁として迎え入れてもいい』ってね」


 平等院家の深すぎる闇が垣間見え、ミコトたちは戦慄した。


 息子を間引くという発想もそうだが、それをただの女子高生に実行させるというのは、一体どういう思考をすれば辿り着く境地なのか。

 そしてそれを嬉々として語る、アオカの精神性も。


「エイタ?」


 と、ユウが耳慣れない名前に気を留めて尋ねる。


「そう、ツトムには弟が居たのよ。彼よりずっと優秀な、ね。彼と結婚するなんて人生の成功を約束されたも同然よ」


 フフフ、と頬を染め笑う様は、そこだけ切り取れば恋恥じらう乙女のようだ。

 だがもちろん、代わりに犠牲にしたものを思えばそれは毒婦の嘲笑だ。


「じゃあ、そのために……?」


 リョウカが、静かに問い質した。怒りよりも悲しみが強そうなその表情は、複雑な感情が入り混じっているようだった。


「ええ、それが主な目的ね。後は、そう……」


 あっさりとそれを肯定したアオカは、さらに続けた。


「単純に、ウザかったから」


 ケラケラと笑いながら言い放ったアオカは、そこから顔を喜びに、悲しみに、怒りに、憎しみに、次々と変化させた。

 これほど不愉快な百面相もないだろう。そしてそれは最後に怒りで固定され、感情を爆発させた。


「ホンットによお! 大したことも出来ないくせにエラそうに指図しやがって! 生まれがいいだけの世間知らずのお坊ちゃまが! 私が仕方が無く付き合ってやってただけなんて欠片も気付きもしねえ! ウザい、本当にウザい! あ゛あ゛あぁあ゛ああぁーーーー!!」


 積年の怒りを全て声に変換して怒鳴り散らす彼女は、最早けだもののようだった。


 喉が壊れそうな叫び声、耳を掻きむしるような罵詈雑言。吐き出せるものを全て吐き出し、やがて彼女は突然にそれを打ち切った。


「……あぁーーぁあ、本当に愉快。何にも分からないまま、私に裏切られたとも気付かないまま消えちゃうなんて。無様で無礼で無価値な最期。滑稽だわぁ……」


 静かにそう語った後、今度はタガが外れたかのように高笑いを始める。


 極限まで抑圧されていた感情は、彼女の中に淀み、溜まり、そして腐っていた。

 撒き散らされるそれは毒の如くミコトたちを蝕み、陰惨な沈黙を作り出した。


「話済んだ? で、状況は変わらんで? 今降参せんのやったら、ボコボコにしてから退場させる」


 沈黙を破ったのは、強気なタイジュの発言だった。

 それを聞いたアオカはピタリと笑いを止め、タイジュを視線で舐め回した。


「そうねえ。まず降参する気はない。アンタたち、もし勝ち残ったら『全員を元に戻す』とか願いそうだし」


 アオカの発言は的確にミコトたちを理解していた。もっとも、ミコトの能力を考えれば誰でも分かることかもしれないが。


「それの、何がいけないって言うんですか」


 ミコトの問に、アオカは再び笑い出す。


「聞いてたら分かるでしょ? ツトムが生き返ったら困るもの、折角消してやったっていうのに。アンタは頭残念なのねー」


 心底馬鹿にした、神経を逆撫でする笑い声だ。普段滅多に怒らないミコトですら、顔をしかめている。


「いい気になってるみたいだけどさ。タイジュの言う通り状況は変わらない。そんな余裕ぶっこいてて大丈夫か?」


 怒らないミコトの代わりに怒るのは、ユウの役目だった。静かに言葉を発する彼が怒っていると分かるのは、ミコトくらいなものだが。


「へえ? 一対五だから有利だとでも思ってるの――」


 言いつつ、アオカは自分の胸に手を当てる。すると、その背中からは翼が生え、羽ばたきと共に舞い上がる。


「私の能力は『我臣生誕がしんしょうたん』。触れた物を私に従順な生き物に変える能力」


 上からミコトたちを見下ろしながら、アオカは自身の能力を語り出した。


「で? それでさっき俺らに負けたの忘れたん?」


 だからなんだ、とばかりにタイジュは言い腐す。


「ええ、まあ確かにちょっと油断したわね。でも……」


 アオカは素直にそれを認めると、能力を解除し棚板に降り立った。

 そしてそこに手を着くと、


「これでもそんなことが言える?」


 口の端を歪めアオカがそう言った瞬間、あり得ない現象がミコトたちを襲った。


 棚板が大きく波打ち、ミコトたちを弾き飛ばしたのである。

 体が宙を舞う感覚を得ながら、アオカの高笑いが耳を引っ掻いて行った。


************


「な――!」


 突如空中に投げ出され、驚きの声もまともに出ない。


 アオカは、全員が立っていた棚そのものを生き物に変えたのだ。

 生を得たそれはアオカの下僕となり、その体を震わせてミコトたちを振り落としたのだった。


 落下中の目まぐるしく動く視界の中、ミコトはユウが能力を発動するのを捉えた。


「全員掴まれ! ハヤミさん、頼む!」


 全員が捕まれるよう棒を伸ばしたユウが声を上げると、各々なんとかそれに齧り付いた。

 そして、


「か……『固定』!」


 叫ぶリョウカの声に従い、棒の落下が止まる。

 掴まっていたミコトたちはガクンと衝撃を受けるが、地面に激突するのは免れた。


「アハハハハハハ! いい様ね!」


 アオカの能力の支配下に置かれ巨大な生物となった棚は、全身を波打たせ腹にため込んだ備品たちを撒き散らしていた。


 リョウカの能力のお蔭で自分に直撃さえしなければ落ちる心配はほぼ無いが、すぐ近くを落下していく質量体に恐怖を感じずにはいられない。


「タイジュ、先に飛び降りろ! 順番に飛び降りるからぶつかる直前に『無敵』かけてくれ!」


 必要最低限の言葉で飛ぶユウの指示に、タイジュは名前を呼ばれた瞬間には落下を始めていた。


 タイジュが着地したのを見届けると、ユウがリョウカの名前を呼ぶ。

 そこから続けざまに落下と指名が繰り返され、五人は無事地上に降り立った。


「わ、上上!」


 休む間もなく突如叫びだすアカリの声で見上げれば、棚だった生き物がその脚をミコトたち目掛けて振り下ろすところだった。

 かろうじて散り散りに逃げるミコトたちだが、誰も潰されなかったのは神回避としか言いようがない。


 ミコトたちの何倍あるのか考えるのも嫌になるその巨体は、アオカの命令に従ってちっぽけな生き物を踏みつぶそうと鼻息を荒くしている。――鼻息はさすがに無いか。そもそも鼻ってどこだ。


 大きい、というのはそれだけでここまで脅威になるのだと痛感する。だが――


「大きければいいってもんじゃないですよ……!」


 再び脚を振り上げようとする元棚より、リョウカの方が早かった。

 彼女が金属製の脚に触れた途端、それはピタリと沈黙した。


「ぐっじょぶ、リョウカちゃん!」


 親指を立てるアカリに、リョウカはニコリと微笑む。


「ホント、アンタが一番厄介ね。相性最悪」


 だが、そんな余裕はどこにも無かった。

 声と共に、翼をはためかせてアオカが上から滑空してくる。


 だが、彼女が伸ばした右手がリョウカに届く前にタイジュとユウが動いている。

 タイジュは飛び蹴りをかまし、ユウは棒を伸ばし突きを放った。


「ちぃっ」


 二人の攻撃が当たる直前、彼女はそれを察して上昇に転じた。距離を取ってミコトたちを見下ろし、一人一人を睨み付ける。


「めんっどくせえなあ! なんで五人も居るんだよ、しんどいわ!」


 急に怒りに声を荒げ、女性とは思えない汚い口調で言葉を発するアオカ。

 それを見たタイジュが相変わらずの悪い笑みで挑発する。


「ようやく分かったんか。なら早よ降参せいよ」

「勝つのはしんどいって意味よ。負けはしないわ」


 間髪入れずに言い返した彼女は大きく翼をはためかせ、笑いながら更に高く舞い上がった。


「空中戦なんて誰もできないでしょ? 一人ずつ、じっくり時間を掛けて始末してあげる」


 表情がよく見えないくらいの距離まで離れたが、酷薄に頬を歪めているのは容易に想像できた。


 そして彼女の言う通り、上空を飛び回る敵に攻撃する術はミコトたちにはない。少なくとも、ミコトには思い付かなかった。


「……これは……またか――」


 と、横から深いため息と呟く言葉が聞こえてきた。見れば、ユウが目頭に手を当てて俯いている。


「どうしたの、ユウくん?」


 問いかけると彼は顔を上げ、ミコトを、アカリを、タイジュとリョウカを見回した後、視線を上に向けた。

 遥か上空で羽ばたくアオカを見つめ、一つ頷きを落とす。


「タイジュ、詳細は任せる。物を投げるでも何でもいいから、とにかく副会長の気を逸らしてくれ。あわよくば落としてくれると助かるけどな」

「ユウ、お前もしかして……」


 指揮権委譲の発言を受け、タイジュはユウが何をしようとしているのか察した。だがそれを言葉にする前に、ユウが床に手を着いた。


「任せたぞ」

「……わかった。気ぃ付けてな」


 その姿勢のまま視線を送られ、タイジュはそれだけを口にした。ここでようやく、ミコトにもユウの意図がわかった。


「ユウくん! ……無茶しないでね」


 体育倉庫に入ってから、既に二度も瀕死の重傷を負っているのだ。血まみれの彼の姿がちらつき、思わず埒も無いことをミコトは叫ぶ。


「今度はお前らの頑張り次第だからな。任せたよ」


 ニヤリと笑って、ユウは能力を発動した。

 彼の左手から棒が突き出し、上へ、上へと伸びていく。

 それに引っ張られ、ユウもまた上へ。


「あら……ここまで追いかけてくるんだ」


 目が合って、アオカが意外そうな声を上げる。

 その声にニヤリと笑みを返し、ユウは不敵に声を発する。


「おう。やってやろうじゃないの……空中戦!」


 左手から角度を付けて伸ばした棒に、両足を置く体勢。


 ――正に、空前絶後。


 空を駆ける鬼ごっこが、始まろうとしていた。

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