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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第二章 犠牲と勝利
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第二章8 生じた隙

 平等院力は、いわゆる名家と呼ばれる平等院家の跡取り息子である。

 常に他者の上に立って導く、優れた存在であれ――それが平等院家の教えだった。


 そんな力が普通の公立高校に通っているのは、そこで凡百の民の扱い方を知りなさいという父親の方針だ。

 だから当然、彼は学校の頂点――生徒会長になった。そこでも高い評価を得ており、自分の人生に全く問題はないと力は思っていた。



 高風家は平等院家に代々仕える一族であり、もちろん青加もそうだ。

 幼いころからずっと一緒に育ってきたが、絶対に情を持つなと言われ続けてきた。

 力は疑いも無くそれを信じたし、父の高風家の扱い方がそのまま答だった。


 それに加え、何を考えているか分からない、だが力に絶対服従の青加を見て、情が湧くとは一向に思えなかった。


 感情を持たない道具。それ以上の価値を青加に見出すことはなかった。

 むしろその感情の無さに不気味さすら覚え、嫌っているくらいだった。



 今回のゲームは、神がツトムに与えた試練だと思った。

 ここで一番になれば、名実ともに同じ年頃の人間の頂点に立つということになる。それは最早、ツトムには僥倖とすら思えた。


 予想通り、計画通り、ツトムは第一ゲームを余裕で勝ち上がった。


 そしてその後教室を出ると、三年生の他のクラスを潰してまわった。

 四階の廊下で待ち伏せ、教室のドアが開いた瞬間に不意打ちで出てきた人間を消す。それだけの簡単な作業だった。


 別に真っ向勝負で勝てない訳ではない。だが、労力は可能な限り抑えるべきだ。

 実に効率的に、ツトムは勝利への道を歩む。

 どんな手を使っても構わない、ただ勝利を。それがツトムの正義だった。


 そうして他のクラスを潰し――


************


「――ちっ、嫌なことを思い出したな」


 ツトムは苦い顔で呟いた。


「渋い顔やな、意外と余裕無いんちゃうん?」


 それを見てタイジュが煽りを入れてくるが、ツトムの苛立ちの原因はこの戦い・・・・ではない。



 一対五、実質一対三の戦いが始まってから数分が経過しているが、未だ状況に大きな変化はない。


 それはおそらく、ミコトたちに攻める気があまりないからだろう。

 突っ込んでくるなら返り討ちにする自信がツトムにはあったが、彼らは十中八九ユウの回復を待っているはずだ。

 ユウは、戦いが再開する直前に身体のど真ん中の穴に手を当てて倒れた。失血による気絶だろう。


「鬱陶しいのは事実だな。特に貴様だ、タイジュとやら」


 彼が担っている役割は大きい。ツトムとアオカの間に立ち己の身を壁としつつ、小銭を取り出した途端に距離を詰めて襲い掛かってくる。


 お蔭で射撃を満足に出来ず、こうして膠着状態に陥っているのだ。彼自身に射撃が通用しないのは、既にツトムにも知れている。


 ならばと小銭を取り出してから右手でタイジュを消そうと思っても、彼の立ち回りはそれを許さない。

 絶妙な距離を保ち右手を警戒しつつも、しっかりと射撃の狙いをつける隙を与えてはくれない。


 しかし、ツトムはただ単にまごついているという訳ではない。

 ミコトがアオカを退場させれば、リョウカが行動可能になる。そうなれば均衡はやはり崩れる訳で、しかしそれを狙うミコトの挙動だけは目を光らせていた。


 結果、傍目には地味な戦いがずっと続いている。

 誰かが集中力を切らせば崩れるような均衡だが、ツトムはもちろん、ミコトたちもユウという希望のお蔭でそれを保っていた。


 しかし、均衡は必ず崩れる。


「ん……」


 この場合は、鍵を握る人物――ユウの目覚めによってだ。

 だが、ミコトたちの待ち望んだそれはツトムに有利に働いた。


「しまっ――」


 ユウの声に気を取られたタイジュが、ツトムから目を離したのである。

 一番気を張っていたであろう彼が、待ちわびていた声を聞いて油断するのを誰が責められよう。


 だが、ツトムはそれを待っていた。

 彼が目を離した一瞬の隙に足を踏み出し、一気に距離を詰める。


「――てない!」


 だが、それに対するタイジュの反応も見事だ。彼が突き出した右手を、右手で防いで見せた。


「いや、ミスだな」


 しかし、それはツトムの計算通りだった。

 右手を掴まれた彼は、即座に左手でタイジュの腕に触れる。


 次の瞬間、タイジュの身体が宙を舞って吹き飛ばされた。

 不意を打たれたタイジュは、二人の間に働く斥力に耐えきれなかったのだ。

 ツトムはしっかりと踏ん張り、その力を制して見せた。


「お前は後でじっくり相手をしてやろう」


 吹き飛んだタイジュの身体は棚板を飛び出したが、かろうじて端に片手で捕まって落下を免れていた。だが、これでしばらくタイジュは動けない。

 そして次の目標をリョウカに定め、彼は小銭を取り出す。


「くっ――」


 咄嗟にマフラーを身体の前で固定し、それに身を隠すリョウカ。

 小銭が弾ける音が聞こえ、射撃を一発は防げたことが分かる。


 ――だが。


「あ……」


 アオカの拘束が、解けてしまった。


 そして、小銭の射撃を陽動に、高速移動したツトムが目の前に現れていた。


「お前がアイツの次に厄介だからな。ここで消えてくれ」


 その瞬間のリョウカの目には、いろいろなものが映った。


 右手を突き出さんとするツトム。

 そのツトムを追いかけるミコトとアカリ。

 動きを取り戻し、辺りを見回すアオカ。

 棚板によじ登ろうと悪戦苦闘するタイジュ。

 そして――


「ハヤミさん、一歩下がれ!」


 大きな声で叫ぶ、ユウの姿。

 反射的にその声に従い一歩下がったリョウカは、不可思議な光景を目の当たりにすることになった。


「!?」


 突然ツトムがバランスを崩し、横ざまに倒れたのだ。


「今だ!」


 続くユウの言葉に、やはり反射でリョウカは動いた。

 訳の分からない事態に混乱するツトムに、左手を伸ばし――


 その手が体に触れ、ツトムは動きを止めた。


「すぐにアオカから離れろ!」


 続けざまに飛ぶ指示に従って、リョウカは走ってそこから離脱する。


 ――だが、これで。


「ビョウドウインツトム――俺たちの勝ちだ」


 ニヤリと笑うユウの声が、体育倉庫の空気を震わせた。


**********


 一体全体何が起こったのか、誰にも分かっていなかった。

 ただ一人、ユウを除いて。


「何が、起こったんですか?」


 呆然と突っ立っているアオカを警戒しながら、ユウの元へと移動してリョウカが問いかけた。


 ミコトとアカリもユウの方へと駆け寄ってきている。

 どうやらタイジュもなんとかよじ登れたらしく、おっつけやってくるだろう。


「これだよ」


 言いつつ彼見せびらかしたのは、左手から糸で釣り下がる小銭だ。


「いや、全然わからないんだけど」


 横からミコトが口を出した。彼の言う通り、その小銭がなんだと言うのか。


「こいつをこっそりリョウカたちの居る所まで伸ばしたのさ。こんなふうに」


 その言葉に従い、小銭がするすると動く。糸に見えたのはどうやら極細の針金のようなもので、くねくねと自在に動いて小銭を押し動かしていた。


「んんん? 伸ばしてたって……それでなんでああなるの?」

「それに、なんで私の方なんですか? 戦ってたのはタイジュさんなのに」

「ていうか、ユウくんなんでそんな元気に? 傷の治り早過ぎない?」

「待った待った、順番に説明するから。ほら、もうタイジュも来るし纏めてな」


 アカリ、リョウカ、ミコトの順で矢継ぎ早に飛ぶ質問に、ユウはどうどうと手振りをして落ち着くように求めた。

 三人は言われた通り一旦黙り、駆け寄ってくるタイジュを待った。



「さて、じゃあタイジュも来たところで。俺のさっきまでの行動を説明しよう」


 五人が揃ったところで、ユウは説明を始めた。

 おそらくアオカも聞いているだろう。彼女が全く動かないから、ユウはそう解釈した。


「まず第一に考えてたのは、意識を失わないこと。状況も分からなくなるし、その間に皆がやられる可能性だってあった」

「って、全然気ぃ失ってたやんけ」


 説明の冒頭から、タイジュの鋭い突っ込みが入った。


「ああ、あれね、嘘」

「なぁ!?」


 だがユウはあっさりとそれを否定した。ミコトが驚きに思わず変な声を上げる。


「危なくなったら助けるつもりで、ツトムを油断させるためにね。それに、お蔭で仕込みの時間がたっぷり用意できた」


 しれっとミコトたちを囮に使っていたと白状するユウだが、結果としてツトムを捕えられたので文句は出なかった。


「で、その仕込みを使って何をしてたんです?」


 代わりに説明を求めるリョウカの声に、ユウは答える。


「さっきも言った通り、能力を使って罠を仕掛けてた。リョウカの居るところに仕掛けた理由は、タイジュの次に狙われるのはまずリョウカだろうと思ってたっていうのが一つ」

「おう、さらっと俺を見捨てた発言は流しといたるわ。で、他の理由は?」

「いや、そもそもなんでハヤミさんが狙われるの?」


 次の説明に反応したのはタイジュとミコトだった。

 ユウは少し考える様子を見せたが、すぐに言葉を繋ぐ。


「まずミコトの質問に答えようか。ツトムの射撃に対する防御手段を持ってるし、アオカを拘束してるのもリョウカだ。他に狙うところないでしょ」


 まずは言わずもがなの事実でミコトを納得させると、ユウはタイジュに水を向けた。


「で、先に言い訳をしとくと、タイジュがツトムに消されることはまず考えてなかった。他と違ってお前は右手以外を警戒する必要がないからさ。やられるとしたら、斥力で吹っ飛ばされるのが関の山だと思ってたよ」


 実際そうなったことを考えると、ユウの見立ては大正解だった。

 タイジュも『こりゃ敵わねえや』みたいな表情を浮かべ、先を促す。


「で、リョウカの方に仕掛けたもう一つの理由。そっちはもっとシンプルで、ちょっとした隙があればすぐに拘束できるからだよ」

「そりゃそやな。俺の前でコケたとしても蹴り飛ばすくらいしか出来んかったわ……それはそれでやりたかったけど」


 至極当然な理屈とタイジュの意見に、全員が納得と同意を示した。


「で、肝心のその方法をまだ聞いてないよ?」

「それに、意識を保ってた方法もですね」


 アカリが残った疑問を口にした。そう、まだ具体的に彼をあの状態に持って行った仕組みを聞いていない。

 それにリョウカも疑問を差し挟む。


「うん、どっちも俺の能力で、っていうのが一番シンプルな答だな。まずコケさせた方だけど、これもシンプルだよ」


 言いつつ、ユウは再び小銭を操ってみせる。

 地面に着いたそれはするすると動き、ある程度の長さの針金が地面と接する。


 そしてそれは、突然白い物体となって地面にへばりついた。


「特製とりもち。これで高速移動の隙を狙ってたのさ」


 ミコトが屈んでそれに触れると、ネバネバと気持ち悪い感触に囚われる。慌てて手を離そうとするが、力を入れてもほとんど動かなかった。


「ちょっ、ユウくんこれ取れないですよ! あっ、痛い痛い、無理矢理剥がそうとすると皮膚が剥がれそう!」

「そりゃそうだ、それくらいの粘着力が無いと罠にならないでしょ」


 涼しい顔で説明するユウは、しばらく能力を解除する気がなさそうだった。やはりドSである。


「高速移動の隙っていうのは……」


 と、ユウの言葉に疑問を覚えたリョウカが、更に問いを発する。


「アイツの高速移動は一つ縛りがあるんだよ。――力で無理矢理動いてるだけだから、ブレーキが難しい」

「でも、実際ピタッと止まってたよ?」


 アカリの言う通り、彼は何度も高速移動し、目的地でしっかり静止していたはずだ。


「そう、そのためにある行為が必要だったんだよ。――高速移動した後、必ず左手を着いてた・・・・・・・だろ?」

「ああ、そーゆーことね」


 ユウのその説明で、タイジュだけが理解したようだ。

 しかし、他の三人が疑問符を浮かべているのを見てタイジュが説明に回る。


「つまり、アイツは高速移動のとき二回・・能力を使ってたんよ」

「そう、壁とかとの斥力で動いて、床との引力で止まる。だから止まるときは、必ず手を地面に着く必要があった」


 そこまで言われて、ようやく三人にも理解が及んだ。


「ああ! だから、だいだいの位置にコレを仕掛けておけば――」

「左手と両足、どこかには必ず引っ掛かるはずってわけだね!」

「どこに引っ掛かっても、いきなりならバランス崩すでしょうね」


 納得の声を上げる三人に、ユウは満足げに頷いた。

 ちなみに『コレ』を示したミコトは未だに手をへばりつかせたままである。


「で? 気を失わなかったのは?」


 その姿を見届けてから、タイジュがそちらの説明を求めた。


「それもまあ簡単な話で――失血して気を失うんだったら、血を流さなきゃいいんだよ。そしたら、血が戻る分の時間も短縮されて早く傷が治るでしょ」

「……つまり?」

「つまり、能力で一番深い傷を塞いで止血してたってこと。他の小さい傷が治ってから止血を止めれば、後はそこがくっつくだけって状態だから割とすぐに治る」


 ユウの説明に、全員納得したようなしてないような微妙な表情だ。


「まあ、俺もこんなに早く治ったのは意外だったけど。結果上手く行ったんだからいいんじゃない?」


 ユウ自身も疑問は残るのか、無理矢理まとめて話を締めた。

 他の四人も理解を諦め、全員で残された敵――アオカに向き直る。


 見ればアオカは微妙に動いていて、ツトムのすぐ隣に立って彼を見つめていた。


「そんな訳で、会長は今動けませんよ! あなた一人で俺たちに勝てるとは思えませんし、降参してくれませんか?」


 ユウの呼び掛ける声に、アオカは少しだけ首を動かしてこちらを見た。


「大丈夫です、二人とも消したりしませんから!」


 イマイチ反応の薄いアオカに、ミコトが安心させるように言葉を掛ける。

 しかし、アオカは再び目を逸らすとツトムを見つめた。


 そして。


「……は?」


 全員が、自分の目を疑った。

 声を上げたのはタイジュだけだったが、呆気にとられたのは全員同じだ。


 副会長、タカカゼアオカ。私情を持たず、感情は薄く、生徒会長に絶対服従と言われる彼女は――



 その右手で、ツトムを消し去ったのだった。

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