第二章6 並行する戦い
再開した戦いは、終止ミコトたちが優勢――とは行かなかった。
というか、絶賛大苦戦中だった。
「いやあ、あれはずるい。ていうか空飛ぶとかホントうらやましい!」
再開直後、ツトムは再び空から舞い降りたアオカに連れられてミコトたちから颯爽と距離を取った。
そして陣取ったその位置がずるい。
ツトムは跳び箱の上に、アオカは用具棚の上に陣取ったのである。
そこからそれぞれ、ツトムは射撃、アオカはピンポン玉お化けを飛ばしてくるのだ。これでは反撃のしようがない。
「ユウ、どないすんの?」
再び盾になりながら、タイジュががなる。防戦一方と言いたいところだが、先ほどより余程状況が悪い。
何せ、今度はピンポン玉お化けも猛攻を仕掛けてきており、タイジュの陰に隠れていても狙われるのである。
「そこ!」
飛んできた一匹を、アカリが掛け声とともにフルスイングして床に叩きつける。
ミコトもユウも見様見真似でやってはいるが、打率はアカリがダントツである。
しかし、うっかり出過ぎるとツトムの射撃の餌食だ。しかも例の引力による逆方向からの射撃も織り交ぜてきており、背後への警戒も怠れない。
今のところユウが全部見つけて防いでくれているが、このままではジリ貧である。
「とにかく、なんとか距離を詰めないと……くそ、仕方ないか」
ユウは思案した挙句、どうやら苦渋の決断を下したようだ。渋すぎる顔がそれを物語っている。
「聞いてくれ。今から俺が会長の所まで行く。その間に狙撃されたらおしまいだけど、出来るだけ頑張る」
「おおう、かなり捨て鉢な作戦やな……勝算は?」
ユウの投げやりな言葉に、タイジュが多少気圧されたかのような声を上げた。
「五発くらい会長が狙撃を外してくれることを祈る。動き回るからそこまで絶望的ではないと思うけど……」
肩を竦めあっさりと答えたユウだが、かなり危険な行動であることは明白だ。
「で、ユウくんが近付けたらどうすればいいの?」
しかし、危ないと分かっていても何かしなければ状況は動かない。
敢えて失敗した時のことは考えず、アカリが極力明るい声でポジティブな問いを発した。
「俺と会長が戦ってる間に、会長か副会長のどっちかに接近して退場なり固定なりやってくれ。副会長だけになれば手数は激減するから不可能じゃないはず」
ユウもそれを分かっているのだろう、努めて軽い調子で全員への指示を出す。
「接近って……どうやって?」
ミコトの疑問はもっともで、敵二人はどちらも高所に陣取っているのである。ユウは例の『如意棒』で移動できるとして、他四人にそんな移動手段はない。
「……気合と根性。あと工夫」
「なんか、どんどん適当になってません?」
言葉に詰まったユウの捻り出した余りにもな回答に、リョウカがジト目で低い声を出す。
口調こそ相変わらず丁寧だが、だいぶ険が出てきている気がする。
「正直、今誰もやられてないのが奇跡的なくらいだからな。長期戦に持ち込まれれば余裕のあるあっちが有利になるだけだ」
そんな視線を受け、ユウは堂々と言い訳をする。
確かに一理あるし、何より一番体を張るのは間違いなくユウで、誰も文句は言えなかった。
「よし、それじゃ後は頼んだ。……今だ!」
アカリがまたぞろ飛んできたピンポン玉お化けを叩き落としたのを合図として、ユウは声を上げて飛び出した。
地面から棒を生やし、ぐんぐん伸びるそれにしがみ付いて加速する。
案の定、動きを見せたユウをツトムの射撃が追いかける。一発目は、ユウの遥か後方へと突き刺さった。
「今のうちに! アカリ、跳び箱の方は一段ずつなら登れるやろ?」
「たぶん!」
「じゃあそっちはアカリとミコトで頼むわ! こっちは俺とリョウカで何とかするで!」
「わかった! 気を付けて!」
タイジュの指示が飛び、ミコトとアカリ、タイジュとリョウカに別れて動き出す。
いい加減、ユウが指示を出せない時の指示はタイジュという形が出来つつある。
「ナカタさん、なんでハナサキさんをあっちに行かせたんですか? 彼女ならピンポン玉お化けに対処できるのに」
用具棚に向けて走りながら、リョウカが疑問を口にする。
「それは地上での話やろ。これから棚によじ登らなあかんから、自己防衛出来る俺らが行かな」
振り返りもせず、タイジュが前を走りながら叫ぶ。
「それに、俺もお前も途中で落ちても平気やろ? いざとなったら自分を固定すりゃ助かるやんな」
跳んできたピンポン玉にかじられながら、もう一つ理由を口にするタイジュ。
彼自身は見ての通り何があっても怪我をしないのだが、その推測は誤りだった。
「いえ、あの……私の能力、固定しても運動エネルギーは消えないんですよ。だからそれをやっても解除した瞬間にそれまでと変わらないスピードで落ちます」
「マジか、じゃあ頑張ってとしか! 少なくともアカリと違って触っただけで攻撃は防げるし、それで勘弁してや」
リョウカの申告に、タイジュはやらかしたと舌を出す。
誤算と言えば誤算だが、それ以上にミコトとリョウカは分ける必要があるので、これがベストな配置だとタイジュは自分に言い聞かせた。
「大丈夫ですよ、嫌だとか言ってるんじゃありませんから。ただそういうことなので、もし私が落ちたら下にクッションとか用意してから助けてください」
タイジュの方を諦め自分に向かって飛んできたピンポン玉をなんとか左手で止めながら、リョウカは冗談めかしてそう言った。
「いや、そんな余裕どこにも無いわ。申し訳ないけど甘んじて怪我してくれ、治るし」
「ええ……」
だがタイジュはと言えば、現実的な問題を指摘し、けんもほろろな扱いである。別に本当にそうしてほしかった訳ではないが、余りにも手厳しい答に思わず絶句する。
「しゃあないやん我慢してや。治るまでは守ったるから」
「……! しょうがないですね、わかりました」
臆面も無くそんなカッコいいことを言われては、リョウカとしてももう何も言えなかった。
文句も不安も引っ込めて、タイジュの後に続いて走る。
何度かピンポン玉の攻撃を受けたり止めたりしながら、二人は用具棚の足元まで辿り着いた。
「何のために開いとるか分からん穴のお蔭で登れそやな。俺が先行くわ、逆やとパンツ見えてまうからな」
「こんな状況で何言ってるんですか……」
「え、じゃあ見てええのん?」
「いいからさっさと行ってください!」
場にそぐわぬそんな軽口を叩いた後、タイジュは何事も無かったかのように棚を登り始めた。
デリカシーの欠片も感じられない発言に、リョウカはため息を吐いたり赤面して怒鳴ったりと大忙しだ。
――せっかくちょっとカッコよかったのに。
いろいろと忙しい感情に振り回されながらも、タイジュの後を追って棚を登り始めた。
*********
――一発、二発。三発目まで数えた射撃が全て外れたところで、ユウは跳び箱の足元まで辿り着いた。
足元に手を着くと再び能力を発動、上へと棒を伸ばす。
「良い的だな」
上から嘲る声と小銭が降ってくる。ただし、小銭の方はとても目で追えるスピードじゃない。
だから撃ち出すであろう瞬間を予測して、棒を大きく左に曲げた。
狙いを外れた硬貨が地面に突き刺さり、高い音を上げるのを耳の端で聞き届ける。
「ホントにな……」
高所に構える狙撃主相手に、真正面から突破とか無謀にも程がある。
だが、この中でそれが出来るのは自分だけなのだからやるしかない。
更に棒を伸ばすと、一旦解除して隣の跳び箱に接続し直す。
パッと見は壁に貼り付いているように見えるだろう態勢で、ユウはツトムを見上げる。
棒が伸びれば伸びる程、制動が遅くなる――のは、想像力が足りないからだとユウは自覚している。
想像力と言うより、想像を信じ思い込む力。
どうしても物理法則がちらつき、自分の能力の頑強さを信じきれないのである。この辺りは、逆に考えなしで動けるアカリのようなタイプの方が強いだろう。
しかし、そんな愚痴も言っていられない。
次のツトムの射撃にタイミングを合わせ、最大速度で棒を伸ばした。
その射撃は、ユウが今まで居た位置を正確に通り過ぎて行った。
これで、五発目。
宣言通りの弾数を避けきり、ユウの身体は跳び箱の上へと辿り着いた。
「さて、と。じゃあ、さっきのお返しと行こうか」
威勢のいい言葉は、自分を奮い立たせるための虚勢だ。
ツトムが接近戦もそれなりに強いのは最初の攻防で分かっている上に、今度は右手無しという縛り付きだ。
「ほう、面白い。それは?」
「ああ、これ? 最初の方で会長が外した小銭ですよ」
ツトムもそれは分かっているのだろう、余裕な様子で言葉を発する。
そして彼が訊ねたのは、ユウが指で弾いたコインについてだ。実は飛び出す前、落ちているものをこっそり拾っていたのである。
それを左手でキャッチすると、問いかけに答える。
「わざわざ返しに来てくれたのか? 殊勝なことだ」
「いや、バッチリ使わせてもらいますよ。俺は悪いヤツなんで、ネコババします」
ツトムの言葉にニヤリと笑うと、ユウは小銭を手放し――糸で釣られたそれが、ぷらんと手からぶら下がった。
「……催眠術でもやるのか?」
「まさか。」
糸をある程度の長さで止め、それを棒に変換する。
それを見て、ツトムの眉がピクリと動いた。おそらく、ユウの能力はある程度察されているだろう。
そして、ユウは目を瞑る。
――イメージだ。
俺の能力は『接続』、自分の左手と触れた物体を接続する能力。
そして、その方法も種類も自由自在。形、材質、全てが思うがまま。
繋がってさえいれば、どんな形でもそれは俺の能力の範疇だ。
思い描け。今小銭と繋がっているこの棒が――研ぎ澄まされていくイメージを。
「ほう……」
目を開け、ツトムの声を聞き、それが成功したことを確信した。
自分の左手から伸びた棒は、途中からその形を変え――刃となる。
「という訳で、容赦ゼロで行きます。さっきの俺の痛み、あんたも味わってくれ」
切っ先が小銭という間抜けな絵面ではあるが、創り上げたそれをツトムに突き付けて。
「いいだろう、来い!」
戦闘態勢を取ったツトムに向かって、ユウは駆け出した。
**********
タイジュの言った通り、棚を支える柱には細長い穴が等間隔で空いていて、そこに手足を引っ掛ければ何とか登れそうだった。
何度かピンポン玉に襲われながらも、タイジュたちはかろうじて二段目まで辿り着いた。
「ふう。もう一段上か。実際きっついな」
既に高さは自分の身長――もちろん今のであるが――の倍くらいであり、大丈夫だとわかっていても恐怖による精神的な疲労は大きい。
そこを更に化け物に襲われるのだから、消耗具合は相当なものである。
「本当、きつい、です……」
ぜいぜいと息を切らしながら、リョウカがタイジュに続いて二段目にへたり込んだ。
「でもユウたちも戦っとるからな、あんま休んでもいられへんで」
「ほら、しゃきしゃき動きー」と手を叩いて促すタイジュはスパルタが過ぎるが、言うことはもっともである。
可能な限り早くアオカを固定して、タイジュだけでも応援に行かせるべきだ。
「――っ! 本当に、休んでる場合じゃないみたいですね!」
起き上がったリョウカは、不意に鋭い声を出すと左手を伸ばした。
再び、ピンポン玉が襲いかかってきたのである。大口を開けたそれは、リョウカの手に触れてその姿勢のまま固まる。
「うお、マジか! 副会長に見えてなくても襲ってくるってことは、ソイツ自体が意思を持って動いてるってことやな……もしくは、視界を共有? いや、あんだけアカリにしばかれとったら目ぇ回しそやな」
驚き、そして考え込むタイジュだが、そんな余裕は無いはずである。
「タイジュさん、考えるのは後でいいんじゃないですか? アレが意思を持ってようがなかろうが、襲ってくることに変わりはないですよね?」
今この瞬間もユウは戦い、ミコトたちもそこに向かっているはずである。悠長に考えていては、それだけ彼らの負担を増やすことになるのではないか。
「いや、うん。意思があるかは確かにどうでもいいんやけど。――視界を共有してないなら、もしかしたら不意打ち出来るんちゃう?」
顔を上げたタイジュの顔を見て、リョウカは呆れるような頼もしいような、何とも言えない気持ちになる。
「悪い顔ですね……」
本人がどういう表情のつもりなのかは分からないが、盛大に口の端を歪めて笑う様子は悪人一直線である。
思わず率直な感想を漏らしたリョウカに、タイジュはさらに口角を上げる。
「よう言われる。悪人上等、勝ちゃあええんやて」
――本人も自覚していた。更に発言まで完全な悪役のそれである。
「ほんで次のピンポン玉がなかなか来んところを見ると、視界共有の線は薄そうやな。そんならリョウカ、ちょっと耳貸してや」
タイジュは、状況から自身の推測の確信を得る。
そして今までで、いや今世紀最大級(リョウカ比)の悪い笑みを浮かべると、リョウカを手招きした。
もう何も言うまいとリョウカは黙って従い、彼の元に歩み寄って耳に手を当てる。
「――できる?」
やがて彼が小さな声で言った作戦は、作戦としては文句は無い。
「それなら、たぶん。……見ないで下さいよ」
可能か不可能かなら、十中八九可能でもある。ただ一点だけ気になる部分を口にすると、
「それは約束できんなあ」
へらっと答える彼に、込み上げてくるため息と怒りの声、どちらをぶつけようか本気で悩む。
「見たら固定して置いていきますからね、私言いましたからね!」
結局怒声を選択し、ついでに脅しも付け加えておく。
「ええやん減るもんじゃなしに……わかったわかった、見ない見ない」
ニヤニヤしながら尚もふざけているタイジュだが、リョウカが本当に左手を上げたのを見てようやく冗談の矛を収めた。
「ホントにもう……じゃあ、すぐやりましょう」
呆れるやら笑えるやらで、こんな状況だと言うのにうっすらと笑顔すら浮かべる自分に、リョウカ自身驚いた。
けれどそれが――和まされたのが妙に悔しくて、リョウカは意固地に、真面目な顔と声でそう言った。
「よし、頼むで」
そこで真面目な顔を見せるタイジュは、やっぱり根はしっかりしているのだと思う。
「こちらこそ」
そんな感心を悟られるのも何となく嫌なので、リョウカはただそれだけ返した。
そして、二人は即席の作戦を開始した。作戦と言うほど大したものでもないが――
当たればデカい、そんな作戦を。




