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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第二章 犠牲と勝利
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第二章4 戦う意味

 ――彼との出会いは、小学一年生の時だった。

 たまたま隣の席だった僕たちは、すぐに仲良くなった。性格は全然違うのに、何故か馬は合う。そんな感じ。


 彼は頭が良く、運動もでき、僕からすれば憧れの存在でもあった。しかし、彼は僕が何か褒めるたび、そんな大したことじゃないと言ってみせたものだ。

 だが、僕にとって彼はずっと、同じ道の一歩先を歩き、頼もしい背中を見せてくれる存在だった。


 そう、同じ道を。これから先もずっと、同じ道を歩いていくと思っていた。


**********


 沈黙だ。

 音は無く、言葉も無く、答が無い。

 彼はいつだって、ミコトの問に答をくれる存在だった。

 だが、今この瞬間、彼は答をくれない。言葉も、音も。ただ黙って立ちつくし、顔を伏せている。


「もうええわ。ユウ、リョウカ、お前らここで退場しろ」


 あまりに冷たく、突き放すような言葉でタイジュが沈黙を破った。


「リョウカはまだ分かる。巻き込まれただけやしな。でもユウ、お前がそれをやったらあかんよ」


 続く言葉にも、ユウとリョウカは反応しない。ずっと、黙ったままだ。


「俺たちは、ミコトの意志のために戦ってるはずやろ。それ捨てるくらいなら、戦う意味なんてない」


 責め立てるタイジュの言葉に、ようやくユウが顔を上げた。そして口を開き、言葉を発しようとした瞬間。


「――っ!」


 突如響いた高い音に、その言葉を呑み込んだ。

 金属同士が勢いよくぶつかる大きな音だ。聞こえてきた方に目を向けると、体育倉庫の扉に小さな穴が開いている。


「――ふむ。やはりコントロールは難しいな」


 その言葉が、音と破壊をもたらしたのが彼であることを知らせる。

 もしその破壊が、自分たちの誰かに命中していたら。そう思うと、じっとりと背中を汗が伝う。


「あの人、生徒会長の――」

「ビョウドウインツトム、やな。もう一人は副会長のタカカゼアオカか」


 ミコトは、彼をどこで見たのか思い出した。4月に行われた生徒会選挙のポスターだ。

 その記憶をタイジュの言葉が肯定し、もう一人――ずっと動かずにこちらを見ていた女性の正体にも言及する。


「悪い、ミコト。皆も。言い訳は後でする、今はアイツを退場・・させることに集中しよう」

「――うん。信じてる」


 ユウは、呑み込んだのとは違うであろう言葉を口にした。

 そんな彼と目を合わせ、数秒視線を交換し――ミコトは頷き、確かめるように信頼を口にした。


「おいアンタ、扉をきっちり閉めてくれ。それで隅っこの方で小さくなってるといい」


 ミコトの言葉にユウは確かに頷き返すと、目線を上げて退場した少年に話しかける。


「わかった――何だか知らないけど、ちゃんと助けてくれよ」


 そうして、体育倉庫の扉が閉められる。これで、ミコトたちにもツトムたちにも逃げ場はない。


「そんな訳だから生徒会長様、そこの人は無関係で怪我しても治らない。だから狙わないでもらえると助かりますね」


 ユウが一歩前に出ると、ツトムに向かって声を張り上げる。


「いいだろう。こちらとしても無意味に生徒を傷付けるつもりはない。だが流れ弾までは保障できん、そこはお前たちが気を使ってくれ」


 生徒会長という立場上、声を張る機会は多いのだろう。慣れた様子で声を響かせる彼は、その立場に相応しく、生徒を思い遣る言葉を口にした。


「ここでゲームを降りるつもりはありませんか? そこの彼みたいに」


 その態度に希望を見出し、ミコトは退場を提案する。戦わずに済むならそれが一番だ。


「悪いが、それは出来ない。俺には俺の信念があり、それを曲げるわけにはいかない」


 だが、ツトムは明確な意志を持ってそれを拒否した。残念ながら、戦う他に道は無さそうだ。


「さて、もう言っておくべきことは無いか? では、戦いを再開するとしよう」


 その宣言で、問答の打ち切りをツトムが示す。

 様々なわだかまりを抱えたまま、ミコトは再び始まる戦いの渦に呑み込まれていった。


*************


 小銭だった。

 扉に穴を開けたものの正体だ。ツトムは、どういう方法でか分からないが小銭を凄まじい速度で撃ち出し、まるで銃弾のように飛ばしている。


 パッと見には、左手で持った小銭を右手の指で弾いているようにしか見えない。しかし、その結果飛び出す小銭は目に見えない速度で飛来するのだ。


 無論、そういう能力だということは分かる。しかし、彼は自身の身体を高速移動させる術も持っており、ただ小銭を飛ばすだけの能力でないのは確かだ。


「ユウ、このままじゃ埒開かんで! 何か作戦とか思いつかんの?」


 自分の身を盾にしながら、その陰に隠れるユウにタイジュが問いかける。

 何故弾の正体が小銭と分かったかと言えば、彼に当たったそれが足元に転がってきたからだった。


「悪い。でも迂闊に突っ込むとあの高速移動で後ろを取られる可能性が高い。それにまだ副会長も居るんだ、せめて会長の能力が分からないと……!」

「普通に『物体を高速で移動させる能力』とかじゃないんですか?」


 悔しげな顔で状況を口にするユウに、隣でマフラーの盾に身を隠すリョウカが推測の言葉を発する。

 確かにその推測なら、二つの現象に一応説明は付くと思える。


「それだとこのノーコンっぷりが分からないし、何より会長は自分の身体に一度も触れてない」


 だが、その推測を否定してユウが首を振る。

 言われてみれば、最初の一発を含めてツトムの攻撃はかなりの数が外れている。物体を移動させる能力なら一発も外れるはずがないのだ。


「でも、まだそんなに悪い状況じゃない。向こうが飛ばしてきているのは小銭だし、いつかは弾切れするはず――」


 キタネと戦った時は、建物を破壊して弾を生み出すという無限ループ的な手法に苦戦を強いられたのだ。だが、今のところツトムが小銭以外を弾にする様子は見受けられない。


 それならば、いつかチャンスは来るはずだ――という期待はすぐに裏切られた。


 ツトムの横に控えていたアオカが、どこからか白い箱を取り出したのだ。

 学生の手作り感溢れるその箱には、『赤い羽根共同募金』と書かれている。


「しょ、職権濫用だ!!」

「学校を私物化する生徒会を許すな!!」


 ユウの後ろで思わず叫んだミコトに、リョウカの後ろからアカリが続く。


「馬鹿を言え、戦いが終わったら一枚残らず回収するとも」

「血に塗れた小銭を寄付とか頭おかしいだろ……」


 堂々と言い切るツトムに、ユウが思わずツッコミを入れる。募金を武器として使う倒錯っぷりを指摘され、ツトムも納得した様子を見せる。


「ふむ、それもそうだな。じゃあ、この一発は俺の小銭と取り換えておこう」


 言いつつ放った一発は、タイジュにもリョウカのマフラーにも当たらず通り過ぎたようだ。


「どこ狙って――っ!?」


 しかし、それは今までのノーコンとは違い、意図的に外されたのだった。

 『盾』に当たらなかった弾はミコトたちの横を通り過ぎ――


 ――斜め後ろから、ユウの首筋を撃ち抜いた。


 もちろん目で追えるスピードではない。ただ、結果を見ればそういうことだと分かる。


 ユウは突然首から血を噴き出して倒れ、その血がすぐ傍に居たミコトたちに降りかかる。

 倒れた彼は痙攣し、噴き出し続ける血がその身を、周囲を赤く染め上げていく。


「ゆ、ユウくん!!」


 文字通りの血の海に立ちつくし、彼の名前を呼ぶことしか、ミコトにはできなかった。

 見る間に彼の生気は失われ、全身から血の気が引いていくのが分かる。


「ふむ、最初からこうすれば良かったな」


 次の瞬間、突然近くからツトムの声が聞こえた。

 タイジュの足元、低い姿勢で地に手を着く彼の姿が見える。


「おいでませぇ!」


 タイジュはそれを目視した瞬間、右脚を思い切り振り上げていた。

 ツトムが近付いてきた時真っ先に右手で狙うのは自分だと、彼は確信していた。小銭の射撃が通じない自分を、右手で消すしかないと判断するはずだと。


 過たず、タイジュの蹴りがツトムの顔面を打ち抜いた。

 しかしツトムの右手もまた伸ばされており、ほとんど触れたのではないかという近さでタイジュの左脚すれすれを通過する。

 風が左脚を撫でたのを感じ、タイジュの全身から汗が噴き出す。


「うおっ、あっぶな! マジ命拾ったわ!」


 飛び退り距離を取りながら、自分の心臓が痛いほど速く鼓動を打つのをタイジュは感じた。

 だが、それに構っている暇はない。


「チャンスや、囲め!」


 全員に大声で呼びかけながら、前に踏み出し再び距離を詰める。

 リョウカにアカリ、そして呆然としていたミコトも何とか反応できたようで、四人でツトムを取り囲む。


 じりじりと彼に歩み寄り、包囲を狭める。


「行くで!」


 そして、タイジュの合図で一斉に飛び掛かる。

 と言っても、実際に手を伸ばすのはミコトとリョウカだけだ。それぞれの左手、どちらかが触れればその時点で勝利だ。


 しかし、当然すんなり行くはずもない。彼は先ほど似たような状況で、高速移動を使って難を逃れている。

 予想通り、彼は迫りくる四人を一瞥すると地面に左手を着いた。


「そこ!」


 彼の挙を読み、リョウカがマフラーを振るう。

 企み通り、飛び上がった彼はマフラーを巻き込み――静止する布の壁に、離脱を阻止された。


「ちっ――」

「今だ! ミコト!!」


 地に落ちた彼に向かって、ミコトの左手が迫る。

 左側からの攻撃、右手が間に合う可能性は限りなくゼロに近い。


「ミコトくん!」


 しかし、直前でそれは遮られた。

 アカリの警告の声に顔を上げれば、体育倉庫の奥から何かが迫ってきている。


「うわっ」


 危うく身を捩って躱すと、それはツトムの周囲を飛び回ってミコトたちを遠ざけた。


「――副会長か!」


 タイジュが気付き声を上げる。

 ミコトは振り返って彼女の姿を探すが、アオカは跳び箱の前から消えていた。左右に視線を走らせても、どこにも見当たらない。


「あそこ!」


 声を上げ指を差したアカリが示す先に、どうやって登ったのか、備品が置いた棚の中段に彼女は立っていた。


「余所見すんな! まだ四対二やで!」


 うっかりそちらに気を取られたミコトたちを、タイジュのがなる声が呼び戻す。

 見れば、タイジュは一人でツトムと謎の物体を相手取っていた。と言っても、謎の物体の方はガン無視だが。ツトムの右手のみを警戒し、残りの攻撃は全て受け止めている。


 そして受け止められたが故に、謎の物体の姿がようやくはっきりと捉えられた。

 オレンジ色の球体で、同じ色の薄い羽が生えている。そして、タイジュにがっぷりと噛みついている口らしき部位は、境目こそ無いもののギザギザと尖った歯が付いていた。


 ――ピンポン玉の化け物。

 それがミコトの見解だった。サイズ感もそれくらいで、小さくなったミコトたちの頭より少し大きいくらいだ。


「アオカ! コイツは他の三人と戦わせろ!」


 ツトムが叫んだ途端、ピンポン玉はこちらに飛んできた。牙を剥いて襲い掛かってくる様は正に化け物で、思わず身が竦む。

 その隙を見逃さず、それはミコトへと向かって加速した。碌な反応も出来ないまま、近付いてきたそれが――


 突然、叩き落とされた。


 ピンポン玉そのものの動きで、カンコン音を立てながら床をバウンドして転がっていく様子を見れば、そいつがバッチリノックアウトされたのだと分かる。

 余りにきれいな音に、向こうで鎬を削っていたタイジュとツトムの動きすら止まる。


 そして、起こった出来事から一瞬遅れて、ミコトの認識が追い付いた。


「ミコトくん、大丈夫だった!?」


 そう声を掛けてきたのは、この現象を引き起こした張本人だ。


 ミコトは確かに見た。

 彼女が――アカリが、綺麗なフォームで右腕をスイングし、ピンポン玉を叩き落としたのを。


「あ、ありがとう。そう言えばハナちゃん、バレー部のエースだったね……」

「うん、相手が球体なら負ける気がしないよー!」


 若干引き気味なミコトににこやかに笑いかけ、ピースサインまで作っているアカリがそこには居た。

 噂によればアカリのスパイクは、高さこそないものの女子としては規格外の破壊力を誇り、ブロック三枚でも弾き飛ばすとかなんとか。


「あ、おま、逃げんな!」


 タイジュの声が聞こえそちらを見ると、ツトムが離脱してアオカのもとに引っ込むところだった。


「アオカ、態勢を立て直すぞ。どうも戦力の見積もりが甘かったらしい。全く、頭を潰したのに体が強すぎる」

「ピンちゃん、やられちゃった……次は、もっと大きいのにする」


 ツトムの言う通り、全員が戦力を見誤っていた。

 素の身体能力は、アカリの方がミコトより圧倒的に上らしい。というか上だ。


「なんか、ごめん。いろいろ……」

「んー?」


 戦闘面で役立たずとかいう失言や、守りたいと勝手に思ってた事とか、男なのに情けなくてとか。

 ミコトの情けない謝罪を、アカリは全く意に介さず首を捻っている。


 返ってこない答に、まあいいかという顔で首の角度を戻す。彼女はぐるぐると腕を回してツトムたちを見据えると、


「よーし、まだまだここから! ユウくんが復活するまで頑張るよ!」


 現状ぶっちぎりで役立たずなミコトを他所に、気合いの入った声を上げるのだった。

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