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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第二章 犠牲と勝利
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第二章2 最善を目指して

 イマジン鬼ごっこのセカンドゲーム、『身体倍々ゲーム』。そのゲームを共に戦うことになった、二年A組の三人と、二年C組の二人。

 今日知り合ったばかりという急造チームは、自己紹介もそこそこに作戦会議を始めていた。


「まずは、ハヤミさんに説明しておかないといけないんだけど……このチームは、最後まで勝ち残る必要がある」


 進行はいつも通りユウの役割だ。四人にとっては共通認識である勝利条件を、まずは新顔のリョウカと共有する。


「どうしてですか?」


 端的に質問を返すリョウカは落ち着いた様子だ。

 表情もほとんど動かさず、美少女であることも手伝って人形のような雰囲気すら感じる。


「理由としては、ミコトの能力と俺たちの目的だな。コイツの能力は『強制退場』って言って、触れた参加者をゲームから除外できるんだよ。俺たちはその能力を使って、このゲームを出来るだけ犠牲者を少なくした上で勝ち残ろうとしてる」


 分かりやすく要点をまとめて理由を説明するユウに、リョウカはしばらく考え込む素振りを見せた。

 やがて、納得した様子で口を開く。


「なるほど。だからキタネさんが大人しくなってたんですね」

「あれ、キタネくんのことは知ってるんですね。タイジュくんから聞いた?」


 当然のようにキタネのことを口にするリョウカに、ミコトが覚えた疑問をそのまま口にする。

 しかし、それを聞いたタイジュは首を横に振っている。


「そうだな。後で訊こうと思ってたんだけど、そもそもハヤミさんはどうやって生き残った? C組は全員キタネに消されたもんだと思ってたけど」


 ミコトの疑問を受けて、警戒心が漏れ出るユウの問いかけが続く。

 C組に誰も居なかったのは確かにミコトも見ており、どこでどうやって生き残っていたのかは見当がつかない。


「確かに俺も気にはなってたんよ。掃除用具入れに隠れてたのは知っとるけど、あの爆発に耐えられるような作りじゃないやろ?」


 隠れていたなら見当たらないのは納得だが、タイジュの言う通り、蹴飛ばせばへこむような薄っぺらい装甲であの爆発を免れたのは疑問だ。


「簡単なことですよ? それが私の能力なんです」


 ともすれば問い詰められているような状況で、彼女はあっさりと解答を返した。


「どういう能力か聞いても?」

「そんなに面白いものじゃないですけど。私の能力は『物体固定』といって、触れた物体を動かなくする能力です。動かないから、壊れないっていう寸法です」


 ユウの追及に、これまた簡潔にあっさりと答えを返すリョウカだが――


「なんか、すごい強そうな能力じゃない? 『絶対防御』みたいな?」

「そうだね。自分に掛ければそれこそ無敵だし」


 素朴な感想を言ったのはアカリで、ミコトも全く同意見だ。あらゆる物が盾になるということであり、自分も味方も守れる能力だ。


「別にそんなことは。結局右手には消されるでしょうし、同時に止められるのも一個だけですからね」

「まあ確かに、『ダメージを受けない』ってだけならタイジュの能力の劣化版みたいなものではあるな。その間自分が動けないわけだし」


 そんな単純な二人に対し、全員に圧し掛かっているルールを理由に否定するリョウカは淡々としたものだ。それをやはり淡々と肯定するユウと併せれば、淡々と淡々で鍛高譚だ。


「ユウって結構容赦ないよな」

「だけならって言ったでしょ。ハヤミさんの言うことが本当なら、正直俺たちにとってはかなりありがたい能力だよ。何しろ、触れた瞬間に完璧な拘束ができるんだから」


 引き合いに出されたタイジュはリョウカに気を使ったような発言をするが、ユウは気遣いとは別の方向で、『物体固定』の有用性について言及する。


「ああ確かに。でも『本当なら』って……ユウくん、ハヤミさんのこと信じてないの?」


 ユウの言葉に納得はしつつ、言葉尻がどうにも引っ掛かりミコトが問いを発する。


「そりゃ、初対面だし信用はできないよ。鵜呑みにして騙されたら笑ってられない状況だし」


 その主張は正論ではある。確かに、一歩間違えば即命の危機という状況ではあるが――


「こう、なんか、もうちょっとオブラートとか使おうよユウくん。塩対応にも程があるよ、伯方の塩だよ」


 リョウカのとユウを交互に窺いながら、アカリが遠慮がちに気遣いを求める。


「いえ、大丈夫ですよハナサキさん。当たり前のことですし、むしろ疑われない方が不安になります。チームを組む人たちが間抜けでは困りますから」


 そんなアカリの思いとは裏腹に、リョウカは丁寧な口調だがこれまた遠慮のない正論を口にした。無遠慮と無遠慮で無問題だ。たぶん。


「理解があって助かるよ。そんな訳だからちょっと見せてもらえたりすると嬉しいけど」

「ええ、いいですよ?」


 リョウカの様子に幾許かの安堵を得たらしいユウが追加で要求を渡せば、彼女はやはりあっさりとそれを飲み込む。

 そしておもむろに季節外れのマフラーを外すと、左手でそれを振るった。


「こんな感じですね」


 やがてそれは空中で突如静止し、彼女の手を離れても留まり続けた。

 たなびいた形そのままの柔らかい布は、リョウカが叩いたり引っ張ったりしてみせても、動く気配は微塵も無い。

 見ていた単純二人組は、揃って「おおー」と感嘆の声を上げている。


「うん――ありがとう。とりあえず大丈夫」

「なんか引っ掛かる言い方やな――リョウカは大丈夫やと思うで? 俺がミコトを助けられたのもリョウカのおかげやし」


 まじまじとリョウカとマフラーの様子を観察し、ユウが返した言葉は微妙なものだ。

 やや険のある声でそれを指摘し、タイジュが擁護の台詞を口にした。


「え、そうなの?」


 タイジュの述べた意外な事実に、ミコトは目を丸くする。


「ただ状況を説明しただけですよ?」

「でも、その説明が無かったらキタネの能力もわからんかったし。アイツにやられたことも知らんかったから、たぶんあの場面で駆け付けられんかったと思うで」


 肩をすくめ謙遜するリョウカの功績を、タイジュが重ねて列挙する。その発言を紐解けばそれはつまり、


「じゃあ、巡り巡って僕の命の恩人じゃないですか! どうもありがとうございます」


 自分を間接的に救っていた人物の存在を理解し、ミコトは条件反射に近いスピードでお辞儀と共に感謝を告げる。


「いえ……どういたしまして」


 真っ向から何のてらいもなく感謝を告げられたリョウカは、若干むず痒そうにはにかんだ。ここに来て初めて崩れたその表情を見て、全員が相好を崩す。


「なんか――これがミコト、って感じやな」

「え、何どういうこと?」


 不意にタイジュが感慨深げに漏らした言葉に、ユウとアカリがうんうんと頷く。

 当のミコトは意味が分からずに首を捻っているのだが、


「気にしなくていいよ。お前はそのままでいい」

「はあ……うん」


 微笑むユウの言葉で、ミコトは分からないなりに頷いた。

 それを見て、アカリもタイジュもさらに笑みが柔らかくなる。


「あのー……いい感じのところを申し訳ないんですが、一個、いいですか」


 その空気を壊さないように遠慮がちに、リョウカがおずおずと手を上げて申し出る。


「うん?」


 代表して返事をしたのはユウで、他の三人もリョウカの方を振り向く。


「信じてもらったところで何なんですが、」


 一言前置いて、伏し目がちに彼女は言葉を続け――


「私、ここで退場させてもらえませんか?」



 ――前提を覆す台詞で、一緒に戦おうという空気をぶち壊してみせたのだった。


**************


 一瞬の沈黙が訪れ、その間に五人が五人とも様々な感情を抱く。頭の中には疑問や考えが飛び交い、それだけが自分の中で賑やかだった。


 ――まあ、当然と言えば当然かあ。


 というのが、ミコトの主な感想だった。

 話を聞く限り、彼女はここまでひたすら隠れて身を守っていただけであり、それはつまり自分の命が最優先ということだ。


 至極真っ当な考えで、そんな彼女の目の前にミコトが――このゲームから唯一、抜け出す方法が現れたら。

 飛びついて当たり前で、むしろここまで言わなかった彼女は空気を読める人に違いない。


 むしろ、ミコトたちはそういう人の為に頑張ると決めたのだから、ここで彼女を退場させるのはお互い願ったり叶ったりのはずである。が、


「――どうなんでしょう、ユウくん」


 ちらりと様子を窺えば彼は渋い顔をしていて、どうも彼女の希望をすんなり呑んでくれなさそうなのである。


「いや……折角のいい能力だし、協力してほしいのは山々なんだけど。本人が戦いたくないなら強制はできないし、俺たちとしてもマイナスはない――損した気分にはなるだろうけど」


 指で顎をいじり、思案をしながらユウが語る。

 そこまでだけであれば、リョウカの退場に反対しないという旨の内容ではある。


「じゃあ……」

「いや、状況的なものがさ」


 その言葉に賛成の意を汲み取ったリョウカが希望の声を上げるが、すぐに否定が入る。

 そしてユウは女神の方を振り向き、問いを発した。


「二つ、確認したい。まず、ゲーム中に体育館から出ることは可能?」


 第一ゲームで教室に閉じ込められたことを考えれば、このゲームも終わるまで体育館から出られないと考えるのが普通だ。


 いい加減学習してきたミコトにも分かる。退場すれば、消されなくなる代わりに命の危険が出てくる訳で、会場から出られないなら安易に退場するのは危険だ。


「不可能よ」


 案の定、女神の簡潔な否定が返ってくる。


「やっぱりか……で、もう一つなんだけど」


 ユウとしても想定内だったのだろう、動揺も少なく次の問いに移る。

 もう一つの方は、ミコトにはまだ想像できていない。故に彼の言葉を、固唾を飲んで待つ。


「――途中で退場した場合、身体のサイズはどうなる?」


 ユウ以外の四人が、ハッと息を呑んだ。

 今、ミコトたちの身長は二十センチ前後だ。『身体倍々ゲーム』のルール上、右手で誰かを消せば倍になり、三人消せば元の大きさに戻れる。


 だが、それ以外に元に戻る手段は明記されていない。途中で退場した場合どうなるのかは、全くの未知数だ。下手をすれば――


「一生、このままのサイズで過ごすことになる?」


 自身の願望がすぐに叶えられていたら、と最悪の結果を想像して不安げにリョウカが呟く。

 問いかけたユウと、反応したリョウカを見て、女神は口の端を歪めて微笑みを浮かべる。


「退場した瞬間に、元のサイズに戻るわ。左手の能力が消えるのと理屈は同じよ」


 しかし、最悪の想像はすぐに否定された。

 ほう、とリョウカが息を吐くのが聞こえ、ミコトも一先ず安堵する。女神がそれを見てより一層頬を釣り上げており、その性格の悪さが窺えようと言うものだ。


「よかったですね。ていうかもし戻らなかったら、他の人を退場させるのも悩まなきゃいけないところだったなあ」


 ともあれ、リョウカの不安が一つ晴れたことは喜ばしい。彼女に笑いかけつつ、ミコト自身も当面の心配が一つ解消されたことを喜ぶ。


「いや、結局命には代えられんやろ。どんなになっても、生きてりゃいいことあるからな」


 そんなミコトの言葉を聞きつけ、タイジュが横から感想を挟んだ。


「おお、いいねえそのセリフ。『生きてりゃいいことある』って」


 更に横から、アカリがタイジュの言葉に対する感想を差し込む。


「そうだね。命を大切に、っていうのは僕といっしょだけど……なんかタイジュくんらしい」

「せやろ? 皆使ってくれてええで」


 一周回ってミコトが再び感想を言えば、得意満面でタイジュが親指を立ててみせる。

 いい笑顔、と言いたいところだが、やはり笑顔単品で見ると悪そうなのがこれまたタイジュらしい。


「あの……それで、結局私は退場させてもらえるんでしょうか?」


 どんどん脇道に逸れていたミコトたちに、リョウカが遠慮がちに本筋を思い起こさせる。

 どうにも、タイジュが加入してから脱線が多くなっている気がしないでもない。


「ああ、ごめんなさい。どうでしょうユウくん――ユウくん?」


 不安の渦中にいるリョウカを放置していたことを改めて謝罪し、それからユウに確認を取ろうとしたところで――彼がむっつりと考え込んでいるのが目に入った。


「……ん? ああ。いや、悪いけどやっぱりハヤミさんの退場は後回しにした方がいいと思う」


 ミコトの声に一拍遅れて思考から抜け出し、ユウは自分の結論を口にする。


「なんで?」


 理由を問い質したのはタイジュだ。

 ミコトが何気なく振り返って彼を見ると、何故だろうか、その視線の温度がいつかのように急激に下がっているように感じた。


「結局体育館から出れないと危険には違いないし、大きさが急に戻ったら目立ってしょうがないでしょ。下手したら的にされるかもだし。向かってくる連中は仕方ないとして、協力してくれるなら最後まで退場しない方が安全だと思う」


 その視線にユウも気が付いたらしく、しっかりとした理由を答える。


「一理ありますね……わかりました。退場後の安全が確保されるまでは、皆さんに協力させてもらいます」


 しかし、タイジュが反応を示す前にリョウカが先に納得したようだ。

 とりあえずの共闘が確定し、ミコトも一安心する。するのだが、未だにユウから剥がれないタイジュの視線が妙に気にかかった。


「うん、ありがとう。それじゃ、改めてこの五人での作戦を考えよう」


 ユウが進行を再開したことで、ミコトはその引っ掛かりを意識的に無視することにした。

 『最善』を目指す以上、作戦をしっかり立てておかなければならないと思ったからだ。


 しかし、それ以上に重要なことを、ミコトは見落としていた。

 それは、全員の思い描く『最善』が一致していない、ということ。



 だが、この時のミコトはそのことを知る由も無く。

 今立てている作戦が、自分の信じる『最善』へ続いていると、そう信じていたのだった。

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