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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第一章 被害者と加害者
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第一章幕間 覗き見る視線

 ――地獄が繰り広げられている。


 昨日まで、いやほんの数十分前まで平和だった教室は、暴力と理不尽が暴れまわり、怨嗟の声と悲鳴が大合唱する狂気の空間へと変わり果てていた。

 吹き飛び、燃え尽き、捻じ切られ、圧潰され、血と苦鳴を伴う破壊がもたらされ、そして消えていく。


 ものの数分で生徒の数は三分の一以下にまで減り、そこからは、血走った眼を振り回して警戒と牽制を繰り返す膠着の時間が訪れる。


 だが、それも一人が動き出せば瞬間に崩れ去り、再び戦いが始まる。

 敵も味方もなく――否、全員が敵同士となり、入り乱れる少年少女は一人、また一人と消え去っていく。


 そして、残りが数人になろうというところで、その争いは唐突に終わりを迎えた。

 瓶底眼鏡の少年が、ガタイのいい少年に背後から『左手で』触れたのだ。


 次の瞬間、教室中を吹き飛ばす大爆発が巻き起こり、生き残っていた他の生徒全員を吹き飛ばし、打ち倒し、叩きつけた。

 そうして意識を失くした彼らを、瓶底眼鏡の少年が高笑いを上げながら『消して』まわった。


 そしてその少年は、狂気的な笑い声を響かせつつ、崩れた壁から教室を出ていった。


***********


 吹き飛ばされ、誰も居なくなった二年C組の教室。

 瓦礫の山と化したその空間に、不意に変化が訪れた。


 ある一点に、何かが集まっていくのである。

 それはゆっくりと大きさを増し、歪に形を変えて膨らんでいく。


 その間、壁が崩れて丸見えの教室の外では、爆発を起こした犯人である少年が何者かと話し、そして戦っていた。少しずつ大きくなるその塊には気付かないまま。


 やがて、少年たちがどこかへと消えた後。

 その塊を認識し始めてから時間にして十分か十五分かというところで、それは完成し――一人の少年の姿を形成した。

 彼は、『爆弾』にされて吹き飛んだ人物だった。


 人が一人吹き飛ぶのをゆっくりと逆再生しているのだから、その光景はグロテスクで、おぞましいという表現が相応しい。

 そんな目を背けたくなる光景を経て再生した彼は、完成と同時に崩れ落ち尻餅をつくと、その衝撃で自己を取り戻したようだった。


「うおっ、何だこれ!?」


 辺りを見回し、爆発によってもたらされた被害に彼は驚愕する。

 もっとも、不意打ちで食らった彼は、それが爆発の被害であることも、自分が『爆弾』になったことも分かっていないのだろうが。


「誰もおらんな……何が起こったんやて……」


 起きたことも今の状況も分からない彼は、ただただ困惑を浮かべている。

 しかし、良くないことが起こったことだけは空気と場の惨状を見れば理解できたのだろう、苦々しげな顔をしている。


 彼は、基本的に向かってくる相手を容赦なく消していたが、自分から仕掛けていくことはしなかった。

 彼の普段の人間性を見ていても、その行動は納得だ。彼は理不尽を何より嫌い、己の信じたことを貫く性分だった。



 ――それは、見て・・いたから分かっていた。だから、彼の背中を、ほんの少しだけ押すことに決めた。

 そのために、まずは目の前の『扉』を押し開ける。


 その扉――教室の片隅にある掃除用具入れが開く音に、彼はビクリと振り返った。

 身構えて剣呑な視線を向ける彼に、両手を上げて無抵抗を示す。


 そうしてこちらの様子を見てとった彼は、警戒はしつつ、しかし臨戦態勢は解いて、話しかけてきた。


「おお、生き残りおったんか。状況、聞かせてもらってええ?」


 その問いかけに答える、それだけで十分彼の背中を押すことになる。

 彼は知らされた事実に怒り、そして犯人を追いかけることだろう。あわよくば倒してくれるかもしれない――彼よりよほど危険で厄介な、あの瓶底眼鏡の少年を。


 だから、背中を押す。背中を押し――利用する。


「はい。ナカタさん」


 自分の汚い本心を包み隠し、優しく見えるであろう笑顔で。

 今まで惨状をただ覗き見ていたその少女は、少年に話しかけるのだった。


*****************


「にしてもすごいですね、女神の力と言いますか。全身欠片も残さずに吹き飛んだのに、それでも再生するなんて」


 彼女は顎に手を当て、タイジュの全身をしげしげと眺める。


「俺が全身消し飛んだみたいな言い方やな」


 彼女からすれば分かりきった事実を冗談めかして言うタイジュに、きょとんと頷いてみせる。

 愕然とする彼に理解が及び、思わず「ああ、」と声が漏れ、説明を加える。


「そこも覚えてないんですね。当たり前と言えば、当たり前なんでしょうけど」

「……マジで?」

「マジです」


 自分の肉体が失われたというショッキングな事実に、彼は言葉も少なく驚きを示す。


「それでこの惨状なのね……吹き飛んだってことは爆弾か何かか。俺だけ残ってるってことは、爆心地に居て俺だけ触る身体が無くなったから逆に助かったってことやん、怖っ」


 慄きつつ一人納得する彼は、認識が若干間違っている。


「違いますよ?」

「はん?」


 それを教えるべく否定の言葉を告げると、彼はよくわからない言葉で疑問を示した。


「いえ、大体合ってるんですけど。ただ、ナカタさんが爆心地の近くに居たわけじゃなくて――ナカタさんが、爆心地だったんです」

「……全然言ってることが理解できんのやけど、わかるように説明してくれん?」


 端的に事実を告げたが、それだけでは説明不足なのは確かだ。

 彼の当然の疑問に答えるために、彼女は更に言葉を紡ぐ。


「キタネさんっているじゃないですか。あの人の能力、たぶん触れたものを爆弾に変える能力なんですよ。『爆弾化』とでも言うんですかね」

「キタネ……ああ、キノコメガネか」


 勝手に付けたであろう失礼なあだ名で、彼が犯人を思い出せたことは彼女にも伝わった。


「え、ってかマジか、俺あんなヤツにやられたん? しかも人間を爆弾にするとか、マジあいつ頭沸いとんな」


 そして説明の途中で事実を理解した彼は、憤慨と失望を露わにする。

 キタネにもそうだが、迂闊にもやられた自分に腹を立てているようだ。


「そうですね、高笑いしながら他の人を消してましたし。今は、他のクラスの誰かと戦ってると思いますけど……」

「マジ? どこ行ったか分かる? ちょっとしばいて……いや、助太刀してくるわ」


 タイジュの言に同意する中に、さらりと情報を混ぜる。

 その情報に鋭敏に反応し、タイジュが食いついてくる。

 ――彼女の思惑通りに。


「しばいても怒られないと思いますけど。でもごめんなさい、居場所までは分からないです」


 一応言いなおした言葉を肯定し、更にその背中を押す。

 居場所が分からないのは本当なので、そこはどうにもならないが。


「おう、気にせんでええよ。適当に探すわ」

「あ、でも耳を澄ませば爆発の音が聞こえるんじゃないですか?」

「おお、確かに」


 今にも走り出しそうなタイジュに助言をすると、納得した彼は黙り込み、耳を澄ます。すると、


「近くね?」

「近い、ですね」


 予想以上に近くから、爆発音が聞こえてきた。それどころか、どんどん近付いて来ているように感じる。


「だんだん上がって……? 階段か!」


 その音にキタネの位置を推測すると、タイジュは辺りを見回し、落ちていた棒を拾い上げる。

 それは爆発で破壊された机の脚で、振り回すのに丁度良さそうな長さだ。


「ほんなら行ってくるわ! 情報サンキュな!」


 首だけ振り返ってそう言うと、タイジュは一目散に駆け出した。

 そんな彼を、彼女は満足げに見送った。


**************


 タイジュが駆け出して行ったのを見送ると、少女は安堵のため息を吐く。


 まんまとキタネにタイジュを差し向け、そして一人きりになれた。

 彼女としては、これ以上望めない状況だ。


 ――後は最初と同じように、掃除用具入れに隠れてやり過ごす。自分の能力なら、それで当面の安全は確保される。

 早速その方針に従い、掃除用具入れに足を向ける。


「あら、また隠れてしまうのかしら。もうちょっと頑張ってみてほしいのだけど」


 不意に背後から声が掛かり、彼女はその場で足を止める。

 そして振り返れば、愉しげな笑みを浮かべる金髪の女性――自称女神がこちらを見ていた。


「私にとっては、これが最善の努力だと思いますけど。何か用ですか」

「そんなに怖い目で見なくてもいいじゃない。用件は、『次』についてのお知らせよ」


 ありったけの敵意を込めて睨み付ける視線を、女神はそよ風のように受け流して悠々と話を進める。


「次?」

「そう、次。あなたはこの教室で最後の5人に残り、勝ち上がった――もっとも、ここは三人しか生き残れなかったみたいだけれど」


 今更過ぎる勝利条件を知らせてくる女神に、載せきったと思った怒りが内から湧き上がり視線を重くする。しかし、女神には正に暖簾に腕押しだ。


「そんなわけだから、あなたには次の会場である体育館に行ってほしいのよ。体育館に着けば、次のゲームまで安全は保障されるわ」

「断る、と言ったら?」


 実際、安全の保障というなら、彼女にとっては掃除用具入れで十分なのだ。多少狭いという難はあるが。

 わざわざ女神に従い、次のゲームとやらに参加する義理も利益もない。


「それはあなたの自由だけれど、素直に従うのがあなたの為だと思うわよ?」


 彼女の言葉に、含みのある言い方で女神はそう告げた。

 不審に思う少女を尻目に、女神はふいと後ろを向く。


「忠告はしたわ。後はお好きにどうぞ」


 突き放すその言葉を残し、女神の姿は掻き消えた。


 次の行動に対する逡巡は一瞬だった。

 すぐに決断した、という訳ではない。ただ単に、外から状況の変化がもたらされただけだ。


 今まで会話に集中していた耳に、すぐ上の階からであろう爆発音が聞こえたのだ。

 だから彼女は、身を守るために一先ず隠れることにした。


 再び自分の身を守る鉄の箱に入り、扉を閉めた途端。

 それまでと比べ物にならない爆発音が響き、教室前の廊下の天井が崩れたのが、扉の穴から覗き見る視界で確認できた。


 そして、崩れ落ちてきた瓦礫の中に、人間の姿を視認する。彼は確か、最初にキタネと戦っていたうちの一人だ。


「キタネ! 僕はまだピンピンしてるぞ!」


 大音声で叫んだ彼は、キタネを挑発し逃げ出した。

 傍から見ればその行動は、どう見てもキタネを誘き寄せるための行動だった。

 しかしそれに気付く様子も無く、キタネは彼を追いかけだす。


 そして、二年C組の教室に居るのは、再び少女一人となった。


****************


 次の行動を決めあぐねて、暗く狭い箱の中で思索に耽る少女に、またも爆音がもたらされた。

 そしてそれは今までより随分遠くから聞こえ、つまり今までにない音量だということを示している。


 ――彼も、やられてしまったのだろうか。

 爆発音が聞こえたということは、そういうことだと彼女は推測する。

 先ほど廊下を破壊した爆発も、おそらくタイジュがまた爆弾にされたのだろう。


 そう判断し、彼女は引き続き隠れることを選択する。

 仮に体育館に行くとしても、キタネと鉢合わせる可能性だけは避けなければならない。


 そう決めてじっと息を潜め、どれくらいが経っただろうか。


 不意に何か落ちるような音が聞こえ、すぐ後にうめき声が続く。

 聞き覚えのある声の主を求めて扉の穴から外の様子を窺えば、先ほど言葉を交わした少年――タイジュが廊下で倒れていた。


 すぐに扉を開けて彼の元へ歩み寄ると、彼もこちらに気が付いたようだった。


「大丈夫ですか? もしかしてまたやられました?」

「くそっ、あいつホンマ腹立つわ……! カシワデ! カシワデ見んかった? 背の高い細めの男!」


 タイジュは怒りの声を漏らし、言外に彼女の問いを肯定する。

 そしてすぐに、彼女の知らない名前を呼ぶと、その所在を問う。

 おそらくその名前が指し示すのは、先ほどここに落ちてきた少年のことだろう。


「カシワデさんかわかりませんが、そんな感じの人ならさっきここから逃げていきましたよ。キタネさんもそれを追いかけていきましたが……」

「たぶんソイツだわ、どっち行った?」


 言葉を濁す少女に、詰め寄るようにタイジュが問いかける。


「さっき、北棟の方から爆発音が聞こえました。もしかすると……」

「わかった」


 言いきらないうちに、タイジュは駆け出して行った。それを見送り、しばらくその場で黙考する。


 やがて少女は、再び安全地帯に戻ることを決めた。二人掛かりで挑んで負けた相手に、タイジュが一人で勝てるとは到底思えない。それこそ、奇跡でも起きない限り。


 そうわかっていて引き止めなかった彼女は、心の中でタイジュに詫びる。

 しかし、それを口に出すことも、動き出すことも彼女はしなかった。


***************


 少女が、いい加減どれくらい時間が経ったのか分からなくなってきた頃。

 それまで静かすぎた空間に、足音が、それに加え何かガサガサという音が生じた。


 例の如く扉の穴から覗いていると、足音が段々と近付いてきて――四人の少年と一人の少女が、両手に袋を大量に持って歩いていくのが見えた。


 廊下を通り過ぎていくその中には、タイジュやカシワデと呼ばれた少年、そしてあろうことかキタネの姿もあった。

 一体何が起きたのかと、彼女は耳を澄ませる。


 ノックと思しき音と何やら会話が聞こえたが、内容はわからない。

 意を決し、少女はできる限り静かに扉を押し開けて用具入れから滑り出た。


 そっと教室の陰から首を出して覗き見れば、A組に五人が入っていくのが見えた。

 教室のドアが閉まり、鍵が掛けられた音を確認すると、彼女は足音を忍ばせてその前まで歩み寄る。


 そして耳に神経を集中し、漏れ聞こえた会話から――彼女の予測は全く外れていたことを知った。


 何が起こったかまでは分からないが、勝利したのはキタネではなく、タイジュたちの方だったのだ。

 そしてどういう訳か、キタネはこの教室で大人しくしているということになり、キタネもそれに従うようだ。


 欠片も理解が及ばない状況に、少女はひたすらに困惑した。

 困惑し、恐怖すら抱き、そして痛く興味を惹かれた。


 あの場から離れた後、彼らに何が起こったのか。奇跡だと思われた勝利を手にし、どころかキタネを従えてみせたその方法は。


 湧き上がる疑問を胸に、彼女はようやく明確な今後の方針を決めた。

 しかし、今はもう一度だけ身を隠す。定位置に戻ると、薄暗い空間で彼女はじっと待つ。


「絶対、絶対に――生き残ってやる」



 強い決意を、小さな声で。

 その少女――ハヤミリョウカは、はっきりと呟いた。

 なんとか、第一章終了です。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 まだまだ序盤ではありますが、ほんの少しでも感想等いただけたらとても嬉しいです。


 そして楽しみにしていただいている皆様には申し訳ありませんが、第二章を始めるにあたって、準備期間をいただきたいと思います。

 一週間少々お時間をいただき、次の投稿は4月28日(土)を予定しています。そこから毎週火曜・土曜の週二回で定期化していきたいと考えています。


 何故その曜日かと言うと、土曜日はゆっくり読んでいただければと。で、火曜日ってしんどいですよね(笑)

 月曜日はジャンプ、水曜日はマガジン、そして火曜日はイマオニを楽しみにして一週間を乗り切ってくれたら嬉しいなと、少々おこがましいとは思いつつ。


 それでは、今後ともよろしくお願いします。


 白井 直生

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