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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第一章 被害者と加害者
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第一章15 キタネとタイジュ

 ――ヒーローに、なりたかった。


 子供のころ、テレビで初めて見たヒーローの姿に強く憧れるのは、男の子なら誰もが通る道だろう。

 ポーズや必殺技を真似し、おもちゃを買ってと親にせがむ。そんな経験が、誰にでもあるものだ。


 しかし彼――北根花久キタネハナヒサの場合、いつの間にかその憧れが「ヒーローカッコいい」から「爆発カッコいい」に変わってしまっていた。


 それがいつからだったかは、もう覚えていない。小さいころクリスマスプレゼントに爆弾をおねだりして、本気で親にド叱られた事は覚えている。


 特撮ヒーローが好きで、爆発シーンが派手なら派手なほどいい。ハリウッドのアクション映画も大好物。好きなゲームはボンバーマン。


 そんな爆発に魅了された彼が今回のゲームに巻き込まれて、その能力を選び取ったのは当たり前のことだった。

 というか、巻き込まれずとも爆弾を作る能力は彼の妄想の黄金パターンだった。


 妄想の中の自分は、手にした能力で敵をバッタバッタとなぎ倒し――もとい吹き飛ばし、華麗に大活躍をしていた。

 そして称賛され、罪なき人を守るヒーローとなる――そんな妄想。


 そう、彼も最初は、ヒーローになりたかったのだ。


 しかし蓋を開いてみれば、彼は悪役もいいところだった。まずそもそもからして、敵が自分の身近な人間だというのが酷い話だ。


 今まで散々繰り返した妄想の中で一度も気付かなかったが、彼の望んだ能力は、誰かを守ることに徹底的に向いていなかった。

 そして、誰かを守るという正義感を貫けるほど、彼の性格も善良ではなかった。


 故に彼は開き直る。

 そう、自分は悪役だ。悪役だってカッコいいじゃないか。というか、こんな状況で善も悪もあるものか。

 生き残ることが全てで、死んでしまったら何も残らないのだから。


 最初に消したのは、隣の席に居た奴だ。そしてそこからは、もうよく覚えていない。

 箍が外れ、螺子が飛び、常識はどこかに消え失せた。


 やがて、その思いはさらに歪んでいく。


 ――そう、折角こんな能力を手に入れたのだ。この非日常を楽しまなくては。

 夢現の心持ちで、彼は愉悦に浸る。爆発させ、吹き飛ばし、消し去る。それを、楽しむのだ。


 そんな中で出会ったミコトの能力を、彼は恐れた。

 この夢のような時間が、彼に触れられたら終わってしまう。

 手にした力は消え去り、彼は元の、ただの少年に戻る。


 ――現実に、引き戻される。


 それが堪らなく恐ろしくて、躍起になって彼を消し去ろうとした。

 しかし、結果としてそれは失敗に終わった。


 そして、彼を現実に引き戻したのはその能力ではなく――


*************


「おーいミコト、邪魔して悪いんだけど、キタネ起きそうだから来てくれー」


 向こうからユウの呼ばわる声が聞こえ、ミコトは慌てて立ち上がる。


「はい! 今行きます!」


 最後にちらりと見れば、アカリは微笑んで頷きを一つくれた。それを確認して、ミコトは急いでユウとキタネのもとに向かう。


「ん……って、なんじゃこりゃあ!」


 ミコトが近寄る間に意識を完全に取り戻したらしいキタネが、素っ頓狂な声を上げる。目が覚めて、なんだかよく分からない道具で拘束されていたらそんなものだろう。


「だって右手も左手も何も触れないようにしないとさ。そう考えて創ったらこの形になった」


 キタネは手首と足首の相対位置を固定され、まるでものすごく体の固い人の長座体前屈である。

 絵面が面白すぎて、ミコトは思わず吹いてしまう。


「おいそこ、人を見て笑うとか最低だな! もういいからさっさと退場でも何でもやれよ! そして俺を解放しろ!」

「いやあ、すいません。じゃあ行きますよー」


 捨て鉢に叫ぶキタネに、ミコトは笑いながら一応の謝罪を入れ、左手でキタネに触れる。

 そして能力を発動し、キタネの『強制退場』が成立した。


「はい、終わりました。ユウくん、もう大丈夫だよ」

「もうちょいこのままでも俺はいいけどな。了解」


 Sっ気を見せるユウだが、素直に拘束を消してキタネを解放した。

 そしてキタネはと言えば、ようやく自由に動かせるようになった手足をだらりと力なく投げ出し、壁に身をもたせかけていた。


「あ、終わったの……?」

「あ、ハナちゃん。うん、終わりましたよ」


 後ろから声が掛かり振り返れば、ようやく落ち着いたらしいアカリが立っていた。

 まだ若干目が赤く泣いていたとバレバレな顔だが、ミコトもユウも何も言わなかった。


「……やけに大人しいな。もうちょい抵抗したりするかと思ったけど」

「まあ、完敗だしな。ここで足掻いても意味無いしダサいだろ」


 動かない様子を見て怪訝な顔をするユウに、目を瞑って首を上に向ける不貞腐れた態度でキタネは返事をした。


「『俺の能力で作った爆弾は俺に影響を及ぼさない』。だからって普通別の爆発を起こすかよ……無茶苦茶するなあ」

「お前にだけは言われたくないな」

「は、ちげえねえ」


 ユウたちが化学室へ先行していたのは、実験で使うバーナー用のガス栓を開けるためだったのだ。

 ミコトが逃げている十五分間で、部屋にはガスが充満していた。


 キタネの言う通り無茶苦茶で危険極まりない作戦だが、結果は見ての通りだ。


「あれでも、一応爆発がデカくなりすぎないように注意したんだけど。お前がバラバラになったら拘束も大変だし」

「さらっと恐ろしい事言うな……」


 淡々と述べるユウに、キタネは先ほどのミコトと同じ感想を抱く。

 その横で首を捻るミコトに、ユウは説明を加えた。


「ほら、窓際が爆心地になってただろ? ガス栓は全部じゃなくて、窓際の机のヤツだけ開けといたんだよ。それで丁度いい威力になったのはラッキーとしか言いようがないけど」


 言われてみればその通りで、ミコトは本当にギリギリの勝利だったのだと痛感する。強すぎても弱すぎても拘束はできなかっただろう。


 だが、上手く行ったのはラッキーだけでなく、


「配慮と用意が周到すぎだろ。塩酸だって、あれはダメージ狙いじゃなくて臭いでガスに気付かせないためだったんだろ?」

「まあ。後は冷静さを失わせるのと、爆弾を使わざるを得ないように、かな」


 あの時、ミコトとキタネが感じた異臭は正に『異なる臭い』だったのだ。

 キタネはかけられた塩酸の刺激臭を感じていたが、ミコトは都市ガスの腐卵臭を感じていた。


 そして仕上げにもう一つ塩酸入りのビーカーを投げれば、キタネは防御の為に爆弾を使うしかない。


「ここまで準備する時間と頭があるなら、簡単に俺なんか消せただろうに。ホント、お人好しの集団だな」


 そう言われればそうなのかもしれないと、この作戦を立てたユウをミコトとアカリが振り返る。

 しかし、ユウは何も言わずに肩を竦めただけだった。


「でもまあ、……ありがとな」


 そんな三人に、キタネは唐突な感謝を告げた。振り返った三人の顔を、キタネが見回す。


「リアルな爆発が見れたからな!」

「お前な……」


 やがてケラケラと笑いながらそう言ったキタネに、ユウが本気のため息を吐いた。


「怖かったよ」


 しかし一転、真面目な面持ちになってキタネがそうこぼす。


 爆発に憧れ、爆発を操って、――人を傷付けてきた。

 その現実を突きつけたのは、他でもない、夢にまで見た本物の爆発だった。


 あの時、キタネの胸中を埋め尽くしたのは、ただただ恐怖、それのみだった。そして、その恐怖をキタネは他の人間に強いてきたのだ。

 夢のような時間はそこで終わり、自分の犯した罪と現実だけが残った。


「謝って許されるようなことじゃないし、許してもらおうとも考えちゃいない。でも……」


 独白をするキタネを、三人は見守る。


「俺が、悪かった。……ごめんなさい」


 キタネの謝罪の言葉を、三人は黙って聞いた。


 人間は、誰しも良い部分と悪い部分を持っている。こんな状況では悪い部分ばかりが強調されて嫌になるが、それでも。


 その良い部分を信じて、人を、命を救っていこう。

 それがミコトの、三人の選んだ道だった。


「まあ、終わりよければ、だな。まだ全然終わりじゃないんだけど」

「だねえ。でも、本当に③のルールにだけは感謝だね。最終的には怪我人も出ないんだから」


 いい感じにまとめるユウに、アカリが同意を示す。


「うん、そうだね。でも、僕はもう一つ気に入ってるルールがあるんですよ」


 そう語るミコトに、二人は首を傾げて続きを促す。


「『右手同士が触れあった場合、どちらも消えない』」


 言いつつ、ミコトは右手を挙げて二人を見る。すると二人もその意を察して右手を挙げ――



 ――勝利を祝うハイタッチの音が、三回響いた。


***********


 ようやく得た勝利に、喜びと安堵を分かち合うミコトとユウ、そしてアカリ。

 そんな三人のもとに、近寄ってくる人物がいた。


「止まれ! ……誰だ?」


 いち早くその存在に気付き、警戒の声を上げたのはユウだ。

 ミコトとアカリがその声に振り返れば、その人物は言われた通りに立ち止まり、両手を挙げて無抵抗を示していた。


「カシワデ、お前のツレ怖すぎん?」

「ああ、ナカタくん! 二人とも大丈夫、彼がさっき助けてくれたナカタくんですよ」


 見た目と図体に反して小心者な台詞を吐く姿に、ミコトは安堵を漏らし、二人にその人物を紹介する。


 大きい体に厳つい顔、しかしその心根は優しい人物だと、ミコトは知っていた。

 その言葉でユウも警戒を解き、それを受けて彼――タイジュがゆっくり歩み寄ってくる。


「おう、その様子だと勝ったみたいやな。ざまあ見さらせ!」


 傍まで来ると、タイジュは前半を喜ばしくミコトに、後半をミコトたちの後ろでコソコソしているキタネに煽るように告げた。


「ああ!? ……いや、まあ、悪かったよ」


 売り言葉に買い言葉で思わず喧嘩腰になるキタネだが、すぐに思い直して謝罪を述べる。

 その様子を見たタイジュは、


「いや、謝っても許さんから。カシワデ、こいつもう退場したん? 一発どついていい?」


 断固とした態度で、キタネへの怒りを示した。


「いやあ、それは……どうなんでしょう、ユウくん」

「俺に聞かれても。自分がされたことはまあ許したとして、他の人にそれを強要なんてできないでしょ」


 何と返答したものか、困ったミコトはユウに話を振る。が、ユウの反応はユウらしく淡泊な回答だった。

 ミコトとしては基本的に暴力反対なので、別の回答を期待してアカリの方を向く。


「え? 私もかばったりする気はないよ? 自業自得だし」

「ハナちゃんも割と辛辣だなあ! ええっと……その、もう傷も治らないわけだし、ね?」


 あっさりと期待を裏切られたミコトは、一応タイジュを引き止めるような台詞を口にしてみる。


「いや、だからええんやん? 一発! 一発どついたらそれで許すから!」


 ミコトに向かって手を合わせ、更にその掌をこすり合わせて拝むタイジュだが、申し訳なさそうな顔をし損ねてニヤけているのがバレバレである。その様子に、ミコトも諦めがついた。


「ごめんなさいねキタネくん、甘んじて受けてください」

「おっっっし! そこ動くなよ」


 ミコトは謝罪を投げつつ、キタネの前から退いてタイジュに道を開ける。

 それを受けたタイジュは、意気軒昂に声を上げ、肩を回し素振りをしながらキタネに近付く。


「いいよ、一発で気が済むなら好きにしてくれ。思いっきりぶん殴ってくれて「どーーーん!!」


 ちょっとカッコつけの入った台詞で受け入れるキタネを、喋っている最中にタイジュが全力で殴った。

 いわゆる肩パンというヤツだが、全力も全力のそれにキタネの軽い体はけっこう飛んだ。


「ちょっ、痛! 痛い痛い痛い! っていうか重! 全体重しっかり乗っけんなよ、プロか! めちゃくちゃ痛いわ!」

「じゃかあしんじゃボケぇ! こちとら二回も全身吹っ飛んどんやぞ、これくらいせな気が済まんわ!」


 予想以上に全力の打撃に、キタネは思わず不満を口にする。しかし、タイジュはそれを圧倒する勢いと声量で怒りを吐き出した。


「え、ちょっと待って、二回?」


 聞き逃しそうになった聞き逃せない事実に、ミコトは疑問を投げる。


「せやねんて。お前もC組の爆発は見たんやろ? あれも俺やったんやて」


 今明かされる衝撃の事実。言われて考えれば、タイジュの存在はそれしかあり得ない。


 キタネが出てきた後の教室に人影は無かった。

 てっきり全員消されてしまったものと思っていたが、よく考えれば『爆弾』にされた人物は全身吹き飛んで触れないから消えることもない。


 何より、あの時点でC組の爆発を知っているのは、ミコトたちを除けばC組にいた人物しかあり得ないのである。


「それは全力で殴られても文句は言えないな。ていうかそれで済むだけありがたい話だろ」

「わかってるよ、ちょっと驚いて口が滑っただけだよ。あー痛ぇ、っていうか大丈夫かコレ? 肩とか外れてない?」


 もっともな事を言うユウに、キタネはバツが悪そうに答えた。

 その後で改めて痛がる彼は、肩を回したりしながら具合を確認する。


「外れたら動かんわ、心配すんな。しゃあないから、俺がやられたぶんはこれで許したる」

「すごい言い方とか悪そうな感じだけど、実際優しいよね、器大きすぎだよね」


 もったいぶった言い方でキタネに赦しを与えるタイジュだが、実際はアカリの言う通りかなり寛大な処置だ。


「俺のぶんはな。結果的に生きとるし無傷やし。でも、消えた奴らには謝ることも許してもらうこともできんやろ」


 照れ隠しでも何でもなく、タイジュは急激に温度の下がった視線をキタネに向ける。

 その視線に、キタネだけでなくミコトたちも気圧される。


「ま、せいぜい首洗って待ってなさいよ。俺らが全員元に戻したら、全員に謝って、そんでボコボコにされるとええわ」


 が、すぐに何事も無かったかのようにさっきまでの調子に戻り、タイジュはニヤリと笑った。


「ん、ちょっと待って。今『俺ら』って言った?」

「言ったで? どうせ全員助けるつもりなんやろ?」


 ふと疑問を浮かべるユウに、さも当然のことのようにタイジュが答える。

 その答えに引き続き疑問符を浮かべ続ける三人に、タイジュは言葉を続ける。


「水臭いなあ俺にも手伝わせてや。いっしょに死線潜った仲やろ、なあミコト?」

「「「!!」」」


 唐突に、当たり前だと言わんばかりの加入宣言をしたタイジュに、三人は一斉に驚きの表情を浮かべた。


「ほ、本当に? 手伝ってくれるんですか?」

「そう言うたやん。っていうかなんで敬語なん?」

「いやあ、それは癖と言いますか。いやあ、ありがとうナカタくん」

「タイジュでええでミコト」

「あ、はい、タイジュくん」

「あ、くん付けはデフォなタイプの人なのね」


 心底嬉しそうなミコトと、ツッコミを入れつつ。


「いや、マジでか。言っとくけど、このチーム相当弱いよ?」

「任しとき。俺コイツのこと気に入ったし、たぶんお前とも気ぃ合うと思うわ。ユウ、やっけ」

「さらっと距離詰めてくるなあ……まあ実際ありがたい。よろしく、タイジュ」

「ういー」


 戸惑いつつも戦力の補強を喜ぶユウと、あっさりと。


「よろしくね、ナカタくん。ハナサキアカリです」

「おう、よろしくー。タイジュでええで、アカリ」

「はあい。よろしくタイジュくん」


 順応力高めなアカリと、自己紹介を交わし。


 三者三様の雑談を終え――タイジュは、ミコトたちの仲間として受け入れられたのだった。

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