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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第一章 被害者と加害者
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第一章14 十五分の成果

 十五分という時間は、ミコトのために決めた時間だった。

 彼の体力や根性を鑑みて、それくらいならば逃げ切れるのではないかという数字だ。実際のところ、かなり幸運に助けられたようだったが。


 『作戦』に必要な時間という意味では、十五分という数字には何の根拠も無い。

 ただその時間をリミットととして、出来得る限りの努力をするだけだ。


 だから、ユウは走っていた。痛みを訴える脚を無視し、隣を行くアカリと同じ速度を保つ。

 目的地は北棟の一階、東の端から二番目の部屋――化学室だ。


 走りながら、頭の中ではミコトのサポート、口ではアカリに作戦を伝える。時間の有効活用だ。

 正直頭がこんがらがりそうだが、非常事態で頭はかつてない速度で回転している。これも、一種の火事場の馬鹿力というやつだろうか。


「ついた!」

「じゃあ、手筈通りに!」


 アカリの声に時間を見れば、ここまでのタイムは四分、悪くはない。ちなみに時計は軒並み動いていないので、時間はスマホのストップウォッチで計っている。


 幸い鍵は開いており、扉を開けたアカリに続いて部屋に滑り込む。

 アカリに指示を飛ばしつつ、そのままユウは部屋の奥の扉――最東端の化学準備室の扉を押し開けた。


「確か、この辺に――」


 ユウは目的の物を探し、薬品棚を物色する。

 時間が刻一刻と過ぎる中、一つ一つのラベルを確認する。


『ああもう、ユウくんあと何分!?』

『あと九分』


 焦りが伝わるミコトの声に、ユウもまた焦りながら答を返す。

 そして、次に取った茶色の瓶が『当たり』だった。


「よし! これを――」


 安堵の声を漏らし、手に取った瓶の中身を近くにあったビーカーにたっぷり注ぐ。

 同じ作業をもう一度繰り返すと、両手にそれらを持って慎重に移動する。


 準備室を出ると、アカリが南側の窓辺に立ち、そのうちの一つの鍵を開けたところだった。


「シンドウくん、こっちは終わったよ!」

「うん、俺もあとこれを置くだけ。あとは外に出てミコトを待つ」


 アカリの報告を頷いて受け取り、手にしたビーカーの一つを先程アカリが鍵を開けた窓の傍の机に置く。もう一つは教室の入り口付近の机に置き、二人は化学室を後にした。


「ねえ、ホントに上手く行くかな? この作戦」


 二人は、化学室の中を外から確認できる場所に向けて移動している。

 その道すがら、抑えきれない不安をアカリが口にした。


 しかし、返事は返ってこなかった。

 ユウの方を窺えば、彼は険しい顔をして黙りこくっている。おそらくは、ミコトとテレパシーで会話をしているのだろう。


 その表情からすると、ミコトは良い状況にあるとはとても言えなさそうだ。状況がわからないのがこれほど苦痛だとは、アカリは思いもしなった。


 会話している以上まだ生きているのは確実だが、もう一度無事に再会できるかすらわからない。

 ユウに状況を聞きたい衝動に駆られるが、邪魔をしては駄目だと必死に自分を抑える。


 やがて目星を付けていた場所に辿り着くと、二人は息を潜めて待機に入る。

 時折、分かり辛くユウの表情が変わるのを目に留めては、不安な気持ちを押し殺す。

 今のアカリにできることは、ただ無事を祈ることくらいだ。


「絶対、無事でいてよ――」


 口にして、より強く募る想いに目を閉じて手を組み祈る。組んだ手に、繋がれた手の温もりを思い出しながら。


「あと、三分――今ミコトがこっちに向かってる。手筈通り頼むよ」


 と、ユウが口を開き状況の変化を告げる。

 アカリは浮かれそうな気持ちを抑え、黙って目を合わせて頷き準備に入る。


 ――ほんの少しでも役に立てるのであれば、その役目を全力で果たそう。


 決意と共に、二人はその時が来るのをじっと待った。



**************



 長かった逃走劇も、あと数分で終わりだ。

 そう思えば、走る速度も上がろうというものだ。だが早く着きすぎてもまずいので、逸る気持ちを抑えながら付かず離れずの距離を保つ。


 ミコトは運動が得意ではないが、それは追いかけてくるキタネも同様らしく、飛び道具を失った彼から逃げるのはそんなに難しいことではなかった。


 結局ここまで、ユウから作戦の詳細を聞く時間と余裕は無かった。

 ミコトが把握しているのは、「化学室に来い」だけだ。行った先で何をするか分からないが、そこはもうユウを信じるしかないし、疑うつもりもない。


 そうして走る先に、目的地である化学室が見えてくる。


『ユウくん、化学室見えた! あと三十秒!』

『いつも通りの遅刻だよ、今回はグッジョブ。入ったら目の前の机にビーカーが置いてある。それを――』


 状況を報告したミコトに、賞賛と指示の声がユウから返る。

 言われた通り、化学室のドアを開けて飛び込めば、机の上にビーカーがあった。

 それを手に取って振り返り、ミコトを追って教室に入ってきたキタネ目掛けて――


『ぶっかけろ!』


 狙いは顔面、突然の出来事に何もできずキタネはそれを食らった。


『すぐ離れろ、南の窓際へ!』


 鋭く飛ぶユウの指示に従い、ミコトは教室の南側へ走る。

 面食らったキタネは何かをかけられたらしいと気付くと、こちらの方を睨みつける。


「てめえ、何かけやがった……って臭! ぉえ゛っ、何だこれ、くっさ! てかなんかヒリヒリする! 熱い!」


 乱暴に顔を袖で拭うキタネは、かけられた液体によって何らかのダメージを負ったようだった。

 言われてミコトも鼻を使うと、辺りに漂う卵が腐ったような臭いに気が付いた。


『ユウくん、あれ何なの?』

『塩酸』

「えんさん!?」

「塩酸!?」


 液体の正体をユウに問いかけると、即答が返ってくる。

 その答を思わず口に出してミコトが叫べば、それを聞きつけたキタネも同じ単語を繰り返し、顔を擦る動きが一層速くなる。


 高校化学頻出の強酸、その名も塩酸。金属をわりと容赦なく溶かす酸性の液体で、刺激臭を伴います。当然人体にも有害なので、皮膚に付いたら速やかに水でよく洗い流しましょう。


「ってヤツじゃねえか! 危ねえ、眼鏡でよかった!」


 目に入ったら失明も余裕であり得る。そんな危険な物を人にかけるなんて、


「よい子はマネしないでね……!」


 またも誰に対してか分からない注意を言いつつ、ユウから更なる指示が飛び、手元に同じ物があることにミコトは気付いた。


『ビーカーごとどうぞ』

『了解です』


 放物線を描くビーカーを見ながら、冷静にユウに従った自分にミコトは内心驚いていた。

 いくらユウの指示で、かつすぐに治ると分かっているとはいえ、普段ならこんなに危険な行為をあっさりできるわけがない。


 自分やユウ、そしてタイジュがやられたことに怒っていたのだろうか。それとも、キタネを野放しにできないという正義感だろうか。はたまた、この異常事態に感覚が壊れてしまったのだろうか。


 本人に分からないのだから、それは他の誰にも分かるはずが無かった。


「ごめんね――」


 呟いた言葉は、誰に対してのものだったのか。それすらも分からないままに状況は動き続ける。


『ミコト、全力で後ろに跳べ!』


 急き立てる声に一も二もなく従うと、肩のあたりを強く引っ張られるのを感じる。

 気付けば背にした窓が開いていて、ミコトは引っ張られるままに開いた窓から部屋を抜け出した。


 その直前、飛んでいくビーカーに、既に空になったもう一つのビーカーを投げるキタネの姿が目に入った。

 それを見届けて首を巡らせると、自分が肩から生えた鎖に引っ張られているのだと分かった。

 鎖を辿れば、それは途中から棒に変わり、その先で必死に棒に力を籠めるユウとアカリの姿が目に入る。


 そこまで確認した、その直後。


 本日三度目となる大爆発が、余りにも大きな音を伴ってミコトを襲った。


 中空に吊り下げられていたミコトの眼下、化学室の窓と言う窓が吹き飛び、二階の一部が崩落して中の様子が垣間見える。

 直後、ミコトの背中から鎖が消え、身体が落下軌道に入る。

 放り出されて地面にぶつかるが、ダメージは無い。タイジュの能力が未だ効いているのだ。


「助けられっぱなしだな……って、それよりも!」


 状況の確認が先決だ。

 即座に身を起こし、随分開放的になった化学室に向けて走り出す。

 そして化学室の目の前に立つと、その惨状に目を瞠った。


 中は瓦礫の山と化し、教室は文字通りの半壊だ。火があちこちで燻り、爆心地だったのか、窓際の方では机が消し炭になっている。

 思わず口を開いたミコトは「――ガ、」と口走り、


「ガス爆発かな……」

「ガス爆発だな」


 現状を正しく把握したミコトに、いつの間にか歩み寄っていたユウが正解を与えた。


「キタネくんは――?」


 間違いなく爆発に巻き込まれた彼は、果たしてどうなったのだろうか。

 恐る恐る窺うミコトに、ユウが指を差して答を示す。


 その先を見ると、キタネが教室の反対側の窓際で倒れ伏していた。

 ここから見る限り、真っ黒焦げになってもいなければ、手足もちゃんと付いている。

 しかしピクリとも動かないところを見ると、気絶しているようだ。


「消し飛んでなくて良かった。悪運強い奴だな……今のうちに拘束して、ある程度回復したら退場させよう」

「さらっと恐ろしいこと言うなあ……」


 喋りつつ、申し訳程度に残った壁を乗り越えユウがキタネの元に向かう。

 消し飛ぶという事態を想像して身震いしつつも、ミコトもそれに従った。


「気を付けてね、さっきはすぐ回復してたから」

「んー……大丈夫そうだな。よし、さっさとやろう。手伝って」


 慎重を期してそこら辺の瓦礫を棒で繋ぎ、キタネを転がすユウ。

 改めて気絶しているのを確認して、二人はキタネを拘束していった。


「――さて、これなら起きても何もできないだろ。ミコト、こっちはもういいからハナサキんとこ行ってあげて」


 キタネは両手首と両足首に輪を嵌められ、その輪っか同士が固い棒で繋がっているという奇妙な拘束道具で捕らえられた。

 一応その先にユウの左手があるのが、『接続』の能力の証である。


「なんか、繋がってさえいれば大概何でもアリだなあ。そう、そう言えばハナちゃんは?」


 ユウに言われてようやく、アカリの姿がずっと見えないことに気付く。

 親指で外を示すユウに頷き、ミコトは歩いてそちらに向かう。

 行きざまに、後ろから「右手注意な」と今更なユウの念押しが入ったのは何故だろうか。


「ハナちゃん?」


 壊れた窓から顔を出し覗き込めば、残った壁を背に膝を抱えるアカリの姿があった。


「ハナちゃん、どうしたの!? どこか怪我でもした!?」


 その様子に慌てふためくミコトに、アカリは膝に隠れたまま首を横に振る。


「ミコト、くん」

「はい!」


 小さい声で、アカリがミコトの名前を呼ぶ。

 呼ばれたミコトは慌てたそのまま、大きい声で折り目正しい返事をした。


 その返事を確認すると、アカリはゆっくり顔を上げた。

 見れば、その目には涙が溜まっており、目が合った瞬間にくしゃくしゃに歪んで、ぽろぽろと溢れた雫が頬を伝う。


「よかった……ミコトくん、ちゃんと生きてる……!」

「え? あの……はい、生きてます……」


 両手で涙を拭いながら、アカリは絞り出すような声でぽつり、ぽつりと喋る。

 ミコトも、しどろもどろになりながらもそれに答える。


「すごく……すごく、不安だった。ミコトくんが、居なく、なっちゃったら、って」


 拭っては溢れる涙で頬を濡らしながら、アカリは抱えていた想いを吐露する。

 そこまで自分の身を案じてくれていた彼女に、ミコトは嬉しさを感じると同時に、面映ゆくて仕方がない。


 ミコトは、さっきユウが「右手注意」と言った意味がわかった。

 今、彼女に触れたくて堪らない。自分はここに居ると、もう安心していいと、そう知らせるために。注意されていなかったら、思わず両手でそうしてしまいそうだった程に。


 だからミコトは慎重に、丁寧に、出来る限り優しく、彼女の頭を左手で撫でた。


「大丈夫。僕はここに居るから。――僕しか、居ないから」


 思えば、彼女はずっと無理をしていたのだと思う。教室で、アツシに声を掛けた時から。


 明るく元気な女の子。皆の抱くアカリのイメージを、彼女は無意識的に保っていた。だから、彼女はこんな状況でも笑顔を絶やさず、皆を元気付けていた。


 しかし、アカリは普通の女の子なのだ。皆と同じで怖いし、皆と同じで不安だし、皆と同じで悲しい。だから、泣いたっていいに決まってる。


 優しく、安心させるように。そう気遣って声を出す。

 その声を、その手を、アカリは目を瞑って目一杯に受け止め、声を上げて泣き出した。

 今までのぶんを取り戻すように、大きな声で、大粒の涙で、悲しみを、不安を、喜びを、まるで子供のように表現する。


 そうしてひとしきり泣いた後、やがてミコトの左手を左手で取り、自分の頬に当てると、ようやく笑顔を浮かべた。


「うん。おかえり、ミコトくん。おつかれさま」

「ただいま。ありがとう」


 泣き笑いの笑顔で紡がれたアカリの言葉に、ミコトも笑顔でそう返す。

 伝った雫は冷たいが、触れた頬は温かい。

 朝の光が涙でキラキラと反射し、その泣き顔は、その笑顔は――とても美しいと、ミコトはそう思った。

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