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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第一章 被害者と加害者
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第一章12 弱音の先に

 ミコトたちの通う青二玉高等学校には、四階建ての校舎が二棟ある。


 生徒たちが主に使うのは南棟で、そちらに全学年のクラスルームが配置されている。

 職員室や保健室も南棟に含まれているのは、いざという時すぐに駆け込めるようにだろう。もっとも、今回は役に立たなかったのだが。


 ではもう一方の北棟には何があるかと言うと、化学室や家庭科室を始めとする、特別教室が軒を連ねている。

 実験や実習で使用するのが主な目的のため、基本的には生徒が居ない。

 もちろん、授業が行われていない今そこには誰もいるはずがなかった。


 二つの棟は名前の通り南北に分かれて並び立ち、東西の端で渡り廊下によって結ばれていた。

 渡り廊下と言っても、しっかりと造り込まれているのは二階以上だけで、地上部分は二階の廊下が屋根になる以外は吹きっ晒しである。


 しかし、そんな風通しのいい空間でも、上からの視線を遮るには十分だ。


 ミコトたちが今居るのは西側の渡り廊下、その一階部分である。

 キタネから見え辛い位置まで引っ込み、一応の安全は確保されている。


「でも、あいつもすぐ降りてくるだろうから猶予はない。手短に済ませる」


 足を投げ出して座り、早口になりながら喋るユウの様子は、本当に余裕が無いのだとミコトたちに悟らせるには十分だった。

 彼の左脚は制服のズボンの膝から下が無くなっていて、その下の皮膚に未だ治りきらない火傷と出血の跡が見て取れた。


 痛々しいそれから目を逸らし、ミコトは話に意識を向ける。


「手短にって言っても、何も作戦は考えれてないよ……」


 ユウが稼いだ時間は二分かそこら、そのうちミコトたちが移動に充てた時間は半分以上だ。

 残りの時間で一発逆転の策を思いつくほど、ミコトもアカリも頭が切れるはずもない。


「大丈夫。言ったっじゃん、適材適所って。頭働かせるのは任せろ」

「嘘でしょ!? シンドウくん脳みそ何個?」


 平然と言ってのけるユウに、ミコトもアカリを目を丸くするしかない。

 ユウの言葉をそのまま呑み込むと、今の今まで命がけで戦っていたというのに、その間に作戦を考えた、ということになる。

 その有能ぶりに、アカリは思わず意味不明な問いを投げる。


「いや適材適所って、体張るのも頭働かせるのもユウさんがやってるじゃないですか――じゃあ、僕は一体何をすればいいのかなあ」


 それに対し、ミコトは驚きよりも自責の色が強い。

 落ち着いて考えれば、あの状況で作戦を立てるのは本来ミコトの役割に思える。

 ユウは囮を買って出て、アカリはただ手を引かれるままに訳も分からず従っているしかなかったのだから。


 自分の存在意義を見失いそうなミコトの、後半の問いは愚痴に近かった。ユウにではなく、相も変わらず使えない自分に対しての。

 しかしそんなミコトの問いに、明快に答を与えるユウの姿がそこにはあった。


「決まってるじゃん。今から俺より体を張る」


 うっかりすれば冗談にも聞こえるそれを、ミコトは真剣に受け取った。

 受け取って、しっかりと役割を果たし、結果として返す。その決意を今、ミコトは固めた。


「わかった――どうしたらいい?」


 静かに言葉を発したたミコトと目が合い、その様子に少し驚いた後、にやりと笑ってユウは任務を受け渡した。



「十五分――奴から逃げ続けろ!」



*********************


 詳しいことはテレパシーで――と、結局原理も分からないそれを頼りに送り出されたミコトは、ユウたちと反対の方向、渡り廊下を南棟に向けて歩いていた。


 ユウたちは北棟へと入り既に姿は見えない。代わりに、三十秒と経たないうちに今回の鬼――キタネの姿が見えた。もちろん、子はミコトである。


「――たしかミコト、とか呼ばれてたか? シンドウたちはどうしたよ」


 キタネもすぐにこちらに気付き、立ち止まって問いかけてくる。


 十五分、持久走ならミコトでも二キロは走れる時間。その全てを走って逃げる体力はミコトには無い。

 だから、少しでもそれ以外で時間を稼ぐ。


「あ、はじめましてキタネくん。カシワデミコトと言います」

「お、おお。ご丁寧にどうも。キタネハナヒサです」


 今更過ぎる自己紹介に、キタネも思わず名乗りなおす。

 アカリ流、自己紹介で相手の勢いを崩すテクニック。たぶん彼女は狙ってやっていないが。


「ってそんなことはどうでもいい。どうせまた時間稼ぎだろ。稼いだところでどうにかなるとは思えないけどな」


 あっさりとこちらの思惑を見抜かれて内心焦りを浮かべるミコトだが、その脳内にはもう一つ別の声が響いている。


『いいか、キタネはお前の能力を警戒してる。嫌ってるって言ったほうがいいか。時間稼ぎと分かった上でお前を追いかけてくるはず』


 まるで会話が聞こえているかのようなタイミングで、テレパシー越しに語りかけてくるユウの声である。

 そしてその内容は、すぐさまキタネに肯定された。


「まあいいか、お前さえ消せれば後はどうでもいいや」

「なんでですかねぇ。そんなに僕悪いことしたかなあ……」


 当然の疑問を口にするミコトに対し、


『決まってるだろ。あいつの中二的発想からすれば――』

「ゲームを黙って見てるなんて、そんなことできるかってんだ。主役は俺だ」


 目の前のキタネと、目の前にいないユウの返答が繋がった。


 自分が世界の中心で、選ばれし特別な存在なのだと本気で思っているのが中二病患者の精神である。

 退場させられて安全圏から指を咥えて見守るのは、かなりの屈辱なのだろう。


 もちろんミコトも通ってきた道なので、言われてみれば理解はできた。

 そして、ミコトが囮役を任された意味も。ミコト以外では、キタネを引き付けられないのだ。


 ――やはり、納得はできないが。


『さて。キタネはたぶん瓦礫を持ってきてると思うけど、大きさはどんなもん?』

『うん――だいたいバスケットボールくらいかなあ』


 話題を切り替えたユウの予想通り、キタネの腕の中には『武器』となる瓦礫が鎮座している。

 戦いに来ているのだから当然と言えば当然だが、周りに転がっている物は無いので状況はさっきよりマシに思える。


『じゃあ、とりあえず五メートル以上距離を取ってれば即敗北は無い。何も考えずに無駄打ちしてくれれば接近戦はミコトに――』


 分がある、というその続きを聞く余裕がミコトには無かった。何故なら――

 キタネが抱えたそれを虚を突いて斜め上に放り投げ、爆発を起こして見せたからだ。


 だが、ミコトとキタネの間には余裕で五メートル以上の距離が開いている。

 まさかの初手無駄打ちか、というミコトの希望的観測は、やはり希望的観測でしかない。


「よし、弾確保完了」


 半径五メートルを吹き飛ばした爆発は、放り投げられた先にあった二階の渡り廊下を破壊し、ガラガラと『弾』を大量に降り落とした。

 満足げに頷くキタネと目が合い、お互いの頬が吊り上がる。キタネはドヤ顔、ミコトは苦笑いで。


「……ユウくんの嘘つき」

『……思考がぐちゃぐちゃでイマイチ状況がわからないけど、もしかして瓦礫量産パターンか。悪いミコト、じゃあ走って逃げるしかない』


 思わず言葉として漏れたユウへの不満に、察し良く歯切れよく返事が聞こえる。

 その返事と、キタネが元渡り廊下を拾って振りかぶったのを合図に、ミコトは中庭に向かって駆け出した。


「ヤバいヤバいヤバいよこれ! 死んじゃうって!」


 開けた空間である中庭は逃げやすいが射線は通り放題である。

 一対一なら、一発でも食らった時点で危機的状況だ。


 後ろに恐怖の音とキタネの哄笑を聞きながら、少しでも距離を取るべく全力で駆ける。


『死ぬ気で逃げれば意外と何とかなるよ。あ、北棟とA組の教室には近付かないこと。あと十二分後に目的地に到着するように』



 脳内に響くユウの声と、迫ってくる爆発の音。その両方に追い立てられるミコトは、最初からペース配分も何もあったものじゃない全力ダッシュだ。


 淡々と言い渡されたユウの無茶振りに、終わったら絶対に文句を言ってやるとミコトは誓うのだった。


******************


 命からがら、何とかミコトは中庭を吹き飛ばされることなく切り抜けた。

 途中足を滑らせたことによる神回避などもあり、まだ一発も貰っていないのは幸運としか言えない。


 しかし、状況は悪くなる一方だ。


 中庭を抜けて、東側の入り口から再び南棟に入ったミコト。

 それを追いかけてきたキタネは破壊と補充を繰り返しており、爆発の連鎖がミコトにじりじりと迫ってくる。


 階段を駆け上がれば踊り場ごとに爆発が巻き起こり、折り返しのタイミングが遅れればダメージは確実だ。

 5回その窮地を乗り越えるとそこは既に最上階、もう上へは逃げられない。


 目の前には北棟への渡り廊下があるが、ユウ様のお許しが出ていないためそちらにはまだ行けない。

 仕方なく左に折れ、三年生の教室が並ぶ廊下へと駆ける。

 次の瞬間には、今までミコトが居た位置、その真上の天井が炸裂して新たな瓦礫を産み落とした。


「ああもう、ユウくんあと何分!?」


 動くのが少し遅かったらという嫌な想像を振り払い、声に出さなくてもいい問いを喚き立ててその場を離れる。


『あと九分』


 忙しいのか、やたら端的に返ってきた答に気が遠くなりかける。

 まだ半分も経過していない。加えて逃げ場のない廊下。

 西側の階段に辿り着くまで、ミコトの身体は五体満足でいられるのだろうか。


 振り返ると、そこには駆け上がってきたキタネの姿があった。

 新しく出来た瓦礫の中から大きめの物を一つ掴むと、ミコトに向かって放り投げる。


「うわっ」


 半身になっていたミコトの右側から来たそれを、左に思い切り跳んで躱す。

 が、躱しきれずに爆風に煽られ、ミコトの身体が廊下を無様に転げまわる。


「あっぶなあ、今の死んでてもおかしくないヤツだよ」


 文句を言いながらも、逃げるために即座に立ち上がりにかかる。

 ――大丈夫、全身痛いけど動かないところは無い。転がったことで距離も少し取れている。奮い立たせるように心にそう言い聞かせた。


 警戒のために首だけ振り返れば、無闇に綺麗なフォームで追撃を放つキタネの姿が目に映った。


「もう勘弁してください!」


 弱音を声高に吐き出して捨て去り、逃げる意志だけは高く保つ。

 追撃が先ほどまで倒れていたそこに正確に飛んで来るのを目の端で捉えつつ、必死に廊下をひた走る。


「ユウくん、これはちょっとやっぱり無理がある気がしてきたよ――」


 捨ててもすぐに溢れてくる弱音を吐いた、数秒後。


 気分というのは大事で、無理な気がしたら本当に無理になってしまうなんてことはざらにある話だ。

 だから、これはその弱音が原因だったかもしれない。


 ちゃんと前を向いて走ればよかったという後悔と、いやそれは不可能だったという言い訳を同時に浮かべつつ――


 ミコトは、前方の足元に堂々と倒れていたロッカーに見事に蹴躓いて、その上に顔から突っ込んだ。



 ――終わった。



 なんでロッカーが倒れてるんだとか、どうしてこんな目立つものに躓いたんだとか、そういう疑問や嘆きよりも先に出てきたのは偏にその思いのみだった。


 ギリギリの逃走中に、受け身も取れず派手に転倒。後ろではキタネが既に次の『爆弾』を構えているに違いなく、それが投じられればまず避けることは不可能だった。


 思い切り顔をぶつけ、鼻から口から額から、じんわりと血が流れ出たのを感じる。

 どうせすぐに治るはずのその傷が、ミコトの身体を通じて心を傷付けていた。


 自然、諦めが胸中を支配し、起き上がることもできずに目を瞑ってしまう。


 今にもミコトの身体を爆音と衝撃が襲い、動けなくなったミコトをキタネの右手が消し去るに違いない。

 固めた決意は脆く崩れ去り、夢見た目標は半ばで潰え――


『馬鹿言ってんな、最後まで足掻け!』


 心の中でまでそんな弱気を晒したミコトを、脳内に直接響く声でユウが叱り飛ばした。心の声だと言うのにうるさく感じるのは、それだけ強い思いということなのだろうか。


 その意気が、強さが、ミコトの脳内に火を入れた。

 諦めかけた身体に再び命令を下し、起き上がるための挙動を取らせる。


 だが、どんな心境の変化があろうと隙は隙だ。

 その隙を当然の如く衝いたキタネの投擲が、過たずミコトを襲った。

 身を返して上半身を起こしたばかりのミコトの鼻先で、『爆弾』が無情に炸裂する。


「――!!」


 目に入ったのは目も眩む閃光。それを認識するが早いか、ミコトの全身が爆風に揉まれ、もんどりうって吹き飛んだ。

 声も出ないほどの衝撃が身体中を駆け抜け、自分の中身をしっちゃかめっちゃかに掻き回された感覚を得る。


 転がされうつ伏せになったミコトは、尋常ではない吐き気を催しそれに従う。しかし、口から出てきたのは異常に鮮やかな赤色の液体だ。

 目の前に広がるそれが自分が吐き出した血だと認識してようやく、痛みが正しくミコトの脳に送り届けられる。


「――――っ!」


 痛みに声を上げることすら許されず、口だけは叫びの形を取って血を吐き弱々しく身悶える。

 朦朧とする意識の中で下半身に湿り気を覚え目を遣れば、それは口から吐き出す手間さえ惜しまれて漏れ出す下血であった。


 ――痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。何故こんな状態になっているのか分からない。何故まだ生きているのか、何故まだ死んでいないのか、何故意識が残っているのか。


 明滅する視界と思考に、ゆっくりと歩み寄るキタネの姿が絶望を差し込む。


 ――ああ、消される。消されてしまう。消えてしまう。消えてしまえば、この痛みから解放されるのだろうか。救われるのだろうか。


 消えるのはミコト。ミコトの命。消える命。命――


『その名前の通り、何よりも命を大切にする人でいてね――』


 二つの声で、その言葉はミコトの頭を響き渡った。

 それが、痛みに蹂躙された思考を鮮明にし、絶望に支配された心を奮い立たせる。


『それはもちろん、お前の命もだよ』


 続きは、ユウの声のみで響いた。

 わかってると心の中で返し、視線だけは強くキタネを睨み付ける。


 相変わらず痛みが大音量でがなり、全身に力が入らない。

 だが、来るなら来いとミコトは腹を固める。実際の腹の中身はぐちゃぐちゃでも。


 相手の右手は右手でガード。出発前に心に刻み付けたそれが唯一の希望だ。


 キタネがミコトを消そうと右手を伸ばした瞬間、その一瞬に全霊を懸ける。

 油断したキタネの右手を掴み、即座に左手で退場させる、それしかない。


 僅かに指を動かし、手に意志が通うことを確認。後はじっと、その時を待てばいい。

 キタネが一歩、また一歩と近付く中、高まる緊張感と鼓動を感じ――



 次の瞬間――鈍い音が聞こえ、緊張と痛みで狭まったミコトの視界からキタネが消えた。



「え……は?」


 訳が分からず声を漏らすミコトに、


「お、生きてんの? ってそりゃ生きてるわな」


 一応、無事を確かめる趣旨の声が降った。そちらを見れば、一人の少年が立っていて。


「ええと……誰――?」



 目に入った見知らぬ人物に、ミコトは当然の疑問を口にしたのだった。

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