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イマジン鬼ごっこ~最強で最弱の能力~  作者: 白井直生
第一章 被害者と加害者
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第一章11 奥の手と撤退

 今の状況がどれくらい絶望的かを、客観的に分析してみよう。


 まず、敵であるキタネの能力。

 触れたものを爆弾に変える能力であり、その威力は質量に依存している。


 重ければ重いほど強力になる上、もちろん人間に触れても有効なために、チームを組んでいるミコトたちからすれば最悪の一言だ。

 誰か一人でも捕まった時点で、全員まとめて吹き飛ばされて敗北確定。


 かと言って距離を取れば、ミコトたちに有効な遠距離攻撃の手段はない。

 ユウの『接続コネクト』で多少の遠距離攻撃はできるものの、キタネの能力の前では十中八九効果が無い。


 仮に不意を衝いて遠距離攻撃を仕掛けられたとして、自分に全く影響の無い自爆ができるキタネは危機が迫れば当然その選択肢を選ぶだろう。そうなれば、攻撃は届かないのである。


 何故かと言えば、ユウの能力は『核』となる触れた物体が壊れると解除されてしまうからだ。教科書の類ならば燃えても同様である。

 はっきり言って、ユウとキタネの能力の相性は最悪でしかない。


 というか、このパーティーは遠距離攻撃に対して弱すぎるのだ。

 三人しか居ないメンバーのうち、一人は遠距離攻撃はできるものの専門ではなく火力不足、一人は近距離専門(弱め)、最後の一人に至ってはそもそも戦闘では役に立たない。

 何故こうなったと聞かれれば、成り行きでしょうがなくとしか言えない。


 加えて、位置関係も非常にまずい。

 キタネはC組の前に陣取っており、そこには大爆発によって生み出された瓦礫――『武器』が大小取り揃えて大量に転がっている。


 それに比べ、ミコトたちの位置取りはA組とB組の境目と言ったところ。

 使えそうなものは、先の爆発でひしゃげたロッカーからこぼれた物くらいである。

 キタネを捕らえるのに用いられた辞書もここから拾ったものであり、重量で言えばそれがマックスだった。


 そして何より、ミコトたちの後ろには、無防備になった教室と生徒たちが居るのだ。

 うっかり下がった先で攻撃を食らおうものなら、それは取り返しのつかないことになりかねない。強制的な背水の陣だ。


 となれば、やるべきことは一つ。


『ミコト、聞こえたら黙って頷け』


 やおら振り返るユウと目が合い声が聞こえ、ミコトは困惑に包まれる。

 何故なら、彼の口が動いていないのだ。唐突な腹話術に疑問を抱くが、しかし聞こえた声に従って黙って頷く。


『よし。一旦退いて作戦を立てよう。俺が時間を稼ぐから、ミコトはハナサキを連れて後ろの階段から下に降りてくれ』

『いや、それって――!』


 ――ユウを囮にする、ということではないか。


『いや、そうじゃない。っていうか普通に足手まとい。降りたら外に出てこの廊下が見える位置で待っててくれ。俺もすぐに行く』


 相変わらず口を動かさないまま届くユウの声は、声に出していないはずのミコトの思考に返答した。


 ――これって、もしかして。


『そう、テレパシー。細かい説明は後で。OK?』

『わかった――死なないでね』

『死ねないよ、残念ながら』


 その軽口でもって、短い作戦タイムは打ち切られた。

 ミコトがゆっくりアカリの方ににじり寄るのを確認すると、


「――行け!」


 その言葉と同時に、ユウは前に飛び出し、ミコトはアカリの右手を右手で掴んで後ろに走り出した。


 後ろへ遠ざかる足音を聞きながら、ユウは迷い無く駆ける。

 先んじて動いた彼らに、キタネは余裕の笑みを浮かべて瓦礫を拾い上げる。


「囮とかカッコいいじゃねえかシンドウ!」


 挑発するように吠えるキタネは、すぐさまユウに向けて『爆弾』を投じる。

 対するユウは散らばったロッカーの中身に滑り込み、適当な物を引っ掴んで能力を発動していた。


 この状況でまだ救いようがあるのは、キタネの身体能力は高校生相応のまま、ということである。


 それはもちろんユウにも言えることであるが、キタネの能力が質量依存である以上、投じる物体の距離と重さは――『爆弾』の威力と距離は、キタネの腕力を定数に反比例する。


 そして事実、今キタネが投げて寄越したのは二投目と同じくらい、拳大の破片だ。

 三メートル離れれば脅威とならないそれを、鎖付きのノートがきっちり三メートルの地点で命中して処理する。


「だろ? 俺の勇姿の糧になれ」


 爆破の音に負けないように声を張り、不敵に挑発を返す。

 現状、この距離で相対していてはもどちらも決め手に欠ける。となれば、次の一手が勝負だ。


「じゃあ、こういうのはどうよ!」


 キタネは足元に落ちていた小石の類を掻っ攫い、まとめて掌に収めると、いっしょくたにユウに向かってぶち撒けた。


 『一度に能力を発動できるのは、一つの物体のみ』。

 つまり、投げられた小石たちのほとんどがダミーで、爆発するのは一つのみだ。それがどれかは、おそらくキタネ本人にもわからないに違いない。


 だが、キタネの能力だとこの小石程度の質量では大したダメージは与えられない。つまりこれは――


「目くらまし――本命は」


 ユウは拾った資料集を広げて持ち、頭だけをガードした。

 小石がそれに当たって小さな爆発を起こし、薄い盾を小さく焼いて穿つ。だが、それだけだ。


 それを確認すると即座に手を降ろし視界を確保――直後、近過ぎる位置に『爆弾』を見た。


「やっぱりか!」


 小石の散弾に次いで投じられていたそれは、やはり拳大の石だ。この時点で五メートル程度、最早安全は確保できない。


 全力で後ろに飛び、能力を発動する間もなくただただ手にした物体を投げつける。

 奇跡的にそれが命中、ぶつかった瞬間石が爆ぜ――


 ――ない。

 失速したそれはユウのすぐ足元に落ちると、ようやくその本懐を果たし――


「あ゛あっ――」


 控え目な威力で、しかし確実にユウの左脚を焦がした。

 膝から下がもげたかのような錯覚に、ユウは前のめりに床に倒れる。咄嗟に身を捻ったものの、右半身を強打し苦鳴が漏れた。


「触れたら爆発、なんて言った覚えはないぜ」


 言われてみればその通りで、思い返せば最初の『冗談』は、地面に落ちてしばらくしてから爆発していた。

 爆発のタイミングは任意――その事実を見落としたユウの失態だ。


 そして低くなった視界の中、無様に倒れ機動力を失ったユウに対し、バスケットボール大の瓦礫を抱え迫るキタネの姿があった。


 重い物を持った状態で走るキタネは、体育会系ではないため速くはない。しかし、ユウの傷の再生が間に合うほど鈍重でもない。


 キタネの抱える『爆弾』の威力は、おそらく三メートル以内で食らえば致命的。五メートルでも先のミコトよろしく鼓膜は確実に持って行かれるだろう。


 更に言えば、咄嗟に後ろに下がったことでユウの身体はA組の扉の前まで来てしまっていた。

 つまり、至近で爆発を食らえば、被害を受けるのはユウだけではないかもしれない。


 ――爆発させるわけにはいかない。


「無理ゲーもいいとこだろ、これ」


 窮地に加速した思考の中で、その結論が導き出される。

 両腕に力を籠め上体を起こしたものの、それ以上は左脚が言うことを聞かない。四つん這いならぬ三つん這いで、この窮地を切り抜ける方法など――


 ――ないことは、ない。


「しょうがない……奥の手その一!」


 言葉通り奥の手のつもりだったのだが、出し惜しみしている場合ではない。

 床に置いた左手に右手を重ね、視線を引き上げ狙いを定める。


「伸びろ如意棒、ってな!」


 床と自分を棒で接続、そしてその棒を全速力で伸ばす。

 斜め上にアーチを描いて伸びるそれに従い、ユウの身体は床から離れ、目を瞠るキタネの頭上を通過する。


 『接続』を使って、逆に自分の身体を動かすという力技。

 必死で棒に齧り付く様はお世辞にもカッコいいとは言えないが、それでもキタネの意表を突いた。


「なんじゃそら――!」

「いい反応! そのまま食らえ!」


 呆気にとられ、まんまとユウを見過ごしたキタネ。

 その頭上では、ユウが通過した軌跡を示す棒が位置エネルギーを蓄えている。その棒を極太、極重の鎖に変換し、ユウは自身の落下と併せて腕を振るう。


 自然、その鎖は位置エネルギーを運動エネルギーに変え、真上からキタネに奇襲をかける。

 脳天をかち割る威力で迫る無機質な大蛇に、キタネの反応は火事場の馬鹿力を呈した。


 普段ではあり得ない反応と速さで持ち上げられた石塊が、キタネの頭の代わりにかち割れ、しかしそれ以上の被害は免れている。


「危ねえ! 殺す気かよ!」


 振り返り、棚上げ上等の怒声を上げるキタネの視界には、再び無様に倒れ伏すユウの姿が映った。

 攻撃に意識を割き、結果受け身が疎かになったユウは殺しきれなかった着地の衝撃に呻いている。


 一見状況は少し前に戻っただけにも見えるが――


「立ち位置は、逆転した……!」


 顔を上げたユウの爛々と輝く双眸とその言葉が、そうではないことを物語っていた。

 その事実に抗うようにキタネが投げた、鎖に砕かれ小さくなった破片を、ユウはしっかりと防いで見せた。


 ――自身が転がるすぐ傍にある、瓦礫の山から『武器』を拾い上げて。


「ちっ」


 舌打ちを一つ落とし、キタネは考えを切り替えて無手のままユウに向かって駆け出す。

 未だ左脚の負傷が癒えきっていないユウにならば、直接右手か左手を当てる方が早いと判断したのだろう。


 その判断は間違っていないが、もう遅い。


 ユウの目的は時間稼ぎであり、それは達成された。故に、ユウの次なる一手は離脱のみ。

 手に取った次の瓦礫を鎖で振り回し、近くの窓ガラスに叩きつけて割り砕く。


 そのまま先ほどの要領で地面に棒を突き立て、自身の身体を持ち上げ――


「待て!」



 ――歯噛みするキタネを尻目に、開かれた脱出口へと身を滑り込ませた。


************


「ミコトくん!?」


 驚くアカリを無理矢理に、手を強く握って共に走らせる。

 後ろは振り返らない。ユウはすぐに来ると言ったのだ。ならば、彼を信じ、彼の言葉に従う。


 廊下を駆け抜け、自分たちの教室の前をあっという間に横切り、突き当りを左に折れて階段を転がるように駆け下りる。


 ミコトたちの教室は三階、下りる階段を三度折り返し終点を迎える。

 すぐ目の前には外へと続くドアがあり、空いた左手でもどかしくドアノブを回すと、体当たりしてそれを押し開けた。


 そしてそのまま右前方へ駆け出し中庭に出て、半ばあたりで急停止して首を上へと向ける。


「ちょっと、ミコト、くん――どうし、て?」


 息と言葉を切らしながら、手を不自然な体勢で繋いだままのアカリが問いかける。

 普通に右手と左手を繋げない状況で、ここまで転ばずに来れたのはラッキーだった。


「あ、ごめんねハナちゃん。さっき、ユウくんから指示されたんですよ。テレパシーで」


 なるほど、アカリからすればこの状況は全く意味不明に違いない。

 突然ミコトがアカリを連れて逃げ出し、ユウを置き去りにした――彼女の目にはそう見えたはずだ。


「テレパシー? どういうこと? 仲良すぎるとそんなこともできちゃうの? ツーカーなの?」

「それは僕もわからないんだけども……とにかく、ユウくんがここで待っててって――」


 疑問符だらけのアカリに返答しつつ、ミコト自身も状況はよく分かっていない。っていうかツーカーってなんだろう。


 それは置いておき、状況の方は何とか理解しようと、ユウがいるはずの辺りに目を凝らす。

 ここからでは二人の姿は確認できないが、直後に一瞬光が弾けるのが見えた。


「今の、爆弾だよね……」

「大丈夫、大丈夫……」


 埒もない確認をして、二人の間に不安からの沈黙が落ちる。

 思い返せばユウの発言は死亡フラグてんこ盛りであり、嫌な予感が頭を離れることがない。


 と、息苦しいその空気に俯いたアカリの視線が自身の右手に落ち、未だに手を繋いだままだったことに気が付く。


「あの、ミコトくん、手……」

「え? あ、ああごめん! いつまで繋いでんだって話ですよね!」


 言われて自分の手、アカリの手から腕、肩、顔へと視線を上げ、赤面した彼女が目に入った途端ミコトは慌てて手を離した。

 離されたアカリは自分の胸元辺りで、触れられた右手を左手で握りしめて更に顔を赤くする。


 こんな状況にも関わらず、高校生らしい甘酸っぱい青春の一幕を繰り広げる二人を――

 ガラスの割れる短い音が遮り、直後に上から声が落ちてくる。


「お前ら、人が体張ってる時に何ラブコメしてんの!?」


 声に反応し目線を向ければ、三階廊下の窓が一枚割れ、そこから棒に左手を突き刺したユウが怪我をしないギリギリのスピードで降りてきていた。


「ユウくん!」

「シンドウくん!」


 地面に近付くと能力を解除し、右脚と両手を着く不格好な着地。

 そんなユウを気遣う声が、二つ飛んで駆け寄ってくる。


「大丈夫、それより早くここを離れよう! こっちだ!」


 地に着いた左手からそのまま棒を伸ばし、しがみついて移動を開始。

 そんなユウの姿を驚きつつ見過ごし、慌てて二人は後を追った。


「何その移動法、斬新!」

「如意棒! 如意棒だこれ! カッコいい!」



 その発想をそれぞれの感性で称えつつ、三人はその場を離脱――キタネの追撃が届かない範囲へと、逃亡を図るのであった。

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