第一章10 爆弾魔
時間はミコトたちが出発する少し前、場所は教室に巻き戻る。
情報を共有しておくという話し合いで、ユウの能力が引き合いに出されたのだった。
「――『接続』?」
首を傾げながら、オウム返しにそう言ったのはミコトだ。
「そう、『接続』。触れた物と自分を繋ぐ能力で、繋がり方は自由自在。長さも形も材質もオールフリーだ」
言いつつ、ユウは持っていた教科書に能力を発動すると、目の前で鎖に繋がれたそれをぶら下げて見せる。
そしてその繋がりを、鎖からロープへ、ロープから棒へ、棒からワイヤーへと変化させ、うねうねとくねらせた。
「おおー、すごい手品みたい。……これって強いの?」
その光景に一通り感心した後、アカリはさっきのミコトと同じように首を傾げた。
「強いかどうかは微妙だけど、少なくとも便利だとは思う。汎用性は高いはず」
そう言ってユウはワイヤーを掴み、さっと回り込んでミコトの首に巻きつける。
「締める、縛る、振り回す、引っ張る、掴まる。紐でできることはだいたいできるし――」
それを解き、ミコトが咳き込み首をさすっているのはガン無視して、再び接続を棒へと切り替えると、ユウはそれを振り回す。その軌道上にミコトが居るのはきっとわざとだ。
「こうやって、即席の長物も作れる。あと長さも変えられるから」
その棒を右腕に乗せ、教科書をやはりミコトの方に向けると、勢いよくそれを伸ばした。
「こんな感じでちょっとした遠距離攻撃もできる。まあ、あんまり遠いと俺が支えきれないから、台とか無いと厳しいけど」
「ってちょっとユウさん!? さっきから痛いんですけど!」
「痛いなら上々、攻撃として有効ってことだ。ありがとう」
何事も無かったかのように解説を続けるユウに、教科書の一撃を受けたミコトが憤慨して文句を垂れる。そんなミコトの言葉を、ユウはもっともらしい理屈を付けて適当に流した。
「いや、流せてないしそれでお礼を言われるのは複雑な気分だなあ! どういたしまして!」
「律儀! 律儀すぎるよミコトくん! もっと怒っていいとこだよ!」
突っ込みつつもちゃんとお礼に対する返礼をする辺りに、ミコトの人柄が現れている。その真面目すぎる性格にアカリが思わず大きな声を上げた。
「さて、という冗談は置いておいて。俺の能力はこんな感じ。拘束に向いてるし、ミコトとの連携もしやすいと思う」
真面目なトーンに声と表情を戻したユウに、ミコトとアカリも応じて頭を働かせる。
「そうだね、基本的にユウくんに捕まえてもらって僕が退場させるって感じで」
戦闘方針としてはその形で問題あるまい。接近せずに制圧できるならそれに越したことはない。
「私はどうしたらいいかな?」
「後ろに下がって見守ってて」
「やんわりと役立たず扱いされた!」
自分の役割に言及するアカリに、ユウがあっさりと戦力外通知を渡す。
しかし、左手の能力からすれば当然の判断だ。
「まあ、強いて言うなら周りの警戒かな。敵が複数なんてこともザラだろうし」
「はあい。あ、じゃああと応援するね!」
少しでも役に立とうとする彼女のその姿勢に、ミコトもユウも思わず微笑む。
戦闘以外で役に立ってくれればそれで十分だと言うのに。
彼女もまた、真面目で優しい性格なのである。
「さて、あと他に確認しておくべきことは――」
いざという時の役割分担も済み、最終的な詰めに入る。
ここまで確認できているのは、お互いの能力。ミコトの『強制退場』、アカリの『元気百倍』、そしてユウの『接続』。
『左手の能力は同時に一つの物体にしか発動できない』という最初に明示されていない細かいルールは、唯一確認していなかったアカリに二人から説明してこれも確認済み。
そして、参加者は『日本全国の高校生』で、次のゲームの会場は体育館、当面の目的地は購買。
「こんなところか……他に何かある?」
ざっとまとめたユウが二人に問いを発する。ミコトとアカリはうーんと唸って疑問を探し――
「そう言えば、さっきユウくんがやってたけど、もしかして右手同士だったらお互い消えない?」
ミコトが思い当たった疑問を口にした。
ミコトがカガミに襲われた時、ユウはそうして彼を捕えて見せたのだった。
「ああ、そう言えば言ってなかった。そう、『右手同士が触れあった場合、どちらも消えない』。付け加えると、『お互い右手以外を同時に触った場合はどっちも消える』らしい。まあ、俺たちは右手を使うつもりがないからそっちは関係ないけどな」
接近戦を挑まざるを得ないミコトにとって、右手を防げる手段である前者のルールは重要だ。
相手の右手は、右手でガード。ミコトはしっかりと肝に銘じる。
「そんなところかな。あ、あと最後に一つ」
確認も終わり、話をまとめようとしたユウがふと思い立ったように言を翻した。
「ミコトくん、あなたは台です」
「「――はい?」」
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「いやあ、まさかこんなにうまくいくとは」
見事に『台』としての役割を果たしたミコトは、誇らしげにそう言った。
遠距離攻撃をする敵が出てきた場合、ミコトを囮として前に出し、退場を警戒させる。
そこで一転、『台』としてミコトを使うことでユウの遠距離攻撃を届かせる――というのが、ユウがあらかじめ立てておいた作戦だった。
ノックアウトできるならそれもよし、ダメなら接続を変化させて拘束に切り替える。隙を生じぬ二段構えだ。
「だね。さっきの爆弾がもっと強力だったら危なかったけど」
ユウも自分の作戦がかっちりはまり、満足そうな表情だ。
その後ろではアカリもほっとした笑顔を浮かべている。
言われてみれば、叩き落とされた爆弾は本気の攻撃としては弱かったように感じる。
最初に教室まるごと吹っ飛ばした実績があるというのに、
「うん、意外にしょぼかったなあ」
「――ああん!?」
最後が言葉として外にこぼれたミコトの思考に、キタネが縛られたまま剣呑な声を上げる。
「てめ、しょぼいって言ったか? この爆弾魔、キタネハナヒサ様の能力を!」
急に怒りを燃え上がらせるキタネの言葉を、三人は愕然として聞いていた。
「爆弾魔だって」
「もう突っ込むのもしんどいな」
「おいそこ、ヒソヒソすんなヒソヒソ! 聞こえてるよ! 勢いで言ってちょっと恥ずかしくなってきてるよ!」
後ろの方でアカリとユウが口に手を添えてわざとらしくやりとりするのを見て、逆に毒気を抜かれたらしいキタネが抗議の声を響かせた。
「ごめんごめん、クレイジーボマーさん」
「ごめんな、キタネ(爆)」
「全然悪いと思ってねえな! 後で覚えてろよ!?」
完全に面白がっているらしく、容赦なく恥ずかしい呼称を使うアカリと、その上を行くもはや悪口な呼び名を使うユウはおそらくSっ気がある。
縛られて何もできないキタネは、盛大な負け惜しみを口にするしかなかった。
「はいはい、退場した後でなら愚痴くらい聞いてやろう。ミコト、頼んだ」
「やっぱり容赦ないなあユウくん。了解ですよ」
あまり縛ったままというのも可哀想な話である。もっとも、それくらいの罰は受けて然るべきかもしれないが。
ユウの言葉に従い、ミコトはキタネを退場させるべく彼に歩み寄る。
「くっ――」
逃れようのない状況に、悔しげに声を上げるキタネ。
だが、打開策は見つからないらしく下を向いて諦めの様相を呈し、
――その口元が、ニヤリと歪んだのをミコトは見て取った。
「――ミコト!」
どうやらそれはユウにもわかったらしく、後ろから鋭い声がかかる。
同時に、ミコトは近付いていた距離を飛び退いて開ける。次の瞬間には、
「ちっ」
舌打ちと共に、キタネが抱える『爆弾』が炸裂した。
教室の大爆発に次いで大きなそれは、離れきれなかったミコトを軽々と吹っ飛ばし、拘束を引き千切ってユウをよろめかせた。
「大丈夫!?」
足元に転がってきたミコトに屈んで声をかけるアカリ。
助け起こそうと手を伸ばしかけ――その迂闊な動作に気付くとすんでのところで手を引っ込める。
うっかり右手で触れたら、その瞬間にミコトは消えてしまうのだ。
誰かを助け起こすことすらできない悪辣なルールに、アカリは怒りを覚える。
「ミコトくん!?」
助け起こす代わりに今一度呼びかけて無事を訊ねるが、ミコトから返事が一向に返ってこない。
その様子に最悪の想像を描き、アカリの心臓が縮み上がる。
が、もう一度声を出す前に、ミコトが動き出した。
「あぁ、よかった――ミコトくん、返事くらいしてよ」
思わず涙ぐみながら、身体を起こすミコトに文句をぶつける。
と、ミコトがアカリの方へ視線を向け、やがて驚愕の表情を浮かべる。
――音が、聞こえない。いや、雑音が鳴り響いてそれ以外の音が聞こえない。
今さらになって、ミコトは気が付いた。
こちらに泣いているとも怒っているとも取れる表情を向け、アカリが口を動かしているのが見える。
だが、それに伴う声がひどく遠のき、言葉として聞き取ることができないのだ。
「――あれ?」
自分が放った言葉すら、ぼんやりとしか認識できない。
まるで水の中にいるような違和感。直後、激しい耳鳴りと、ズキズキと鈍い痛みがミコトを襲った。
「ミコト……鼓膜が――!」
不可解な顔を浮かべるアカリと苦痛に顔を歪めるミコトを見て、ユウは事実に気が付いたようだった。
爆発に伴う急激な気圧の変化は、人体に多大な影響を与える。
中でも、耳は圧力の変化に弱く、鼓膜が破れることも普通にあり得る――と、最近見た医療ドラマでやっていた。
そこまで思い至ると、ユウはミコトに左手を当て『声』をかけた。
『大丈夫だミコト。鼓膜が破れたみたいだけど、そんな小さな傷は今はすぐ治る』
全ての音ががぼんやりと聞こえる中、何故かはっきりと聞こえたその言葉に、ミコトは納得と安堵を覚えた。ユウの言葉は、声は、ミコトが最も信頼できるものの一つだ。
そして、ユウの言葉通り、徐々に違和感と耳鳴りは遠のく。
時間にすれば十秒程度、普通ではあり得ないスピードで治癒した鼓膜は、やがて正常に世界を認識し始めた。
しかしそんな僅かな時間であっても、自身の機能が損なわれる感覚はミコトの心胆に消えない恐怖を刻み込んだ。
「死ぬかと思ったぁ……あ、死なないんだった」
少し前のアカリと同じセリフを口にし、しかし比べようもないほどの実感がそこには籠っている。
そうして自分の耳の機能の復帰を再確認すると、ゆっくりとミコトは立ち上った。
「まさか……自爆――?」
「いや。悪いミコト、完全に俺の判断ミスだ……!」
予想外に自分を襲った爆発。その中心に居たはずのキタネが被害を逃れたとは思えない。
しかし、ミコトの疑惑の言葉はユウによって否定された。
「よく考えたら、アイツは最初大爆発した教室から出てきたんだ。それがおかしいって早く気が付くべきだった」
そう、今よりも格段に大きい、あの規模の爆発が教室で起こって、中に無事な人間が居るはずがないのだ。
いくら③のルールで傷が治るとは言え、キタネは爆発したすぐ後に出てきた。
傷の治癒に時間が掛かるのは、デモンストレーションでも、そして鼓膜の治癒に数十秒かかったことで実体験としても確認済みだ。
これらの事実が意味するところは――
「そう――さすがシンドウ、気付いたみたいだな」
立ち込める黒煙がゆらりと揺らめき、やがて中からキタネが姿を現した。
「俺の能力で作られた爆弾は、俺に対して影響を及ぼさない。手に持ったまま爆発しても、痛くも痒くもないってことだ」
邪悪な笑みを浮かべ、キタネは自慢げに己の能力を語る。おもむろにポーズを取ると手に持った小さめの破片を自分のすぐ後ろで爆発させ、ピンクの爆煙で特効まで演出する悪趣味ぶりだ。
そして、彼の語った事実は予想以上に凶悪なものだ。
『弱くない』どころではないと、自分たちの甘すぎる認識に今さら気付く。
「遠近両用……最悪な状況ってやつだなあ」
「ああ、しかも……もう一個最悪な事実に気付いた」
勝利が一気に遠のき、ミコトは自然に沈んだ口調になる。
そんなミコトに追い打ちを掛けるように、ユウが苦りきった顔で付け加える。
疑問を顔で示す他の二人に対し、ユウは心底嫌そうな顔で続けた。
「あいつの爆発の威力だけど、瓦礫がデカいほど強くなってる。質量依存か体積依存か――推測だけど、爆弾なら質量依存の方がイメージしやすいと思う。つまり、基本的に重い物ほど強力な爆発が起こるってことだ」
その言葉に思い返せば、三つの爆発はユウの言う通りの傾向になっており、確かにその通りだと納得できる。
そしてその仮説が成り立つのならば、最悪の事実に行きつく。
「ちょっと待って、じゃあ最初の……教室の爆発は――」
アカリがそこまで口にして、ハッと気が付いて息を呑む。
「そう、教室の中で一番重い物体。今の瓦礫がせいぜい五キロくらいだとすると、十倍以上の威力ならあの規模も納得だ――」
ここまで言われて、ようやくミコトにも理解が及ぶ。教室に当たり前に存在する、五十キロ以上の質量を持つ物体。それは――
「正解だ」
キタネが彼らの最悪の予想を、何とは聞かずに肯定して見せた。
勘違いであってほしいと願わずにはいられないそれは、しかし勘違いなどではなかった。
「教室を吹っ飛ばしたのは――人間だよ」
口にされたその事実は、三人の背筋を凍らせた。
その冷たさは身体中に染み渡り、頭の先から爪先まで、その間のどこかにある心をも、凍えさせて震わせる。
「言っただろ、この能力は最高だ。遠近両用どころか、ゼロ距離でも戦える。そしてそこで一人捉えれば、後はまとめて吹き飛ばせるって寸法だ。そして何より――」
戦闘に於ける自身の能力の素晴らしさを嬉々として語る様は、彼がとっくに常識と良識を捨て去ったことをミコトたちに悟らせた。
そして一旦言葉を切ると、万感の思いを込めて続きを口にする。
「間近で爆発を拝める。ああ、今思い出してもあの爆発は――美しいぃー……」
姿を現したときと同じように、自分が引き起こした被害を、惨状を、キタネは陶然とした面持ちで追想した。
その姿は、最早疑う余地なしに――
「――正真正銘の、爆弾魔だな」
ユウが、吐き捨てるようにそう言った。
「わかってくれたようで何よりだよ。さて、さっき俺が言ったこと覚えてるか?」
キタネはその罵倒を心底嬉しそうに受け入れ、回顧を促す言葉を投げる。
怪訝な顔の三人が答を得るより前に、キタネは続けた。
「『後で覚えてろよ』、だ。弾け飛ぶ準備はできたかよ」
そうして、打開策が見えないままに、キタネとの早すぎる再戦が始まろうとしていた。