第五章20 最強で最弱の能力
「そう言えば、さ」
女神が願いを聞き届けた、その後。
何を待っているのか、沈黙が続く手持ち無沙汰な時間に、ユウはふと問いかけた。
「アンタは最初から、こうなることが分かってたのか? 俺が優勝することがさ」
それを聞いた女神は、不思議そうな顔をする。
「いいえ? 何故そう思うのかしら」
「ずっと、俺たちのことを気に掛けてたように思うからさ」
逆に問い返され、ユウは理由を説明する。
女神はゲームが一つ終わる度に、ユウと会話をしていた。いつもこの、真っ白な空間で。
「それとも、全員と同じように、毎ゲームごとに話してたのか?」
少なくとも能力を決める時は全員と会話をしていただろうが、その後も全員と同じように会話をしていたのだろうか。相当な人数が居ただろうが、神と言うからにはそれくらいは朝飯前だろうし。
しかし、もしかして、と思ったのだ。
女神との話題はいつも、ユウとミコトのことだった。女神はユウが彼と勝ち上がる度に驚いて見せていたが、あるいは彼女には分かっていたのかもしれない――そんな風に、ふと思ったのである。
「そうね。全員と話していたわ」
しかし女神は、ユウの予想を否定した。この空間での会話は、別に特別なものではないと。
しかし、「でも、」と言を翻すと、こう続ける。
「気に掛けていた、というのは事実よ。――ユウ、貴方をね」
「俺……? そりゃ……どうも」
唐突な名指しに、ユウは曖昧な言葉を返す。
自分の直感が当たっていて嬉しい反面、自分一人に言及されるとむず痒い。
「でも、どうしてだ? ミコトを、って言うなら分かるけど」
何しろ彼は、このゲームに真っ向から反抗するような能力を持っていた。
どう考えても特別な能力で、ともすれば女神の思惑を崩しかねない存在。まあ、それはユウキにも当てはまるが。
そんな彼らを差し置いて、ユウを気に掛けていたというのは何故なのか。
「あら、気が付いていなかったのね」
ユウの問いかけに女神は意外そうな顔をして、そんなことを言った。
――気が付いていない。一体、何に?
「まあ、彼やユウキのことも多少気に掛けてはいたけれど、一番は貴方よ。だって――」
言葉を切ってニヤリと笑い、女神が告げたのは。
「だって、最強の能力の持ち主は、貴方だったんだもの」
ユウが全く予想しなかった、そんな驚きの言葉だった。
「い、いやいや。それは無いだろ……だって、ツカサとユウキさんはどうなる? 個人の力で言えば、あの二人がツートップだろ」
結果だけ見れば、確かに優勝したのはユウだ。
だがそれは仲間の力あってこそで、ユウが一人で彼らと戦っていたら、瞬殺されていた自信がある。
単純な強さなら、おそらくユウキが最強。ただし彼の強さの根幹である『聖剣』はマレイの能力なので、そういう意味で言えば選択肢から除外されるかもしれない。
だが、
「少なくとも、『左手の能力』って一点だけなら、どう考えてもツカサが最強じゃ……俺の能力があれより強いなんて、それはない」
触れただけで、あらゆる物体を従える能力。しかも従えると言っても、物理現象をあっさりねじ曲げる問答無用の命令だ。
あれより万能で強力な能力を、ユウは思い付かない。
「いいえ。貴方の能力は、他の能力と一線を画していたわ。唯一無二、と言っていいわね」
しかし、女神の答は変わらない。
「貴方の能力だけなのよ」
唯一無二。一体何が、そこまで特別だったと言うのか。
その答は――
「ゼロから物を創り出せる――神の領域に踏み込んだ能力はね」
物体を、創り出す。創造の力。
それがユウの能力だと、彼女は言う。
「ツカサの能力も、ええ。確かに強い能力だったわ。彼の想像力も相まって、無敵の能力、万能の能力に近かった。でも、彼の能力を以てしても、物体を創り出すことはできなかったわ」
本当にそうだろうか、とユウは思う。
『創造』と言うなら、彼はきっと現実にはあり得ない物体を創り上げることができたように思う。
右手を至るところから生やした人間なんて、現実ではあり得ないし。
「じゃないか?」と女神に訊ねると、
「ええ、そうね」
とそれは肯定された。しかし、彼女はこう付け加える。
「でも、最初に必ず、元となる物体が必要だったでしょう?」
それは確かにそうだ。『左手の能力』の前提からして、それは避けられない。右手だらけの人間だって、核となっているのはツカサという実在の人間。
だが――
「それを言ったら、俺の能力もそうだ。最初に必ず、『繋がる』物体が必要だ」
だったら、何も変わらない。ユウの能力だって、何かに触れなければ始まらないのだから。
「ええ、そうね。でも、その物体の影響を全く受けずに、『接続』は生み出されるわ」
女神は、滔々と語り続ける。
ユウの能力が、どうして唯一無二なのか。
それは――
「貴方だけなのよ。『触れた物体に影響を与える能力を与える』。そう言われて、物体と自分の間に目を向けたのはね」
その、一点。
その一点が、些細で、しかし決して超えられない、他の能力との差。
左手。触れた物体。
その間、元々は何も無い空間に目を向けた。そこに物体を創り出すと決めた。
それが、ユウの特異性だったのだ。
「貴方が能力を決めた瞬間、私は確信していた。個人で最も優れているのは、間違いなく貴方だと。神の思惑を超える、人間の可能性を体現した存在だとね」
そして女神は、ユウを褒めそやす。
「そして貴方は、本当に優勝したわ。ミコトというお荷物を抱えていたから、無理かとも思ったけれど。それを物ともしないくらい、貴方は優秀で強かった」
手放しで、何のてらいもなく、真正面から。
神様にこれだけ褒められた人間は、そうは居ないに違いない。
「おめでとう、ユウ。貴方は間違いなく、最強の高校生よ」
そう結んだ女神に、ユウはしばらく呆然と視線を向ける。
しかし――
「いや」
ユウの結論は、違った。
「やっぱり俺は、最強なんかじゃない。俺の能力も。最強なんかじゃ、ないよ」
否定の言葉を紡ぐユウを、女神は不思議そうな顔で見ている。
そんな女神を見て、ユウは可笑しそうに笑って。
「だってさ」
最強だなんて、おこがましい。
ユウの能力は確かに、唯一無二の能力だったのかもしれない。
それでも――
「友達の、ひょろひょろなパンチ一発で負けちまうような能力だからな。生身の人間に負けるなんて、むしろ――」
最後の最後で。
能力を失った、何も持たないミコトの、何の変哲も無いパンチに、ユウは負けたのだ。
そんなの――
「最弱の能力、だろ」
笑える話だ。普通にケンカしたなら、ユウが圧勝するはずなのに。
思わずユウは、本当にクスリと笑った。
「……しかもその能力だって、そこまで考えて選んだわけじゃないしな」
そして、思い出したようにユウはそう口にする。
「そう言えば、貴方はどうしてその能力を選んだのかしら」
改めて問われ、ユウはしばし黙考する。
以前、同じ問を投げてきたのはタイジュだったか。あの時はかなり適当に答えたが、そう――
「崖から落ちそうな女の子を、助けたかったから」
あの時口にした、冗談のような理由を、もう一度ユウは口にした。
そして一応、その目的は達成されていた。崖からではなかったけれど。
自分の言った言葉で色々と思い出し、ユウはニヤリと笑う。
――そう言えば、まだ女神に言わないといけないことがあったな。
どこかで隙を見て言えればいいけど――
「たぶん、さ」
今は違うな、と自粛して、ユウは真面目なトーンに戻る。
「俺は、たぶん」
そう、たぶん。色々と、打算的な考えはあったかもしれないが。
「誰かと、繋がっていたかったんだよ」
人間がパッと思い付くことなんて、きっとその人の望みからしか出てこない。
ミコトが命を助けたかったように。アカリがミコトを元気付けたかったように。
だとすればユウは、きっと『繋がり』を求めていたのだ。
自分の胸の穴を埋めてくれる、『誰か』との繋がりを。
そんな――
「――ただの、寂しがりな能力だったんだな」
呟いた自分のその言葉は、ユウの心にストン、と綺麗に収まった。
――やっぱり、最強とは程遠かったな。
「……そう」
ユウが一人で納得している中、女神はそれだけ言って目を瞑った。
「そうだよ。あ、あとさ」
そしてユウは、もう一つ気になることを思い出す。
「なんで、わざわざ世界をコピーしたんだ?」
「なんで、とはどういう意味かしら」
ユウの問いかけに、女神は返す刀でそう言った。
きっと意味は分かっているだろうにそんなことをするのは、会話を楽しんでいるのか、ただの気まぐれか。
「だって、別にそんな必要なかっただろ? アンタの目的が人の運命を弄ぶことだっていうならさ」
答えるユウに、女神はクスリと――いや、ニヤリと笑った。
「分かっていないわね」
そしていつもの、どこまでも愉しそうな表情で。
「だって、このゲームを一回やるだけで、ほとんどの人が消えてしまうのよ? コピーしておけば、何度でも遊べるじゃない」
そんな風に、嘯いた。嘯いたというのは、ユウの主観だが。
まあ、いいだろう。この真相は藪の中――『神のみぞ知る』、ということで。
しかし良いフリが来たようなので、とりあえず。
「ふーん。まあでも、たとえ何度やってもさ」
今となっては、女神に対する悪感情はだいぶ薄れてしまった。
しかしまあ、仲間がやりたがっていたことだから。
「きっとどの世界でも、どこかの誰かが。やっぱりお前の思惑を超えるんだと思うよ。運命を弄ぶ女神が、逆に弄ばれるんだ――」
ユウは煽るように語ると言葉を切り、大きく息を吸い込んだ。
そして――
「『ざまあ見さらせ』!」
これを言いたがっていた奴の、無駄にデカい声に負けないように、力一杯。
精一杯の大声で、そう叫んだのだった。
なるほど、言ってみたら思ったよりかなり気持ちよかった。
戻ったら「ちゃんと言ってやったぞ」と伝えないと、とユウは心に刻む。
「それ、ずっと言いたかったのね」
女神はと言えば、呆れたような面白がっているような顔で苦笑していた。
「――さて、そろそろ時間ね」
そして、女神がそう言って。
ユウの視界が、再び白に包まれ始める。
「時間、関係あった?」
この空間に、時間という概念は存在しないと思っていたのだが。
不思議そうにユウが聞くと、「いろいろあるのよ」、と女神は笑った。
「それじゃ」
女神の姿は、どんどん薄れる。
そんな中彼女は、軽い口調でそう言って。
「さようなら、ユウ。これからの、貴方の人生は――」
――いろんな人と、『繋がれる』といいわね。
女神の、最後の言葉を聞きながら。
ユウと女神の空間は、空白の彼方へと消え去った。