宵闇の魔女と暁の剣士
ご多分にもれず、twitterの「魔女集会で会いましょう」タグから着想。
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森の中を歩いていたら、珍しい落とし物を見つけた。大方、崖の上から放り捨てられたのだろう。
傷だらけで血まみれ、巻き込んだらしい木の枝やら何やら絡まって凄まじい状態だ。
ただ、近寄ってよくみれば白金の髪も苦痛に引き歪んだ顔もなかなか綺麗だ。どんな目の色だったのかな、とつついてみると、微かに呻く。
「うわ、息がある」
ちょっと悩んだが、まあたまの気紛れだし、と自分に言い聞かせてその生き物を浮かせて住処に運び込む。
よくある権力争いと言ってしまえばそれまでのこと。
正妻だった母が死んで側室の実家が自分達の命を狙い始めた。正統な後継者としての自負はあるが、何よりそんな卑怯な手段をとる連中が許し難かった。
とは言え、力尽くで拐われて捨てられることに抗えない程の、自分の幼さが一番腹立たしい。
「……うっ……」
ずくずくと疼くような痛みに眉を寄せ、息を詰める。そろそろまぶたをもたげれば、すぐ目の前に夜空の色。
「えっ」
飛び上がろうとして全身の痛みにそれもままならない。
覗き込んでいた相手が身を起こし、しみじみと嘆息した。
「うわぁ、綺麗な目!何色っていうの、すごい綺麗!夜明け色、かな!?」
「……は?」
相手は森の魔女と名乗った。ぼろぼろだったけど洗ってみたら綺麗になった、文字通り拾い物だ、とはしゃぐ様子はひどく子どもじみているのに、その夜空色の瞳は深く天の叡知を窺わせる。
帰らねばならない、と訴える自分に怪我が治ったらね、ご飯食べてもっと大きくなったらね、と誤魔化されること幾年月。
「……国に帰らなくていいの?」
「姉上が見事に統治されている。今更私が顔を出したところで、災いの種にしかなるまい」
分厚いローブの上からでも、回された腕の太さがわかる。身体を預けても小揺るぎもしない胸板、引き締まった腰、投げ出された嫌みな程長い脚。
拾った時は壊れかけたお人形みたいだった生き物は、洗ったら綺麗なお人形になった。すっかり気に入って可愛がり、栄養のあるものを食べさせ、髪や衣服も整えてやったら更に綺麗になった。
故郷を恋しがるようだったから、魔法で調べてみたら母親は既に亡く、父親と姉、そして腹違いの似ない弟妹がいた。
姉という娘も綺麗な子だったが、拾い物程ではない。勝手に満足して、ついでにその国を食い物にしようとしていた連中の弱みとか秘密とかを、彼女に贈っておいた。
きっと「うちの子」が喜ぶと思って。
綺麗な見た目の割に生真面目で、故国を護らなくては、と気に病む様子だったから。
気にしなくていいよ、と言えるようにすっきりさせといてやろうと思ったのだ。それだけだったはずなのに何故か。
「すっかり大きくなっちゃって、まあ」
魔法の素養はないが、剣を使えるようになりたいというので、昔の剣士を呼び起こして教えを乞わせた。死んでも直らない石頭の頑固爺は、しかし素直で才能ある拾いっ子を気に入って根気よく指導していた。そして教え子の方もまた、人としての柔らかさ暖かさを喪った幽鬼を師と慕い、類い稀な才能を開花させた。
儚い程に美しかった容貌は、その美しさを維持したままずいぶんと逞しくなった。痩せっぽちの魔女でも抱えられる程小さかったのに、前述通りの実用型な筋肉質になってしまった。
やり過ぎだ、と師匠の死霊に文句をつければ当人の望みだと返される。そんなに国を護りたいのかと呟けば、呆れたように溜め息を吐かれた。死に損ないの癖に妙に人間臭い仕草が気に障って睨めば、あやつも不憫なことよのぅ、と更に溜め息を吐かれた。
何か理不尽な気がする。
痩せっぽちで好奇心旺盛な『夜空の魔女』と、その魔女に育てられたさる王国の王子、『暁の剣士』。
王子は結構生真面目で意外にまめ。
魔女も面倒見はいいんだけど、ちょっと抜けている。
その魔女に呼び出された、生前は凄腕の剣士だった死霊が王子の剣の師匠。
「魔女」と名付けられているものの、実際には性別は関係ない説もあるそうな。
witch≒wizardとかそんな感じなのかな?