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中華飯店の日常。  作者: ゆずごはん
8/19

中華飯店の面接。

性懲りもなくまだあげます‼‼‼

アルバイトって客と同じで一気に入ってくることが多いッスよね‼‼‼

『ようこそ、中華飯店へ‼』

 

 新しい仕事仲間が増える度、こう言うんだ、とはにわの姿をした店長は言っていた。

 その時、人間に例えるならば、彼は微笑んでいたのだろう。

 土器であるため、彼の表情が変わることはないが、彼が微笑んでいるのだと感じた。

 そして、黄橙が実際にその言葉を聞いたのはほんの2週間前の話である。

 しかし、彼女には随分昔のことのように感じられた。 

 

 

 『不登校手前か……高校に友達は?』

 「いるにはいるけど、変り者扱いされてる。本人は明るくてとっつきやすいのに、個性が強すぎて逆に距離を置かれてる、みたいな感じ。」

  

 みかんの面接の時、彼女は店長の友達についての問いかけにこう答えた。

 そして、桂はこう言っていた。

 

 「クラスに必ず1人はいるタイプですね」

 

 


   

現在、そのみかんの友達を目の当たりにした黄橙は、こう思った。

 

 (個性強すぎる……ってか……クラスに1人もいないよあのタイプ……!!少なくとも私のクラスには‼)

 

 心の中でそう叫ぶ黄橙の視線の先には、はにわと談笑する男子高生という人によっては一生見ることがないだろう光景が広がっていた。

 『へえ!!工業校でも商業系やるんだねー!!店長知らなかった!!』

 「数学よくわからないッスけど割引計算は得意ッスよ‼あと簿記とそろばんやってるッス‼」

 「すげえなにそれやったことない」

 文系大学に入ってから算数とは無縁な黄橙は思わず呟く。

 仕事もせず、柱から面接を覗くというマネをしている黄橙に気づいているはずだが、店長は特に注意するでもなく話を続けた。

 『えーと……よるの……のりざ……くん??変わった名前だねー。』

 「夜野(よるの) 海茂座(みもざ)ッス‼よく言われるッス‼」

 『ミモザ君かぁー‼ごめんねぇー。間違えた~』

 (待って名前すごい。)

 みかんの友達――海茂座は、本人の性格を体現したかのような跳ねた髪の毛に、重力に逆らう2本のアホ毛、そしてなぜか彼は左側のもみあげだけを刈り上げ、すごく個性的な髪型をしている。

 彼は来たときからニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべており、声もハキハキとしていて見るからに接客向きであるという印象を黄橙は持った。

 

 『ところで、その髪型どーしたの?お洒落?』

 (それ聞いちゃうんだ店長)

 「バリカン使って失敗したッス‼」

 (失敗したのか。)

 『うっかりさんだね☆』

 (うっかりさんで済ませたよこのはにわ)

 黄橙の声なきツッコミは届くはずもなく、面接の皮を被った、どこか不安を感じる会話は続いていく。

 「ところで店長さんはなぜはにわなんスか?」

 (聞いちゃうの?その中華飯店で誰も触れなかった禁忌を!?)

 勇者かよ、と黄橙は再び無意識に呟いた。

 『これはねー‼魔法で人間からかわいいマスコットに変えられちゃったんだ‼』

 「なるほど。フ⚫ービーみたいなもんスね‼」

 (なんだよ魔法って。っていうか前回から商標登録的にアウトな発言多いよ‼)

 『ファー⚫ーより僕のがプリチーでしょ?』

 「そッスね!‼」

 (同意した!?しかも無垢な笑顔で‼!?どうしようあの空間狂ってるよクレイジーだどうしよう!?!?)

 黄橙が思わず柱を掴む指に力を込めたことで、年期の入った柱は悲鳴を上げた。

 「……あの……」

 そこで先程から発言はしなかったが、ずっと黄橙の後ろにいた桂が口を開く。

 「先輩……さっきから心の声聞こえてます」

 「なんですって」

 「黄橙ってわかりやすいよね。」

 桂の横でみかんも頷き、黄橙の覗く柱の横の席に座り、海茂座の面接を見守り始める。

 桂は海茂座に視線を向け、言った。

 「あの海茂座くん、店長に驚かないのすごいですね……私と同じ年なのに」

 「あいつああいうの慣れてるから。」

 「「慣れてるんだ(ですね)」」

 

 そういえば、みかんも店長を見て驚かなかったということを思い出し、黄橙は工業高校はどんな環境下で授業をしているのかと気になった。

 

 ――もしかして、先生がお花とか九官鳥なんだろうか。

 

 

 などと絶対あり得ないであろうことを黄橙が考えていたところで、店長が『よぉーし‼』と声を上げた。

 黄橙が怪訝そうな目を向けると、店長の空洞の黒い目がこちらを向く。

 その目から考えを読み解くことは叶わなかったらしく、桂とみかんは首を傾げた。

 しかし、以前より店長のアルバイト面接についての考えを聞いていた黄橙は意図を察した。

 「……今から使うから仕事を教えろ、ですか?」

 『せいかーーーい‼‼』

 店長のテンションの高い声に、黄橙はため息を吐く。

 「社員番号は――」

 『もう発行してあ「ですよねー」

 口から社員番号の書かれた紙を出す店長を見て、海茂座は目を輝かせた。

 「店長すごいッス‼これなんスか!?内臓ッスか!?」

 「いやただの紙だから」

 ボケが増えたことにより、先が思いやられるな、と黄橙は思った。

 

 

 『じゃあ、まずは制服だね‼』

 店長がゴトゴトと板張りの廊下を歩く。

 その後ろに付いた黄橙は、バックヤード入り口の段差から靴を脱ぎ、同じく靴を脱いで上がってきた海茂座に目についたものから説明していく。

 「この、靴を脱いですぐ横にあるこれが見ての通り洗たく機。バイト終わったら、ここに制服突っ込んでね。」

 「ハイ‼」

 黄橙は海茂座の返事に頷き、廊下を少し進んだところの襖を開けた。

 「ここが休憩室。」

 休憩室と呼ばれたここは、12畳ほどの広さで、古びて傷だらけの畳が敷き詰められた部屋だ。

 真ん中に大きな机が置いてあり、部屋の隅には座布団が積み上げられている。その大きな机は、日がよく差し込む窓からの光の角度のせいか、油の汚れのようなものが反射して目立ち、黄橙は後で掃除しなければ、と眉間にシワを寄せた。

 「見ての通りなんにもない汚い部屋だけど、居心地は悪くないかな。」

 そう言いながら、黄橙は開けっぱなしにされていた窓を締めた。

 さしずめ、煙草を吸っていたおっさんが閉め忘れたのだろう。

 黄橙が海茂座の方を振り返ると、彼は不思議そうな表情を浮かべていた。

 「…………?」

 「夜野くん?どうしたの。」

 黄橙の問いに、海茂座は再び笑顔を浮かべ、元気よく答える。

 「なんでもないッス‼なんか、さっきまで人がいたような気がするッスね。」

 「…………そっか。じゃあ、更衣室案内するね。」

 「ハイ‼」

 黄橙はなんとも言えず、海茂座を部屋の外へ促した。

 その時彼女は、部屋の中に落ちていた長い色素の薄い橙色の髪を、見て見ぬふりをした。

 (……こんなところでホラー要素いらないからっ……‼)

 後で絶対掃除しようと決め、黄橙は休憩室の襖を強めに閉めた。

 


 

 『ここが更衣室だよー‼』

 「店長、電気くらい付けてください」

 パチリ、と電気のスイッチを入れると、蛍光灯が低い音を立てて明かりを灯す。

 窓がないこの部屋は、入って直ぐ左の白いコンクリートの壁に換気扇と蛍光灯のスイッチがあり、奥に制服を掛ける竿と、その横に鍵付きのロッカーがある。

 店長がロッカーの一番右下を開けた。

 『ここが、みもくんのロッカーね‼』

 「わかったッス‼」

 海茂座が半ズボンのポケットから小さながま口財布を出し、ロッカーへと放り込み、鍵をした。

 「荷物それだけ?」

 「残りは預けてきたッス‼」

 「へ、へぇ……?」

 誰に預けたのか気にはなったが、時間もないこともあり、信頼できる友達かなにかだろうと勝手に判断して黄橙は店長へ視線を送る。

 「……で、男物の制服ってどれなんですか?」

 竿にかけられた制服はどれをどう見ても女物で、黄橙や桂の来ている青や緑のチャイナドレスを模したエプロンドレスしかない。

 もちろん、海茂座が着れるようなサイズはない。

 仮にあったとしても、彼に着せてしまえば客から苦情が来てしまいそうだ。

 『ずいぶん前に、このロッカーの上に閉まったんだよね。』

 「あ。あれッスね!」

 海茂座がロッカーの上を指す。

 見ると、おっさんが着ているものと同じような芥子色の制服が、包装された状態ではみ出しているのが見えた。

 しかし、黄橙の身長では背伸びをしないと届かない高さである。

 「店長、あんなところにどうやって閉まったんですか?」

 『それは企業秘密だよ~』

 「とれたッス!」

 『じゃあ、それとエプロンつけてね~。着替えの間ボクと黄橙ちゃんは出てるから~。』

 「了解したッス‼」


 海茂座を残し更衣室を出たところで、黄橙は廊下で店長に尋ねた。

 「今回もやるんですか?」

 『うん?』

 店長がゴトリ、と黄橙を見上げる。

 黄橙はだから、と店長を持ち上げた。

 「試用期間ですよ。試用期間。ってか、桂ちゃんとみかんちゃんの試用期間の終わりもあやふやでしたよね。時給変わらないし、意味あるんですか?」

 『ああ~‼あれね‼今回もやるよ‼』

 店長の今思い出しましたと言わんばかりの声音に、黄橙は呆れた。

 「桂ちゃんは、判断力と主体性。みかんちゃんは協調性。でしたよね。」

 『そうそう‼』

 「夜野くんはパッと見そんなに粗探ししなくてもいい気がしてきました。」

 黄橙の問いかけに、店長はうーん、と唸った。

 『正直、みもくんはどこを見ようか迷ってるんだよねぇ……』

 「え、どうしてですか? 」

 『黄橙ちゃん、ボクが試用期間で何を判断するって言ったか覚えてる?』

 「え、それは――」

 「着替え終わったッス‼‼」

 ガチャ、と元気な声と正反対に、静かに扉が開いた。

 そこで黄橙は、男物のエプロンを出していないことに気がつく。

 「みもくん、ごめんエプロンなかったよ……ね……??」

 海茂座を見ると、黄橙や桂が普段つけることのない、白いフリルの前かけを着用していた。

 ――正直、この前かけは女物ではあるが、黄橙は見た目重視の機能性が無さそうな物だと勝手に判断して着けたことがなかった。そして、この先も着けることはないはずだ。

 「どうっすか!?着れてるッスか!?」

 その前かけを満面の笑顔で着こなす海茂座に、店長は手拍子のつもりだろうか、ゴトゴトと揺れた。

 『うん‼素敵だよみもくん‼』

 その様子を見て、黄橙はこう思った。

 (もうなんでもいいや……違和感ないし。)


 ――その後、中華飯店のレビューには、「アルバイトの男の子の服がかわいかったです‼(^^)」というものが増えた。



――――

  

 初のアルバイト面接をすると決めた時、店長はこう言った。

 『僕はね、この店をアルバイトを通して、学生達が社会へ出ても恥ずかしくないように、最低限のことを学ぶことに利用してほしいんだ』

 この時、黄橙はこの言葉を本気だと思っていなかった。

 そして、試用期間で何を判断するのかと彼女が問いかけた時、店長はこう言った。

 『それはね――その子に欠けているもの、かな。』

 「……え?そこは伸びしろとか、得意分野じゃないんですか?」

 黄橙の疑問に、店長はゴトリ、と体を横に反らした。

 その空気が、いつものふざけている様子と違ったため、黄橙は強く発言することをためらった。

 『仕事の伸び代なんて見たって、それはアルバイトをしていれば図らずとも伸びてくよ。そうじゃない。欠点を見て、それに気づかせて、直す。』

 「……はぁ。でもそれって、親とか学校の仕事ですよね?私達がやることに何の意味が?」

 『はにわ店長の趣味だよ。付き合ってよ。』

 「えええー……」

 『人材育成って楽しいんだよ‼……それに』

 「……?」

 途端に真剣な声音になった店長に、黄橙は思わず黙る。

 『これくらいやらないと、そろそろ顔向けできないな、って思って。』

 「…………?」

 

 黄橙はその時、店長が示す相手が誰なのか、と聞くことが出来なかった。

読んでいただき、ありがとうございます。

またのご来店、お待ちしております‼‼

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