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中華飯店の日常。  作者: ゆずごはん
7/19

偏る中華飯店。

こんにちは。

中途半端に田舎だと、飲食店って中々男の子のアルバイト来ないんですよね。


 「あ゛ー……男欲しい……」

 現在の時刻は午後4時。

 今日は世間一般で言う、週に1日の休日――日曜日である。

 しかし、中華飯店に休日などない。

 しかも今日は普段の休日と比べ、特に忙しかったのだ。

 店内の客数がゼロになり、黄橙はようやく小鉢と漬物の仕込みに手をつけることができた。

 その状況で突然、彼女はこう言った。

 「桂ちゃん、男欲しいと思わない?」

 「先輩、語弊がありますよ。」

 漬物を切る黄橙の横で、切られた漬物を小皿に盛り付けている桂は、冷静に返す。

 「……桂ちゃん、(店に力仕事とか雑用してくれる人員として)男欲しくない?」

 「先輩、()付けてもあんまり変わってないです。」

 一段出来上がった漬物のバットを足元の冷蔵庫へ収納し、桂はデシャップの台を乾いた布で拭き始めた。

 そこで黄橙は切り終わった漬物を後ろにあった業務用冷蔵庫へ入れ、まな板と包丁を流しで洗いながら感心したように呟いた。

 「……桂ちゃんも、ツッコミ板についたねぇ……」

 「すごく複雑ですね……。」

 それに桂は苦笑し、ホール用と書かれたアルコールを台へと吹く。

 そこで、相変わらずのはにわの姿をした店長がゴトゴトとデシャップへ入ってくる。

 『ねぇきいて‼売上、32万‼』

 「まじすか!?」

 ここ最近、みかんが洗い場に入った分だけの労力がホールに割けるようになったため、店の売り上げは以前と比べると10万ほど上がっていた。

 

 ――ここからさらに人員が増えれば、売り上げ40万も夢じゃないかもしれない。

 

 黄橙が喜んでいると、かなり疲れている様子のみかんがデシャップへと来る。

 その手には大量のどんぶりが乗せられたトレイがあった。

 それを手近な台へと置き、みかんは呟く。

 「…………つかれた」

 「み、みかんちゃん、洗い場、お疲れ様」

 黄橙はトレイの中のどんぶりをいくつか受け取り、調理場へと返す。

 売上32万円分の洗いものを一人で洗いきったのだ。みかんの様子も頷けた。

 「この……ブラック……」

 『ブラックじゃないよ‼産休制度あるし‼他の企業より優遇されてるはずだよ‼』

 「社員にだけは優しいのかブラックはみんなそう言うんだ」

 『バイトにも優しいよ‼給与明細見て‼労災も出るよ‼』

 みかんと店長のやりとりを横目に、黄橙はまた呟いた。

 「あー……男欲しい……。」

 

 

 「というわけで、人員の補給を希望します」

 片付けの終わった客席。

 予約客用であるため普段使われることのない中華テーブルの上に店長を置き、黄橙は言い放った。

 そのテーブルの周りを桂とみかんが囲む。

 『いや、僕だってなんとかしたいよ?でもさ、募集が来ないんだもん‼』 

 店長の必死の言い分に、黄橙は台を掴む。

 「もうこの際、7不思議の男性でもいいです」

 『え゛』

 黄橙の言葉に、店長はアワアワと慌て出す。

 『相手はお化けだよ!?』

 「こちとら猫どころか幽霊の手を借りたいぐらいなんですよ‼」

 『それならもうちょっと待ってよ‼再来週には産休から1人復帰するから‼』

 「アセロラさんは調理場専門だし、新店舗の喫茶店の経営もあるんですよ!?しかも女の人じゃないですかっ‼うれしいですけど私は男が欲しいんです‼」

 『そんな無茶な……ぁぁぁぁ』

 黄橙は中華テーブルを回す。

 店長がそのテーブルに運ばれ、桂の前に行く。

 桂は店長をがしりと掴んだ。

 その顔はかなり必死である。

 「特に調理場の人を補充したいんです‼毎回毎回、料理が遅くてお店の評価低いんですよ!?」

 『え、いやそれはおっさんの問題……ぁぁぁ』

 桂がそのまま店長をテーブルへ戻し、そのまま回したことで店長はみかんの前へと運ばれる。

 みかんは無言で店長を持ち上げた。

 『……み、 みかんはん‼そうですわ‼あんさん工業高校でっしゃろ‼男手を‼男手を連れてきてくれまへんか‼』

 店長はみかんに持たれた状態のまま、ガタガタと揺れながら謎の方言で言い募る。

 みかんはその店長の発言に対し、特に表情を変えるわけでもなく言った。

 

 「――私に、友達がいるとでも?」

 

 瞬間、その場の空気が凍った。

 

 ――閑話休題――

 

 「そういえば、産休制度なんてあるんですね、今誰か取得されてるんですか?」

 桂の疑問に、黄橙は頷いた。

 「社員の人がね。3年前に」

 黄橙の言葉に、みかんが目を見開く。

 「長くない?普通子供が1才になる前の日とかじゃなかったっけ?」

 「ここは産休が長くて、子供が3才になる前日まで取得できるんだってさ。しかも、時短勤務も普通なら小学校高学年になるまでのところを、中学校入学まで可能らしいよー……。」

 「へえー。変なところホワイトだね。」

 「でしょー」

 中華テーブルに視線を戻し手を動かすみかんに、黄橙が笑いながら答える。

 桂が手を止めないまま、再び黄橙へと質問を投げかけた。

 「産休とってる方って、どんな人なんですか?」

 「女性の社員さんだよ。すごく美人なの。基本調理場で、復帰したら土日にこっちの店のヘルプ入ってもらって、あとは新店舗の喫茶店の店長する予定なんだよー。」

 「へえ、喫茶店……。看板まだありませんよね……。名前はなんになるんでしょうかねー。」

 桂の呟きに黄橙は真顔で答える。

 「兵⚫俑。」

 「兵⚫俑?」

 「イエス兵⚫俑。」

 「兵⚫俑ってあの……」

 「イエス兵⚫俑。」

 「「…………」」

 桂の脳裏にいかつい男達の土器人形が浮かぶ。 

 そこで、先程から中華テーブルで回され続けている店長が呟いた。

 『あの、店長、そろそろ戻しそうなんだけど……止めて……うぷっ……』

 「安心して下さい。この黄橙、自腹でオート⚫エール用意してるんで。」

 『いや止めてよ!?』


 


  

 『いやー、危なかったよー。』

 中華テーブルから解放された店長がのびのびと言う。

 そこへ黄橙が心底不思議そうな顔で呟いた。

 「え?吐いても大丈夫だったのに?」

 『オートキ⚫ールの問題じゃないよ‼ってか領収証ちょうだいよ‼店に欲しい‼』

 「200ミリリットルで1400円ほどかとー」

 『もー!次から領収証ちょうだいよ!今回はポケットマネーだよ!』

 店長はゴソゴソと前掛けのポケットから小さく折り畳まれた1000円札と400円を出し、黄橙へ渡した。

 それを見て、みかんが意外そうに呟く。

 「え、オー⚫キエール使うことあんの?」

 『あるよ‼お客の食べたものがバック・トゥ・⚫・フ⚫ーチャーなんて飲食店あるあるでしょ‼』

 店長の発言に今度は桂が首を傾げた。

 「なんですかバッ⚫・トゥ・ザ・フュー⚫ャーって?」

 『女子高生とのジェネレーションギャップを感じる‼』

 「そもそも意味違うから‼ってか店長何歳なの!?」

 『うん?僕は――』

 その瞬間、店長の言葉を遮るように店の電話が鳴る。

 電話はすぐ止まり、しばらくして受話器を持ったおっさんがホールへ出てきた。

 「おいチェンチェン。バイト希望だとよ」

 「バイト?」

 黄橙が受話器を受けとる。……と、同時におっさんが言った。

 

 「もう切れたがな」

 「…………。」

 

 ツー、ツー、という音を聞きながら、黄橙はおっさんへ目を向けた。

 「希望者の名前は?」

 「聞いとらんな」

 「性別は?」

 「声からして男じゃ」

 「年齢は?」

 「聞いとらんな」

 「……面接希望日は?」

 「今からじゃ。」

 「今から!?急ですね!?」

 「…………。」

 おっさんの発言に桂が驚く。

 黄橙は沈黙し、沸々と沸き上がる怒りをこらえていた。

 「まあ、今から来るし大丈夫じゃろ」

 プッツン、と黄橙の何かが切れた。

 握りしめている受話器がピシリと音を立てる。

 「ふざけんなこの――」

 そこで、店の来客を告げるメロディが鳴り響くと同時に、ひょこっと店の入り口前の衝立から人懐こそうな顔をした男の子が覗く。

 年は、高校生くらいだろうか。

 「こんにちわ~~ッス‼‼」

 「え、あ、こ、こんにちわ」

 男の子に毒気を抜かれた黄橙は思わず挨拶を返す。

 彼に向け、桂も会釈をした。

 みかんはぽかん、と口を開けている。

 「「あ」」

 みかんを視界に入れた瞬間、男の子は元気に飛び上がった。

 「みかんだ‼おひさッス‼」

 「え、みかんちゃん知り合い?」

 黄橙の質問にみかんは今思い出しましたと言わんばかりの表情で言った。

 

 「友達だったわ。」

 

 ――友達おるんやないかい

 

 黄橙、桂、店長の心が一つになった瞬間であった。

またのご来店お待ちしております!!!!

ありがとうございました‼‼‼

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