中華飯店の七不思議。
みなさんこんにちは。
ごゆっくりどうぞ‼‼‼
「自分、思うんだけどさ。」
「どうしたいきなり。」
『どしたのみかんちゃん』
みかんが中華飯店で働きはじめて、2週間が過ぎた。
彼女が最初面接でも希望していたように、最近の平日は洗い場要員として昼過ぎから来てもらっている。
そして桂も、毎週水曜は学校が早く終わり、部活動もしていないため、7時に閉店できるよう、店の片付けを手伝う人員として夕方からシフトを設定していた。
今日はその水曜日で、あと15分ほどで桂が店へ出勤する時間帯だった。
そんな日、洗い場を終えたみかんがデシャップへ来て、唐突にこう言った。
「この店、男いないの?」
「…………。」
黄橙はたっぷり間を置いて考えた後、調理場を指差す。
「おっさん……」
「は除外で」
「いないわ」
『異議あり‼‼』
みかんの間髪入れない返しに黄橙は即答する。
そんな黄橙へ、店長がゴン、と飛び跳ねた。
「なんすか店長」
『顔‼その顔やめて‼店長泣いちゃう‼』
めんどくせぇ、と言わんばかりの表情を隠そうともしない黄橙に店長は抗議する。
『ボク‼ボクがいるでしょ!?男だよ‼』
「え、店長オスなん?」
『せやで‼ボク男やでみかんはん‼』
みかんが思わずと言った風に呟く。
それに似非関西弁で店長が返す。
黄橙は、はいはい、と心底めんどくさそうに呟く。
そこで裏口の扉が開き、ブレザー姿の桂が入ってくる。
「おはようございます!……あれ、どうしたんですか、集まって。」
桂が不思議そうな顔をし、店長はゴトン、と飛び跳ねた。
『桂ちゃーーん‼二人がボクを苛めるんだ‼』
「適当言うな‼……桂ちゃん、ほっといて着替えてきていいよ‼」
「あ、はい。」
『黄橙ちゃんが辛辣‼』
「で、何があったんですか?」
いつもの緑のチャイナドレスに着替えた桂が、店長に目線を合わせて尋ねる。
『黄橙ちゃんがね、ボクを男として見てくれないの‼』
「えっ」
桂が黄橙と店長を交互に見る。
「桂ちゃん違うから。そういう話じゃないんだ。あとみかんちゃん静かに笑うな‼」
「ごめ……つぼっ……た……ふっふふ……死ぬ……」
「なんでやねん!?」
――閑話休題――
「……で?何があったんですか?」
本日2回目の問いかけである。
それに対し、ようやく笑いが治まったみかんが、言い出しっぺが自分だと名乗りを上げた。
「この店に男がいないって話」
「え?いるんじゃないですか?」
桂は元々丸い目をさらに丸くし、不思議そうに黄橙を見る。
「おっさんのことでしょ?」
『だからボクも‼』
「店長が男なのは声でわかります‼そうじゃなくて、料理の運びとか、力仕事をしてくれる人員、って意味で男はいないっていったんです。」
「待ってください」
黄橙の言葉を桂が珍しく強めの口調で遮る。
「だから、この店、いますよね?若い男の人。」
「「え?」」
みかんと黄橙の声が揃う。
桂は不思議そうに首をかしげた。
「私もまだ見たことないんですけど、この前友達と食べに来たとき、料理運んできてくれた男の人がすごくイケメンだった、って言ってたんですよ。」
もしかして、もう辞めちゃったんですか?と首を傾げる桂に、黄橙は眉をひそめた。
『ほほぉ……それはそれは』
「店長、心当たりありますか?」
桂の問いかけに、店長は何故か楽しそうな声音で言った。
『日落7不思議の一つだね‼』
「「「にちらくななふしぎ?」」」
黄橙、桂、みかんの声が綺麗に揃う。
「なにそれ?」
みかんが心なしか楽しそうな様子で店長へと詰め寄る。
店長はふっふっふっ、と笑い、ゴトゴトと台の上を移動する。
『この店にはね、7つの不思議があるんだよ』
「こ、怖い話とかじゃないですよね?」
桂の問いかけに店長はまたもやふっふっふっ、と笑う。
『1つは、休憩室の押し入れの中の長い髪の毛。』
「ひっ……!?」
「ホラーだ‼」
「なんでみかんちゃん嬉しそうなの。」
『もう1つは、夜中に勝手に再生される、監視カメラ』
「ひぃ……!?」
「ホラーだ‼‼」
「よくある機械トラブルですよね」
『さらにもう1つは、勝手に移動する陶器人形』
「ひいぃ……‼」
「なにそれ見たい」
「いやそれどう考えても店長。」
『そして‼もう1つが、よく聞こえる工事現場のような音‼』
「あ、それこの店のレビューで見ました。」
「レビューあるんだ?」
「いや、だからそれ店長だって」
黄橙のツッコミを聞かず、店長はさらに続ける。
『そして最後が‼たまに現れるイケメンな男性店員‼』
「7つないよね‼3つ足りないよね!?」
黄橙のツッコミを最後に、しん、とデシャップが静まり返る。
しばらくの沈黙の後、黄橙が再び口を開く。
「私ここ3年近く居ますけど、7不思議とか初耳なんですけど?」
『今考えたからね‼』
「今考えたのか」
黄橙は呆れる。
「え、じゃあ7不思議ないの?」
安心したような表情の桂とは対称的に、みかんが心底残念そうに言う。
店長がそれに明るい声音で返した。
『いや、今言ったことは全部ほんとだよ‼』
「え゛」
桂の表情が固まる。
黄橙はうん?と呟き、店長へ問いかける。
「休憩室の長い髪は?」
『掃除してみなよ。多分今も出てくるよ。黄橙ちゃん髪長いけど店来る時すでにお団子にしてるもんね。そうそう落とさないでしょ?』
そう言って店長が笑う。
「夜中の監視カメラは……」
『この前朝来たら付いてたよ。なぜか夜中のみんな帰った後の映像が再生されててびっくりしたなぁ。』
「……いや、流石に動く陶器人形は店長ですよね?」
『ああ、それ、座敷18卓の窓際のマトリョーシカみたいなやつだよ。言ったじゃん、「陶器人形」だって』
ボク土器だしねー、という店長の暢気な声を聞きながら、黄橙は窓際の18卓へ走る。
その後ろに、桂とみかんも続く。
そして、18卓横の窓際のマトリョーシカを見た。
右から大きいもの順に、綺麗に並んでいる。
「……なーんだ、なんも変わらないじゃん」
みかんが呟く。
黄橙もみかんの言葉に安心しかけたが、桂の真っ青な顔を見て息を詰めた。
「ど、どしたの……桂ちゃん」
「先輩、あのマトリョーシカ、みかんちゃんの面接の時から動かしましたか……?」
「面接……」
黄橙の脳裏に、みかんの面接時、マトリョーシカを綺麗に並べていた桂の姿がよぎる。
――あの時、マトリョーシカは……
「左から、大きい順……だった……よね……!?」
黄橙の顔から血の気が引く。
みかんは目をキラキラさせ、マトリョーシカを持ち上げた。
「みかんちゃん止めてえええええ!?!?」
「いゃぁぁぁぁぁぁ!?」
「ほら、平気だよ?」
ホールから悲鳴が聞こえ、店長は1人笑った。
そこへ調理場の片付けを終えたおっさんが来る。
「ええんか?結局あいつらは、イケメン店員とやらの謎解けてないんちゃうか?」
『いいんじゃない?今それどころじゃないみたいだし』
店長の心底楽しそうな声音に、おっさんはバンダナの上から頭を掻く。
「教えたらんのか?店員が何者か。こんなちっさい店やと、顔の見たことない従業員がおるのは気分悪いで?」
『おっさんに諭されるのはなんかなつかしいなぁ。あとなんだろ、名札付けてる辺りがすごくモヤっとする。』
おっさんは腕を組み、流し台にもたれた。
「そりゃ、お前の元上司やしな。一回転職したせいで今は立場逆やし、お前はめっちゃ変わってしもたが、過去は変わらん‼」
『うわあすごくやだなぁ』
「『はっはっはっはっ‼』」
笑う二人の後ろで、若いアルバイト達の悲鳴はまだ響いていた。
その後、黄橙と桂は18卓付近に近づくことができず、新しいアルバイトが来るまでは、18卓とマトリョーシカの掃除はみかんが担当することになった。
マトリョーシカを撤去すれば良いのでは、と店長が提案したが、黄橙と桂は口を揃えてこう言った。
「「撤去して戻ってきても怖いし、なにより仕舞ったりなんかしたら呪われそう。」」
――こうして、謎の若い男性店員の存在は、忘れられていった。
ご来店ありがとうございました‼‼‼