中華飯店は面白い?
新メンバー加入しましたぁ~‼‼‼
さあこれから仲間が増えて行きます多分‼‼‼
飛び込んでみたのは、特に深い意味などなかった。
ただ単に、面白そうだと感じたからだ。
――つまらなかったのだ。家も学校も……あたりまえの、日常というものが。
そに飛び込むことに、躊躇いはなかった。
どうせ失うものなど、今さらなにもないのだから。
飛び込んだ先に何が待っていたのか、それは、まだ誰も知らない。
「……またこのパターンか」
黄橙は志望理由の欄に書かれた文から視線を上げた。
「特技と趣味は文をそれっぽく書くことです」
「うんだろうね。」
みかんは無表情のまま、しかしどやぁ、と言わんばかりの様子で言う。
「つまり……新しいことと面白さを求めて来た……ってことですね?」
「うん、桂ちゃんすごくわかりやすい要約ありがとう。」
後ろから読んでいた桂が要約してくれたことで、小説のような文により混乱していた黄橙は話の大筋が見えた。
みかんは洗い場希望であるということもあり、雇うことは店長も賛成しているのでもはや面接など必要ないに等しいが、一応形式的に話を聞くことにしたのだ。
窓際の座敷に座り、中華飯店の飾り付けに似つかわしくないマトリョーシカを眺めているみかんを見て、黄橙は心で呟く。
(変わった子だなぁ……)
――そもそも、電話なしで履歴書を持って店に突入してくるあたり、かなりの変わり者だと感じるが。
(いやいやいや、行動力があるってことだよきっと。……にしても、アルバイトに面白さ……ねぇ?ないと思うけどなぁ……。がっかりしないかな?)
黄橙はこれからのみかんの反応に不安を感じつつ、学歴の欄を確認した。
「あれ、工業高校……あそこ男子校じゃなかったんだ。」
「ここらへんの工業高校は最近共学になりましたからね……。でも女子はまだまだ少ないですよ。あんまり見ませんし。」
「へぇ……女の子はレアなんだね」
みかんが眺めていたことで汚れに気がついたのか、濡らしたダスターでマトリョーシカを拭きながら桂が答える。
黄橙はその答えに納得し、みかんへ視線を戻す。
『じゃあ、いつから出られるかな?』
「明日からでも」
『明日平日だよ?高校行かないの?親御さん怒らない?』
「別に。親は、私が家にいてもいなくても気がつかないから。それに、学校はもうしばらく行ってないし。」
「え、いいなそれ……」
店長の問いかけに、みかんは真顔で言い放つ。
それを聞いた桂が羨ましそうに呟くのを聞き、黄橙は気まずさに目をそらした。
――どうしてこう、この子らの親は放置するか過保護にするかで両極端なのか。
『不登校手前か……高校に友達は?』
「いるにはいるけど、変り者扱いされてる。本人は明るくてとっつきやすいのに、個性が強すぎて逆に距離を置かれてる、みたいな感じ。」
「クラスに必ず一人はいるタイプですね。」
黄橙はみかんの状況に眉間にシワを寄せ遠い目をする。
その横で桂は手をポン、と叩き納得したように頷く。
ちなみに、磨かれたマトリョーシカは桂の手により、左から大きい順に綺麗に並べられていた。
「と、ところで、みかんちゃんはアルバイトにどんな面白さを求めて来たの!?」
黄橙が微妙な空気を変えるために投げ掛けた質問に対し、みかんは少し考え、店長を持ち上げた。
『お?』
「はにわがしゃべってる時点で十分面白いと思う。あと……お姉さん、名前なんだっけ。」
みかんが黄橙を指した。
指された黄橙は、そこでやっとまともな自己紹介をしていないことに気がつく。
「え……ああ、自己紹介まだだっけ。私は黄橙。」
「ちぇんふぁん?外国人?ハーフ?」
「いや、親が外国かぶれでさー……。いわゆる、DQNネームってやつ。……しかも、戸籍登録の時漢字の順番を書き間違えて、本来の読み方と違うんだよねー。今の名前だと、正しくは〈ふぁんちぇん〉って読むらしいんだけど。……ってこんなとこどうでもいいんだった。」
ハッと我に返った黄橙がみかんを見ると、彼女は少し笑っていた。
「やっぱり、黄橙は面白いよ。」
年下に呼び捨てにされたが、黄橙は不思議と嫌ではなかった。
次にみかんは、桂へ視線を向ける。
「君は……普通そう。」
みかんの発言は、個性が欲しくてアルバイトをはじめた桂に対してとても失礼だが、言った本人は知るよしもない。
しかし、言われた側の桂は怒ることもなく、そうでしょう?とみかんへ笑いかけた。
「無個性が私の特徴ですから。面白さを期待するだけ無駄ですよ。……これから頑張って、個性をつけるんです。」
「……!」
みかんがその言葉を聞いて、僅かに目を見開く。
そこで、店長がコンコン、と小さく跳ねる。
はにわ店長ならではの、話の切り上げ方だ。
『はいはーい。』
一同の視線が店長へ集まる。
視線を受けた店長は、満足げにゴトリと頷く。
『みんなの自己紹介も済んだし、早速明日から出てきてもらおうかな‼……あ、むしろ今からでもいいよ』
店長の言葉に、黄橙はえ!?と驚く。
「社員番号も発行されてないのに今から!?タダ働きさせる気ですか!?」
ブラックだよアンタ、と騒ぐ黄橙へ対し、店長は得意げに口(と思われる穴)からメモ書きを出す。
『もう発行してあるんだなこれが‼』
「嘘だろ!?早い!?ってかどこから出してんの!?」
『給与明細もいつもそうやって保管してるよ?』
「マジかよ」
「じゃあ、丁度おっさんが洗ってるし、今日は片付けを教えるね。」
洗い場に来た黄橙は、みかんへとそう言い、稼働している洗浄機へ視線を向ける。
そこで、丁度洗浄が終わったことを告げる機械音が鳴り、黄橙は取手を引き上げた。
中から、洗浄済みの食器を引き出す。
「……これ熱くない?」
みかんの問いかけに黄橙は頷く。
「85度で洗ってるからね。そうじゃないと、いくら下洗いしても油が取れないんだよね。」
「えー……次からちょっと下げて良い?」
「いいけど、最低でも75度にして。油が落ちない。」
「わかった。」
黄橙はラーメンどんぶりを近くにあったトレーへ乗せる。
「このトレーがいっぱいになったら、デシャップ……料理が出てくるところに持ってきてね。その時詳しく教えるから。」
「はーい。……ねえ黄橙」
「何?」
「こういうのは洗い直し?」
みかんが、油の固まりがべっとりと付着したプラスチック製のお子様皿を黄橙へ見せる。
「はいアウトー‼」
「イテッ!?あぁ!?目が!?目に入った!?」
次の瞬間、黄橙はみかんの手からお椀をパッと取り、おっさんが水を貯めて洗っているシンクへ放り投げた。
それはおっさんの頭に激突し、シンクへ入る。
――そして、お椀によって跳ねた水がおっさんの目に入った。
「なにすんねん‼気を付けろ‼」
「気を付けるのはてめえだキチンと洗え‼」
キレるおっさんへ逆ギレし、黄橙はみかんへ向き直る。その顔は、とても満足げな笑顔だ。
「普通の飲食店なら最初は、綺麗さより速さが求められるんだけど、うちは地味に予備の食器多いから、速さより綺麗さ重視で。丁寧に洗ってね。」
「お、おう……」
みかんは気圧されながらも頷き、決意する。
(綺麗に洗おう……怒られる。)
その時、みかんの口もとには、微かな笑みが浮かんでいた。
中華飯店へのご来店ありがとうございました‼‼‼
はにわ店長はいつでもみなさまのご来店をお待ちしております。