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中華飯店の日常。  作者: ゆずごはん
2/19

開店したい中華飯店。

2話目!

目の前でもめてくる客ってよくいますよね!!!!


アルバイトの求人を出して2週間。

 相変わらず、店内の電話は沈黙を守り通していた。

 「募集来ないもんじゃのぉ‼」

 土日の朝の平和な時間、おっさんは元気にはっはっはっと笑う。

 調理場の仕込みを手伝うために包丁を握っていた黄橙は、思わず般若のような形相になる。

 

 (刺してやろうかこのクソジジイ)

 

 『黄橙ちゃん、顔怖いよー』

 「おっと、失礼しました。」

 店長にそう指摘され、黄橙は即座に営業スマイルで返す。

 ちなみに店長は黄橙の切った肉へラップを敷き、上から踏みつけて肉を叩いているところだ。

 おっさんはというと、業務用の炊飯器のスイッチをいれ、その前で立っている。

 黄橙が怪訝な顔をすると同時に、叩いた肉へ、頭と腕に容器を挟み器用に塩を振っていた店長が言った。

 『おっさーん!米炊けるまで30分くらいあるから、その間にフライヤーの油替えてくれますー?あと、昨日キムチ切れたから注文しといてくださーい。』

 「お?仕方ないなぁ。」

 店長の指示に頷き、おっさんはホールへと出ていった。

 おそらく、注文しにいったのだろう。

 それにしても店長がおっさんへと出した指示は30分で済ませるには少なすぎるな、と黄橙は思った。

 黄橙の声にならない疑問を察したのか、店長は塩を胡椒へと持ち変えながら言った。

 『彼なら、30分丁度で終わるはずだよ』

 店長のその言葉と同時に、ホールからおっさんの声が聞こえる。

 「あー、注文したいんじゃがー。あ?店名?ああ、日落やで。……あぁ⁉どっちの日落や⁉んなもん、キムチ頼んどんのになんでスーパー銭湯と間違えんねん⁉中華飯店や!あ?スーパー銭湯にもキムチ卸してる?知るかそんなもん!はよ持ってこい!あぁ?分量?分量は――」

 

 かなーり、電話でもめているらしい。

 『ね。30分かかりそうでしょ』 

 下ごしらえを終えた店長が小声で言う。

 黄橙はそれに苦笑しつつ、頷いた。

 「……そうですね」

 新しくアルバイトが来るのが不安すぎる。

 心労が増えそうだと黄橙が溜め息をついた時、店のドアセンサーが反応し、来客を告げるメロディが鳴った。

 




 「いらっしゃいませー!」

 その日の最初のお客は、若い女の子3人だった。

 見たところ高校生だろうか。

 全員同じおかっぱの髪型ではあるがそれぞれ服装の傾向も違い、持っている鞄は学生が持つにしては高級なもので、全身おしゃれしてますと言った風だった。

 ただ1人だけ、カラコンや最近はやりのデカ目メイクをしている2人に対し、化粧もそこそこに地味な服を着ていたため、他の2人からかなり浮いて見えた。

 (……同じ高校の友達、なのかな?)

 黄橙は違和感を覚えつつ、温かい烏龍茶を机に置く。

 「わー、本当にチャイナドレスなんだー……。」

 「いいなぁ、かわいい。」

 チャイナドレスを模した制服に憧れの視線を向けられながら、黄橙は営業スマイルを向ける。

 「ご注文決まりましたらベルでお呼び下さい」

 「あ、決まってます」

 「えっ」

 少し派手めの服を着た女の子(以下派手目と呼ぼう。)が言い、地味めの女の子(以下地味めと呼ぶ!)が思わず、と言ったように声をあげた。

 (この様子だと決めたのこの子だけかな……?)

 何て自分勝手な、という感情を顔に出さないよう黄橙は派手目へ笑顔を向け、ハンディターミナルを構えた。

 「お伺いします。」

 「からあげ定食3つ」

 「「えっ」」

 連れの2人が驚いた様に派手目へ視線を向ける。

 (えええ、おま、決めちゃうの⁉)

 「待ってよ、私そんなに食べれない。」

 付け睫のすごい女の子(以下、付け睫)が、派手目へ向かって言う。

 「うそつけぶりっ子」

 「いやほんとふざけんな」

 派手目が鼻で笑うのを、付け睫が怒る。

 (やめてよー……ここでもめるの)

 今がピーク時なら、仕事があるようにみせかけて颯爽と立ち去るが、今店の中の客は彼女達3人だけで、逃げ場がない。

 「ね、ねえ店員さん困ってるからやめようよ!」

 「「無個性女は黙ってて!」」

 地味目に向かって、派手目と付け睫の声が重なる。

 (うっわひっでえ……)

 無個性、といわれた地味目はうつむいて黙ってしまった。

 「あ、あのー……」

 「お客様」

 2人の言い争いが続く中、どうしようかと黄橙が頭を抱えたくなった時、不意に後ろから声が聞こえた

 ――…………何故か、裏声で。

 「誠に申し訳ありません。からあげ定食は品不足で、一人前しかご用意できません。お手数ですが、残りお二方の分を別の商品にしていただけませんか?もちろん、サービスさせていただきますので」

 黄橙はそこで、後ろのテーブルの上に店長がいることに気づく。

 「あ、じゃあ、半ラーセットで。……桂も、それで良い?」

 付け睫に声をかけられた地味目(桂と言う名前らしい)は、小さく頷いた。

 『黄橙ちゃん、オーダー確認よろしく』

 「あ、で、では、からあげ定食1つ、半ラーセット2つご用意致します!」

 店長に小声で言われ、黄橙は慌てて確認を取り、調理場へ送信する。

 気まずさから立ち去ろうとすると、地味目に声をかけられた。

 「あの、お手洗いは……」

 「え?ああ、突き当たりを右です」

 「すみません……」

 「いえいえ」

 黄橙はそう言って、後ろのテーブルにいた店長を回収し、デシャップへ戻る。

 戻り際に、派手目と付け睫に「さっきの人、喉の調子悪いのかな?」などと言われていたが、この際気にしないことにする。


 


 

 デシャップに戻った黄橙は抱えていた店長を置き、尋ねた。

 「なんで嘘ついたんですか?」

 『んー!やっぱり14卓までの移動は疲れるわぁー』

 「店長ってば」

 『ん?』

 呼びかけに、店長は体をごとりと黄橙へ向けた。

 「からあげ定食、3人分提供できましたよね?なんで嘘ついたんです?」

 からあげの仕込みは、昨日の夕方に黄橙と店長と済ませていたはずだったのだ。品不足など起こるわけがない。

 『いやーもめてて、めんどくさかったし』

 店長はそんな黄橙の問いかけにさらっと答えた。

 「えー……」

 『だって、あのまま放っておいたらどっちも勝手に怒って店を出てく可能性あるじゃん?せっかく来てもらったんだし、おいしい料理食べてもらいたいでしょ?』

 「なるほど……!」

 店長がそこまで考えてサービスをしていたことに、黄橙は感動した。

 『あと、せっかくのカモを逃がすわけないでしょ?』

 最後の一言で全てが台無しだ。


 

 黄橙はため息をつき、そろそろ仕事をしようとデシャップへ向き直る。

 店長と話をしたのは数分。

 しかし、まだ料理は1つも出てきていない。

 「よし……」

 黄橙は漬物皿と小鉢を取り出し、伝票に従って配膳に取りかかった。



 

 そして10分後、ようやく唐揚げが出てきたので、女子三人の座る机へと持っていく。

 「お待たせしました、唐揚げ定食です。スープが熱いのでお気をつけ下さい」

 決まり文句を口にし、派手目の前に置いたが、そこでふと先程お手洗いの場所を尋ねてきた地味目が戻ってきていないことに気づいた。

 

 (……お腹痛いのかな?)

 

 デシャップへ戻り店長へ報告をすると、『え?うんこじゃない?』と飲食店としてはアウトな発言を返された。

 そして何故か、半ラーセットのラーメンだけが先に出てきたため、チャーハン待ちで先に届けに行くことにする。

 「え?ラーメンだけ?」

 驚く付け睫に、黄橙は営業スマイルで決まり文句を口にする。

 「申し訳ございません。チャーハンはただいま作っております。出来上がり次第お持ち致しますので、お先にラーメンをお召し上がり下さい。」

 

 席にはやはり、地味目は戻って来ていなかった。 

 『うーん、ここまで戻ってきてないと心配だねー……。黄橙ちゃん、トイレ見てきてよ。』

 「じゃあ店長、チャーハン出てきたら運んどいてくれます?」

 『はにわ使いが荒いぞ!』

 「なら、運びはおっさんにでも頼んでください。」

 



 女子トイレに向かった黄橙は、トイレの鍵がかかっている戸をノックした。

 「あのー、大丈夫ですか?」

 「あ、ああ、ははは、はい、大丈夫ですっ。」

 中から明らかに様子のおかしい声が聞こえた。

 黄橙はそこでふと思い出した。

 (朝……トイレットペーパー、補充したっけ?)

 調理場の仕込みを手伝っていて、確かトイレ点検はしていなかったはずだった。

 背中に冷や汗が伝う。

 「あ、あのー……」

 黄橙はおそるおそる尋ねる。

 「トイレットペーパー、ありますか?」

 しばらくの沈黙の後、小さく、声が聞こえた。

 「………無いです………」

 「ぁぁぁあやっぱりぃ!?!?ごめんなさい上から渡しますね!!」

 



 

 「ほんとすみませんでした」

 「い、いえいえ……」

 トイレから出てきた地味目に、黄橙は全力で謝罪した。

 「こちらの点検ミスですほんとにすみません……」

 「いえその、むしろ気づいてくれてありがとうございました……」

 彼女は知らないのだろう。そう言われると申し訳なさが増幅することを。

 むしろ怒鳴ってもらえた方が、申し訳なさも半減するというのに。

 (めっっちゃ良い子……うわぁごめんなさぁぁぁい)

 黄橙がいたたまれなくなった時、ゴトゴトと音をたてて、店長が来た。

 『チャーハン運んだよー』

 「まじで運んでくれたんですか。ありがとうございました。」

 どうやって?と思わなくもないが、とりあえず黄橙は礼を述べた。

 すると隣にいた地味目が、店長を信じられないような目で見ていた。

 「え?はにわ……?え、しゃべって……ましたよね?ええ?」

 (しまった。自分は慣れすぎてもはやはにわがしゃべることも動くことも違和感覚えなかったけどこれ一般的じゃないんだ。慣れって怖い。)

 黄橙は真顔でそんなことを思った。

 『あ、ラーメン伸びちゃう。料理はもうあるので、どうぞ!後でサービスのデザート持ってくね!』

 店長はそんなことを気にした風もなく、地味目に言った。

 「あ、は、はい!」

 彼女は、すぐに席に戻って行った。

 



 「あ゛ー……疲れた……」

 そして夕方、店の片付けをし、トイレ点検を終えた黄橙はレジカウンターに突っ伏した。

 なんというか、精神的に疲れた。

 朝イチで失敗をすると、その日一日がブルーな気分になるのだ。

 「あー……バイトもう何人かいたらぜっっったい仕事楽になるのにー……」

 そうぼやいた時、レジカウンターに置いてあった電話が鳴り響いた。

 「……電話が……鳴ってる……はじめて見た……‼あ、取らなきゃ……‼」

 黄橙はしばらく呆然とした後我に返り、慌てて電話を取る。

 「お、お電話ありがとうございます‼中華飯店 落日です‼」

 慌てすぎて店名を間違えてしまったが、そんなことを気にする余裕はなかった。

 『あ、あの、アルバイトの求人を見て、電話させていただきました……』

 控えめな声が受話器の向こうから聞こえる。

 黄橙は小さくガッツポーズをし、メモを取る。

 「――じゃあ、筆記用具と印鑑、あと面接をしたいので、来れる日を…」

 『明日……でお願いします』

 相手の言葉に黄橙は驚いた。

 「え、明日でいいの?……えっと、学生だよね?何時頃が希望かな」

 早く来てくれるに越したことはないが、明日は平日だ。学生ということを考慮すると、時間帯が大きく変わってくる。

 『あの、テスト期間中なので、帰りが早いんです。2時半頃、とかご都合いかがですか……?』

 その時間帯は、丁度ピークが終わる頃だ。

 これは好都合だと思い、黄橙は即答した。

 「わかりました。では、明日店に来てください‼よろしくお願いします」

 電話を切り、数秒置いて深呼吸をし、黄橙はデシャップへ走る。

 「店長‼バイトです‼バイトの募集来ました‼やったぁぁぁぁぁ‼」

 


 



 無個性と呼ばれた少女は、受話器を置いた後、どうしようもなくドキドキしていた。

 1つは、慣れない電話をしたため。もう1つは、新しいことを始めるため。そしてもう1つは、校則を破り、親に黙ってアルバイトを始める、という少しの罪悪感があるからだ。

 しかし少女の心は晴れやかだった。罪悪感や不安より、期待が大きかったのだ。

 あの店に行ってみて、店員と話してみて、非科学的な店長を見て、思ったのだ。

 (あの人達と働けたら、どんなに楽しいだろう)

 

 無個性と呼ばれ続けた自分が、変われるかもしれない。

 「どうしよう……!」

 少女はメガネの奥の瞳を輝かせ、早く明日にならないかと、期待した。

 

 続く


読んでいただき、ありがとうございました!!!!(もう本当に!!!)

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