異世界チート持ちのニートなんてこの世界では意味がない
・新キャラ
新沼 とし
・説明
蟋蟀は炎使い
鮎川は銃使い
ニートは魔法使い
《隣の客はよく柿食う客だ》
例の拠点に着き、ドアの前で鮎川は合言葉を言った。いくつかこちらを確認する質問があったが、終わると、すぐに中へ入れてくれた。
「これから奥に入る前に身体検査させて貰います。服を脱いで、こちらに一時的に預けてください。」と、中で待ち構えていた男に言われた。
奥にはドアがもう1つ見え、その前に異世界人らしき者が2人、そして元飲食店だったのだろうか。広場に並んだテーブルには屈強な男や、いかにも戦闘に向いてなさそうな奴もいた。
「おい、鮎k…⁉︎」
裕也が彼女の方を向くと、そこにはすでに上半身を脱ぎ捨て、その白い肌を見せている鮎川の姿があった。
「お、おい。ここで脱ぐのか?」
「当たり前でしょ、他にどこで脱ぐっていうのよ。それよりも、早く脱がないと怪しまれて殺されるわよ。」
裕也は目の前に立っている男にも催促され、急いでパンツ一丁になった。
「(それにしても…。)」
俺は正面を向いていたが、目だけは鮎川を見ていた。全身下着だけとなった彼女は、もう1人の女性に体を触られ、身体検査を行われている最中だった。もちろん、こちらの目線はすぐに気づかれ、その女性からはきつく睨まれた。
「よし、検査完了だ。服もひと通り調べ終わったから中に入ってもいいぞ。」
「みんな、防衛ご苦労様。」
広場にいた連中の何人かは鮎川へ近づき、ガヤガヤと話し始めようとしていた。
鮎川は彼らを一旦落ち着かせ、こちらに向かってきた。
「悪いわね、いまだこの状況が理解できていないかもしれないけど、規則なの。」
「いや、だいたい検討はつく。それより、早く中に入って休もう。」
俺たちは奥の入り口へと向かった。その時、1人の大男がテーブルから立ち、鮎川になにか小声で囁いた。それは微かにしか聞こえなかったが、どうやらこの部屋の中に、鮎川に不満を持つ者が現れてきたらしいとのことだった。
「おい、大丈夫か?」
鮎川は口をきかなかった。
奥のドアへ入ると、そこには40人前後の数がいた。鮎川が帰ってきたのを見ると、入り口の近くの人は歩みより、彼女に感謝の意を述べたりお疲れと声をかけてくれるものさえいた。
裕也には数人であったが近寄ってきて、慰めや励ましの言葉を掛けてられた。
「ここの人たち、みんなお前が助けたのか?」
「いいえ、全員じゃないわ。ここにいる人の半分以上は最初から隠れていた人たち。私がきた時はまだ、30人くらいだったわ。あの広場の人たちも含めてね。」
なるほど、という事は、さっきの大男の話してた鮎川に不満を持っている人ってのは、その最初から隠れていた人たちのことか。
「みんな、聞いて。」
中にいた人たちは一斉に鮎川の方を向いた。
「もうこれ以上引き延ばしたりはしないわ。明日にはシェルターへ向かいます。早朝出発なので、準備を整えておいて下さい。」
すると辺りはどよめき始め、奥の方から声が聞こえた。見ると、高校生ぐらいの容姿で、こちらを睨みつけていた。
「おい、随分と仕切り屋だな。元々ここは俺らが先に避難してたんだ。なんで途中からノコノコときた奴から指示を受けなきゃいけないんだ。なぁ?」
鮎川は少しも反抗する態度を表さずに謝った。
「おい、どこのどいつだか知らんが、彼女は俺たちを助けてくれたんだぞ。お前は俺たちを見殺しにしてもいいってか⁉︎」どこかで声が聞こえた。
すると今度は鮎川に助けて貰ったのだろう人から次々と声が上がった。
「みなさん、喧嘩はやめて下さい。ここで体力を削ってはなんの意味もありません。」
「おーおー、そうやって良い子ちゃんぶるか、お前は俺たちをここに閉じ込めて、よくそんな白々しいこと言えたなぁ!」
「お前、良い加減にしろよ。鮎川はなぁ…」
鮎川は俺の言葉を制止し、それでも奥の奴を説得しようとした。
「いいか、こっちはお前の助けなんか借りなくたって十分戦えんだよ。この俺のチート能力さえ使えばなぁ。なんだって俺はついこの前まで異世界を征服してきたところだからよぉ〜。」
男は慢心したような態度で言い放った。
「だから、この世界じゃそんな物、なんの役にも立たないの。きみが異世界でどれだけ無双しようが、この世界で主役になっていない限り、それはただの飾りにしかならないわ。」
「うるせぇ、俺はなんでも出来る、俺のいた異世界の魔法は全て使えるんだ。お前はどうだ?そのチンケな銃だけ、俺との火力の差は歴然だろ?」
奴の周りはみな、相槌を打ったり、そーだそーだと声を合わせていた。
「とにかく、出発は明日の朝です。作戦は今まで話した通り、いつでも行けるよう、準備をしておいて下さい。」
こうしてやっと騒ぎは収まった。
「なんか、俺のせいで大変なことになってる?」
「別にあなたのせいでは無いです。最初は良かったのですが、人を次から次へと連れてくるたびに不満は募っていましたから。」
「なあ、全然関係ないんだけど、何歳?」
「えっ…20歳ですけど。なにか。」
「俺とほとんど変わんないじゃん。別にそんな丁寧語じゃなくていいよ。」
「んぁ、っと、えっと…はい。じゃ、なくて…」
「いやごめん、慣れてからでいいや。それより、なんか聞きたいんでしょ。俺も質問したいから、早く話しとこう。」
「そうですね。」
そう言って、俺たちはドアからさほど離れていない場所に腰を下ろし、話し始めることにした。
「あなた、異世界に行ったか、それとも異世界人?」
「いや、違う。親は両方とも異世界人だけど。」
「ということは遺伝ね。その炎は。」
…
こうして俺は、今現在分かっていることを話した。両親はパン屋を営んでいるが、今は妹とともに行方不明だということ。自分は父の能力を受け継いでいるが、実際は手に炎を灯すだけのクソ能力だということ。親父はもっと弱く、手が少し暖かくなるだけだということなど、自分の情報は出来るだけ鮎川に話した。
「ところでお前は、なんで銃なんか使えんだ?銃刀法違反どころじゃ済まないかも知れないぞ。」
「私はね、異世界に行ってきたことがあるの、その時にあっちで得た能力よ、さっきのとし君も多分異世界帰りだと思う。」
「なるほどな、それであいつ、あんな自信家に。」
「彼も、悪い人じゃないんだけど、私が探索について来るのを強引に止めたり、彼の自尊心を折ったからだと思うの。今はあんなにも挑発的だけど、みんなを助けたいって思いは変わらないわ」
「だったらあいつはお前がくるまで何してたんだ?」
「最初にいたのが30人くらいって言ったでしょ。そのうち彼を含めて戦闘に参加できるのはたったの4人。最初、ことが起こってから逃げるように呼びかけたのも彼だったの。彼は20人ほどもの人たちを援護しながら、命からがら流れて来たってわけ。」
「…そうか、でもお前は間違ってない。俺の予想でしかないが、あいつには能力はあっても、リーダーには向いてねぇ。明日も指揮はあんたが取ったほうがいい。」
鮎川は少し考えてから、俺に明日の作戦を教えてくれた。
ここからシェルターまでは少し長くなるので、半日ほど掛けていくのだと言う。隊を3つに分け、少人数で移動し、途中の合流ポイントで全員集まってから 行くとのことだ。俺はすぐに、用意してもらったスペースに寝転がり、毛布を分けてもらった。毛布がこんな場所に人数分あるのも、食料が尽きないのも、みな鮎川のおかげだった。
すると、何処からか声がした。
「ほら、飴ちゃんどうぞ。」
目を開けるとそこには60ぐらいのおばあさんがこちらに飴を差し出していた。
「ありがとうございます。」
そう言うと、俺はポケットに3個ほど突っ込んだ。
「明日は足手まといにならないように気をつけるけど、もしも何かあったら凛ちゃん連れて逃げてね。あの子、随分とお節介焼きだから。」
「えぇ、でも大丈夫ですよ。彼女だけでなく他の広場にいた人たちもとっても強いですから。魔物なんて近づきやしませんよ。」
「ふっふっふ。ありがとう。」
こうして俺は眠りについた。
書き忘れ・設定
異世界関連の人は能力を使えますが、これまでは法律で禁止されていました。最近、合法魔法や医療魔法は規制が緩くなっていますが、鮎川のような戦闘に特化した人が多いので、この世界ではあまり意味がありません。
しかし、異世界体験は誰もが興味を示すため、行ったというだけでちやほやされます。
あと、能力や外見が遺伝することはかなり稀な例で、両親が異世界人だとしても可能性は限りなく少ないそうです。
#アナザーストーリー
裕也の父は異世界からこちらに来たが、あちらの世界では引きこもりでした。手を暖かくする能力は役に立たず、魔法の適性もゼロに近かったのでこちらで言う落ちこぼれのような存在でした。母はそんな父の幼馴染で、彼の通っているリトルウィッチアカデミアの首席でした。そんな彼らがこっちの世界に転生されたのは17の時。
父は偶然出会ったパン職人の作るパンに憧れ、その人の元で修行を始める。